故郷は倉吉 さん プロフィール

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故郷は倉吉さん: ちくわのくいさし
ハンドル名故郷は倉吉 さん
ブログタイトルちくわのくいさし
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/kurayosi_city
サイト紹介文倉吉を離れて30数年、子供時代の記憶を思い出し取り留めのないことを書いて思い出に浸りたいと思います
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供127回 / 365日(平均2.4回/週) - 参加 2016/03/16 14:06

故郷は倉吉 さんのブログ記事

  • Back To The 昭和な倉吉 大正町編 3
  • この夏に帰郷した際、親戚や友人に「あそこのあの場所は昔は何という建物、店舗だったっけ?」と尋ねてみたり、記憶の情報を照らし合わせたりして、いくつか判明しましたので、ご紹介していきたいと思います。ご注意いただきたいのですが、ほぼ「記憶のみの情報」であります。いくつか写真等もありましたが、店舗名まではっきりしたものは皆無でした。また、いつ頃の記憶が多いかといいますと、概ね昭和50年代のものとなっています [続きを読む]
  • Back To The 昭和な倉吉 宮川町編 3
  • この夏に帰郷した際、親戚や友人に「あそこのあの場所は昔は何という建物、店舗だったっけ?」と尋ねてみたり、記憶の情報を照らし合わせたりして、いくつか判明しましたので、ご紹介していきたいと思います。ご注意いただきたいのですが、ほぼ「記憶のみの情報」であります。いくつか写真等もありましたが、店舗名まではっきりしたものは皆無でした。また、いつ頃の記憶が多いかといいますと、概ね昭和50年代のものとなっています [続きを読む]
  • 田内城
  • 「田内城」は「たうちじょう」と読みます。倉吉市民以外の人ではなかなか「たうち」とは読んでもらえないかもしれないですね。県中部のお城といえば誰もが「打吹城」の名前を挙げるものの、田内城については「そもそも、そんな城あるの?」くらいの扱いを受ける場合も多々あるようです。調べてみると築城されたのは打吹城1350〜1370年ころ、田内城は1340年ころと田内城のほうが古いんですよね僅かですけど。じゃあ、同時期にこの両 [続きを読む]
  • 巨人の星 第40話
  • 【第40話 血ぞめの決勝戦】左手の爪の負傷が治るまで、雨よ降り続いてくれと藁をも掴む思いだった飛雄馬ですが、願いもむなしく良い天気になりました♪例によって甲子園球場とその周辺の描写があるのですが、今回は朝日に照らされ浮かぶようなシルエットの球場が美しく描かれています。現在でも、球場近辺にはそんなに大きな建物もあまりなくて、パッと見巨人の星時代と大差ない光景のようですが、当時と大きく変わったのは、すぐ [続きを読む]
  • Back To The 昭和な倉吉 湊町編 5
  • この夏に帰郷した際、親戚や友人に「あそこのあの場所は昔は何という建物、店舗だったっけ?」と尋ねてみたり、記憶の情報を照らし合わせたりして、いくつか判明しましたので、ご紹介していきたいと思います。ご注意いただきたいのですが、ほぼ「記憶のみの情報」であります。いくつか写真等もありましたが、店舗名まではっきりしたものは皆無でした。また、いつ頃の記憶が多いかといいますと、概ね昭和50年代のものとなっています [続きを読む]
  • Back To The 昭和な倉吉 大正町編 2
  • この夏に帰郷した際、親戚や友人に「あそこのあの場所は昔は何という建物、店舗だったっけ?」と尋ねてみたり、記憶の情報を照らし合わせたりして、いくつか判明しましたので、ご紹介していきたいと思います。ご注意いただきたいのですが、ほぼ「記憶のみの情報」であります。いくつか写真等もありましたが、店舗名まではっきりしたものは皆無でした。また、いつ頃の記憶が多いかといいますと、概ね昭和50年代のものとなっています [続きを読む]
  • 興和紡倉吉工場の昔と今
  • 倉吉市を代表する5大企業「興和紡績」「オムロン」「日本圧着端子」「神鋼機器」「グンゼ」とボクは勝手に考えております。でも、そのすべては倉吉に本社のある企業ではありません。子供の頃はそんなことには全く気がつかなかったので、「倉吉って大きな会社がたくさんあってすごいね」と単純に驚いていました。圧着端子は小学校時代に会社見学にいきましたね。メッキ作業がとてもおもしろかったことを覚えています。そのうちの「 [続きを読む]
  • 巨人の星 第39話
