かどやん さん プロフィール

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かどやんさん: 70年80年代ヒット曲動画 邦楽
ハンドル名かどやん さん
ブログタイトル70年80年代ヒット曲動画 邦楽
ブログURLhttp://hit70or80hougaku.sblo.jp/
サイト紹介文1970年代、1980年代にヒットした邦楽曲の動画を掲載します
自由文現在100曲掲載、1000曲目指して更新していきます。懐かし歌謡曲・フォーク・ニューミュージックをお楽しみください
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供67回 / 365日(平均1.3回/週) - 参加 2016/05/08 17:22

かどやん さんのブログ記事

  • 原田知世(天国にいちばん近い島)
  • 天国にいちばん近い島1984年10月にリリースされた原田知世の6枚目のシングル作詞:康珍化、作曲:林哲司原田知世が主演した同年公開の映画『天国にいちばん近い島』の主題歌東芝「SUGAR」CMソングである。オリコンチャートの登場週数は16週、チャート最高順位は週間1位、累計27.6万枚のセールスを記録した。wikipedia原田知世は可愛かったですね!女優のイメージが強いですが、大ヒット曲が多数あることに驚きました。私は、(時を [続きを読む]
  • 柏原よしえ(あの場所から)
  • あの場所から1982年7月21日に発売された柏原よしえの11枚目のシングル作詞・山上路夫、作曲・筒美京平オリコンチャートで9位、シングル売り上げでも19万枚近くを記録した。『ザ・ベストテン』では8位であった。1970年に発売されたKとブルンネンのシングル(あの場所から)のカバーバージョンである。Kとブルンネンか記憶にないな?Kは日本の男性でブルンネンはアメリカの女性だそうです。でも曲はいいですよね、昭和歌謡曲の感じが [続きを読む]
  • ザ・ヴィーナス(キッスは目にして!)
  • ザ・ヴィーナスTHE VENUSは、1960年代アメリカンポップスのリメイクで1980年代初頭にブレイクした、オールディーズなどを演奏する音楽バンドである。1974年に結成し、1983年に解散している。『イブの匂い』で男性5人編成グループ「ビーナス」としてキャニオンレコードよりデビュー。その後メンバーが入れ替わり1981年に『キッスは目にして!』でブレイクするキッスは目にして!1981年7月25日にリリースされたザ・ヴィーナスのシング [続きを読む]
  • サーカス(アメリカン・フィーリング)
  • アメリカン・フィーリング1979年5月25日にリリースされた、コーラスグループ「サーカス」のシングル。作詞:竜真知子/作曲:小田裕一郎JAL"COME TO AMERICA'79"キャンペーンソングに採用された。 オリコン最高5位を獲得し、47.6万枚のセールスを記録。サーカス自身「Mr.サマータイム」に次ぐ2番目のヒット曲となった。又サーカスは同楽曲で、『第30回NHK紅白歌合戦』に2年連続2回目の出場となった。wikipediaこの曲もヒットしまし [続きを読む]
  • 高田みづえ(私はピアノ)
  • 私はピアノ1980年7月25日に発売された高田みづえの12枚目のシングル作詞・作曲:桑田佳祐当初は弘田三枝子がシングル発売する予定で、アレンジ、歌の仮録音まで済まされていた。しかし高田サイドから「この曲をどうしても歌いたいので」と申し出が入り、弘田側が譲ったいきさつがあるという。この曲で高田は「花しぐれ」以来、8作ぶりにオリコンTOP10入りを果たし、最高位は3位まで上昇した。また、シングル売上も50万枚近い記録と [続きを読む]
  • 河島英五(時代おくれ)
  • 時代おくれ1986年8月27日に発売された河島英五のシングルレコード作詞: 阿久悠、作曲: 森田公一河島英五のCBS・ソニー移籍第1弾として発表されたシングル盤である。オリコン誌でのチャート・アクションは目立った記録を残してはいないが、同年の『日本有線大賞』では「特別賞」を受賞した。その表題曲「時代おくれ」は白鶴酒造のコマーシャルソングに起用された楽曲で、酒場を舞台に、自身の生き様を静かに見つめ考える男性の心情 [続きを読む]
  • シリア・ポール(夢で逢えたら)
