グリーフ・ピア・サポート小平 さん プロフィール

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グリーフ・ピア・サポート小平さん: 離別〜喪失の耐えがたい悲痛
ハンドル名グリーフ・ピア・サポート小平 さん
ブログタイトル離別〜喪失の耐えがたい悲痛
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/grief_peer/
サイト紹介文人生の半分を共に過ごしてきたパートナーとの離別。悲しみと絶望、グリーフ・複雑性悲嘆の世界。
自由文自分自身の悲嘆と向き合うため、同じ苦しみにある人どうし支えあうため、また、お互いの生き方から学ぶため、グリーフ・ピア・サポート小平を立ち上げました。講演会や勉強会、ピアグループの開催などを開催しています。ブログでは、喪失の悲しみと絶望について、書き綴っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供310回 / 365日(平均5.9回/週) - 参加 2016/04/27 12:28

グリーフ・ピア・サポート小平 さんのブログ記事

  • 2年前のあの日から今日まで
  • その日は夕方に、上智大学グリーフケア人材養成講座を退学するに当たって、先生との面談がある。 朝、ゆっくりと起きて、朝食代わりに早めのランチを外で取る。 夕方まで時間があるので、吉祥寺で買い物をして過ごす。 模様替えした部屋を飾るグリーンや雑貨を買う。雑貨を眺めながら、ぶらぶらするのも楽しい。 せっかく久しぶりに都心に出るのだから、紅葉真っ盛りの都内の庭園を見に行くことにした。 紅葉情報ではこの時期、駒 [続きを読む]
  • 気分転換〜部屋の模様がえをしよう!
  • 喪失の悲嘆は、人を大きく変える・・・別の人間になり、別の人生を歩むことになり、別の世界を垣間見ることになる・・・ 前は考えられなかったこと、してる。 目的のモノを直行で買う「男の買い物」しかしなかった僕が、買い物好きになるなんて思ってもみなかった。 今のアパートに引っ越して5年が経った。 気分転換に、部屋の模様替えをしよう。そう思った。 インテリア雑貨屋さんを巡ったり、雑誌を買って構想を練る。 布団だっ [続きを読む]
  • 生まれてくる場所を間違えて・・・
  • ここ(このブログ)はとても静かなので、吐き出したいことがあったら、コメント欄も自由に書き込んでくださいね。 全て公開するわけではないのですが、僕は読んでいます。 グリーフとか悲嘆って、やはり「愛」のカタチを巡っての「苦しみ」なのでしょう。 僕は、たったひとつの「喪失」をきっかけに、友人知人の全てを失いましたが、誰一人、僕を知る人がいないわけではなく、本当に失ったのは友人知人なのではなく、誰とも繋がりを [続きを読む]
  • 休日には海へ
  • このところ、「休み」が休めるようになったので、たびたび海に行っている。(シフト上、今月に限ってのコトだけど) もちろん、ボディーボード、波乗りだ。 2日連続で休みが取れた週末、伊豆下田の多々戸浜に行った。 宿泊は、高めだけどサーファーにも使いやすい大和館。一日目は通過した台風の影響で濁っていたけど、2日目はそれも落ち着いて、いつもの澄んだ海に戻っていた。 多々戸浜、水がめちゃくちゃキレイで海底までみえて [続きを読む]
  • 最近のコト
  • この夏くらいから、ブログの更新頻度が空くようになった。 以前に比べたら、「抑え」きれない「衝動的」な書かないといられないようなモーティベーションがなくなった。 書かなくてもいられる〜、そんな感じだ。 「喪失悲嘆(グリーフ)」が終息したのだろう。終息といっても、「大丈夫」になったわけではない。毎日が、薄い「うつ」のベールに包まれているようで、ずっとずっと「憂鬱」だ。 ・・・ ある程度の時間があるからなのか [続きを読む]
  • 海と出会う
  • もともと山登りやハイキングが好きだった僕が、海に行くようになったのは離別の後だった。 喪失悲嘆の過活動で眠れなくなり、始発を待って海辺を歩く生活が続いていた。 いつしか、陸地から眺めているだけではなく、波乗りをしてみたいと思うようになる。 悲嘆に明け暮れる中で僕は、以前の自分だったら考えもつかないことをするようになっていた。 波乗りもそのひとつだ。 離別から約2年半後、外房の御宿にあるサーフショップにス [続きを読む]
  • 重なりあう思い出
  • 最近、たまにだけれど彼女の夢を見るようになった。内容は、覚えているような、いないような、そんな感じ。もう7年も経っているのに・・・ ふとした瞬間に、思い出がよみがえる。 幸せだった頃、離別に至る地獄のような1年間、そして、その後の喪失感と悲嘆の日々・・・ それらが、折り重なって頭の中をよぎる。 ひとりに慣れたのかな?それとも、慣れない? 自分にもあった幸せ。彼女と過ごした21年間。 地獄のような1年を経て、 [続きを読む]
