種村威史 さん プロフィール

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種村威史さん: 歴史研究者の雑感記録
ハンドル名種村威史 さん
ブログタイトル歴史研究者の雑感記録
ブログURLhttps://ameblo.jp/takashi-x11r/
サイト紹介文江戸時代を研究する過程で、発見したこぼれ話や、当方担当の講座の告知などをするものです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供137回 / 365日(平均2.6回/週) - 参加 2016/04/02 21:36

種村威史 さんのブログ記事

  • 【拡散大希望】十六世紀史研究学会のご案内
  • 以下、研究者仲間の渡邊大門さんの研究会のご案内です。お時間があれば是非!ホッとな若手研究者による、ホッとな研究報告です。なお、周囲にご興味の方、いらっやいましたら、拡散くださいませ。(以下渡邊氏の案内文) 【これだけ全員リツイートしてください!】十六世紀史研究学会のご案内。日時:2018年7月28日(土)15時00分、場所:市川市男女共同参画センター 研修室E、報告者:岩田康志氏、タイトル:「戦国大名今川家 [続きを読む]
  • みなさま、ご自愛を
  • 震災、豪雨、猛暑・・・さまざまな自然の脅威が、我々を一気におそっている、この7月。夏風邪も罹患も見られるようです・・・。みなが協力し対応できることは、協力し合い、なんとか乗り越えていきたいものです。そして、まずは、みなさま、ご自愛を。このうち続く猛暑ですから、無理のないようなご活動、祈念しております。 [続きを読む]
  • 【近世史研究余禄〜江戸時代の土佐の名物〜】
  • 1.、山内家の書状を読んでいると、近世の江戸時代初期のものに 「酒盗(しゅとう)」 という言葉が出てきます。 言うまでもなく、我々が大好きな、鰹の腸を和えた酒のつまみ。国許より江戸藩邸に送ったりしていたようです。 ちなみに、Wikipediaの「酒盗」の項では、「正徳2年(1712年)頃の出版とされる百科事典、和漢三才図会にすでに酒盗という名称がみられる。」と記述していますが、山内家の書状での記述は、これより相当、遡る [続きを読む]
  • 【近世史研究余禄〜土佐の宝永大地震と記憶・記録〜】
  • 記録に残る大地震のうちでも、最大級とされる、宝永4年(1707)10月の南海沖の大地震(宝永の大地震)・ 数年前、高知の旧土佐山内家宝物資料館(源 高知県立高知城歴史博物館)にて、震災関係のとある記録を閲覧していて。 その大地震と津波は、白鳳時代以来の大災害と認識されていた記録を発見。相当な衝撃だったんですね。 しかし、あのなぁ…土佐は本来、石高、50万石余だったが、白鳳時代の震災により、30万石余りが損耗し [続きを読む]
  • 【近世史研究余録〜江戸時代の殿様のはなし〜】
  • 土佐藩二代藩主 山内忠義って、いかにも、初期の殿様らしく、なかなか豪快な人なよう。特に酒の話題には事欠かない。例えば、 ・大名たちと飲み会やって(江戸城うちだったかな)あげくの末に、ひっくりがえり、高いびき・これもどこかの席で、飲んだ末に、豪快にもどしちゃって。で、そのブツを小姓が口ですすって処理したというオチ( ; ゜Д゜)・国許家老には、たまに、これからはひかえますよっと( ´△`) などと、わざとらし [続きを読む]
  • 【近世史研究余禄〜「朝敵」という言葉〜】
  • 土佐山内家の寛永10年の書状の中で「朝敵」って言葉がある。幕府側が言ってるもの。 朝敵から天皇を守護するのが将軍の役目だと認識の流れの中で登場する、 僕にとっては、その用語が載る徳川時代最古の史料なのだが。他にもあるのかな。 幕末になると、普通に登場する言葉ですが・・・・・。 大政委任論や王臣論が登場するはるか前の、近世初期の天皇と将軍の関係を考える上で、興味深い事例であることは間違いありません。 [続きを読む]
  • 【近世史研究余禄〜公家の流罪〜】
