ななし さん プロフィール

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ななしさん: なつかしいところへ・・・
ハンドル名ななし さん
ブログタイトルなつかしいところへ・・・
ブログURLhttps://ameblo.jp/cokyou/
サイト紹介文13歳に精神を病み、ひきこもり、5年駆け抜けた先に、彼岸がありました。
自由文過去を整理したり、日記を書きます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供36回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2016/05/22 07:30

ななし さんのブログ記事

  • 別れが人を強くする
  • お釈迦さんの教えで以下のようなものがあります怨憎会苦(おんぞうえく)愛別離苦(あいべつりく)求不得苦(ぐふとくく)簡単に訳するとどうしても憎い人と顔を合わせなくてはならない苦しみ、どうしても愛する人と別れなければならない苦しみ、どうしても求めることを得ることが出来ない人生の苦しみ、それらは常であるというのですふつうであり、そういうものだということですこの世はそういうところだと仰っているのだと理解し [続きを読む]
  • 一途とストーカーは紙一重
  • 相手がどれほど望んでいないとしても思い続ける切なさを究極に報われないといって無償の愛情とするのだろうかそれは自分の願望を押しつけて夢に酔っているだけでないのか相手を通して望まれる自分に恋をしているだけなのに“その人を愛している”と思い込んでいるタチの悪さがそこにあるのである自己愛やエゴイズムを押しつけて相手の意志や尊厳を踏みにじっている最低さにも気づけない「あなたを愛している」という自惚れ「そして [続きを読む]
  • 桜は何故美しいのでしょうか
  • 散るからである人間はお金のために生きているのではない潔く散るためであるだから咲くことができるのである覚悟のない者に何が出来るというのだ一瞬で散ることの出来る人間が花を咲かせるのだ私がどれほど無能でも使えなくても気合いと根性だけはあるんだなと思ってくれたらそれでいいそこを分かってくれたら私はそれでいいのであるすぐは無理でも何ヶ月先にこの子を雇って良かったと思ってくれたらそれでいい [続きを読む]
  • 愛は別れること
  • その人を本当に愛した時、その人を自分の思うようにしたいと思うのが人間の性であるしかし、多くその試みは失敗に終わるなぜなら、人は自分の思うようにはならないからであるそんな簡単なことが分からないのも人間の愚かさである人は自分とは別の人生を生きており、生まれる時も死ぬ時も人は独り、人は孤独な生き物である人間の孤独な性を受け入れた時、愛する人は自分と別の人格だと分けて考えることが出来てその人のために自分が [続きを読む]
  • 闇が満ちる時
  • やむにやまれぬ流れの中で選べぬ道を何かに歩まされるように戻れぬ道を生きてきた振り返ればいかなる闇も不幸も何もかも憎しみは愛を知るために孤独は想い深めるために悲しみは人を思いやるために挫折は人を強くするために別れはそばに居た時間を永遠にするためにああ何もかも神の側面 [続きを読む]
  • 道を極める
  • これはあくまで自分自身のために生命なんていくらでも差し出せるすべてを懸けてこの魂の限り全身全霊を燃やし切って一瞬を生き抜きたい生まれてきた意味を問うものそのためには今日死んだって構わない無駄に生き長らえるよりは今という永遠を選ぶ [続きを読む]
  • 人間の思い上がり
  • 自分自身が悲劇のヒロインになるのも正義のヒーローになるのも同質の心理であるように思う人生は無常であり、悲劇と嘆くのも正義を謳うのも無明にのぼせてしまった人間の思い上がりであるかも知れない家庭にも社会にもこの世のどこにも居場所を失った人間の弱みの最たるところ・・・自分はこの世に選ばれて生まれてきたと誰もが思いたいこの世の誰にも必要とされなかった悲しみを嘆いた後には我こそは正義の使者であると謳っている [続きを読む]
  • 愛情の極意
  • 特に心の貧しさに侵されて育った者ほど、人と人が愛しあうことの大切さを身に沁みて知っているでしょう愛に恵まれなかった者ほど、思いやることの重要性を骨身に沁みて知っている。しかし、その愛は本当に彼らのためになっているのか今だけでない、ずーっと先、私たちの遙か未来にとって本当に良いのか?あれやこれやと世話を焼くことが、ぬるま湯でのぼせ合うことが、傷を舐め合うことが、私たちにとって本当に良いのか、考えてい [続きを読む]