  • 【第39話 雨の中の闘志】大坂城、通天閣、そして青雲高校選手の宿泊所「旅館根岸屋」の描写からスタートしますが、前にも書いたようにこの旅館の窓から数百メートルくらいのところに甲子園が見えるシーンがあって、決して根岸屋は大阪市内にあるわけじゃない。甲子園球場は大阪にあると思っている人って、案外たくさんいるんですよね。と、またどうでもいいことにこだわるボクですが(笑)。この日は雨です。雨戸を開けて「今日も [続きを読む]
  • Back To The 昭和な倉吉 宮川町編 2
  • この夏に帰郷した際、親戚や友人に「あそこのあの場所は昔は何という建物、店舗だったっけ?」と尋ねてみたり、記憶の情報を照らし合わせたりして、いくつか判明しましたので、ご紹介していきたいと思います。ご注意いただきたいのですが、ほぼ「記憶のみの情報」であります。いくつか写真等もありましたが、店舗名まではっきりしたものは皆無でした。また、いつ頃の記憶が多いかといいますと、概ね昭和50年代のものとなっています [続きを読む]
  • Back To The 昭和な倉吉 大正町編 1
  • この夏に帰郷した際、親戚や友人に「あそこのあの場所は昔は何という建物、店舗だったっけ?」と尋ねてみたり、記憶の情報を照らし合わせたりして、いくつか判明しましたので、ご紹介していきたいと思います。ご注意いただきたいのですが、ほぼ「記憶のみの情報」であります。いくつか写真等もありましたが、店舗名まではっきりしたものは皆無でした。また、いつ頃の記憶が多いかといいますと、概ね昭和50年代のものとなっています [続きを読む]
  • 嗚呼、なつかしの昭和ガム 3
  • 昭和ガムの思い出に浸るのもラストになりました。忘れているガムがまだまだたくさんあるとは思いますが、ガム編は一応今回で終了です。最近ガムをあまり食べなくなりました。世間一般以前に比べてガムの消費量がかなり落ち込んでいることは前にも当ブログで紹介しました。ボク自身も滅多に食べなくなりましたが、それでも「マルカワ」のオレンジ・ガムとコーラ・ガムは時々ドカ食いをする時があります。しかし、昔はエチケットで噛 [続きを読む]
  • 巨人の星 第38話
  • 【第38話 涙のストライク】話が始まるや否や大噴火する阿蘇山に向かって、準決勝を迎えた左門が「きてみんしゃい星君!かならず吹っ飛ばしてやりますたい。」と鼻息も荒く宣言します。もう、いきなり左門の顔がアップになるから腰が抜けそうです。話はそれますが(って、いつも逸れっ放しですが)、25年位前に阿蘇山へ行きました。ロープウェーとリフトを乗り継いで頂上へたどり着いたわけですが、荒涼とした景色の中に無機質なコ [続きを読む]
  • Back To The 昭和な倉吉 湊町編 4
  • この夏に帰郷した際、親戚や友人に「あそこのあの場所は昔は何という建物、店舗だったっけ?」と尋ねてみたり、記憶の情報を照らし合わせたりして、いくつか判明しましたので、ご紹介していきたいと思います。ご注意いただきたいのですが、ほぼ「記憶のみの情報」であります。いくつか写真等もありましたが、店舗名まではっきりしたものは皆無でした。また、いつ頃の記憶が多いかといいますと、概ね昭和50年代のものとなっています [続きを読む]
  • Back To The 昭和な倉吉 上井町2丁目編 3
  • この夏に帰郷した際、親戚や友人に「あそこのあの場所は昔は何という建物、店舗だったっけ?」と尋ねてみたり、記憶の情報を照らし合わせたりして、いくつか判明しましたので、ご紹介していきたいと思います。ご注意いただきたいのですが、ほぼ「記憶のみの情報」であります。いくつか写真等もありましたが、店舗名まではっきりしたものは皆無でした。また、いつ頃の記憶が多いかといいますと、概ね昭和50年代のものとなっています [続きを読む]
  • 嗚呼、なつかしの昭和ガム 2
  • 住吉町にあった昔の警察署の東隣や、堺町1丁目の石井旅館さんの斜め向かいにあったタバコ屋さんの前を通ったときに目にしたのが。これですね。若い人にはさっぱりわからない物体だと思います。ガムを入れたらこんな風になるんです。タバコ屋さんといえば「電電公社の赤電話」とセットで置いてあったのがこれです。今ではガムを買うときはコンビニでという人が多いと思いますが、陳列方法はレジ前の専用棚に並べてあるのがほとんど [続きを読む]
  • 巨人の星 第37話
  • 【第37話 執念の男・左門】「弾丸ライナー」「川上2世」とも言われる左門が4番を打つ熊本農林高校との準決勝の日がもうすぐやって来ます。朝焼けの空気がさわやかな早朝、西宮の旅館の窓を開けて眼前の甲子園球場を前に、準決勝に対する意気込みを自らに誓う飛雄馬。そこへ一本の電話が飛雄馬に掛かってきます。相手はあの牧場春彦くん。応援団の宿舎に滞在している牧場くんが激励にやってくるとのことです。青雲高校の選手の宿を [続きを読む]
  • Back To The 昭和な倉吉 新町三丁目編 4
