故郷は倉吉 さん プロフィール

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故郷は倉吉さん: ちくわのくいさし
ハンドル名故郷は倉吉 さん
ブログタイトルちくわのくいさし
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/kurayosi_city
サイト紹介文倉吉を離れて30数年、子供時代の記憶を思い出し取り留めのないことを書いて思い出に浸りたいと思います
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供146回 / 365日(平均2.8回/週) - 参加 2016/03/16 14:06

故郷は倉吉 さんのブログ記事

  • 倉吉弁 サイコー 85
  • 【しとりゃーせん】「やっていないよ」「また、やっとっだかいや すんなっていっとっだらーが」 (またやっているのか、するんじゃないって言っているだろ)「しらんで、しとりゃーせんっちゃ」 (知らないよ、やってないって)【ばんなりましてなあ】「夕方の挨拶」※中年以上、どちらかというとお年寄りが使うイメージですね。ボクは20歳まで倉吉に住んでいましたが、ボクも友達も使った記憶が無いです。使うとしたら「受け狙 [続きを読む]
  • 巨人の星 第26話
  • 【第26話 栄光への第一戦】いよいよ青雲高校は甲子園を目指して地区予選の緒戦に臨みます。実は一徹監督は、天野先生に監督職を託して地区予選前に辞職しています。天野先生や選手たち、伴の親父に校長には「病気で体調が思わしくない」との理由を告げています。本当は、このまま一徹が監督を続けて青雲高校が勝ち続けたら、手柄は一徹監督のものだけになり、これまで頑張ってきた天野先生に申し訳ないと身を引いたのです。飛雄馬 [続きを読む]
  • 成徳小学校の小ネタ 2
  • 【年と年度】低学年の頃、これの区別ができなかったです。開式の辞とか表彰状を読み上げるのに「昭和○○年度」とかの、特に年が変わって昭和47年になっているのに「昭和46年度」っていうのがめっちゃ違和感でした。あっ、別に成徳と関係があるネタではなかったですね、ははは。【まわれ右】全校集会のように大人数が集まるようなときには、集団行動を円滑に行なったり、号令を掛けることで大人数に瞬時に同じ行動をさせることがあ [続きを読む]
  • 成徳小学校の小ネタ
  • 【修学旅行の積立金】現在はどうなっているのか、おそらくもう実施していないと思いますが、修学旅行の積み立てを毎月行なっていました。1年生の最初からやっていたと思うのですが、「こども銀行」に毎月100円預金するんです。多分「倉信」が教育委員会に協力していたと思うのですが、そこそこ立派な通帳を生徒ひとりひとりがもらって、毎月決められた日に収めるんですね。決められた日の朝、登校したら通帳と100円玉を持って西校 [続きを読む]
  • 倉吉弁 サイコー 84
  • 【うっちゃら】「私たち」「うっちゃらわなあ、たいぎいけ、いかんことにしたっちゃ」 (私たちは、めんどうくさいから、行かないことにしたよ)※倉吉弁として、ちょっと自信がない、、、。【おもっしょない】「面白くない」※これも自信がありません、言ったような気がするんですが、、、。【なんす】「なる」「天野さんは、病院へいっとんなる」と「天野さんは、病院へいっとんなんす」とでは、後者のほうが丁寧。しかし、若い [続きを読む]
  • 巨人の星 第25話
  • 【第25話 汗と涙の背番号1】百獣の王ライオンは、わが子を谷に突き落とし、そこから這い上がってきた子だけを、跡継ぎとして育てる、という逸話が紹介されます。当時7歳だったボクはそれを頭から信じ「すごいな、ライオンは、さすがだな」なんて素直に思っていました。実際のライオンはどうなのかというと、勿論、跡継ぎだのなんだのなんて感情や家制度があるはずもなく、それどころかオスライオンは狩もせずに、ゴロゴロ寝ている [続きを読む]
  • Back To The 昭和な倉吉 倉吉東中編 1
  • ボクの父親はもう亡くなりましたが、河北中学の出身で、そういう意味では接点はありませんでした。母親は健在で、ボクと同じ成徳小学校そして東中の卒業生です。母親とボクは同じ校舎を経験しているかといえば、成徳も東中もまったく異なる校舎で、さらに東中に至っては学校そのものの建っていた場所さえ違うのです。東中の卒業生で、ある程度の年齢の方ならよくご承知な出来事「東中の移転」です。倉吉市史を紐解くと、昭和44年に [続きを読む]
  • 東中体育館と覗き見
