次朗 さん プロフィール

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次朗さん: 老いし旅人
ハンドル名次朗 さん
ブログタイトル老いし旅人
ブログURLhttps://kenken8.muragon.com/
サイト紹介文老人日記・エッセイ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供0回 / 365日(平均0.0回/週) - 参加 2016/03/31 10:06

次朗 さんのブログ記事

  • ーおまえに・・ー
  •    ー 僕の綻び縫えるのは  お前の他に誰もない 傍に居てくれる だけでいいー     歌謡番組のM・Cのようだが私が好んで聴き、口ずさむ歌にフランク永井の『おまえに・・』がある。『岩谷時子』の詩と『吉田正』の楽曲がお気に入りで、亡くした女房の記憶が甦る歌でもある。作詞の岩谷女史も曲を付けられた吉田正氏も既に彼岸の人となられたが文化功労者としての受賞や文化財団での活躍振りは意義あるものだったと思 [続きを読む]
  • ープロ野球・・戦士の決断ー
  • プロ野球・・セ・パ両リーグの勝者が決まりC・Sの結果も出た。来期に臨むべき新人の争奪戦にも一応の目処がつき、さあ日本シリーズも始まった。選手たちが慣れ親しんだグラウンドにも秋風が吹く季節である。どのチームも来期の戦力とする選手の見極めや選択に頭を痛めることだろう。 選手たちの中にはチームに残留できない選手が噂される季節でもある。プロスポーツとしては根強い人気を持つ野球だと思うが、一年を通して力量が [続きを読む]
  • ー商いは牛の涎(よだれ)ー
  • あまり綺麗な響きではないが「商いは牛の涎」と慣用句に言う。商売とは気長に我慢を積み重ね、利を急いてはならないという教訓である。大阪南地の道頓堀川はその名が示すとおり「安井道頓」のプロデュースによって出来た堀川だが、膨大な木杭代の支払いで大阪経済は破綻する・ ・「大阪は杭で倒れる・・」と騒がれたという。 すると大阪商人はその言葉を逆手に取って『杭で倒れる街』を『食い倒れの街』に変身させたのである。肩 [続きを読む]
  • ー葵を包んで菊が咲くー
  • 神州一・・富士山が世界遺産に登録されたことは記憶に新しいが日本には世界に誇れる文化財(建造物)が多くあり、改修中だった京都二条城の元離宮「唐門」も前後して完成したと発表された。金箔や色絵の贅が尽くされた建築だが経年劣化には適わなかったらしく退色や剥落が相当進んでいたようである。 放置してはおけない・・という判断から始まった二の丸御殿の改修は二条城全体から見ればほんの一部に過ぎないが、龍虎、獅子など [続きを読む]
  • ー半輪の秋ー
  • 日課にしている早朝の散歩・・公園のペンチに座ると少しひんやりとして心地良い。両手を突いて空を見上げる。太陽光に負けた白い月・・暦を見て来なかったが後の月(十三夜)が近いようだ・・季節は「空に半輪の秋」・・李白の詩「峨眉山月の秋」を想う。 散歩を終えて帰宅すると珈琲を一杯飲んで骨董屋さんの開店である。 『おはようッス!・・』 聴き覚えのある爺さんの声がした。顔を見なくても声で誰が来たのか直ぐにわかる [続きを読む]
  • ーゴンドラの唄ー
  • 幼少時の記憶だが、私の母は歌好きだったようでお勝手仕事をしながら「櫻井の別離」や「ゴンドラの唄」をよく暗唱していた。父は筑前琵琶の師範をしていてお弟子さんが交互に出入りしていた。戦時色に染まる少し前だったのだろう。時代が落ち着きを取り戻した頃、琵琶唄の一曲も教わっておきたいと思ったがチャンスを失くし、とうとう蛙の子にはなれなかった。しかし音楽好き・・という点では時々父母のDNAを思う私である。 「 [続きを読む]
  • ー弁当・・今と昔ー
  • 豊かになった近年の食生活だが、ご家庭のママたちが子供や家族の為に作る弁当の中味は、雑誌やウエブに掲載される画像を見るにつけ、素晴らしい作品が揃っている。栄養バランスや カロリー計算など健康管理にも気配りが行き届いているようだ。アレルギーを抱える子供たちも少なくないというから大変なご苦労だと思う。 年寄りの懐古談に若者たちは「また昔話〜?」という顔をされるかもしれないが、戦中戦後を潜ってきた我々年寄 [続きを読む]
  • ー月下老人ー
