日日是好日 さん プロフィール

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日日是好日さん: 老人バックパッカーの世界旅
ハンドル名日日是好日 さん
ブログタイトル老人バックパッカーの世界旅
ブログURLhttps://teruya00.muragon.com/
サイト紹介文定年退職し、第2の青春で、若いときにかなえることができなかったバックパックの海外旅を実現します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供18回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2016/04/25 14:21

日日是好日 さんのブログ記事

  • ジョグジャカルタにて
  • バンドゥンからジョグジャカルタへの列車の旅の途中の風景です。トタン屋根から瓦屋根のうちになってきました。 ジョグジャカルタのメインストリートのジャランマリオボロは片側の歩道が殆ど工事中でした。 安宿は4部屋しかなく、路地の奥のほうにあり、私としては非常に気に入りました。また、王宮、ラーマヤナ舞踊、ワヤンクリッの場所にも非常に近く重宝しています(200m)。駅から続いている最大の目抜き通りにも近いで [続きを読む]
  • バンドゥンにて
  • バンドゥン行きの列車が出るガンビール駅ですが、コミュータトレインが通っていました。 バンドゥン駅に着いたときの駅のホームの風景です。 こんなデイーゼル車で来ました。 安宿はにぎやかできれいな北口ではなく南口から、雑然とした市場、問屋さん街を過ぎたところにあり、家族経営で祖母、子供と一緒に住んでいる人の良い夫婦がやっている宿でした。宿の部屋に行くときは家族の住んでいる部屋を通り抜けて行きます。私にと [続きを読む]
  • ジャカルタにて
  • ジャカルタの空港からは、空港バスで鉄道のガンビール駅に行くのがあって、ガイドブックによるとガンビール駅から安宿のある中華街のコタ駅まではコミュータトレインが走っていると書いてありました。ガンビール駅までの空港バス(23,500ルピア、183円)は何とか見つけ1時間程でガンビール駅に着いて、コミュータトレイン乗場を探して改札で聞いていると、改札が行列をなして込んでいたのも有って後ろから太ったおばさん [続きを読む]
  • ブキティンギにて(その弐)&パダンでの出来事
  • 第2次世界対戦時に日本軍の掘った防空壕のあるパノラマ公園に行きました。修学旅行生がいっぱい来ていました。 防空壕は意外と広くて、こんな無駄なものを造って兵力を消耗させた陸軍幹部の脳の無さを体現しているみたいですね。いくつかある防空壕の入り口のひとつでインドネシア人の団体がいました。 無駄に縦横無尽に広がっています。 昼間にミナンカバウ伝統舞踊を見せてくれる劇場に行くと閉まっていましたが、公園のガー [続きを読む]
  • ブキッティンギにて
  • パラパッから夜行バスでブキティンギに移動しましたが、15時間のバスの旅はこれまでの夜行バスの旅の中で、一番快適でした。60人乗りの大型バスに20人ぐらい乗っていて、外人は僕とドイツから来た若者だけでした。ピークシーズンは6月かららしいけれども、外人旅行者はとてもより少ないです。パラパッのフェリーターミナルから出る乗合タクシーは、300,000ルピア(2,350円)ですがこれまでの経験から言って押し [続きを読む]
  • トバ湖湖畔の街 パラパッにて
  • メダンからツアーバス(120,000リンギッド、1,000円)にて4時間近く掛かって、パラパッに着きました。 途中の風景です。田んぼが多く見られました。 メダン近郊はモズリムの寺院が多かったのですが、パラパッに近づくにつれ、キリスト教会が現れてきて、途中からはキリスト教会だけになりました。 地球の歩き方には「ガラが悪く」「手数料稼ぎのため嘘もつく」「強引な客引き」?!と書いてあるガイドもどきだと思 [続きを読む]
  • ブキッラワンにて(元山岳民族との遭遇)
  • ツアーバスと言っていましたが、実際は乗合タクシーで4人相乗りで乗ってきました。ヨーロッパからの老人夫婦とカナダからのおじいさんと日本からのおじいさん(僕のこと)でした。途中の道は舗装されていない道も多く、舗装されていても片側1車線なので、追い越し合戦が激しかったです。僕たちの乗ったタクシーもしょっちゅう追越していました。でも、ひどかったのは相手車線の車の先頭に遅いのがいて延々と後ろにつながっていて [続きを読む]
  • マレーシア メダンへ
