セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボ さん プロフィール

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セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボさん: セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボ
ハンドル名セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボ さん
ブログタイトルセルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボ
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/idealblog2
サイト紹介文日本の城、写真、ダートレース等の趣味を相互に関連づけて趣味を深く追求!
自由文三重県を中心に徹底訪城、伝えて残したい山城遺産。時々ダートレースで若さを保ちつつ、セルフコロボレーションを試みる。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供93回 / 365日(平均1.8回/週) - 参加 2016/07/05 22:30

セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボ さんのブログ記事

  • 西ノ城
  • スライドデジブック  城名 西ノ城住所 多気町津留・鍬形築城年・築城者・城主 不明形式 山城遺構 郭、堀切(西に2か所、東に4か所)規模 東西30m×南北20m標高 210m 比高 150m経緯 近津長谷城は貞和三年(正平二年・1347)楠木正行の挙兵に呼応し外宮禰宜の度会家行らが兵糧米・具足をととのえ構えたと「外宮禰宜目安案」に記されている。田丸城・一之瀬城とともに北軍をおおいに悩ました伊勢におけ [続きを読む]
  • ひよどり城
  • スライドデジブックへ  ヤマレコ山行記録 城名 ひよどり城別名 五箇篠山羅城住所 多気郡勢和村上出江築城年・築城者 不明形式 山城遺構 郭、土塁、堀切、出郭(主郭の南 370m・標高210m)規模 65m×95m標高 266m 比高 190m書籍 日本城郭体系 勢陽五鈴遺響環境 小片野、片野の平野部を眼下に見ることができる位置にある。 五箇篠山城の北2.7Kmに位置し、その線上にひよどり城のものと思われる [続きを読む]
  • 愛宕砦
  •   ?? 護国廟山門              ?? 境内にある登城口 ?? 郭上段にある虎口           ?? 郭下段の更に下にある確かな凹部(井戸跡か?)  ? 郭上段(手前が土塁跡のふくらみ)   ?? 同郭上段 ?? 祀られている石碑(愛宕社の跡?)   ?? 土塁の片鱗 ?? 東側の谷(砦周辺の様子)       ?? 後方が田引城、手前が愛宕砦 城名 愛宕砦読み あたごとり [続きを読む]
  • 日本の城 目次
  • 日本の城  制覇546(2017.10.09現在) 日本全国城制覇の記録     只今 あっちこっち 工事中です!デジブック百名城 (現在94城制覇)+他名城(117制覇) =211制覇地図0-1;https://mapsengine.google.com/map/edit?mid=zMB0lt7eZPVw.kp6KADMyLUKo24三重県の城・制覇335地図1-1;https://mapsengine.google.com/map/edit?mid=zMB0lt7eZPVw.kfXn7gkwAAkU松阪の城 地図1-2;https: [続きを読む]
  • 朴ノ木砦 発見ならず!
  •  ?? 西尾根道分岐                ?? 西のピーク(人の手が入った様子無し) ?? 尾根に見つけた堀切の埋まったもの      ?? 同かすかな凹部(両方にある) ?? 東のピーク(人の手が入った様子無し)    ?? 看板(天竺山!?) ?? 尾根にある切通               ?? 登山道入り口にある切通 ?? 近くにある「乳母山の神」?? 朴ノ木砦があると仮定した小 [続きを読む]
  • 長谷砦
  • スライドデジブック?? 竪堀が連なる長谷砦 城名 長谷砦読み ながたにとりで別名 井生城(いうじょう)住所 津市一志町井生長谷築城年 不明形式 山城遺構 曲輪、帯郭、竪堀規模 東西 70m×南北 80m城主 馬場土佐守標高 179m 比高 127m書籍 津の城跡50選では「、、、戦闘に巻き込まれることを恐れた近隣村民が最後の避難場所として築かれた可能性もあるものと思われる。」と記している。環境  [続きを読む]
