KITAYOKOU さん プロフィール

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KITAYOKOUさん: KITAYOKOUのブログ
ハンドル名KITAYOKOU さん
ブログタイトルKITAYOKOUのブログ
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/kitayoukou
サイト紹介文古い町並み、城跡などに癒されます。風景や鉄道の写真も撮ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供87回 / 365日(平均1.7回/週) - 参加 2016/04/26 18:47

KITAYOKOU さんのブログ記事

  • 意外な所に織田信長の位牌が
  • 栃木県のお寺に織田信長の位牌がある。と言えば大抵まさかと思うだろう。ところが、那須烏山市の天性寺に織田信長の位牌がある。信長の次男の信雄は、北条氏滅亡後、秀吉から三河への転封を命じられたが、拒否して怒りを買い野州烏山に改易となった。その時持ってきた位牌が、天性寺に残っている。元々烏山城主であった那須氏は、小田原に参戦しなかったために改易となり、その後に信雄が転封されてきた。那須6代の墓は天性寺にあ [続きを読む]
  • 近代化遺産の洞窟
  • こんな洞窟が縦横に何本かつながっている。車が通れるくらいの幅がある。人力で掘った洞窟だ。太平洋戦争末期、地元の旧制中学の生徒などを動員して、手彫りで掘った旧陸軍戦車工場跡地で、近代化遺産になっている。場所は那須烏山市。現在は、地下酒造として活用されている。酒造の会長は、かつて生徒の時、この地下工場の造成に勤労動員で作業に加わったという。土日が公開日で、見学者で賑わっていたが、たまたま人が写らないア [続きを読む]
  • ぶらり尾久界隈
  • 尾久で下車することはまずない。折角なので来たついでにぐるっと回ってみた。尾久駅の北にあるさわやか橋からの眺め。尾久車両センターの彼方にはスカイツリーが見える。線路は南北に走っている先入観があったので、スカイツリーの位置が意外だったが、尾久辺りではかなり西に向かっている。さわやか橋の下には踏切もあるが、通勤時間帯には開かずの踏切になってしまうのだろう。車両センターの入れ替え業務のディーゼル機関車。さ [続きを読む]
  • 下館再訪
  • 下館というほうが馴染みがあるのだが、現在の市名は筑西になってしまった。以前訪れたとき、趣のある建物は写真に収めたのだが、いくつか撮り残しがあった。下館に来る所用ができ、時間に余裕が出たので、心当たりを歩いてみた。こちらは前回は足を踏み入れなかった場所。今はわき道の雰囲気だが、昔は街道だったのかもしれない。近くには祠もある。・こちらは駅前通りにある店舗。前回撮り損ねたので今回はぜひ撮っておこうと思っ [続きを読む]
  • 日本橋へ
  • たまたま日本橋京橋まつりの日だった。日本橋のたもとでは祭りの一環としての何かの行事がちょうど終わったところで、ミス○○のたすきをかけたキレイどころが何組か見えた。もう少し早く来れば写真を撮れたかもしれない。今もしぶとくカメラを向けている人もいた。解散後にカメラを向けるのもちょっとためらいがあり諦めた。日本橋のこの字は、徳川慶喜が書いたものらしい。日本橋は5街道の起点として知られている。国の重要文化 [続きを読む]
  • 日本橋三越で
  • 三越のある通りに出るとパレードが行われていた。日本橋京橋まつりのイベントらしい。ちょうど龍踊が三越前を通過するところ。三越といえばライオン像。シンボルとしての人気度は高いようで、この周りにはいつも人がいる。少し待ったが人が絶えないので、隙間からの1枚。諦めたら一瞬誰もいない状態になった。ここを入るといかにも三越といった独特の空間が広がる。 [続きを読む]
  • 日本橋の重要文化財・日本銀行
  • 東京駅八重洲口から北に向かう。地下通路から地上に出て一瞬方向感覚がマヒした。自分を信じてそのまま進む。しばらく歩くと日本銀行の旧館が見えてきた。補修工事で囲いが施されている。建物を撮るには一度渡った道路をまた渡らなければならない。囲いと車が気になったがやむを得ない。重厚なこの建物は国の重要文化財に指定されている。建物の脇を通り抜けると、建物の全容が見える場所に出た。やはり工事のコーンやバリケードは [続きを読む]
  • たまたま日本橋京橋まつりに
