ムベ さん プロフィール

  •  
ムベさん: 石ころ
ハンドル名ムベ さん
ブログタイトル石ころ
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/bachan-no-1
サイト紹介文もろもろの支配と権威との武装を解除し、キリストにあって凱旋し、彼らをその行列に加えて、さらしものとさ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供168回 / 365日(平均3.2回/週) - 参加 2016/04/03 00:38

ムベ さんのブログ記事

  • 形式的な祈り
  • 型どおりの祈りには、聖霊の働かれることはあるのだろうかと思っていた。初めて教会に来た人が、形式からお祈りを学ぶことになるのは残念だ。キリスト者のお祈りは主との親しいお交わりであり、霊の深呼吸であり、世にあっての信仰告白の場でもある。言葉にならない祈りは絶えることなく続いている。決まり文句のお祈りは人に語っているようで、主に対してとても冷たく感じられた。主の祈りを聖書どおりにゆっくりと祈る時、言葉は [続きを読む]
  • かたつむり
  • お隣の壁に かたつむりなに戸惑っているのなに考えているの朝からずっと そこに居る止まぬ雨に ご機嫌でしょうに渦巻きお家から角突き出して物思いにふけっている行くも戻るも 出来ないほどに私も同じ かたつむり朝からずっと立ち往生成すべき事がわかっても思いは迷う 立ち往生 [続きを読む]
  • 神から発し、神によって成り、神に至る
  • イエス・キリストはすべて人の救いの為に、十字架で身代わりの命を捧げてくださった。罪の代価は支払われて救いは「完了した」のだ。救われるために人がしなければならないことは何もない。しかし人は、何一つ付け加えることが出来ない事は気に入らなくて、謙って受けることを避けるために思いつく限りの善を行おうとする。私が救われたのも力尽きて何も出来なくなった時だった。だから私は、救われる人を望みをもって待つことがで [続きを読む]
  • 賢くする実
  • 人はね、「少し賢くなる」ことは出来るのですが、「少し愚かになる」ことが出来ないのです。エデンの園で、神様に禁じられていた実を食べてしまったからです。痛ましいことです。十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。(Ⅰコリント1:18) [続きを読む]
  • 秋の雨
  • 雨は音もなくもう三日・・千両の実がほんのりと赤くなってお隣の柊にも紅い実を見つけた栗の葉も少しずつ黄色くなって紅葉も少しずつ赤くなって柿の葉は豪華な赤や黄色に秋の雨はいっぱいの色を持って来る秋の雨は誰も気付かぬペンキ屋さん秋の雨は働きものでスケジュールがいっぱいなのだから・・もう三日も降っている [続きを読む]
  • イエスは涙を流された
  • イエスさまが、ラザロを生き返らせるために来られた時、死を嘆き悲しむ人をご覧になって涙を流された。イエスは涙を流された。(ヨハネ11:35)キリスト者なら、死んでなを御国で再会することを知っている。それでも家族や友人の死に、取り乱すほどの悲しみ辛さを味わうことも事実である。イエスさまが、主人を死の間際まで痛むことなく、苦しまないように御側に召してくださったことに私は深く感謝していた。それでも霊柩車の [続きを読む]
  • イエスさまとの距離
  • 復活のイエスさまは、天の御座に居られて御父に私たちたちを執り成してくださる。このことは理解している。気落ちした空しい思いがよぎるとき、後悔が心を占めるとき「イエスさま」とつぶやくと、瞬間に得も言われぬ平安と希望が心に広がる。このことは理解ではなくいつも経験していることなので、こちらの方が私には真実に近い。でも、どちらも真実なのだ。神は聖徒たちに、この奥義が異邦人の間にあってどのように栄光に富んだも [続きを読む]
  • 距離
  • 孫の誕生日のレストランの様子がラインで送られてきた。ケーキの前の満面の笑みに一緒にその場にいるような気がした。だいぶ前にスカイプを付けてくれたけれど、さすがにそれは互いにちょっと引いてレンズにシールを貼ったまま。時々ちょっと淋しいと思うこともあるけれど、ラインくらいが丁度良い距離感なのだ。スマホの写真、第二弾 [続きを読む]
