読書の森 さん プロフィール

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読書の森さん: 読書の森
ハンドル名読書の森 さん
ブログタイトル読書の森
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/airport_2014
サイト紹介文物語を読むのも書くのも大好きです。読書感想、創作、エッセイなど綴ってまいります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供235回 / 365日(平均4.5回/週) - 参加 2016/06/04 20:36

読書の森 さんのブログ記事

  • 角田光代 『消えない光』
  • この物語はまだ若い恋人同士を描いている小品集なのだ。恋人同士は往々にして、形式よりも愛し合っていれば、それが一番と思い込みがちである。しかし、一定のルールが必要だと思う。双方の両親に紹介をそれぞれがして、お互いの好みの婚約指輪を交換する。そういう手順を取って、お互いの生まれ育ちを知った上で結婚生活に入った方が長続きするのではないか。両親との愛憎の葛藤に苦しんだ著者にとって、自分の両親を相手に紹介す [続きを読む]
  • 柴田トヨ 『くじけないで』後
  • 彼女の創る詩は、どれも長い人生を一生懸命生きた経験が生かされている。そして、どんなに踏まれても蹴られてもへこたれない靭さが伝わる。それだけでない、心を癒す力がある。私は詩集を読む度に心が明るくなり、そして優しい気持ちになれた。どの作品も素晴らしいが、その中で私が特に好きなものをここで紹介したい。ことば何気なく言ったことばが人を どれほど傷付けていたか後になって気づくことがあるそんな時私は急いでその [続きを読む]
  • 柴田トヨ 『くじけないで』前
  • この詩集の著者、柴田トヨは90歳を過ぎてから詩作を始めた。彼女は裕福な米穀商の一人娘だった。しかし、10歳の時に家が傾き始めた。その後、奉公に出され苦労を重ねた。その当時としては遅く、33歳の時に結婚した。夫は調理師の柴田曳吉だった。彼はトヨが81歳の時、この世を去った。その後、彼女は息子とも離れ宇都宮市内で一人暮らしを続けた。この経歴から見ても、トヨが人生の辛酸を舐めた事が分かる。そして彼女は90歳を過ぎ [続きを読む]
  • 春爛漫
  • 今日3月24日、染井吉野も咲き始め、桜満開のシーズンも後少しです。今日は、春爛漫を思わせる花々の写真をアップ致します。美しい花々を見つけに行く人生の旅を続けていきたいと思います。 [続きを読む]
  • 手塚治虫 『紙の砦』後編
  • その日鉄朗は物見櫓で敵機を視察していた。それがその頃の学生の義務だったのだ!彼が上空に怪しい物体を認めて目を凝らした直後に、阿鼻叫喚の地獄が始まった。普段見慣れた家に無数の爆弾が次々と落とされた。そして街は火の海になった。この世のものとは思えない凄まじい光景だった。奇跡的に命を保たれた鉄朗は愛しい京子を必死に探した。そしてやっと京子は見つかった。しかし、爆撃を受けた彼女は以前の健康そのものの京子と [続きを読む]
  • 手塚治虫『紙の砦』中編
  • 学生はお国の為という名目で旋盤工場で働かされていた。その中で鉄朗は京子を主人公にした漫画を描く事で気持ちを晴らしていた。しかし、戦争当時は漫画は頭を悪くすると思い込まれていたのだ。ただ楽しみで漫画を描いているだけで、罪人扱いされる世の中だった。その為、彼はこっそりトイレの中で漫画を描いていた。京子は京子で軍部の好む堅苦しい歌ばかり歌わされていた。連日空襲は続いていた。悪夢の様な日々があったのである [続きを読む]
  • 手塚治虫『紙の砦』前編