  • 無償の愛
  • 無償の愛は、自分の中にしかないのではないだろうか?世界中どこを探しても見あたらない自分の中にしか。自分がどれほど報われなくてもなお心から愛しいと思える人がいることでその愛は胸の中に永遠に消えないと思うと。 [続きを読む]
  • 永遠に通じる一瞬
  • 薬師経に横死の説があります。横難横死というそうで、現在にも通ずる項目に驚かされます。薬師経が書かれた数千年前と現在と変わらぬ世の姿に、いつの世も人の世は変わらないのかなと思うのです。その一つ目は、病になっても適切な医療がなされずに死ぬ。あるいは医療に縁があっても誤った療法によって死ぬ。というものです。私は10代の頃に精神病を発症しました。具体的な症状は、幻聴と妄想と鬱状態、悪夢でした。病院に行けば思 [続きを読む]
  • 生命の恩人
  • 精神の牢獄絶海の部屋、陸の孤島究極の孤独を君は知っているだろうか闇をくぐり抜けた先あの日みた横顔が私の目にどれほど眩しく見えたか分かるだろうか輝いてる、あなたはたくさんの人を彼岸にいたらしむ太陽みたいな人悩める衆生の迷いを断ち切り彼岸にいたらしむこの世の王人は人生で最も辛いときに助けてくれた人を忘れられないだろう例え月日が流れ 忘れたと思っても「あの人のお陰で今の私がある」という実感は生命ある限り [続きを読む]
  • 心に生きる人
  • 酒を飲むとどうしてもセンチメンタリティーが発動します。常に酔ってるようなもんなんですけども。好きな人はいました。います。でも、今生で結ばれることよりも、思い出してくれることのほうが興味があります。下手に欲張って抱きつくよりは、間を置いて心の存在に残ることに意味を感じます。例え永遠に離れても、心に焼き付く存在として、ずっとそばにいられるなら、そのほうがいい。「ああ、あんな女いたよな」と思い出してほし [続きを読む]
  • 障害者より障害者
  • 本当にアホな生き方しか出来なかった人のことを何とも思わず疑い恨んで生きてきておよそ10代にさしかかった思春期に業の半ばにぶっ倒れて横死さながら毒に犯されこの世そのものを祟って死んでやろうと思うほど落ちぶれてきたのに人を何とも思わぬアスペでも、精神を病んで心の傷みを知ることで人の心が分かるようになり、人間の捨て場と呼ばれる精神病者の体のいい監獄で出逢った精神病者の友人が、今日に至る30代までほんとうに幸 [続きを読む]
  • 女という愚かさ
  • 人をほんとうに愛してきれいなままで済むなんてほんとうにあるのだろうかわたしはこの世の底辺で真っ暗闇をくぐり抜ける道、遙か先をゆくようななつかしい人に出逢い、それがとても遠すぎて背中ばかり見せられて、眩しすぎて目も見ることも能わず、あなたに比べて私は下卑すぎて人間としてすら扱ってもらえなかったけど、その音声が魂の奥まで通るようにあくまでなつかしいからか声をかけられて涙だけ溢れてそれなのにあまりにも私 [続きを読む]
  • 後悔できるだろうか
  • 君にわかるだろうかだって、ほんとうに人を愛したことがあるか?あなたは本気で人を好きになったことがあるのかそれでも生きない選択肢を選ぶことがあなたにも本当に出来るのだろうか?私は例え死んでも困難にこの身が灼けても心にあの人の残像が消え失せても生きていける、あなたに出逢って人を愛するということがどういうことか分かってしまってもう後には引けないのが時の流れであるのも知っているからあの人を愛したことと同様 [続きを読む]
  • 祈りの言葉
  • いつも支えてくれる友人に、祈りを捧げられる体制をつくっておきたい。また、日々、お世話になっている上司、客先、私が好きな人のみならず、嫌いな人、嫌ってくる人も含めて、自らに関わる人すべて、今日出逢う人のすべてに、心から感謝できる、そういう深い祈りの中で生活できるような、揺るぎない信仰心を確立したい。〜〜〜友よいつも仲良くしてくれてありがとう私の友が幸せでありますように(名前)の数々の苦悩がやがて花咲か [続きを読む]
  • 記憶の中に生きている