  • イエス・キリストの孤独
  • イエスさまのこの世での孤独が胸に迫ることがある。罪の無い方が罪の人々の中で、人として生きることがどういうことなのかと・・。群衆はもちろん、家族も人であって罪を持っており、生まれてから十字架までイエスさまを本当に知る人はいなかった。だから幼い頃から御父との祈りの中に居られたのだ。するとイエスは両親に言われた。「どうしてわたしをお捜しになったのですか。わたしが必ず自分の父の家にいることを、ご存じなかっ [続きを読む]
  • 秋風の中で
  • 買い物に行くためにバイクで走っていると、もう少しで蛇を轢きそうになった。もう寒いだろうに・・、ある程度車も人通りもある道を10月にのんびり横断している。夏の蛇は恐いのだけれど秋の蛇は少し憐れだった。昼からはウォーキング。追い風に乗ってカサカサと落ち葉踏みつつ坂道を登る。大きなカーブは横風に煽られて・・、戻り道は向かい風に身を預けるように風を楽しんで歩いた。空は鱗雲に覆われているので明日はやはり雨か [続きを読む]
  • 名乗るオレオレ詐欺
  •  昨夜、まったりとエンヤを聞いていると電話が鳴った。受話器から聞こえたのは、咳き込みながら「○○」息子の名を名乗る声だった。どれほど酷い風邪を引こうが息子の声ならすぐわかる。「これは例の詐欺」と気付いた。ただ「おれ、おれ」ではなく、息子の名を名乗られたことがショックだった。名前を口にされたことで不安になった。それは相手の情報量がはかれない気持ち悪さである。「はぁ?」というともう一度名乗ったので、「 [続きを読む]
  • ぽっとん ぽっとん
  • しずくがぽっとん 木の葉がゆれるふるふる揺れる ふるふる揺れるぽっとん ぽとっんふるふる ふるふる 秋の雨が冷たくてふるふる 木の間が揺れている朝から ふるふる窓の外昼間も ふるふる窓の外 [続きを読む]
  • 生かされて
  •  20数年乗っているバイクはご機嫌で、今なを行きたい所に連れて行ってくれる。おんぼろ屋根も守られて「これでよくもまあ・・」と時々首を傾げつつも、不安になることもなく過ごさせて頂いて居る。好きなものを作るからご飯は美味しく、買い物も(大した物も欲しくないのでしれているけれど)楽しんでいる。聖書は何時でも自由に読めるし、大声で賛美しても気を使うこともない。ゲームを楽しみ好きな音楽に心を任せて・・今は気 [続きを読む]
  • 秋色の道
  • かすかな金木犀の香りに振り向いた時シオンの紫は野にたなびいてコスモスは風のように揺れていた彼岸花は畦に並んだ大応援団真っ赤な熱い血潮の応援団それはほんのしばらくだけど・・秋にやさしく肌ふれられて「涼しくなりましたね」「ええ、楽になりましたね」笑顔で声を掛けて行くドングリ踏んでプッチッと砕けたドングリ転がる坂道を、ぷちぷち鳴らして登り行く鹿の悲鳴を挟みつつ・・ [続きを読む]
  • 安息に入るための戦い
  • いつの間にか沈んで行く心を止められなかった。「ただの言い放しで何も出来ないではないか・・それでは何も変わらない。」そんな惑わしの声を聞いてしまってから・・。わかってはいるのだ。主に聞いたことを語るだけの者であることも、見張ったり心配して気落ちすることは僭越なことであることも。ずっとみことばから、救いは主のみわざであると聞き続けているけれど、それは心までで腹に落ちてこないのだ。心などはコロコロと揺れ [続きを読む]
  • 安息に入るための戦い
  • いつの間にか沈んで行く心を止められなかった。「ただの言い放しで何も出来ないではないか・・それでは何も変わらない。」そんな惑わしの声を聞いてしまってから・・。わかってはいるのだ。主に聞いたことを語るだけの者であることも、見張ったり心配して気落ちすることは僭越なことであることも。ずっとみことばから、救いは主のみわざであると聞き続けているけれど、それは心までで腹に落ちてこないのだ。心などはコロコロと揺れ [続きを読む]
  • 美しい傷跡