  • ペナンからマレーシアのメダンに入りそこで入国手続きをしたのですが、大変な目に会いました。イミグレで裏の取調べ室に連れて行かれたのです。現役時代にロサンジェルスでオウム真理教の麻原しょうこうの右肩の人がいて(今アフレとか何とか言う新しいカルト宗教集団を興しているみたいですが)、その人に間違えられた時以来2度目です(あの時アメリカからカナダに逃亡するという情報があった)。 イミグレで帰りの切符を持って [続きを読む]
  • イポーにて
  • ペナンからイポーへバス(20RM,600円)で向かったときの途中の風景です。バナナプランテーションが多いような気がしました。 イポーのバスターミナルです。近代的で広くて驚きました。その前にもだだっ広い近代的なきれいなショッピングセンターがありました。 イポーの街は広々としています。これが駅ですが、とてつもなく広いですが、使っているのはその一部です。一日せいぜい10数便ぐらいしか運行されていません。 [続きを読む]
  • マレーシア ペナンへ
  • いよいよタイからマレーシアへの列車による国境越えです。ハートヤイ駅の写真を撮りました。Haadyaiとなっており、やっぱり現地ではハジャイと呼ばれているみたいです。 これが国境越えの列車で、A4の紙に印刷されたものです。1日2便、朝7時半と午後1時にハジャイを出て、その往復みたいですね。 7:30 ハジャイ発の列車に乗って、イミグレ手続きを行うPadan Besar駅に着き、降りてまず出国手続きを [続きを読む]
  • ハートヤイでの出会い(その弐)
  • ショッピングモールの中には桜が咲いていて、日本式の休息所が設定されてありました。 それにしても嬉しいのは、マレーシアとの国境の町で、これほど日本料理が受け入れられていることですね。バンコックでも見ましたが、しゃぶしゃぶとすしの食べ放題の店です。日本人の感覚ではおかしいですが、並んで待つぐらいの大繁盛です。 Fujiレストラン、ここも並ぶほどの盛況でした。 抹茶ラテなんて有りますよ。 Hokkaid [続きを読む]
  • ハートヤイにて(伝説の安宿キャセイゲストハウス)
  • 国境の町ハートヤイでは、伝説(日本人にとって)の安宿であるキャセイゲストハウスに泊まりました。それはもう古いと言うかぼろいと言うか、すごいですが、ただ部屋は広くて人が集まるための食堂がありました。1960年代以降世界の流れとして若者たちが放浪の旅を始め、日本人の若者たちがアジアの旅に出始めて、旅を進める中での途中の宿がアジア各地にありますが、そのひとつがこのキャセイゲストハウスみたいです。(私の好 [続きを読む]
  • チュムポーンにて
  • 2年前にミャンマーに行きましたが、そのときにミャンマーの最南端の町コートーンに行ったのですが、もう一度行ってみたくなり、チュムポーンからいけるということでチュムポーンに来ました。 フアヒンから列車で来たのですが、後ろの席に座っていた背の高い白人(後でアメリカ人と分かりましたが)が、チュムポーンの駅を降りて宿へ向かって歩いていると、駅前から少し行った道路端で蝋燭を立てていました。気になって声をかける [続きを読む]
  • フアヒンにて
  • パタヤーで体力を使い尽くして、バンコック経由でその日のうちにフアヒンにつきました。この街は、タイ王族のご用達の保養地と言うことで、駅からビーチ前の道路も広く、広々として王族の保養地が多くの面積を占めていて、残ったところでつましく平民(?)が生活をしている感じでした。 フアヒン駅には、王族が駅に着いたときの待合室がありました。キンキラキンでしたが、少し古いかな、と言う感じでした。 街から離れたところ [続きを読む]
  • パタヤーにて
  • パタヤーはこれで3回目で、いつものバンコックからパタヤールートになってしまいます。今回は知っているつもりで、長距離バスターミナルについてからビーチまで歩き(1kmほどで約20分くらい)、そこから10バーツの巡回ソンテオで宿に行くつもりで歩き出したのですが、荷物が重くてなかなか着かず、やっとビーチについて一休みして、ビーチ沿いでソンテオを拾おうとしたら場所が悪いのかつかまらず、結局後1kmほど歩いて [続きを読む]
  • バンコックにて
  • 去年も泊まったインド人のやっている安宿に泊まりました。理由はとにかく安い。シャワー、ファンつきのシングルの個室が700円強、ドーミトリーが300円弱です。それなのに、位置が悪いのか、汚いからなのか空いています。去年地図、住所を頼りに行ったのに3時間もその前をウロウロしました。何故なら、道路に面しているか少し入ったところという認識でしたが、ずっとずっと路地の奥にあります。ロケーション的には、チャイナ [続きを読む]
  • スラーターニーにて
