セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボ さん プロフィール

  •  
セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボさん: セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボ
ハンドル名セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボ さん
ブログタイトルセルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボ
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/idealblog2
サイト紹介文日本の城、写真、ダートレース等の趣味を相互に関連づけて趣味を深く追求!
自由文三重県を中心に徹底訪城、伝えて残したい山城遺産。時々ダートレースで若さを保ちつつ、セルフコロボレーションを試みる。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供103回 / 365日(平均2.0回/週) - 参加 2016/07/05 22:30

セルフコラボレーション、この趣味とあの趣味をコラボ さんのブログ記事

  • 深野城
  • ふかのじょう深野城は伝承の城である。松阪市深野町に來迎寺という浄土宗の寺があり、宗祖は法然上人といわれ阿弥陀如来がご本尊である。創建は治承三年(1179)だが、永禄十二年(1569)には織田信長の乱入により焼失する。地元の歴史家に聞いた話ではここに城があったという。恐らく寺が建つ丘陵の先端にある凸状の台地がそれにあたると思われる。大正15年8月に初代中條氏が記念碑を建てられた際に見晴らし台として改変さ [続きを読む]
  • 仁柿城
  • にがきじょう 城名 仁柿城読み にがきじょう住所 松阪市飯南町上仁柿築城者、城主 久世因幡守、周防守形式 山城遺構 郭、堀切規模 全体;東西260m、南北105m 主郭;東西40m、南北16m標高 290m 比高 90m経緯 北畠氏の家臣団配置図に武将の名称はあるが城塞の場所が確定されてないものが何か所かある。その一つが柿城である。探索するにもヒントが全くなかった。ある時、深野の郷土史家と話す機会があってそのこと [続きを読む]
  • 相可に城跡が現れた!?
  •  相可に裸になった山が出現した。近くの道路を走っていると自然と目に入る。変な形をしているし、よく見ると何か立っている。興味津々、準備して登ってみる。入口に「山の神」の石碑がある。又、「みえ森と緑の県民税市町交付金事業 多気町」の新しい看板が立てられている。つい最近の事のようだ。 地元の人に聞いてみた。「この山は町のものだが、この墓に竹の枯葉が落ちて困っているので、竹を切って公園化してもらった。」「 [続きを読む]
  • 黒田山城(兄国城)
  • 黒田山城 くろだやまじょう 兄国城 えくにじょう (共に仮名) この地に城があったという資料などの記述はまだ確認していない。ただ兄国というこの地に大西大蔵太夫という北畠家臣の武将がいたということ、そして伊勢本街道を真上から見下ろす要地にあるということからここに城があったとしても不思議ではないという発想から現地を探索してみた。 樋田清砂氏作成の「北畠家臣団配置図」で大西大蔵太夫の「居城所在地は不明」 [続きを読む]
  • 野中城(浅間山砦)
  • ?? 堀切から谷へ竪堀として続く?? 郭間にある区画用の堀切(珍しい)?? 竪堀?? 竪堀に平行する竪土塁(珍しい)?? 伊勢湾が望める?? 東南から見る野中城 城名 野中城別名 浅間山砦住所 多気郡多気町野中築城年 築城者 不明形式 山城遺構 郭、堀切、土塁、竪堀標高 139m 比高 96m規模 東西100m×南北80m歴史 延徳三年(1491)に伊勢神宮と、熊野の社家・僧兵がここで戦ったという。環境  [続きを読む]
  • 佐伯中浅間山