  • 『紙の砦』は漫画の神様と言われた手塚治虫が自らの戦争体験を基に描いた作品である。昭和19年、お上の命令でさしあたり大切でない本は出す事を禁止されていた。勿論漫画はたったの一冊も本屋になかった。その当時に、宝塚音楽学校に入った岡本京子と南野中学美術部に在籍した大寒鉄朗は電車の中で出会った。出会いのきっかけは、大寒鉄朗が描いた漫画の原稿だった。大寒鉄朗は漫画を作るのが好きで好きで堪らなかった。彼の描く漫 [続きを読む]
  • 母の友達
  • 母はこの2月5日に亡くなった。葬儀や役所の届けなど一連の仕事は自分一人で(他に誰もいないので)やり遂げねばならない。やらねばならぬ事を懸命にこなした後たった一人残った自分に気付いた。その内、私は母の死に一人で向かい合う重圧に耐えられなくなった。ついに電話で母の友達に告げてしまった。本来なら正式に通知の葉書を出すべきなのに誠に失礼だったと思う。その際、母と同じ年齢の方々の頭の若さに感動し、とても心強かっ [続きを読む]
  • 母の死と、遺された私のこれから その1
  • この2月老母は自分のベッドの中で92歳の生涯を終えた。身体の痛みに苦しみ抜き、声を上げ、最後にはその声も封じられて涙ぐみながら身悶えしていた。母を担当した医者は何故か一様に「もうお年ですし」という言葉を発した。だが、たとえ92歳であろうとも、なんとか生きようとしている命なら生きさせてやらねばならない。愛惜に交じった責任感で私は母を撫ぜ、撫り、栄養のある流動食を工夫し、母を暖かくする事に必死だった。その [続きを読む]
  • 新学期になったら
  • もうすぐ春四月。その前に咲くピンクの綿菓子の様な桜、桜がハラハラと散る頃と卒業式と入学式の思い出が重なります。学生の頃は新しい年を迎えると言えば、4月を連想しました。小学校の時も中学校の時も高校の時も(私は私立から都立へ9月に編入したのですが)大学の時もお世話になった会社の入社も春四月、フワリと優しい桜のイメージが4月にあります。春は様々な花が一斉に咲きます。私の学生時分も入社の頃も花粉症なるものがご [続きを読む]
  • 死の現実
  • この2月5日、平成27年から在宅介護していた母を在宅で看取った。母は眠る様に亡くなった訳でなかった。身体の痛みを全身で訴えながら、声を出す機能を冒されて、苦しみ抜いて死んだのである。母をじっと抱きしめ、この世にその命が止まる様に必死で祈った時、無情にも母の呼吸が止まった。夜半過ぎていた。心持ち微笑んでみえた。それだけが救いだった。最後は赤子に帰ってくれたのだと思えた。母の死を直ぐに往診機関に電話する事 [続きを読む]
  • リア充
  • 平昌のパラリンピックの開会式をテレビで観た。それは、現実に平昌で開催されている夢の様なセレモニーだった。不自由な障がいを持ちながらも、健常者も顔負けの神業の様な戦いを連日続ける選手たちに、魅了された人は多いだろう。この大会に漕ぎ着けるまで、彼らの日常的な努力の積み重ねがあった。つまり、奇跡的な結果が出たとしても、その背後に日々の努力があったのだ。リア充とは、この目的に向かってを充実した状態を言うの [続きを読む]
  • 長谷川町子 『いじわるばあさん』
  • 『いじわるばあさん』は週刊誌サンデー毎日に、1966年から71年まで連載されていた4コマ漫画である。一億総中流意識を持っていた当時の社会とは比較的穏やかなムードが漂っていた。その中で圧倒的に辛口の婆さんを描いている。電車の中でこの漫画を読んでいて思わず吹き出し、隣の乗客に危ぶまれた事がある。『サザエさん』のホンワカムードと一味違う、ピリリとしたユーモアがあった。ただし、この婆さん、どれほどシュールであっ [続きを読む]
  • 遺産相続について
  • 明日は3月3日、ひな祭りです。ひな祭りを前におよそそれに相応しくない問題にぶつかりました。そしてこれは凡そ私のブログ記事にも相応しくない事です。相続の問題です。亡父は何も残さず亡くなりました亡母の遺産は今度の年金と田舎の田んぼだけです。ただ、母は2月の年金の出される前に亡くなったので、原則として死亡届の出たと同時に預金通帳は封鎖される事が分かりました。この場合、代表相続人は本籍地に連絡して戸籍謄本を [続きを読む]
  • 嗚呼、リア充!