  • 前回は今年初めてのブログであり、張り切って長くなりすぎたので、スラーターニーでの出会いの第2章とします。 ターピー川の向こう岸を更に進んでいくと、東側の川岸から見えた水上家屋がありました。水上家屋の集落へはこのコンクリートで出来た橋で渡ります。 橋の上で集落側を撮った写真です。前の写真の渡し舟のある辺りで地図を見ていると、シンガーミシンのセールスをしているという若い男性が案内を申し出てくれて、写真 [続きを読む]
  • 2018年の旅の始まり
  • 3月1日に日本を発ってタイのバンコック入りしてからはや14日も経ってしまいました。 4、5月から翌年の1,2月までの期間を契約アルバイトで働きその合間に旅をする形が定着したのか(?!)、今回は自我精神の開放を十二分に感じ、バンコックで旅を始めてから、自由を満喫していたため(しすぎて?)に、旅の記録を書くことまで気持ちが向きませんでした。 昔寅さんの映画にありましたが、寅さんが分かれ道に来たときに人 [続きを読む]
  • ネパール カトマンドゥ その2
  • 2月10日に東京を出発した今度の旅もいよいよ最後の日となりました。長かったような短かったような、帰れる安心感と、またルーティーンの生活の戻るのかとの思いが入り混じった複雑な気持ちです。次はまた来年の2月か3月の出発を目標に「日日是好日」です。 最後の日のお土産買いは大変でした。まず、日本大使館を更に北に行ったほうに、近代的なスーパーがあるとのことで、30分以上かけて歩いて行きました。そこは当然、高 [続きを読む]
  • ネパール ポカラにて
  • カトマンドゥ空港からこのプロペラ機でポカラに来ました。9時出発予定が何と8時半に出発しました。すごい?! 17人乗りで16人が乗って、乗車時間約30分で無事着きました。 機内は狭い上に高さも無く、中腰で乗り込みました。本当に久しぶりにプロペラ機に乗りましたが、思ったより揺れなくてよかったです。 ポカラのサランコット(標高1592m)の丘からヒマラヤの山々の上に昇る朝日を見ました(曇って、もやってい [続きを読む]
  • ネパール カトマンドゥにて
  • 14日の夜カトマンドゥに着きましたが、一言、カトマンドゥはカオス(混沌)の世界ですね。これまで居た昆明が碁盤目状に計画だてられた道路、建物とすれば、ここカトマンズ は、無計画の曲がりくねった道、凸凹道、ほこりだらけ、建物は古く、3年前の地震で 倒れたままのが多く、人がひしめいていてます。もう、驚きの世界です。1960年代に目 標を失った若者たち、ヒッピーが流れ込んできたのは、このカオスを求めてきた [続きを読む]
  • 昆明にて
  • 中国の国境の街である河口から昆明へは列車で移動し、河口北駅朝10時発、昆明到着予定15:38到着予定で、15:39到着しました。ほぼ時間通りです。列車も駅も思った以上にきれいでした。河口駅を出た後はトンネルばかりでどうなるかと思ったのですが、登りきった後はトンネルも少なく景色を眺めることが出来ました。あちこちに工事現場があり、高層ビルの建築工事も数多く行われていました。中国は着実に変わってきていま [続きを読む]
  • ベトナムから中国国境の町河口へ
  • いよいよ国境越えです。今回は余裕があり(タイ、カンボジャ、ベトナムは大変でした)、国境越えでぜひ写真を撮りたかったのが、やっと撮れました。 今度の国境越えは、ベトナム側はスムーズで、中国側での手続きは、欧米人2人が係員に電子化システムについて教わっていたので、その係員に機械にパスポートをかざすだけでいいのかとジェスチャーで聞くと、代わりにパスポート読み取り気にかざしてくれて、打ち出されてきた記入済 [続きを読む]
  • ハノイから中国との国境の町ラオカイへ
  • ハロン湾からも戻り、前回泊まった旧市街の1,100円の宿に一泊し、朝食に出たら、比較的近くに、今まで気づかなかったのですが、セロリみたいなねぎ野菜と豚肉がたっぷり載ったフォーがありました。4万ドン(200円)で少し高かったですがうまかった、もっと早く見つけていれば、野菜補給に毎日来たのに、後の祭りです。 ハノイからラオカイへの2階建ての寝台バスでしたが、ベトナム人サイズ(ベトナム人のガイドさんが一 [続きを読む]
  • ハノイからハロン湾へ
  • ハノイの安宿から3番の市内バスでバザーラムバスターミナルまで約20分、7,000ドン(40円)。ザーラムのバスターミナルはバスがただ並んでいるだけの何の番号も標識もありません。名詞カードをぶら下げている係員みたいな人に聞いてみると、このバスだといって切符をひったくられました(そのように感じました)。不安になって、別の係員みたいな人に確認してもそのバスだというので、不安に思いながらも待っていると10 [続きを読む]