  • 出丸城
  • 深まる疑問!? 城跡はどっち?! 現地だけでは謎が解けない!!スライド  デジブック? 中央土塁から左へ切岸 城名 出丸城読み いでまるじょう住所 津市一志町波瀬出丸形式 山城遺構 曲輪、井戸跡城主 出丸四郎国道一族 波瀬氏の分家。波瀬城の支城。標高 160〜180m 比高 80m〜100m歴史 信長により落城。書籍 日本城郭体系他環境 多気御所と一志平野部を結ぶルートが眼下に見え、更に波瀬 [続きを読む]
  • 乙部城
  •  ??ここは乙部山潮音寺      ??乙部藤政の守護仏が伝えられている??そして、こちらは地蔵尊 ??この地に乙部伊豆守の城があった ここは中河原  ??石や木は見ていたのだろう 城名 乙部城読み おとべじょう住所 津市中河原築城年 永禄年中築城者 乙部伊豆守藤政遺構 無し城主 乙部伊豆守藤政一族 長野工藤氏歴史 永禄年中、信長の攻撃を受けてその子乙部兵庫藤政は居城を領内の渋見に築城し [続きを読む]
  • 家所城
  • ?? 三河守の墓                         ?? つぶて石                  ?? 大手門跡 ?? 土塁                    ?? 本丸井戸跡 ?? 大手門石垣                 ?? 祠への参道 ?? 抜け穴                   ?? 土塁跡 ?? 見張台                   ? [続きを読む]
  • 太田城
  •  ?? 城を二分する道路              ?? 向かって左手山の階段を登る  ?? 階段が急角度に曲がったところに        ?? Ⅱ郭の空堀と思われる ?? 空堀は半円状に長く続く           ?? 道を挟んでもう一方の郭 ?? Ⅱ郭から空堀越に主郭を望む         ?? 主郭 ?? 主郭西奥の竹藪に削平地           ?? 村の端から遠景 城名 太田城住 [続きを読む]
  • 前山城
  • ?? 西郭 土塁と空堀                          ?? L字形が基本形    ?? つぶて石!?                ?? 東郭 藪で見学困難 城名 前山城住所 津市芸濃町北神山形式 平山城築城時期 室町時代遺構 郭、土塁、空堀規模 東西200m×南北100m城主 駒澤権頭藤綱標高 93m 比高 35m一族 雲林院家家老環境 雲林院氏の南の砦。経ヶ峰へ登る [続きを読む]
  • 霧山城・北畠氏館・六田館(東御所)
  • 城名 霧山城住所 津市美杉町下多気・八知・奥津築城年 康永元年・興国3年(1342)築城者 北畠顕能形式 山城遺構 郭、堀切、土塁 本城と居館の間に詰城がある。規模 本城;東西150×南北270m 詰城;東西60m×南北30m城主 北畠顕能-顕?-満雅-教具-政郷-材親-晴友-具教、 天正4年の城代は北畠一族の北畠左衛門尉政成 政成は伊勢国司4代北畠教具の三男北畠政能の孫本城;標高 560m 比高 2 [続きを読む]
  • 御嶽城
  • 御嶽城、北斜面御嶽城 城名御嶽城読み みたけじょう住所 津市美杉村三多気築城年 天正築城者 御嶽氏形式 山城遺構 郭、土塁規模 東西100m×南北100m 城兵80騎城主 御嶽 左近進標高 441m 比高 16m歴史 天正4年(1576)に具教が三瀬谷で暗殺された後も固守して降参しなかった。 織田信雄は本田左京進、滝川三郎左衛門、木造左衛門佐らを攻めさせたが城を落とすことはできなかった。 城兵 [続きを読む]
  • 奥佐田城
  • 奥佐田城 城名 奥佐田城読み おくさたじょう別名 笹山城住所 津市白山町佐田味噌谷築城者 堀山氏形式 山城遺構 郭、土塁、空堀規模 東西90m×南北140m城主 堀山次郎左衛門(小倭・おやまと七人衆の一人)標高 129m 比高 50m歴史 天正4年(1576)具親蜂起の時、七人衆として堀山もこれに一味して城に立て籠り反乱した。 織田信雄は滝川、柘植、長野に命じてこれを抑えた。 天正12年(1584)小牧 [続きを読む]
  • 口佐田城
  • くちさたじょう?? 城域にある蓮台寺?? この辺りが城域?? この段差が可能性高い?? 北側に不思議な風景?? 字をなぞったが解読できない?? 年代も不明?? 路傍の石仏? 地区を流れる大村川の風景 城名口佐田城住所 津市白山町佐田築城者 森長氏遺構 無し城主 森長越前守標高 66m歴史 天正12年に小牧長久手の戦いの時蒲生軍と合戦。 8月某日蒲生軍が攻め込んで来たとき、奥佐田城主の堀山氏と同じ [続きを読む]
  • 上ノ村城