  • 体育館の思い出は、小学校の頃と比べてそんなに多くありませんね。やはり、中学生ともなると放課後や休憩時間に遊ぶこともあまりないし、遊具なんてものも置いてありませんから、体育の時間、朝礼の時間、そんな思い出しかありません。ここでのいちばんの思い出は「新入生歓迎会」ですね。ここで2年生、3年生の時に演劇の出し物をやりました。自分で脚本を書き、演技もしましたね。脚本の内容も今思い返すと陳腐なんですが、いちお [続きを読む]
  • 倉吉弁 サイコー 83
  • 【いついな?】「いつごろ?」「しらんだらあけど、○○ちゃんとつきあったことあっだで」「えっ?いついな」(知らないだろうけど、○○ちゃんと付き合ったことがあるんだよ)(えっ?いつごろ)【ぞいや】「???」「ストーブがないけ、ほんに寒かったぞいや」(ストーブがないから、本当に寒かったんだよ)※これって、さんざん使った言葉なんですけど、どう説明したらいいんでしょうか?また、昔、仕事で1年間石川県金沢市に [続きを読む]
  • 巨人の星 第24話
  • 【第24話 謎のへそ作戦】アニメ巨人の星には、サブタイトルに秀逸なものが多くあり、それだけで巨人の星を語れるくらいインパクトの強い、というかシュールだったり、妙だったり、人生を語っていたり。この「謎のへそ作戦」もそんな名サブタイトルのひとつなんです。地区予選も迫り、予選第一試合の先発投手を紅白試合で決めると一徹監督は部員たちに宣言します。小宮、岡部中心のレギュラー・チーム対飛雄馬と伴がバッテリーを務 [続きを読む]
  • 正式決定ではないですが、、、
  • 今年の盆に、倉吉に帰ろうかなと思っています。まだ、正式に決めたわけではありませんが、昨年の6月に8年ぶりに倉吉に帰ったときに「できるだけ毎年帰ろうかな」って思ったんですね。車で帰ったんですが、正直ちょっとしんどくて、「ああ、歳を取ったな。若い頃は京都・倉吉間なんてなんとも無かったのに」と。昨秋、ガンの手術をしたことも帰りたくなった理由のひとつかな。帰ることができるうちに帰っておこうと。しんどいのなら [続きを読む]
  • Back To The 昭和な倉吉 成徳小学校編 2
  • 成徳小学校編の第2部です。前回と同じ日ですが、正確な撮影年が判っていません。どの位置から撮影したのかは、卒業生の方なら説明する必要もないでしょうが、一応説明しますと「図書館前の雲梯から西校舎方面」を写したものです。写真の左側が打吹公園、打吹山になります。運動会のような感じがしますが、成徳小の運動会ではありません。成徳の運動会ならプール前に生徒の椅子がたくさん並んでいるはずですし、そもそも人の数が少 [続きを読む]
  • Back To The 昭和な倉吉 成徳小学校編 1
  • 昭和45〜47年頃の撮影です。成徳小学校の校庭の写真ですが、廃車になった日交バスが校庭に置かれたのがいつ頃だったのかはっきりすれば、なんとなくこの写真が撮影された年がある程度わかります。卒業生の方には、あえて説明するまでもありませんが、この位置でこの方向からの撮影です。女の子がつかまっている「雲梯」は低学年用というか、高さの低いものでした。高学年用?の高さがある雲梯は、焼却炉付近にありました。余談です [続きを読む]
  • 憧れのスーパースター 西城秀樹さん
  • 芸能人の訃報で、ボクは生まれて初めて泣きました。小学校5年生のとき、初めて買った歌謡曲のレコードが「ちぎれた愛」でした。家族で鳥取市に遊びに行っていて、鳥取大丸のレコード売り場で買いました。当時レコードはまだまだ高価で、小学生などがおいそれと買えるものじゃなかったんですが、このときは誕生日プレゼントで買ってもらいました。本当はLPレコードが欲しかったんですが、さすがに買ってもらえませんでしたね。もう [続きを読む]
  • 倉吉弁 サイコー 82
  • 【ねき】「そば」「木のねきにおいとっただけど、ないかえ?」 (木のそばに置いていたんだけど、ないのか?)「はぐれんやーに、ねきにおらないけんで」 (はぐれないように、そばにいなくてはいけないよ)【にしくりつける】「こすりつける」「はなくそ、にしくりつけんないや、きたないがな」 (はなくそをこすりつけるなよ、汚いだろうが)【だあが】「そうですよ」「だあが、こがにいしてすわっとんなっただけ、いけんで、 [続きを読む]
  • 巨人の星 第23話
  • 【第23話 スケッチブックの秘密】この回で、良くも悪くも飛雄馬の人生に大きな影響を与える「牧場春彦」くんが登場します。牧場春彦、、、いかにも昭和チックな名前ですね。たいていがいいとこのぼっちゃんという設定でありがちな名前です。巨人の星に登場する牧場くんも「元お金持ち」という微妙ですけど、、、な設定です。体育の授業で体育館でバスケットボールの試合のシーンからスタートします。野球以外のスポーツをやってい [続きを読む]
  • 米田町