  • 日本橋三越方向へ歩いていくと、大音量の音楽が聞こえてきた。ガンガン空気を響かせているがメロディーは分からない。リズムだけが響く。大通りに出るとソーラン踊りのパレードが通り過ぎて行った。大音量は先頭の車からだった。しばらく歩くと今度は花笠踊りの一団が。後ろからとなってしまったが。沿道のフラッグには諸国往来日本橋京橋まつりとある。さらにしばらくして今度は龍踊が見えた。少し移動して三越の建物と。・三井本 [続きを読む]
  • ぶらり築地本願寺
  • 築地に本願寺があることは知らなかった。ましてそれがこんな建物であることも。街歩きマップにこの寺のイラストがあり、ぜひ立ち寄ってみようと思った。マップではどの道が正面に通じるのか分からない。とにかく近づいて入れる場所を探すことにした。それらしい雰囲気の場所があり、歩行者用の脇門から入っていく人が見えた。後に続いて入ると、テントがあって何か催しものがあるようだった。寺の脇から入ったようで、広々とした境 [続きを読む]
  • 築地界隈にそびえる建物2つ
  • 解体される前にと思って築地市場跡に行った。正門の向かい側に朝日新聞社があった。築地にあるとは思っていなかったので、意外な感じもしたが、元々の場所が手狭になってここに移ってきたのだろうか。左は同じ社屋で、右は国税局か。築地場外市場を抜けて、隅田川沿いを上っていくと聖路加病院がある。どこまでが病院の施設なのかよく分からない。日曜日のせいか人の行き来も少ない。新しい建物群を通り抜け、旧病棟へ。街歩きマッ [続きを読む]
  • 築地から勝鬨橋へ
  • 勝鬨橋があることは知っていたが、中央区にあるとは思わなかった。墨田区か江東区辺りにあるのかと漠然と思っていた。まして銀座から歩いて行ける場所にあるとは、意外だった。築地場外市場を出て、その勝鬨橋に向かう。すぐ後ろから外国語の会話が聞こえてきた。写真を撮るため歩道脇の碑の建つスペースにそれた。年配の白人3人が通り過ぎて行き、橋の途中で地図か何かを取り出し、困惑しているようだった。話しかけようかとも思 [続きを読む]
  • 移転後の築地
  • 移転で築地市場が閉鎖となった。今まで行ったことがなかったので、今のうちにと出かけた。ここは正門の場所。今まで日曜の午後はどんな状況だったのだろう。中に人の気配はなく、入り口は閉鎖され、ガードマンが立っていた。ぽつりぽつりと写真を撮りに来る人がいる。場外市場に向かうと急に人混みになった。海岸近くの土産物店といった感じもするが、それにしては外国人の数が多い。テレビで見たことがある卵焼きの店先には行列が [続きを読む]
  • 有楽町から東京駅へ散策
  • 有楽町から東京駅まで歩いた。まずはビッグカメラの脇から有楽町駅を。東京駅に向かう途中の線路下は飲食店が多い。いくつかのテレビ番組で、線路下の飲み屋がクール、外国人にも人気があると放映していた。この辺りだろうか。中が丸見えの店も多く、半地下の店内を覗くと確かに入ってみたくなる。テレビに映っていたのは、テーブルやいすが外にも出ていたので、どうやらこことは別の場所のようだ。交差点で信号待ちして左を見ると [続きを読む]
  • 銀座から歌舞伎座へ
  • 銀座通りを和光まで歩き、そこから晴海通りを東に向かう。昭和通りの交差点まで来ると、和服姿の女性が目につくようになった。交差点のすぐ先に歌舞伎座が見えた。建物全体を撮るには、道路を挟まなければならない。快晴はいいのだが、陰陽が際立つことが危惧されたが、思ったより緩和されて写っていた。通りを渡って間近から。・歌舞伎座の脇を北に向かう。戦後まもなく建てられたという木造建築。もっと古い感じもするが、いつま [続きを読む]
  • 連休中日、銀座へ
  • 3連休の中日、銀座をぶらついた。まずは江戸歌舞伎発祥の地へ。首都高の近くにあるこの記念碑には、1624年ここに猿若座が小屋掛けしたことが記されている。中央通りを挟んで反対側には、京橋の親柱が。かつての京橋川にかかっていた橋の名残らしい。そして銀座通りへ。歩行者天国になっていて、広々とした車道は閑散とした感じさえする。10月とはいえ30℃を超す真夏日、みんな日差しを避けて日陰を選んで歩いていることもあ [続きを読む]
  • 山あげ祭り・深夜の還御
  • 山あげ祭りの最終公演も終えた深夜、神輿はまだ八雲神社の鳥居前と御仮殿の通りを行き来している。鳥居に近づくたび、世話人は鳥居下で提灯を掲げ、中に入るよう誘導する。神輿の一部が鳥居の中に入れば後戻りはできず、そのまま神社に向かわなければならないしきたりがある。鳥居の前でくぐろうとする担ぎ手と阻止しようとする担ぎ手でもみ合う。結局は反転し、街なかの御仮殿に引き返す。これを何度も繰り返す。既に終電はなくな [続きを読む]
  • 深夜の還御