  • シリア・ポールCelia Paulは、大阪府出身の女優・歌手。国籍はインド。ポール聖名子、エルザ・ポールは姉妹。子供の頃から、テレビ・映画に子役として出演した。1969年、ニッポン放送「ザ・パンチ・パンチ・パンチ」初代DJ「モコ・ビーバー・オリーブ」の「オリーブ」として人気があった。1977年、ソロアルバム『夢で逢えたら』で再デビューする。また、1970年代後半から1980年代にかけては、FM東京のDIATONE ポップスベストテンや [続きを読む]
  • フィンガー5(個人授業)
  • 個人授業1973年8月25日に発売されたフィンガー5の2枚目のシングル作詞:阿久悠、作曲・編曲:都倉俊一1972年にグループ名を「ベイビーブラザーズ」から「フィンガー5」と改め、翌1973年キングレコードから日本フォノグラムに移籍、8月25日に移籍第1弾としてこのシングルが発売された。1973年12月3日付のオリコンシングルチャートで第1位を獲得した。累計売上は145万枚超を記録。wikipediaフィンガー5のデビュー曲(キディ・キディ [続きを読む]
  • アリス(今はもうだれも)
  • 今はもうだれも1975年9月5日に発売されたアリスの7枚目のシングルヒット曲作詞・作曲:佐竹俊郎日本のフォークグループウッディ・ウーが1969年7月にリリースしたシングルで、アリスがカヴァーした。ウッディ・ウーによるシングルはオリコン66位を記録している。アリス版のヒットを受けて1975年10月に「オリジナル本命盤」として再発された。作詞・作曲の佐竹俊郎は、ウッディ・ウーのリーダー。アリスとしては初めてオリコンシング [続きを読む]
  • シャネルズ(街角トワイライト)
  • 街角トワイライト1981年2月1日に発売されたシャネルズ(後のラッツ&スター)の3枚目のシングル作詞:湯川れい子、作曲:井上忠夫前作「トゥナイト」から約半年ぶりのリリースとなった、謹慎明けから活動復帰後初のシングル。シングルチャートで見事1位に輝いた。アルバム『Heart&Soul』にも収録されている。冒頭のアカペラ部分は当初予定にはなかったが、鈴木雅之の発案によりレコーディング中に急遽挿入されている。wikipediaこの [続きを読む]
  • チャゲ&飛鳥(ひとり咲き)
  • ひとり咲き1979年8月25日に発売されたチャゲ&飛鳥のデビューシングル作詞・作曲:飛鳥涼1978年10月、チャゲ&飛鳥(当時は7人編成のバンドだった)は、第16回ヤマハポピュラーソングコンテスト(通称:ポプコン)「つま恋本選会」において「流恋情歌」で入賞を果たす。この時すでにヤマハ側からデビューの話を持ちかけられていたが、彼らは「ポプコンでグランプリを獲ってからデビューしたい」と断った。そして次の大会のために用意 [続きを読む]
  • 南こうせつ(夢一夜)
  • 南こうせつ大分県大分市出身のフォークシンガー・元かぐや姫のリーダー1970年4月『最後の世界 / むなしいうた』でソロデビューする。同じ年10月「南高節とかぐや姫」としてベース奏者、大島三平らと『酔いどれかぐや姫』をリリースする。認知度を上げるため、所属事務所の指示で全日本歌謡選手権に出場、4週勝ち抜いた翌週、審査員をしていた竹中労に「フォークをやるならこの番組に出るべきでない」と言われ、落選した。その後山 [続きを読む]
  • 松山千春(大空と大地の中で)
  • 大空と大地の中で1977年6月にリリースされた松山千春のファースト・アルバム『君のために作った歌』に収録されているシングルヒット曲アルバム2曲目の「大空と大地の中で」は、とりわけ北海道においては松山千春の代名詞的な曲として、また、さだまさしの「北の国から〜遥かなる大地より〜」と並んで北海道をイメージする曲の代名詞として現在でも広く愛されるスタンダードナンバーとなった。その後、1998年にはアレンジを変えて再 [続きを読む]
  • 渡辺真知子(唇よ、熱く君を語れ)
  • 唇よ、熱く君を語れ1980年1月21日発売、渡辺真知子の7作目のシングル曲アルバム「Libra」に収録されている大ヒット曲作詞:東海林良 作曲:渡辺真知子 この曲について渡辺真知子は「7曲目で初めての明るい曲(1 - 6曲目は全て失恋を題材にした曲である)で、素の自分を出すことが出来て嬉しかった」、「この曲は今でもコンサートで思いっきり盛り上がれる曲で、30周年記念コンサートでも歌った」という趣旨の発言をしている。『 [続きを読む]
  • 1986オメガトライブ(君は1000%)
  • 1986オメガトライブ1986年、前オメガトライブに在籍していた高島信二(ギター)、西原俊次(キーボード)に加え、新たに日系ブラジル人のカルロス・トシキ、菊池桃子、岩崎宏美のバックバンド(パイナップル・カンパニー)でギターを担当していた黒川照家を迎えて、プロデューサー藤田の第2弾プロジェクト『1986オメガトライブ』(ナインティーンエイティシックス - )としてデビュー。1988年3月、黒川がバンドを脱退する。グルー [続きを読む]