  • 中国晋代の故事から生まれた慣用句だが、氷が張った冬の湖面から水中の人と話をする夢を見た・・という古老の夢占いがある。『妻を娶るなら氷が溶けない寒い間が良い・・そろそろ月下老に頼む時が来た・・』と若者の婚姻を話し合う習慣があるという。日本でも過去には仲人を介して家と家が「嫁がせる・・貰う・・」という時代があった。 時は神無月・・10月である。頼まれ仲人という言葉があるが私は飲食店を営んでいた縁で、媒 [続きを読む]
  • 国定忠次・もう一つの赤城山
  • 『おいみんなッ!耳を貸してくれ・・俺はこれから信州へ落ちる。皆と一緒に行きてえのは山々だが、お役人を斬り関所を破った俺達が堂々とお天道様の下を歩く訳にも行くめええ・三人ぐれえはついて来て貰いてえが今日までの苦労を思うと俺の口からは名指しが出来ねえんだ・・』     『そこで済まねえが此処はひとつ入れ札でもして、おめえたちで決めて貰いてえと思う・・・手許に残った銭はこれだけだ、みんなで分けてくれ・ [続きを読む]
  • 失くして得たもの
  • 30年も前の話だが関西に住む姪の結婚式で4〜5日の間家を留守にした時の出来事である。常連のお客には予め予告し、店頭にはご丁寧に日程を記して出発した。後で気付いたことだが実に愚かな振る舞いで泥棒への道案内になってしまったのである。飲食店と古美術店を併営していてお客様への配慮に気を取られた結果であった。 帰宅して車を停めるや否や倅たちに店舗の鍵を開けるよう指示し私は自宅を開錠して点検・・異常の有無を確 [続きを読む]
  • 潮騒の宿
  • プロ野球もそろそろ今シーズンの決着を見る季節だが、テレビで野球中継が無い日、私はNHKの「家族に乾杯」などを観ることにしている。昨年だったか「アマちゃん」のロケ地にもなったという伊勢志摩の離島を「鶴瓶」がゲストと共に訪ねるという番組が放映された。 漁師や海女さんの系譜や日々の暮らし・・前島半島(さきしま)の集落・和具漁港などの様子が紹介され大阪育ちの私は学生時代に何度も訪れた地であり、写し出される [続きを読む]
  • 老境を往く
  • 老人週間(シルバーウイーク)「お年寄りを大切に・・」というコピーに始まった『老人の日』だったが現在は第3月曜日にスライドされ『敬老の日』と改名された。毎年日付けが移動する祝祭日に年寄りは些か戸惑いを思うが連休の増設で経済効果を期待した祝日の設定だったようである。 私の青年時代には、お年寄りはお国の宝・・と言われたものだが、自身が「後期高齢者」と呼ばれる今は、耳が遠くなったせいか「国の宝」などとは聴 [続きを読む]
  • 一場の夢・夜半の月
  • 中秋・・十五夜である。(真の満月は17日)天上人の優雅に肖り酒盃に月を注ぎ、一夜の夢に酔えるのも此の世に生あればこそだろう。我が国では平安の昔から雨が降れば「雨月」と呼び、月が雲に隠れゝば「無月」と呼んで来た。風流を誘う粋な言葉である。そして『粋』という文字は日本で誕生した日本独自の言語(国語)であることを知ると殊更に愛しく思える。 千年を遡る長安の都・・李白の詩に「静夜に思う」がある。『牀前に月 [続きを読む]
  • 北斎が見た波濤(うみ)
  • 予ねてより一度は訪ねたいと思っていた未踏の古社寺を拝観する機会に恵まれた。紅葉というには少し早いが久々の一人旅である。房総半島には切り立つ様な山が無く真紅の椛など希めないが自然が織り成す山野の景観は矢張り美しい。上総・安房(かずさ、あわ)と呼ぶ当地には古社寺が点在していて、嘗て北斎が足を運んだとされる「房の道」を追ってみた。 ご存知江戸の浮世絵師『葛飾北斎』は房総鴨川に居住した彫刻師『武志伊八郎( [続きを読む]
  • お天道様の味覚
  • 天高く馬肥ゆる秋・・恵みの秋である。今年は季節に早い台風の上陸で施策に苦しまれた生産者農家も少なくないだろう。ところで近頃食卓に並ぶ味覚・・食感が以前とは違うと思う人はいないだろうか? 近年食材の加工法は昔とは全く違ってきたのである。 稲作を例に取ると、米農家では様々な工夫を凝らし伝統農法を固守してきた歴史がある。嘗て収穫したあとの稲田では「小田架け」と呼ばれる天日干しが行なわれて来た。しかし生産 [続きを読む]
  • すてゝこ今昔物語
  • 年齢とともに半ば道楽とする古美術商だが、来客の多くは概ね60代から80代という中高年で、私を求め・・否、骨董品を求めてやって来る仲間たちだ。珍品でも手にした時は客と店主の垣根を越えて歓喜に包まれ、愉しみを共有できる団欒のひと時でもある。常連の多くはO.B・・オールドボーイたちだ。地域柄、農漁業を卒業した人・・サラリーマンで定年後も仕事を続ける人・・パート勤めの人など様々だ。 現役の頃との相違点を訊 [続きを読む]
  • 勝ち虫の負け戦
