ムベ さん プロフィール

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ムベさん: 石ころ
ハンドル名ムベ さん
ブログタイトル石ころ
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/bachan-no-1
サイト紹介文もろもろの支配と権威との武装を解除し、キリストにあって凱旋し、彼らをその行列に加えて、さらしものとさ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供253回 / 365日(平均4.9回/週) - 参加 2016/04/03 00:38

ムベ さんのブログ記事

  • 律法から解放されて神の国の豊かさを知る(ルカ13章)
  • イエスは、その女を見て、呼び寄せ、「あなたの病気はいやされました」と言って、手を置かれると、女はたちどころに腰が伸びて、神をあがめた。この女はアブラハムの娘なのです。それを十八年もの間サタンが縛っていたのです。安息日だからといってこの束縛を解いてやってはいけないのですか。」こう話されると、反対していた者たちはみな、恥じ入り、群衆はみな、イエスのなさったすべての輝かしいみわざを喜んだ。(ルカ13:1 [続きを読む]
  • アスパラ菜の引っ越し(2018年10月17日)
  • プランターに、何度も間引いて残した5本のアスパラ菜が、想像以上に大きくなって虫取りがしにくくなって来た。庭の草取りをして気づいたプランターサイズの自作の畑に、間引いて植え替える事を決定。素人は思いつきで行動するという自由を持っているのだ。押せ押せの株の間に、そっと草引き鎌を差し込み、株を起こしてスコップで根を受ける。側で見ておられた野菜作り数十年の方に、「虫歯を抜く歯医者さんの気分・・」なんて言い [続きを読む]
  • すべてを祝福の備えとして
  • 主は、現在も警告や導きのために預言させなさることがある。以前、教会の取るに足りない者を用いなさった。主から出た言葉はすべて、何年か後にその通りになった。一部始終を見た者は、たとえ不都合な事であっても、その事実を伝える責任がある。パリサイ人や律法学者がそうしたように、不都合を見なかった事にしてはならない。それはイエスさまを知らないと言うことであるから・・。その時、「わたしはあなたを、全然知らない」と [続きを読む]
  • 弟子は主の帰りを待つ (ルカ12章)
  • 「あの倉を取りこわして、もっと大きいのを建て、穀物や財産はみなそこにしまっておこう。そして、自分のたましいにこう言おう。『たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。』」しかし神は彼に言われた。「愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。」(ルカ12:18〜20)持ち物を [続きを読む]
  • 弟子の思い煩い (ルカ12章)
  • そして人々に言われた。「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。」(ルカ12:15)何年も遊んで暮らせるほどのものを溜め込んでも、命は神さまから一日分ずつたまわるものであり、衣食住の心配がなくなることで、命の心配がなくなると思うのは勘違いである。この勘違いによって、人は大切な時間を費やしてしまう。それから弟子たちに言われ [続きを読む]
  • 聖霊を汚す者 (ルカ12章)
  •  五羽の雀は二アサリオンで売っているでしょう。そんな雀の一羽でも、神の御前には忘れられてはいません。それどころか、あなたがたの頭の毛さえも、みな数えられています。恐れることはありません。あなたがたは、たくさんの雀よりもすぐれた者です。(ルカ12:6〜7)髪の毛の数さえも数えられているとは・・、大げさに感じたことがあった。抜け落ちて変化し続ける数をと思ったけれど、人の心はもっと変化するものであった。 [続きを読む]
  • 家の中でささやいている言葉(ルカ12章)
  • あなたがたが暗やみで言ったことが、明るみで聞かれ、家の中でささやいたことが、屋上で言い広められます。(ルカ12:3) 人の知らない暗やみで、また家の中でささやいたことが屋上で言い広められると・・、それは、不信仰で裏表のある言葉を口にしている者には恐れだけれど、いつも一つ覚えのようにみことばを語っている者には好都合である。出掛けて行って相手を選びながら、語る必要がないからである。しかし自分自身に信じ [続きを読む]
  • 自由 (2018.10.3)
  •  コーヒーが切れかけていた。出来るだけ新しくて好みのものを選びたいから、大型スーパーに行こうと先日から考えていた。時々バイクを走らせないと、オンボロゆえに動かなくなってしまうのだ。まあ、エンジンが掛かればとても調子よく走ってくれるのだけれど・・。しばらく放ってあったので動かすのに手間取るし、パンク事故以来いくらかの恐怖心も残っている。どうしても今日コーヒーを買いに行く必要があるわけではなく、少し待 [続きを読む]
  • 「怒りな」(2018.10.2)
  •  テレビを見ていて独り言を言うのも一人暮らしの老人には呆け防止らしいけれど、思わず怒りや苛立ちの言葉が出る事もある。そんな時「怒りな(怒るのは止めなさい)」となだめる主人の声が聞こえる。天国に行ってもう4年になるのに・・以前と同じように聞こえる。一緒に暮らしていた時から、ちょっと間の抜けた調子で「怒りな」と言われると、気が抜けたしまって「そうだね。まあいいっか・・」と心がすぐに切り替わった。夫婦っ [続きを読む]
  • 気づかれない墓(ルカ11章)