  • さいきなかせんげんさん 多気町佐伯中に浅間山が祀られている山がある。 櫛田川右岸の近津長谷城がある山塊から派生する一つの尾根の先端にある。 現在は大日如来座像が円形削平地の一部、高まりのあるところに鎮座している。 近津長谷城から派生する尾根は長く1.3Kmを測る。櫛田川や伊勢街道を目視するには近津長谷城からでは遠すぎるので尾根の先端が必要だったのであろうか。 現在は浅間山を祀るために、或は山仕事に [続きを読む]
  • 2018 高見山 エビのしっぽ
  • 2018 高見山 エビのしっぽ スライドⅡ高見トンネルから大峠まで車で行きつけるかどうか心配だった。圧雪の厚さは10センチ程度、状態は一様で無くアイスバーン、シャーベットと色々である。結局、スタッドレスだけで大峠にたどり着くことができた。登山道は積雪数十センチ、状態は道路と同じで色々。アイゼン無しで頂上まで登れる。下山も問題ない。しかし、登山靴もタイヤもシャーベットには [続きを読む]
  • 本郷浅間山
  •  松阪市御麻生薗(みおぞの)町本郷に本郷浅間山がある。標高249m、比高140m程である。附近での山塊比較では大明神山(標高399m)に次いで大きく、櫛田川の行く手を大きく南側へ蛇行せしめている山である。 頂上には本郷浅間神社が祀られている。曲輪の広さは東西、南北それぞれ20m弱程である。社の基礎や祠(大日如来坐像)の造作は石組で行われている。頂上からは西の展望がよく根木峠(2Km)や大明神山(2.7Km [続きを読む]
  • 庄浅間山
  •  松阪市庄町の浅間神社は集落を見おろす北の山頂、標高175m、比高130mにある。 西は広瀬集落、東は射和、相可集落まで見通しのきく少し山塊から飛び出した好位置にある。登頂の道のりは神社駐車場から0.5Km程度で30分ほどで着く。 その途中には切通、峠と思われる場所や切岸とも思える周囲とは傾斜角度の異なる場所、または虎口とも思える場所があるが何れも山城遺構とするには確証がない。 尾根に上がり切るとほぼ水平移 [続きを読む]
  • 蓮華寺城
  • スライドデジブック 城名 蓮華寺城住所 度会町棚橋築城年(延元年間?)築城者 城主 棚橋大納言僧隆経(北畠家臣)形式 山城遺構 郭、堀切規模 上の城 東西10m×南北80m 下の城 東西30m×南北25m標高 160m 比高 90m書籍 追記分;北畠氏の研究(大西源一)環境 宮川に突き出た丘陵の頂にあり眼下の宮川や街道を監視するには絶好の場所である。 西数百メートルの所の宮川縁には牧戸城があったと [続きを読む]
  • 立岡城
  • スライド  デジブック 城名 立岡城住所 度会郡度会町立岡築城年 室町時代築城者 城主 不明形式 平山城遺構 郭、堀切、竪堀、井戸規模 35m×75m標高 67m 比高 20m書籍 三重の中世城館 日本城郭体系環境 宮川の河岸段丘に開けた立岡集落の西方で標高67mの狭い丘陵頂部を削平して主郭を成している。現地 立岡集落の墓地の西の山が城跡である。西に大河内谷池を従え東に谷を配す小規模だが理にかなっている適地である [続きを読む]
  • 上原城
  • 住所;茅野市ちの上原築城時期;文明元年(1466)頃標高;978m形式;根小屋式山城主な遺構;曲輪、土塁、堀切、竪堀、虎口主な城主;諏訪頼重---板垣信方諏訪の歴史を紐解くうえで、上原城は不可欠な城である。諏訪地域、ひいては長野県内において城郭部分と居館跡がセットで構成されていることがわかる城は少ない。それらが良好に残る城として、上原城は貴重な城である。参考文献;長野の山城ベスト50 戦国の城ドキュメン [続きを読む]
  • 経ヶ峰城跡
  • スライドデジブック津市に経ヶ峰城跡がある。登山口の案内板によると、長野氏家臣・進藤左金吾が大般若経百巻を経ヶ峰に埋めたいう。しかし、経塚遺構や遺物は未だ未発見である。又、城の所以はよくわからない。以下は想像である。長野家の家臣(進藤左金吾かも知れない)が見張台又は狼煙台としてこの山頂に人を常駐させる施設を設けて、情報網の拠点としていたのではないだろうか。奥まった長野城から北勢地方の監視は経ヶ峰が邪 [続きを読む]
  • 経ヶ峰