  • 石川ひとみ(恋)
  • 恋1983年9月に発売された、石川ひとみの18枚目のシングル本格的な歌謡曲作品を目指して、作詞は前作「にわか雨」に引き続き岡田冨美子が担当、作曲は安全地帯の玉置浩二が起用されて制作された。1983年8月に発売された石川のアルバム『プライベート』に収録予定であったが、楽曲制作が間に合わず見送られている。同年9月〜10月に開催された石川のコンサート「Private」では、本作品の歌唱が行われた。小柳ルミ子の「乱」(1986年シ [続きを読む]
  • 松田聖子(天使のウィンク)
  • 天使のウィンク1985年1月30日にリリースされた松田聖子の20枚目のシングル作詞・作曲:尾崎亜美尾崎によると、84年の年末頃に楽曲提供の依頼を受けたが、話があった段階で締切は翌日までと告げられ、しかも作詞もして欲しいと言われ驚いたという。また、他のアーティストへの提供曲の中で一番思い入れのある曲だとも語っている。歌詞は複雑な構成になっており、恋に悩む女性と、そこに降り立つ天使という2人の目線が立ち代りで表れ [続きを読む]
  • 坂本スミ子(夜が明けて)
  • 坂本スミ子大阪府大阪市東住吉区出身のラテン・歌謡曲の歌手、俳優学生時代から発声をクラシックの木下保のもとで学び、プール学院高等部卒業。NHK大阪合唱団を経て、大阪キューバン・ボーイズの近藤正春の勧めもあり、ラテン歌手として独立、デビュー。しかし、当初は歌手として全く売れず、鳴かず飛ばずだった。1959年12月、アイ・ジョージと共に、トリオ・ロス・パンチョスの日本公演の前座歌手となり、「ラテンの女王」として [続きを読む]
  • 岩崎宏美(すみれ色の涙)
  • すみれ色の涙1981年6月にリリースされた岩崎宏美の25枚目のシングル作詞:万里村ゆき子、作曲:小田啓義前作「恋待草」に続く「草花シリーズ」第2弾第23回日本レコード大賞・最優秀歌唱賞受賞曲。本作品はカバー曲である。オリジナルは1968年に、ジャッキー吉川とブルーコメッツがリリースした「こころの虹」のB面に収録されていた。岩崎は、新曲制作会議において、姉が所有していたジャッキー吉川とブルーコメッツのレコードを持 [続きを読む]
  • 上條恒彦(出発の歌)
  • 上條恒彦かみじょう つねひこは長野県東筑摩郡朝日村出身の歌手、俳優・声優。長野県東筑摩郡朝日村に生まれる。朝日中学校を経て長野県松本県ヶ丘高等学校を卒業後、1958年4月に上京。大森の雑貨品問屋の住み込み店員を手始めに、新聞配達、サンドイッチマン、うたごえ喫茶の歌手など約15種類の職業を経験する。1964年3月、初めて労音で勤務し、後に歌手としてデビューするきっかけとなる。1969年、NHKのステージ101の初期メンバ [続きを読む]
  • チェリッシュ(ひまわりの小径)
  • ひまわりの小径1972年5月25日に発売されたチェリッシュの3枚目のシングル作詞:林春生/作曲:筒美京平5人グループとしてスタートしたチェリッシュが、デュオになってリリースした最初のシングル。但し、レコードジャケットには5人のイラストが描いてある。累計売上は55万枚。リコーダーやアコーディオンなど素朴な響きの楽器をフィーチャーして、フォーク風のムードを醸し出しているものの、リズムのアレンジは歌謡ポップスに徹し [続きを読む]
  • 小山ルミ(さすらいのギター)
  • 小山ルミ北海道札幌市出身の元歌手、女優、タレント父はアイルランド人の軍人で、母は日本人中学在学中にモデルの仕事を始め、フジテレビ『ビート・ポップス』などにカバー・ガールとして出演した後、1968年にグループ・サウンズの同名のコミックソングを映画化した『ケメ子の歌』のヒロインに抜擢される。愛らしい顔立ちとコケティッシュな魅力でたちまち若い世代のアイドルとなり、以後も映画『ドリフターズですよ!冒険冒険また [続きを読む]
  • 朱里エイコ(サムライ・ニッポン)
  • サムライ・ニッポン1978年10月25日発売の朱里エイコのシングルヒット曲作詞マルコ・ブルーノ、補作詞エイコ&バーバラ、作編曲ピーター・ストーン1977年6月、朱里エイコは来日していたポール・アンカに直接アタックする。ポールはLPに収録されていたマイ・ウェイを聴いて大絶賛し、4曲歌をプレゼントした。 ちなみにその中の1曲が、シングル発売された「ジョーのダイヤモンド」である。1978年に行われた第7回東京音楽祭、国内大会に [続きを読む]