  • 「港町のカフェテリア」さんのブログにいつも心を揺さぶられる。若い頃、貧しさと孤独の恐怖の中で聞き続けた曲たち。モノクロの世界に閉じ込められて、心の痛み止めのように聞いていた・・。生きる苦痛の中で、自身を守る言葉さえ失って聞いていたのに・・、今は何と美しく聞こえることだろう。半世紀を経て、よく熟成されたワインのようにじ〜んと心の深い襞に落ちてゆく・・。耳の聞こえない息子にこんなことを話すなんて・・。 [続きを読む]
  • 大雨警報
  •  昨夜、「イエスさま。今日の平安を感謝します。買い物をしている間も楽しかったです。帰り道のバイク同士の事故から守ってくださって感謝します。眠っている間も共に居てくださることを感謝します。」お布団の上でお祈りをして眠りに就いた。眠りは小さな死、夢で主にお会いしているかもしれないと思うと、ふわぁっと幸せな気持ちになれるのだ。 今朝7時すぎに目覚めて、いつものように枕元のラジオのスイッチを入れると、地域 [続きを読む]
  • 風見鶏
  •  風見鶏はとは世の風向きによって動く定見のない人・・ともあるけれど、キリスト者は世の嵐の中で、聖霊によってイエス・キリストを常に指し示す風見鶏。世の問題に吹き回されることなく、聖霊が語ってくださるキリストの言葉を提示する。たいがいの問題は、心や体に絡みつく死の絶望から出ており、罪の結果である死から解放してくださるのは、十字架で人の罪をあがなわれたイエス・キリストだけである。救いのわざは主のなさるこ [続きを読む]
  • たぼちゃんさんへ (一粒の麦)
  • まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。(ヨハネ)私は子育てに行き詰まってイエスさまに救われた者です。イエスさまが十字架で一粒の麦となって、人の罪を負って死んでくださったことを信じるた時、過去、現在、未来のすべての罪が赦されたとわかりました。もう罰せられることも責められることもないと知って、とても [続きを読む]
  • 種まき
  • >細かな細かな種を土に落として、土を掛けることは葬りの儀式種は暗闇の死を経て、光の中に新しい命を生え出す種まきをする人は誰でも命の復活を知っている主が創造の初めに備えられた命が何倍にもなって、人をも生かしてくれることを・・すべての緑、すべての花々キリスト者のいのちも死を通ってきた種蒔きは復活の喜び、それは新しい出会い、成長は日々の楽しみ柔らかな緑の葉っぱはすでに心に広がっている夜は寝て、朝は起き、 [続きを読む]
  • 今日のみことば(2017/09/06)
  • 「自分のために大きな事を求めるのか。求めるな。」(エレミヤ45:5)旧約聖書から・・。「ただあなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい」(ルカ10:20)新訳聖書から・・。聖霊は常に私を見張って、朝毎にみことばをもって平安に導いてくださいます。アーメン。感謝します。 [続きを読む]
  • 愛は応答する
  • わたしは彼らを幸福にして、彼らをわたしの喜びとし、真実をもって、心を尽くし思いを尽くして、彼らをこの国に植えよう。(エレミヤ32:41)全能の神が「真実をもって、心を尽くし、思いを尽くして・・」と、旧約聖書にあるのを見て驚いた。主なる神様の方から、心を尽くして愛してくださり、思いを尽くして愛してくださったのだと・・。「幸福にして、わたしの喜びとし・・」とある。人の喜びは神の喜びだった!イエスさまは [続きを読む]
  • ひまわり
  • 幼い日に 誰もが一度は描いているお前は親しさにおいてNO1お前は爆発する 花の命のNO1お前には躊躇は無く 無邪気さにおいてNO1おおらかに のびやかに 雲を突き破って天まで届け [続きを読む]
  • 初めに主に祈って
  • 「主よ。感謝します。今日はメッセージをよく理解することができました。愛する主がはっきりと語られていて、「アーメン、アーメン」と喜びの声を上げつつ聴かせて頂きました。そのようにして、人々はもはや、「主を知れ」と言って、おのおの互いに教えない。それは、彼がみな、身分の低い者から高い者まで、わたしを知るからだ。(エレミヤ31:34)語っておられる人の中に充満して居られる主が、言葉となってご自身を現してく [続きを読む]