  • 勝ち虫・・ご存知、蜻蛉の別称だが古くは古事記に『倭の国は蜻蛉島・秋津島・・』とあり、日本書紀では神武天皇が『倭国は蜻蛉のとなめ(交尾)せるがごと・・』とその地形を表現されている。二匹の蜻蛉が尻尾を含み合って飛ぶ様が日本列島の形状にも見えたのだろうか?  蜻蛉の目玉は、丁度魚眼レンズの様で視界角度が270度もあるという。飛行能力に長け4枚の羽を自由に作動させて宙返りはもとより所謂ホバリングも出来ると [続きを読む]
  • ジンタの憶い出
  • 『ジンタ』・・耳慣れない言葉だと思うが音楽の様式、リズム形の俗称とされる。明治の終わり頃「日本初の円舞曲」と発表された唱歌に「美しき天然(天然の美)」があるが当時日本では西洋音楽の輸入が盛んで童謡や唱歌にも影響が及んだらしい。昭和の中頃「あがた森魚」が唄った 「赤色エレジー」と言えば頷いて頂けるだろうか・・。 素人の音痴が音楽の方向性を論ずるものではないが「ジンタ」は後の「サーカス」や「チンドン」 [続きを読む]
  • 秋暑の候・・
  • 「便りの無いのは良い報せ」という諺があるが、私の場合は兄弟たちが関西方面に住んでいて季節の便りは元気を示す証明書でもある。急ぎの用なら電話一本、メール一通で間に合う世の中だが書簡の遣り取りは長年の習慣でもあり時には良いものだと思う。近頃は年齢と共に文字が斜に流れたり読みづらい節もあるが、それもお互い様というべきところだろうか・・。 早朝、いつもの散歩道を迂回してコンビニへ向かい残暑見舞いを投函して [続きを読む]
  • ところ変われば・・
  • 生活や文化というものは地域や環境で随分変化するものである。気候も変われば言語、慣習など全く違う世界を見るようなことに出会うものだが、お国柄・・という特性であろうか。見たことも聞いたこともない実際を目の辺りにすると驚きを隠せないものである。例えば・・結婚して新所帯を構えた夫婦・・スタートでは自我を抑えるが時が経つと少しずつ我儘が出始め、夫婦喧嘩が始まる。その端緒は決まって食べ物の味覚、習慣、味付けの [続きを読む]
  • 男の夜曲
  •    ー天地は万物の劇慮にして光陰は百代の過客なり、浮生は夢の如し           歓を為す幾ばくぞ、古人燭を取りて夜遊す、洵に故あるなりー 此の世は生きるものゝ宿・・ならば時間は宿の客だろう。人生とは夢の様に過ぎるものらしい。人はどれほど長生きが出来るというのだ?古人は蝋燭に火を灯してまで酒を酌み交わし詩歌を吟じたというが意義があり尤もなことだと思う・・・と詠んでいるのである。李白のー桃李芳 [続きを読む]
  • 八月十五日(終戦の日)の記憶
  •       山ノ向カフハ村ダッタ タンボノツヅク村ダッタ       ツヅクタンボノソノ先ハ 青イ アオイ 海ダッタ       廣イ ヒロイ 海ダッタ 小サナ白ホガ 二ツ三ツ         青イ海ニ浮カンデタ  遠クノ方ニ 浮カンデタ 国民学校二年生・・尋常小学国語読本、巻2の巻頭で習った詩である。薄れた記憶だと思っていたが正確に覚えていたことに驚く。つい先刻の探し物や昨晩のお惣菜さえ忘れてい [続きを読む]
  • 骨董道中記・嘘も浮世の隠し味
  • 文学や芸術の世界では『上手な嘘が書けない作家からは満足な作品など生まれない』と大胆なことを言う人もいる。一般には関心度の少ない古美術・骨董の世界だが、昭和の中頃、日本中の陶磁ファンを震撼とさせる事件?があった。数奇者にはご記憶の『永仁の壷騒動』である。過去に発掘された筈の古陶器?を、作陶家先生が『実はあの壷は私が造ったものでした』と発表されたのである。 研究心・・古陶磁への探究心が高じて遊び心に火 [続きを読む]
  • 黄昏ショウボート
  •    『近江の海(み)夕波千鳥汝が鳴けば心もしのに いにしえ思ほゆ』 柿本人麻呂である。近江の海・・琵琶湖にも夕陽が眩しく映る季節がやって来た。『近江八景』と呼んでいるが、ご存じの通り、古くは中国の湖南省、洞庭湖畔の「瀟湘八景」に倣った呼称である。江戸時代、元禄版の地誌「淡海録(おうみろく)」に依れば遠江国(とうとうみのくに)より(畿内からは)近きにあり、故に「近つおうみ」に転じた・・とある。湖水 [続きを読む]
  • 座右の銘
  • 生業としながらも、私は生命の洗濯を古美術・骨董に託して生きている。自身が生きた歳月を江戸時代に置き換えてみると、とっくに此の世には存在しない年齢だ。そう考えると元気に暮らせる一日に感謝しなければならないが、人間の欲望には際限がなく、商いを論ずるよりつい愉しみを共有出来る仲間を優先させたくなる私である。 《座右の銘》・・・ご存じのとおり論語や道歌、世に名を馳せた先人たちの格言など道標にしたい語録は沢 [続きを読む]