  • 現在の米田町付近 (出展 yahoo地図)昭和57年を最後に倉吉を離れたボクにとって、この航空写真は「ここは、いったいどこ?」としか言いようがありません。まあ、変わりも変わったりですね。昭和57年頃の米田町といえば、興和紡の南側の道が整備され始めて、三朝方面への道が立派になった頃ですかね?国道179号線が路線変更になったのもこの頃じゃないでしょうか?昔は(おそらく1980年頃より前)は住吉町とか駄経寺町を通ってい [続きを読む]
  • 大正町1丁目
  • 現在の大正町1丁目付近 (出典 Yahoo地図)大正町は1丁目と2丁目があって、さていったいどこが境目なのか?北側が2丁目なのは知っていますが、、、。倉吉線の線路を挟んで南側が1丁目なのか?地図にも記しているんですが、ここに「たからや」という、そこそこ大きいデパートがありましたよね?まあ、デパートといっても田舎のことゆえ、都会のデパートに比べるとこじんまりとした規模でしたが、それでも3か4階建てくらいだったで [続きを読む]
  • 倉吉弁 サイコー 81
  • 【なんぼ】「いくつ、いくら」「次々にごせごせっちゅうけど、なんぼいっだいや」 (次々にくれくれっていうけど、いくつほしいんだよ)「お金だしたるけえ、なんぼすっだかおしえいや」 (お金を出してやるから、いくらするのか教えろよ)※お察しのとおり、倉吉に限った言い方ではありません。西日本の広範囲で使われています。【にがる】「(お腹が)痛む」「腹がにがるけ、便所ばっかりいっとるわい」 (腹が痛いから、便所 [続きを読む]
  • 巨人の星 第22話
  • 【第22話 拒否された特訓】野球部の部員がユニフォーム姿のままで、人通りも多い商店街を集団でうさぎ跳びをするという無茶なシーンから第22話はスタートします。一徹監督は部員全員を学校敷地の隅に集め、今日は特別な訓練をやると言い出します。なんでも学校のためにもなる一石二鳥の訓練だとか。校内から出たごみを、地面に掘った大きな穴に埋めるという、森友学園とは逆の特訓。一徹によれば穴を掘るという作業は足腰の鍛錬に [続きを読む]
  • 成徳消滅はイヤだぁ!
  • 気になって、成徳小の生徒数を調べると、ここでも驚愕の事実が。大きく減っているのは知っていましたが、なんと昨年度は「137人」。1学年30人もいないじゃないですか、、、。クラス対抗なんとか、なんて絶対にないですね。なんてこった。ボクの在校時は800人以上いたんですよ。少子化と上井地区への人口流出ということがあっても、これはなんとしたことか。生徒が増えたはずの河北小で400人ちょっと。うーむ、そもそも子供の数自体 [続きを読む]
  • 倉吉町はイヤだぁ!
  • 昭和28年に市制を施行して65年。倉吉市は65歳なんですね。おー、こうやって改めて振り返るとボクの年齢とそんなに大きく変わらないなと、なんだか驚いちゃいました。ボクは昭和37年生まれなので、ボクが誕生したときには、倉吉市ができてから10年経っていなかったんですね。案外、年寄りじゃなかった倉吉市ですが、人口のほうはかなり衰えてきているみたいですね。ビックリしましたよ。ボクが市民だった頃は長らく5万5千人前後だっ [続きを読む]
  • 倉吉弁 サイコー 80
  • 【なんだいや】「なんですか」「○○さん、○○さん!」「なんだいや?」 (○○さん、○○さん!)(なんですか?)「なんだいや、誰もやっとらんだか」 (なんだよ、誰もやっていないのかよ)※目上の人には使わないし、どちらかという男言葉。女性の場合「なんだいな」となる。【なんちゅう】「なんという」「なんちゅうだらずだいやおまえは」 (なんという馬鹿者か、お前は)「みんかおだけど、なんちゅう名前だ」 (見な [続きを読む]
  • 巨人の星 第21話
  • 【第21話 テストされる星監督】「のこりかす監督」を引き受けた一徹とうちゃんをどうしても受け入れられない飛雄馬を、とうちゃんは遊園地に連れて行きます。いざ監督に就任すれば親も子も無い、つまり親子の縁を切るということで、その前に最後に飛雄馬と親子の時間を作ろうということなんですが、現場の仕事に出る姿のままの一徹父ちゃんと、上着は脱いでいるとはいえ学生服姿の高校生飛雄馬が笑うことなくジェットコースターや [続きを読む]
  • 史上最大の「ちくわのくいさし」part2
  • 以前、ご紹介した人文字による巨大なちくわのくいさしの写真です。経年による劣化が激しく、全体的に赤茶けた色合いになっていたのですが、atm*c*さんのおかげで当時の色彩が復活しました。atm*c*さんは、昭和39年生まれの成徳小学校の卒業生の方で、このブログにおいでになっては詳細なる当時の記憶をご披露いただき、まるで当時の生徒が時空を越えて書き込んでいるのか?と思ってしまうほどに驚いています。そんなatm*c*さんが立 [続きを読む]