  • うえのむらじょう?? 成願寺?? 同本堂?? 堀切?? 同?? 土塁上にある稲荷神社? 土塁から見る主郭?? 主郭の土塁?? 主郭の中央?? その他の郭西の山中にある石碑群西峯山頂にある鉄塔 城名 上ノ村城住所 三重県津市白山町上ノ村築城年 明応年間(1492〜1501)築城者 新長門守(にいながとのかみ)経成形式 山城遺構 郭、土塁、空堀、堀切規模 100×60m城主 新長門守(にいながとのかみ) [続きを読む]
  • 八太城
  • 城名 八太城読み はたじょう住所 津市一志町八太築城時期 永禄年間築城者 田上讃岐守形式 山城遺構 郭、堀切、土塁、物見代城主の系譜 田上讃岐守 - 子1)右近 - 子2)兵衛尉規模 東西125m×南北95m標高 68m 比高 50m歴史 北畠家家臣。滅亡後は秀吉家臣。 天正4年(1576)北畠氏が滅び羽柴秀吉に仕える。? 文禄元年(1592)兵衛尉は朝鮮の役で戦死し田上家は断絶した。 その後、織田信雄は [続きを読む]
  • 大仰城
  • 城名 大仰城読み おおのきじょう住所 津市一志町大仰築城年 応永年間築城者 小泉藤能形式 山城遺構 郭、井戸規模 東西120m×南北70m標高 80m 比高 43m城主 藤能は紀氏の16世の孫にあたる。 藤能は1495年2月、伊賀の西蓮寺で48日間の念仏途中にわかに発病し53才で死去。歴史 藤能の子・宝珠丸(後の真盛上人 注1)は始めから僧侶になるべく育てられた。14才で出家天台律宗を究めのちの真盛 [続きを読む]
  • 上出城
  • ?? 上出城遠景?? 帯郭?? 帯郭?? 虎口?? 虎口内側?? 主郭?? 主郭入口・段差?? 主郭 城名 上出城住所 津市一志町波瀬築城年 建仁元年(1201)築城者 平家盛形式 平山城遺構 郭、虎口、土塁規模 60m×90m城主 山羽大監弘平家盛標高 111m 比高 38m歴史 平家一門が没落の時、斎藤重秋は父実盛の命を受け六代の君を守ることになり一行は日川から波瀬に入り、難波六兵衛や安楽寺住職 [続きを読む]
  • 岩ノ谷城
  • ?? 主郭切岸?? 堀切?? 堀切?? 主郭?? 主郭 城名 岩ノ谷城住所 津市一志町波瀬形式 山城遺構 郭、堀切標高 111m 比高 42m現地 上出城との距離は500mに満たない。考察 上出城の南800mに出丸城(いでまるじょう)がある。この岩ノ谷城と併せて一本の防御ラインができる。 岩ノ谷城は上出城の支城と考えられる。地図 [続きを読む]
  • 波瀬城
  • 城名 波瀬城読み はぜじょう住所 津市一志町波瀬井之口築城年 応永元年(1394)廃城年 天正5年(1577) 183年間の波瀬城の歴史を閉じた。築城者 波瀬左中将正三位雅俊形式 山城遺構 郭(1〜6)、堀切(a〜e)、井戸跡規模 190m×110m    兵士数・・・・・・・500人城主の家系  木造雅俊①(波瀬氏を名乗る)  雅俊は木造城奪回を失敗し坂内城へ逃れ、坂内氏を名乗る。  -②-③-④-  波瀬 [続きを読む]
  • 波瀬館跡
  • 城名 波瀬館跡読み はぜやかたあと住所 津市一志町波瀬築城者 波瀬蔵人具祐築城年 永禄年中形式 居館遺構 無し、石碑標高 102m 比高 0m歴史 天正5年(1577)には織田信長の軍勢に攻められ多数が討死した。寄せ手は火を放ったため雅道は敵将瓜生八郎正景を殺し、東口より脱出して波瀬館へきて自害、波瀬城は落城し廃城となった。 その後、一族の林忠左衛門が五輪六地蔵を建設し祀ったという。環境 波瀬川と小俣 [続きを読む]
  • 榊原城
  • ?? 今も土塁は残っている 城名 榊原城住所 津市榊原町築城者 榊原信濃守氏経形式 山城遺構 郭、土塁、空堀標高 92m 比高 22m歴史 氏経は永禄年間大和宇陀郡で討死した。 その子刑部少輔が北畠氏に仕えた 北畠氏滅亡後は織田信長に属した。 天正12年(1584)の木造攻めには羽野に陣をしき参加している。 その後三左衛門は秀吉に仕えたが廃城となった。 永禄年間の織田氏の攻略により榊原一族は三河 [続きを読む]
  • 森城
  • ?? 長野川に沿うように城はあった?? 城の一部と思われる削平地 城名 森城住所 津市森町築城者 堀氏(注1)形式 平山城遺構 不明城主 堀宮内、堀金右衛門標高 30m 比高 10m書籍 勢陽雑記 三重の中世城館環境 城の西側は10mの断崖となり土塁は北側から西南にかけてあった。 北側に8mの堀があり堅固な様子がうかがえた。 東南にかけて江戸初期に寺院が建立され、その後土取りなどで全体の形状はつか [続きを読む]
  • 七栗一色館
  • ?? 館があったと思われる現久居西中学校 城名 七栗一色館読み ななくりいっしきやかた住所 津市久居一色町馬屋敷築城者 服部民部少輔形式 居館遺構 消滅城主 服部民部少輔(注1)標高 47m 比高 0m環境 榊原川と長野川の間を北から南へせり出した丘陵の先端に館はあった。一族 北畠家臣書籍 三重の中世城館現地 久居西中学校の校庭内が館跡で現在は何一つ残らず地名に馬屋敷、堀の下がある。考察 学校の [続きを読む]