  • お台場でまったり
  • ふと、予定外の休みが取れた日、どこかに行こうと中央線に乗った。新宿まで来て、ふと目に付いた新木場行きの電車そう言えば、ダイバーシティのガンダムフロント東京がリニューアルされたんだっけ。ひとりランチをして、新しいガンダムベースと1/1ユニコーンガンダムを観る。スゲーじゃん。そのあと、カフェでビールを呑みながらサンセットまで。キレイ・・・夜は、新大久保まで出て、リトル・ソウルでカルビとユッケジャン。いか [続きを読む]
  • 上智大学グリーフケア人材養成講座・その後
  • 上智大学グリーフケア人材養成講座は、前期の後半から通うのを止めた。 後期の学費を払わずにいたら事務局から連絡があり、退学の意向を先生と面談をするように、とのことだった。 2年度は昨年にも増して仕事が忙しくなり、いつ休めるかも分からなくなったことに加え、授業に出るのが精神的にきついこともあった。 上智での学びは、自分自身やかけがえのない人の「死」に直面、または直面せざるを得なくなった際に、スピリチュアル [続きを読む]
  • 悲嘆の窓を通して見る風景が、人の世のモノではないと気づく
  • 2年目秋学期がはじまった後も、上智大学に退学届けを出さないまま通うことなく過ごしていた中、事務局から意向確認の連絡が届いた。 上智大学グリーフケア人材養成講座に申し込んだのは、2年前の今くらいの時期。 あの頃は、何かにすがりたくて、また、何かにすがれば何らかの救いが得られるって信じて、上智大学に申し込んだ。 臨床コースを目指していたけど落ちて、基礎コースの受講となった。意気消沈したけど、開講日には奮い [続きを読む]
  • 孤独で寂しいけど、それが僕には似合う
  • 10月が終わろうとしていて、今年も年末年始の話題がちらほらと出始める時期になった。 会社では忘年会の企画が進んでいて、社内は、家族やプライベートな話題で笑い声が絶えない。 僕の働く会社の忘年会は、社員の健康を支えているのは家族、との見解で、子供や家族も参加するのが恒例になっている。 僕は忘年会には出ないのだけれど、ストレスからか、その日は決まって身体がおかしくなる。 まあ、それはどうでもいい。 皆は嘘を [続きを読む]
  • 終わりと、はじまりと
  • 何度も降りかかる仕事上の危機を乗り越えてゆく中で、利用者さんへの支援を変わりなく続け、様々なオーダーに応えてゆくためには、時には周りと戦ってゆく気概がないといけない。 要するに、自分のことよりも、考えなければならないこと、やらなければならないことが多くて、それに忙殺されている中で、 僕の悲嘆も何らかの影響を受けている。受けているのだろう。 「優しさ」だけではダメで、「強さ」がないと何も守れない。 そん [続きを読む]
  • 生還
  • 明日のことなど、誰にも分からない。とりあえず僕は、悲嘆に暮れた7年間を生き延びた。僕も人間だから、明日も生きていられる保証はない。だけど、それで今を生きることが困難かと言えばそうではない。充実しているし、怖さや不安もない。 悲嘆で失われたのは未来ではなく、今この時だった。未来に、明日に、何の期待も希望も持たなければ、今を生きることができる。 未来に、明日に期待しないと言っても、明日すべきこと、やらな [続きを読む]
  • 悲嘆が終わる時
  • 最近、感じることがある。 あれほどまでに苦しんだ悲嘆・グリーフが、終わったんじゃないかなって。 この感覚は説明しづらい。 良い時と悪い時、落ちる時があって、今は良い時・・・ それとは、どことなく、いや、明らかに違う感覚。 病的な落ち込み方や冷や汗感、心が寒さに震える感じ、震えが止まらない感覚、そんなものが静まっている。 自信?怖くなさ?諦め?納得感?迷いがない感覚? それらは、「充足」とか「温かさ」とか [続きを読む]
  • 普段着の日曜日
  • ここのところの寒さで寝冷えしたせいか、少しだけダルい。 波情報では、そこそこの波が入っている。けど、久しぶりの遠出しない日曜の休日にした。 朝、ゆっくりと起きて、昼から外出。立川の街に出掛ける。 パスタのランチを取って、キッチン雑貨やインテリア雑貨を眺める。立川イケアにも久しぶり。 そうだ、部屋の大規模な模様替えをしよう。食器類も大幅に一新して、気分転換も良いかもしれない。イメージを膨らませながら見物 [続きを読む]
  • 大阪で食い倒れてみた
  • 数少ない連休が取れた。 泊まりがけで波乗りに行くのも良いけど、今回は少し遠くに行こう。 滅多に行かない、行く機会のない大阪へ。 朝から新幹線内で、駅弁をつまみにビールを呑む。 今回は、食い倒れの街・大阪がテーマの旅だ。朝から酒を呑むのがコンセプト。 大阪は新幹線で行けば、そう遠くはない。新大阪から梅田、そこから地下鉄でミナミ・エリアへ。 心斎橋をぶらぶらして道頓堀へ。外国人観光客の姿が、やたら目立つ。と [続きを読む]