  • この夏に帰郷した際、親戚や友人に「あそこのあの場所は昔は何という建物、店舗だったっけ?」と尋ねてみたり、記憶の情報を照らし合わせたりして、いくつか判明しましたので、ご紹介していきたいと思います。ご注意いただきたいのですが、ほぼ「記憶のみの情報」であります。いくつか写真等もありましたが、店舗名まではっきりしたものは皆無でした。また、いつ頃の記憶が多いかといいますと、概ね昭和50年代のものとなっています [続きを読む]
  • Back To The 昭和な倉吉 番外編
  • 「Back To The 昭和な倉吉」のコーナーも10回を越えて、まだまだスタートしたばかりの企画ですが、年齢を重ねるにつれ脳細胞の減少とともに消滅していく昭和な倉吉の風景を、何とか記録していこうと頑張っておりますが、次々と倉吉の町並みも変貌していき、当たり前ですが「あの時代」に存在した建物は姿を消しています。そんなこんなで、Back To The 昭和な倉吉の新しい記事を書こうかと思い、今回は上井町の第2弾だな、というこ [続きを読む]
  • 嗚呼 なつかしの昭和ガム 1
  • 先日、商店街の中を歩いていたら、どこからか香水のような臭いが漂ってきて、その臭いが味覚を刺激したんです。とは言うものの嗅覚と味覚って全然別物だろ?とも思ったんですが、例えば鼻をつまんで料理を食べても極端に言えば味がしないというか、味がボケる感じがしておいしく感じられないですよね。やっぱり物の味は味覚だけで感じているわけではないのだ、と改めて思ったわけです。つまり物の味は味覚と嗅覚はセットなんだと。 [続きを読む]
  • 巨人の星 第36話
  • 【第36話 悲運の強打者】無事に甲子園での初戦を制した青雲高校。この日は雨のために練習ができずに、選手たちは旅館でくすぶっています。まだまだ家庭用のVTRなどはありませんから、誰の持ち物なのかは不明ですが、中継で放送された音声をテープに記録したものを、飛雄馬や伴、ほかの選手が部屋で聞いています。ここで登場するテープレコーダーは「オープンリール」のテープレコーダーで「カセット」ではありません。まあ現在で [続きを読む]
  • Back To The 昭和な倉吉 湊町編 3
  • この夏に帰郷した際、親戚や友人に「あそこのあの場所は昔は何という建物、店舗だったっけ?」と尋ねてみたり、記憶の情報を照らし合わせたりして、いくつか判明しましたので、ご紹介していきたいと思います。ご注意いただきたいのですが、ほぼ「記憶のみの情報」であります。いくつか写真等もありましたが、店舗名まではっきりしたものは皆無でした。また、いつ頃の記憶が多いかといいますと、概ね昭和50年代のものとなっています [続きを読む]
  • Back To The 昭和な倉吉 新町三丁目編 3
  • この夏に帰郷した際、親戚や友人に「あそこのあの場所は昔は何という建物、店舗だったっけ?」と尋ねてみたり、記憶の情報を照らし合わせたりして、いくつか判明しましたので、ご紹介していきたいと思います。ご注意いただきたいのですが、ほぼ「記憶のみの情報」であります。いくつか写真等もありましたが、店舗名まではっきりしたものは皆無でした。また、いつ頃の記憶が多いかといいますと、概ね昭和50年代のものとなっています [続きを読む]
  • 音楽会の記憶
  • 成徳小学校での音楽会の記憶を記事にしようと思って、あれこれ思い出そうとしているのですが、いやあ、なかなか思い出せません。ハッキリと覚えているのは5年生のときに「ボギー大佐」を演奏したことですね。なんで覚えているかというと「コントラバス」を演奏したからです。ジャズ・バンドで見かけるウッド・ベース(ダブル・ベース)のことですね。大体、楽器が苦手な生徒は「その他大勢」の「ハーモニカ」とか「縦笛」などをや [続きを読む]
  • 巨人の星 第35話
  • 【第35話 魔球対豪速球】いよいよ甲子園での青雲にとっての初戦が始まりました。相手はドロップを駆使する好投手太刀川を擁する、前年の優勝校「三河高校」です。さて、今ではさっぱり聞かれなくなった変化球の「ドロップ」。昭和40年代はカーブとドロップは2大変化球ともいえるメジャーな変化球でした。では、なぜ現在では「ドロップ」が無くなってしまったのか?野球ファンの方ならご存知のとおり、「球種自体は存在しているが [続きを読む]
  • Back To The 昭和な倉吉 宮川町編 1
  • この夏に帰郷した際、親戚や友人に「あそこのあの場所は昔は何という建物、店舗だったっけ?」と尋ねてみたり、記憶の情報を照らし合わせたりして、いくつか判明しましたので、ご紹介していきたいと思います。ご注意いただきたいのですが、ほぼ「記憶のみの情報」であります。いくつか写真等もありましたが、店舗名まではっきりしたものは皆無でした。また、いつ頃の記憶が多いかといいますと、概ね昭和50年代のものとなっています [続きを読む]