  • 近世初期の政治史にまつわる面白い史料を発見したので紹介を。 話はある宮様とそれをとりまく公家の流罪をめぐる一件。 どうも宮様が不埒な行いをしたらしく、幕府は彼とその周辺の公家の流罪を決定。幕府は彼者達の預地選定のため、土佐、徳島、松山の各藩に領内事情についての書付や絵図の提出を命じました。幕府にとっては、城下付近に、適当な山の在るか、寺が存在するか、などが預地選定の基準だったようで、その参考資料と [続きを読む]
  • 【近世古文書学の試み〜近世初期の書状の運ばれ方の一事例〜】
  • 初期の土佐山内家の書状を読んでると。 山内家にて、江戸屋敷から藩主が、大坂在役(大坂の蔵屋敷に駐在する一種の留守居)に書状を送るとき。いくつか輸送方法があるのですが、最も急を要したり、重要な書状については、「公儀飛脚」(幕府主催の飛脚。最も早いのかな)を使わせてもらってます。 で、公儀飛脚で輸送された書状が、まず、どこに届くかと言えば、実は大坂町奉行所なんですね。その後、大坂在役は町奉行役所へ赴き [続きを読む]
  • 【近世史研究者の呟き〜豊臣秀頼の位置づけ】
  • 先日、母校「史学基礎演習」で、笠谷和比古さんの二重公儀体制論を読み、近世政治史研究史上での笠谷論を位置付けてみました。 二重公儀体制論とは、従来は関ヶ原合戦後以降、慶長八年の徳川家康の将軍任官に伴い、豊臣秀頼は一大名に転落した、という見方を、史料に基づき、慶長期は将軍型の公儀(徳川公儀)と関白型の公儀(豊臣公儀)が並立し、さらに、豊臣恩顧の大名が固まる西国と統治は、徳川は豊臣家に管理を委ねた、とい [続きを読む]
  • 【近世史研究余録〜天保期日光社参の史料群「青山家文書」をめぐる諸問題〜】
  • 東京都立中央図書館所蔵の「東京誌料」には、天保社参で奏者番兼日光祭礼奉行を勤めた美濃郡上藩青山家の、当該期社参に関する一連の史料群が、同家作成の江戸時代作成の目録付で存在します。この目録と照合すると、青山が日光社参に携わり作成したうち、後世に伝来すべきと残した史料群がすべて、同館の「東京誌料」内に存在することが明らかです。 なお、「東京誌料」については、以下のURLからご確認を。 https://www.libra [続きを読む]
  • 【拡散大歓迎 講座のご案内】朝日カルチャー・立川教室の古文書講座
  • 毎月第1・3週の木曜に、 「江戸時代の古文書を学ぶ」講座、初級編(10:15〜12;15)、中級編(13;00〜15;00)を、開講中です。 初級編は、江戸時代の諸法令や事件などをまとめた記録類を講読するもの。最初は、講師が解読し、のちに受講生全員で読むスタイル。 中級編は、江戸時代の諸記録をテキストに、受講生が輪読するもの(事前に発表ヶ所を割り当てますので、ご安心を)。現在は、安政の江戸地震の記録「地震一件」をテ [続きを読む]
  • 【近世古文書学の試み〜似たような草書体文字〜】
  • 高木昭作さんが指摘した「被」「罷」も要注意だが、変体かな「尓」と「等」の異体字(「ホ」みたいな方)はかなり似ているな…。今日、講座で山内家の書状を読んでいたら、「我ホ(われら、※このがPCでは出ないので敢えて、カタカナの「ホ」で入力。名誉のためまで。)」を「我尓(われに)」と読んでしまい、「なんか変だなー、文脈上」と内心思いつつ、はっ、読み間違いだ…と気づいた次第。気づいて良かった…(--;) [続きを読む]
  • 【駅そば愛好会 番外編 〜高幡不動駅「たまの里」〜】
  • 昨日は駅そば2件(小田急線登戸駅の「箱根そば」、京王線高幡不動駅「高幡そば」)にフラれる悲劇・・・。で、結局、いつもの「たまの里 高幡不動SC店」で夕食。 いつもの、かき揚げ一本から、すこし目先を変え、たぬきそば(500円)とミニ天丼セット(350円)を注文・・・たぬきそばは勿論、美味しかったで。さらに、ここはご飯は美味しい!だから天丼も生きるというものです。 いくらオカズが美味しくとも、ご飯がだめな定食 [続きを読む]
  • 【古文書インストラクターの告白】麻布にある意外な史跡
  • 予備知識なしで、麻布界隈をぶらぶらしていた頃、おっ、と気づいた史跡。下は、寛文3年建立の浄土宗、専称寺(港区元麻布3-1-37)。 ここに幕末の志士がひっそりと眠っております。そう、沖田総司。そのお墓が下のもの。 現在では、屋根が付けられております。もちろん、立ち入ることは出来ませんでしたが、あ〜、おしゃれな、麻布にもこんな史跡あるのか、少し驚きでした。まだまだ気付かない( [続きを読む]