  • サンセット・サンライズ
  • 仕事が忙しくも充実している。昨年分の夏休みも年末年始休暇も取れず、休日未消化のままリセットされた。午前に用事があり、翌日の夕方〜夜間に仕事がある2日間、午後出発で内房の岩井海岸に出掛けた。各駅停車を乗り継ぎ、日没にぎりぎり間に合う。民宿が目立つ岩井の集落を抜けると、赤く染まった空が目に飛び込んでくる。缶ビール片手に、沈みゆく陽を眺める。水平線に沈むと、辺りは次第に紺色を増してゆく。夜の海へと変わる [続きを読む]
  • 母は、かなり前に亡くしている。親との死別とパートナーとの死別を比較する人もいるが、僕の場合、母が死んだことに僅かさえも悲しい気持ちは抱かなかったし、今も思い出すこともない。親とは、それなりに上手くやってたはずだ。でも、僕には、親に対する親しみも、生れ故郷に対する愛着も、家に対する想いも、そういったものが何もない。母が死んだ時も、びっくりはしたが、悲しいと言う気持ちを抱かなかったし、これまで抱いたこ [続きを読む]
  • 悲嘆(グリーフ)という体験
  • このブログの更新頻度も間が空くようになり、書くという一月前まで抱えていた「止むに止まれぬ」衝動も薄らいできているように感じる。 本当に、最近の話だ。 僕の場合、ここに来るまで丸7年を要したことになる。よく、悲嘆は一年くらい続く、とか、2〜3年抱えてしまう人もいる、とか言われるが、そんな生易しいものではないだろう。 悲嘆を引き起こすような喪失体験は、それまでのどんな体験とも異なる。それ以前の世界とは全く関 [続きを読む]
  • 思い出よ消えよ、そして僕に、未来なき今を与えよ!
  • 喪失の悲嘆とは、いったい何なのだろう?何だったのだろう?最近は、僕が悲嘆(グリーフ)と命名した、あの激しい感覚に襲われることがなくなっているように感じる。終わったのだろうか?それは分からない。でも、思い出は失った、と思うことがある。思い出は、感情や激しい想い、情感を伴った記憶。記憶とは、単に、何気なく目にしたテレビドラマの1シーンのように、ストーリーも流れも、登場人物の心の内も知らずにたまたま目にし [続きを読む]
  • 悲嘆の終わり or not
  • 丸7年・・・あれから、7年も経ったんだ。その間、いろいろあった。信じられないような変化。気が狂いそうになりながらも、辿り着いた地平。たぶん、変化すら分からないくらいの変貌。もう覚えていない、以前の僕。僕がどんな人間だったのか?それは、思い出すこともできないほど遠い昔。記憶を失い、思い出を持たない人生。別に、それでいいって思う。家族は大切なのかもしれない。絆は大切なのかもしれない。居場所は大切なのかも [続きを読む]
  • 離婚と離別、別れの本質・確信
  • 離婚と離別って、同じもの?もちろん、離婚以外の離別って、たくさんある。この日本って言う狭くて過密な土地でさえ、年間数万人もの人が消えている。僕のは死別じゃないから、離婚カテ。ガチな「行方不明」もあるから、一緒にはできない。僕のは、ガチなものに比べたらユルい。誰かと一緒に、ご飯たべるの、数が月に一度。ブライベートな話するのも、年に1〜2度。笑うことも、おしゃべりすることもない。このブログって、「離婚 [続きを読む]
  • 曖昧な現実感
  • 別れたことを印す明確なものが何もない。離別が死別と大きく異なるのが、その「曖昧」さ。本当に、何もない。薄れゆく曖昧な記憶が、本当の出来事だったのか否かを印す痕跡が何もない。その人の居場所も生死も、その両親の現在も、友人だった人の存在も、本当に、何もかも消えてしまった。僕と彼女の、共通の友人だった人たちの何人かは恐らく、もう「この世」にはいない。(何人かは「末期」だったし、「爆弾」を抱えている人もい [続きを読む]
  • 定時で帰れた日〜料理三昧
  • ひとりだし、残業が多いので、めっきり外食ばかりの日々になってる。ふたりで暮らしていた頃は、僕が料理担当だったし、料理はもともと大好き。たまの休日だけ料理する、いわゆる「男の料理」は邪道である。料理の真髄は、日常的な営みの中で洗練されてゆくもの。だけど、最近はめっきり料理しなくなった。定時で仕事が終わったその日、帰り際に大型スーパーに寄って、大量の食材を買った。チビチビ呑みながら、鍋やフライパンをふ [続きを読む]
  • 茅ヶ崎から江ノ島へ
  • 寝坊をした、よく晴れた日の休日僕は、湘南海岸を歩いた。茅ヶ崎駅を降り立ったのは、既に正午を回った頃だった。駅から海まで、約20分ほど。サザン通りを歩く。雰囲気は、何となく「湘南」突き当たりのビーチは、Cのオブジェのある「かぼちゃ」ポイント。晴れてウネリの入る海には、多くのサーファーが来ていた。湘南海岸は、鵠沼しか入ったことがなかった。ここ茅ヶ崎は、サザンと言う名前の通り、どことなく垢抜けた雰囲気が漂 [続きを読む]