  • 鳥居前でのもみ合い、反転して御仮殿へといった動きを何度も繰り返し、ついに深夜0時、八雲神社の鳥居をくぐる。・鳥居をくぐった後は、一気に本殿に向かう。・・石段を登り、本殿に。このあと神輿と本殿の間は純白の布で覆われ、祭りの間神輿に乗り移っていた神様が、神社に戻る儀式が行われる。さすがに撮影は差し控えなければならない。この儀式を終え、山あげ祭りは終わる。辺りは祭りの後、という雰囲気に一変する。 [続きを読む]
  • 山あげ祭り2018・深夜のもみ合い
  • 山あげ祭りの最終上演も終えた23時ごろ、神輿はまだ八雲通を行き来している。世話人の先導で鳥居に向かう。世話人は鳥居下で提灯を掲げ、神輿を誘導する。先導役の木頭も鳥居に誘導する。担ぎ手の体の一部が鳥居をくぐれば、そのまま神社に帰ることになる。神社に入ろうとする担ぎ手と押し戻して街に戻ろうとする担ぎ手でもみあいになる。何度も阻止され再三街なかの御仮殿に向かって戻っていく。この繰り返しが深夜0時まで続く [続きを読む]
  • 思いついての川口散策
  • 川口を散策する、という発想は今まで全くなかったが何故か急に思いついた。赤羽で京浜東北線に乗り換え、川口駅東口を出る。六間通りを進んでいるつもりが、本町大通りを歩いていたようで、川口宿ミニパークの先に魅力的な建物があった。何か碑があったが、炎天下読む気も起きずそのまま進む。錫杖寺。将軍秀忠が日光参拝のときの休憩所になっていた寺で、灯籠などに葵の紋がある。川口神社。夏休みの課題なのか親子連れが昆虫網を [続きを読む]
  • やまあげまつり2018・街角寸描
  • 駐車場に降り立って目についた建物。左の道路の先では山あげの野外歌舞伎が興行されているのだろう。進入禁止の立て札と、右の幟旗に祭りの雰囲気が漂っている。和紙会館。何度か訪れているが、写真を撮ったことがなかったのでこの機会に。ぶんぬきを終えて戻ってきた金井町の大屋台。こちらは中町の小屋台。小さいから?暑いから?笛を屋台の外で吹いている。・ [続きを読む]
  • 真田の城(沼田城)
  • 所用を終えて沼田まで足を延ばした時には、すでに4時を過ぎていた。沼田城址の一郭に移築された旧生方家住宅は、見学時刻を過ぎて門が閉まっていた。藩御用達の薬種商の住宅で、国の重文に指定されているらしい。門の外からどうにか写真は撮れた。城址からの眺め。山間の平坦になった場所に名胡桃城があったらしい。思いのほか近く、敵同士になれば確かに目障りだろうと思う。城の一郭に残る石垣。同じく西櫓台の西側の石垣。復元 [続きを読む]
  • 山あげ祭り2018・異質の神輿
  • 山あげ祭りの奉納余興「蛇姫様」が開演しているちょうど同じ時刻。八雲通には雰囲気のだいぶ異なる神輿が現れた。まず、担ぎ手の法被がまちまち。担ぎ手の中には女性もいる。神輿に人が乗っている。先導は稚児。そんなこともあって、八雲神社の神輿とはだいぶ雰囲気が異なる。神輿の後を山車が続く。これも、山あげとは全く別な山車だ。今福、八坂神社、結城といった提灯がついている。結城市から来たのだろうか。八雲神社の神輿の [続きを読む]
  • 山あげ祭り2018・閉幕後の舞台裏
  • 「吉野山狐忠信」の最終場面。舞台設営を取り仕切る「木頭」はすでに立ち上がっている。(右端)大屋台(山車)の後ろ半分が移動し、舞台裏を隠す幕になる。舞台裏では、若衆が解体の配置に着く。終演とともに山が降ろされる。ハリカ山に結び付けた和紙のパーツを外しに掛かる。舞台後方100メートルの位置に揚げられたハリカ山。町内を移動して上演するため、設営、解体の作業を、祭りの3日間計15回繰り返すことになる。 [続きを読む]
  • 渋滞を避けて夕暮れの赤城神社へ
  • 予想される渋滞を避けて別ルートを走行中、ナビに赤城神社が表示された。せっかく通りかかったのだから、立ち寄ってみることにした。この近くにある赤い大鳥居の下は何度か通ったことがあるが、少し離れていてここからは見えない。地図を見ると、道がズレているので、それはあるいは山頂の赤城神社の鳥居なのかもしれない。駐車場を出てすぐ、スイカの像が目についた。どんな経緯があったのか、あるいは説明版があったのかもしれな [続きを読む]
  • らきすたの大鳥居倒壊
  • 今朝の新聞に鷲宮神社の大鳥居が倒壊したという記事があった。写真のこの鳥居だ。老朽化していたことに加え、大雨の影響もあったらしい。昼前の時刻に倒れたが、幸いけが人はいなかったようだ。鷲宮神社は、地元ではそれなりに知られた古い神社だが、アニメによって全国レベルの知名度を得た。アニメらきすたの聖地なのだそうだ。境内の絵馬にそれが反映されている。・ [続きを読む]