  • 経ヶ峰という山がいくつかあるようだ。内二つは既に訪れた。一つは津市安濃町、美里町、芸濃町が接する山頂にある。標高890m。かつては”安濃ケ岳”と呼ばれていた。その昔、長野家家臣・進藤左金吾が山頂に「大般若経百巻」を埋経したことから経ヶ峰と呼ばれるようになった。(現地山麓の経ヶ峰ハイキングコース案内図より抜粋)もう一つは伊勢市朝熊町の朝熊山にある。標高540m。近世に至るまでこの辺りは杉や桧の巨木 [続きを読む]
  • 朝熊ヶ岳城探索
  • 朝熊ヶ岳城の探索?? 全体の行動軌跡 計5Km程度伊勢市朝熊町に朝熊ヶ岳がある。グーグルの地図では同所が朝熊ヶ岳城跡となっている。ここに山城があったのだろうか?これは行かずにいられない!探索前に奥の院へお参りする。?? この門をくぐると別世界に入るという。?? 九鬼嘉隆の五輪塔?? 卒塔婆をたてる信仰習俗が特徴朝熊山経ヶ峰に所在する平安末期の経塚遺跡を探索?? 国の史跡となっている。?? 乱立す [続きを読む]
  • 岡本城と萩野城
  • 二つの城の距離は200m、しかしその歴史は200年の差。そして、第三の郭群。一体、どうなっているんだろうか!??? 南から遠景(合成写真)位置関係を軌跡で見ると ??スライドショー 城名 岡本城住所 津市芸濃町岡本築城年 13世紀初め築城者 城主 岡貞重形式 山城遺構 曲輪、土塁規模 東西120m×南北60m一族 若菜五郎盛高に属する標高 50m 比高 10m歴史 若菜五郎らと元久元年(1204 [続きを読む]
  • 霊山城
  • れいざんじょうスライド  霊山城?? グーグルマップにおける霊山城跡の表記早速、訪れてみる。そこは想像以上の場所。9世紀の山岳寺院址。16世紀、伊賀天正の乱。僧兵は死力を尽くして寺を守ろうとした、と思う。その瞬間、寺は城塞となった。しかし、焼失。後、麓に「霊山寺」は再建され、山岳寺院址と霊山城伝承が残った。 [続きを読む]
  • 野呂氏館
  • 野呂氏館  スライド 城名 野呂氏館住所 津市芸濃町椋本築城年 時期は、出土した常滑焼大甕の特徴によって16世紀後半のものと考えられる。築城者 野呂氏形式 居館遺構 郭、土塁、空堀 蒸風呂の燃焼部と考えられる炉遺構は県内でも初めての発見。規模 東西80m× 南北90mほどの方形(三重の中世城館) 東西300m×南北200m(日本城郭体系)城主 野呂民部少輔一族 雲林院出羽守の家臣標高 80m 比高 1 [続きを読む]
  • 椋本城
  • 椋本城  スライド 城名 椋本城読み むくもとじょう住所 津市芸濃町椋本築城年 「正道のWebサイト」を参照すると白河天皇の時(1072〜1086)築城となると忍田城の築城時期と同じとなる。築城者 伊藤氏形式 山城遺構 郭、堀切、土塁、井戸跡規模 東西75×南北60城主 伊藤氏 後、野呂豊後守か標高 110m 比高 40m歴史 「正道のWebサイト」参照http://cache.yahoofs.jp/search/cache?c=hiG3sbLVX [続きを読む]
  • 忍田城
  • 忍田城  スライド 城名 忍田城読み おしだじょう住所 津市芸濃町忍田築城年 白河天皇の時(1072〜1086)築城者 忍田入道形式 山城遺構 郭、土塁、堀切、井戸規模 東西110m×南北80m(北方の堀切を含むと200m)城主 忍田氏の居城。標高 200m 比高 50m歴史 忍田入道が白河天皇の時(1072〜1086)にここに築城し、歴代が居住した。その後裔は美濃守、また平左衛門尉と称す。のち平左衛門尉は藤堂 [続きを読む]
  • 2017 ノーマルカー4時間耐久シリーズ 第5戦
  • 2017年 ノーマルカー・ダート4時間耐久レースシリーズ第5戦 11月19日 天候;雨時々雹(最悪!)第5戦のスライド21台中、15台完走、チームは3位。このレースは悪条件の中、許される結果と思われる。パンクが1回、おかまされたバンパー落下対策くらいがマイナス点。リザルトhttp://b4.spline.tv/palmtown3/?command=GRPVIEW&num=2386ポイントhttp://b4.spline.tv/palmtown3/?command=GRPVIEW&num=2387シ [続きを読む]