  • わざわいだ。パリサイ人。おまえたちは会堂の上席や、市場であいさつされることが好きです。わざわいだ。おまえたちは人目につかぬ墓のようで、その上を歩く人々も気がつかない。(ルカ11:43〜44)死を意識する事は、人に永遠への思いを起こさせるために重要である。墓はそれを思い出させる場所、しかし彼らの墓は何の記念にもならなかった。彼らはそのことを語らず、彼らを通して知る人もなく、滅びからの脱出の道であるイ [続きを読む]
  • 「台風24号」さなかには忘れていた
  •  猛烈な台風が我が家にやって来るという予報に、昨日から一応外回りを片付け、バイクも「ゴメンね」と謝りながら、ガラスが割れると困るので軒先から外に出し、お昼には二階の雨戸を閉めて台風対策をきちんと完了した。「イエスさま。ここまでが私に出来ることです」ということで、後はまな板の上の鯉を決め込んだ。鯉はまな板の上で頭をもたげて、今包丁が何処にあるのかなんて見張らないだろうと、あまりテレビを見る事もなかっ [続きを読む]
  • あなたのうちの光が暗やみにならないように (ルカ11章)
  •  イエスさまを信じた時は、心の中がきれいに整理整頓されて思いも清められる。イエスさまが悪霊を追いだしてくださったからである。そうして、みことばの光の中で住むようになる。しかし、常にみことばに聞いて人生を選び取っていなければ、いつの間にか世に流されて光を失って行く事になる。汚れた霊が人から出て行って、水のない所をさまよいながら、休み場を捜します。一つも見つからないので、『出て来た自分の家に帰ろう』と [続きを読む]
  • 「・・・」
  • 笛を吹いてやっても、君たちは踊らなかった。弔いの歌を歌ってやっても、悲しまなかった。それでも笛を吹き続け・・弔いの歌を歌い続けるのは、愛する方の心を知っているからなのだよ。踊らない者の前で、ひとりで笛を吹きながら踊っている。悲しみの笛を吹きつつ・・涙を流がしている。 [続きを読む]
  • 「父よ」(ルカ11章)
  • 主のいのりは、神さまとの関係を求めてイエスさまに教えて頂いたもの。天地創造の全能の主に、日々「父よ」と声に出して話しかける。これこそすごい特権であり、主のいのりによって自分がどの様な者なのかを知るのである。そこでイエスは、彼らに言われた。「祈るときには、こう言いなさい。『父よ。御名があがめられますように。御国が来ますように。私たちの日ごとの糧を毎日お与えください。私たちの罪をお赦しください。私たち [続きを読む]
  • どんな心で何を聞くのか(ルカ10章)
  •  すると、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスをためそうとして言った。「先生。何をしたら永遠のいのちを自分のものとして受けることができるでしょうか。」イエスは言われた。「律法には、何と書いてありますか。あなたはどう読んでいますか。」すると彼は答えて言った。「『心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』、また『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』とあります [続きを読む]
  • 平安の子 (ルカ10章)
  • 主は、別に七十人を定め、ご自分が行くつもりのすべての町や村へ、ふたりずつ先にお遣わしになった。そして、彼らに言われた。「実りは多いが、働き手が少ない。だから、収穫の主に、収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。さあ、行きなさい。いいですか。わたしがあなたがたを遣わすのは、狼の中に小羊を送り出すようなものです。財布も旅行袋も持たず、くつもはかずに行きなさい。だれにも、道であいさつしてはい [続きを読む]
  • 国籍は天にある (ルカ9章)
  • さて、彼らが道を進んで行くと、ある人がイエスに言った。「私はあなたのおいでになる所なら、どこにでもついて行きます。」すると、イエスは彼に言われた。「狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子には枕する所もありません。」(ルカ9:57〜58)キリスト者はこの世に安住の地所を持つ者ではなく、世に枕して眠りこける者でもない。ただ、主が備えてくださるものによって生きるのである。イエスは別の人に、こう言わ [続きを読む]
  • 同じ価値観をもつようになる(ルカ9章)
  • さて、弟子たちの間に、自分たちの中で、だれが一番偉いかという議論が持ち上がった。しかしイエスは、彼らの心の中の考えを知っておられて、ひとりの子どもの手を取り、自分のそばに立たせ、彼らに言われた。「だれでも、このような子どもを、わたしの名のゆえに受け入れる者は、わたしを受け入れる者です。また、わたしを受け入れる者は、わたしを遣わされた方を受け入れる者です。あなたがたすべての中で一番小さい者が一番偉い [続きを読む]
  • 分かるまで聴き続ける(ルカ9章)
  •  イエスは弟子たちにこう言われた。「このことばを、しっかりと耳に入れておきなさい。人の子は、いまに人々の手に渡されます。」しかし、弟子たちは、このみことばが理解できなかった。このみことばの意味は、わからないように、彼らから隠されていたのである。また彼らは、このみことばについてイエスに尋ねるのを恐れた。(ルカ9:44〜45) 初めは不思議だと思った。イエスさまは十字架のことを話されながらも、「わから [続きを読む]
  • 喜びの十字架(ルカ9章)
  • 「人の子は、必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、そして三日目によみがえらねばならないのです。」イエスは、みなの者に言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。(ルカ9:22〜23)キリスト者は人生の計画も、家族も、命も、いつの間にかイエスさまに全部託して歩いていることに気付く。わたしは心優し [続きを読む]