  • あなたに出逢って生きて来れた事が奇跡にうつり変わり、心の底からこんなに人を愛せたことで自分はどれだけ傷付いても生きて行ける理由になったよ私の思い出に永遠の輝きをありがとう私の好きな人が幸せでありますように私を傷付ける人たちも幸せでありますように〜〜〜〜〜〜現実でもう忘れたと思っていたのに今日も夢の中で思い出していた『こんなに人を好きになると思わなかった』と。寝ても醒めても憶えている。 [続きを読む]
  • 慈悲とは、悲しみを知ること
  • いつぞや近所のお寺の法話会で聞いたこと。私の記憶に刻まれています。確か『愛』についての問答だったと記憶しています。「キリスト教でいう愛と、仏教で言う愛とは根本的に違います。仏教では、愛は執着、煩悩の一種です。良いように書かれていない。その代わりに、慈悲という言葉がある。」「慈悲とはなんでしょうか。慈悲とは、漢字で、【いつくしみ】【かなしみ】と書きます。いつくしむとは、愛おしむ。そして、悲しみ。愛は [続きを読む]
  • 哀しみはやがて愛を知ること
  • あなたの事がどれだけ好きだったか分かるだろうか愛の執着は自我の幻影煩悩の陽炎ただ私は私自身の哀しみと闘っていただけもうそこにとっくに彼は居ないのだから報われなかった過去の連鎖も独りよがりもその裏の哀しみもいまやっと過去と流れるいつの間にか、尽くしているつもりが尽くされた、与えるつもりがもらってた、失ったつもりが溢れていた、こんな、人生の矛盾を、壮大な、神仕掛けを、ああ、やっと忘れられる・・・18歳、 [続きを読む]
  • 何より簡単なこと
  • 愛情はいつでも一方的で報われませんでした好きな人を好きでいることは安易であり、好きな人を愛することよりも許し難き憎き人を愛することのほうが、人間としてよほど難しいことを肝に銘じたい今日、何があった?でもないただ名前を聴いただけ名前を聴いただけでこんなに心が揺れ動きただの一個の人間であることを思い出してしまう・・・ただの女に呼び戻される [続きを読む]
  • 無償の見返り
  • 見返りを求めたならもはや愛でないというこの愛情が報われないことでかえってなにも求めない境地に立てたのだ未練タラタラだけどただこのたった一回の出会いによって目と目が合って通じ合い、告る前より振られている、歓びも哀しみも憎しみもこの世の情の総てをあなたから学びましたこんなに憎いと許せないと思うのになお、存在にふれたとき、ぜんぶ許してしまう一瞬を女というおろかさも踏みにじられる惨めさも、見た目や肩書きで [続きを読む]
  • 忘れる愛情
  • 今生、たった二人の人を心の底から好きになりました。思い出を濁すことのないように私たち二人が永遠に生きるようにもう、振り返らない長い地獄の中から夢を見せてくれたよう18歳あの人に出逢い、別れそして20歳になりあなたに巡り会う永い眠りの中から目覚めたら天国は常に地獄の中にあり私はあの闇の中で君に出逢ってその報われなさに焦がれることでかえって暗闇の中にあっても光を失わなかったことを絶望の中で生命すら惜しくな [続きを読む]
  • 物心ともに自立すること
  • とある神道の先生につき、学んでいる者です。はじめて本宮につれて行かれた日、数々の先生にお目にかかりました。先生(仮にAとします)の先輩先生(本業は医者、仮にBとします)にご挨拶した時のことです。B先生は、私の眼からみても徳の高そうな、透明感のある佇まいで、こう静かに語られました。行者ではご飯が食べれないから、まずは手に職をつけることだよ。神さん事でお金が関わってくると難しくなってくる。行者が業者にな [続きを読む]
  • 自分を修めればすべて治まる
  • 真説「伝習録」入門(林田明大)より引用陽明は、こう述べています。修己と治人は、もともと二つの道ではない 修己治人、本無二道(『文録一』)修己(しゅうこ)と治人(ちじん)は、別々のことではない、もともと一つのことだ、というのです。朱子は、先ず自分を治めて、後に人を治める 先自治而後治人(『揚子法言』)と述べています。修己治人を分けて、二道としているのです。(中略)それは、陽明が、次のような『孟子』に [続きを読む]
  • 宗教的感情はすべての情を超越する
  • 宗教的感情は、ありがたく心から恐懼しながら敬慕の念にも似て、言の葉で言い表せない。ただ、この世で最高のものである。それは、知りもしない人にさえ、神を思い起こさせる。付き合っていた時間やこれまでの人生を飛び越えるものであり、わたしは、今日までの辛酸や屈辱の数々を、家族や友に恵まれなかった深い因縁なども、もうどうでもよくなったのである。宗教的な救済である。人は宗教というものが分かっていないと、本当の布 [続きを読む]