  • 明日から3月というのに、春一番ならぬ春の嵐が吹いてます。嵐を前に、ポツンと一人でいると無性に人と話したくなります。それも昔馴染みとです。それでつい、昔の友達に電話をしてしまいました。止せば良いのに、ずっとご無沙汰していた女友達に突然電話を何回もかけてしまいました。半世紀以前の学生時代には何でも言い合えた人なのですが、向こうとしたら突然過ぎてびっくりしたでしょうね。かなり心が疲れて、飛んでもない事を [続きを読む]
  • 99歳の旅人 続き
  • この旅の途中で様々な人々との出会いがあった。写真の中の女性たちもそうである。土地の人たちは、ユースホステルのおじさんおばさんや礼文島の山守のおじさん(札幌で働く娘そっくりと私の事を言ってくれた)を含めて皆優しかった。おおらかで、拘りが少なくって、あったかい、これは22年後に函館へ行った時も変わらない、北海道の人の気質の様に思える。これは北海道だけでない、都会においても自然と共に生きてる感覚を持つ人たち [続きを読む]
  • 99歳の旅人
  • 昭和40年、大学1年の私は夏の休みに北海道旅行をした。当時、学割の北海道均一周遊券があった。確か5000円で、東京駅から北海道内の国鉄の駅、乗り放題降り放題の往復普通乗車券が買えた。折り畳みの冊子の様な切符で、乗車駅降車駅でスタンプを押してくれた。旅行期間の制限はあって、確か15日間以内だった。多分それ位の日数で北海道を一周したと記憶してる。冒険が好きだったのだ。脚が悪いのを意識せずに済む、拘りの少ない人 [続きを読む]
  • 春一番
  • 中年以上の方ならば誰でもご存知のキャンディーズ。70年代の主に男の子の胸を熱くさせたアイドルグループである。ランちゃん、スーちゃん、ミキちゃん、等身大の彼女と思える親しみ易さが受けたのだと思う。78年に「普通の女の子宣言」をして解散して幸せな結婚をした。ただし、スーちゃん、ランちゃんは再び芸能界に復帰して、素晴らしい演技派女優になる。私から見れば年下の可愛い女の子達で、アットホームな雰囲気が好きだった [続きを読む]
  • お喋り その3
  • 「自分の親よりも爺さん婆さんに可愛がられた経験が多い人、手を挙げて」と言えば、殆どの若い人の手は上がりそう。なぜなら、今は子供の数が少ないので、一家にとって孫は貴重な存在であるからだと思います。孫はいかにも罪がなく、幼く、可愛い、目の中に入れても痛くない、という祖父母が多い様です。子供もいない私でもそう感じます。それは身近な同世代の、孫に対する態度をしょっちゅう見てるからです。もう、なんちゅうか、 [続きを読む]
  • おかしな一族
  • さて、前のお喋りで祖父の破産について触れましたね。上に挙げた写真の笑顔の中年男が父方の祖父です。祖父は分家で、自分だけの働きで、旅館や酒造やを手がけました(規模は小さいし、皆無くなりましたが)。つまり商売の大好きな男でした。破産の理由は、甥の保証人となった為です。この甥の事業が見事に失敗。その借金を丸ごと被った訳です。その後、即、祖母は祖父の戸籍から抜けたのです。自分の財産を取られない様にする為でし [続きを読む]
  • 記憶の中の映画『愛の嵐』
  • 第二次大戦中のナチの強制収容所についてご存知の方は多いだろう。ヒットラーの政策によりユダヤ人や障害者など、施政者が国の役に立たないと判断した人々は理不尽な迫害を受けた。ユダヤ系の人間であるというだけで、皆追跡を受けて捕まえられ、過酷な収容所に入れられて、結果的に無惨な死を遂げたのである。現代のホラーもたじろぐ、奇っ怪な出来事だった。殺したユダヤ人の皮を利用してランプの傘にしたとか、全ての死体から金 [続きを読む]
  • お喋り
  • 私のお喋りと思って読んで下されば幸いです。拙ブログで常時ヒット数の多い記事を自分なりに分析してます。理由は、もし応募原稿を書くとしたらどの様な内容が一番受けるかを知りたいからです。文芸雑誌などの新人賞に応募して、入賞するのが、60代から夢となりました。何故こんな遅くからかというと、脚を壊して通勤が不能になるまで、会社員として働いてましたから。小説家になれる確率は客観的に見て極めて低いからです。ともか [続きを読む]
  • 『森は生きている』の思い出
  • 昔々、私が小学校に通っていた時、課外学習で観劇に行きました。多分、公民館でプロの劇団が演じたものだと記憶しています。みんなで一緒に映画を観た事(ディズニー映画など)はありましたが、本物の観劇は初めてです。ワクワクして行きました。それが『森は生きている』です。時は凍てつく冬の最中、気ままな女王さまは春一番に咲く「マツユキ草」が欲しくて仕方なくなりました。マツユキ草は白く可憐な花です。冬だからこそ、春の [続きを読む]
  • 筒井康隆 『エディプスの恋人』
  • 情け容赦もない自然や世情から離れ、20世紀後半にタイムスリップします。筒井康隆先生の愛したヒロイン火田七瀬については何度か触れました。美しく若いテレパス(精神感応能力)の持ち主)として、若い読書好きの方もご存知ではないでしょうか?七瀬ちゃんについて筒井氏は三部作の中で彼女の魅力をタップリ書いてます。家族関係の深層心理を描く『家族八景』や、テレパス故の悲劇を描く『七瀬ふたたび』の七瀬に私はすっかりハマり [続きを読む]
  • 心配です
  • 本日、株価の大幅な値下がり、北陸の異常な大雪、寒波のもたらす病、などなど心配事は多いです。読者とオサラバした舌の根も乾かないのに、恥ずかしげも無くブログ綴るのは、「心配です」という言葉の使い方が非常に気になってしまったからです。例えばの話、医師が、医学的に見て心配な患者に向かって「心配です」と言ったとしたら、それは優しい言葉なのでしょうか?事情があって直ぐには治療を続けられぬ人に対して専門家から心 [続きを読む]