あきらです さん プロフィール

  •  
あきらですさん: 伊東玲のブログ
ハンドル名あきらです さん
ブログタイトル伊東玲のブログ
ブログURLhttp://korewaisee.cocolog-nifty.com/akiraight/
サイト紹介文学校教育の内と外で稀有な経験者が過去現在未来を語るブログ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供73回 / 365日(平均1.4回/週) - 参加 2016/07/06 02:51

あきらです さんのブログ記事

  • 批判力の育成
  • 授業でできていないこと。たぶんその力量がないからできない。批判されると困るから批判される前にねじふせる。良い子は批判しない。あれあれ、学問や考察や研究などの根幹にあるものは何だったっけ。「それは本当か」「この当たり前は本当に当たり前か」「できないのはできることの宝庫ではないか」悪い子は行動で批判する。行動が否定されるのではなく、その子の人格が否定される。批判する子は否定される。疑う人間は教員採用試 [続きを読む]
  • 教師の働き方改革のつけは家庭に行くのか
  • 答えのついたままのドリルや答えの印刷されたプリントを持って帰宅する。宿題は課題を解くこととその答え合わせをすること。しかもその量は半端なものではない。教師はざっと目を通してありきたりの印を押す。働き方改革で時間ができた保護者は子どもたちの宿題に時間を費やす。ほのぼのとした家庭の団欒。指導書を片手に授業をすれば教材研究の時間も割愛できる。時間の短縮だけではなく濃度を薄める働き方改革。いやもともと濃度 [続きを読む]
  • 牧歌的な教育哲学への郷愁
  • 教育行政にも教育現場にも欠如しているものがある。教育哲学や教育理念といったものである。ルソーやペスタロッチやフレーベルはどこへ行ってしまったか。児童・生徒・学生が対策の的になる。共に生きる教育はおとぎ話の世界のものになったか。いったい今の教育の基盤となる哲学は何か。何を考えながら学校は毎日活動しているのか。にほんブログ村にほんブログ村 [続きを読む]
  • 怖い〜国会、日大〜学校
  • 国会中継で政府や官僚の答えを聞いていた。怖い、と思った。特に、組織で生きる官僚の、苦し気な様子を見ていて息が詰まりそうになった。日大アメフト部の監督やコーチの会見を見たときもそうだった。怖い、と思った。組織に埋め込まれたコーチの表情を見ながら、どうしてそこまでしなければならないかと思った。そして、何よりもやはり怖いのは、官僚にそういうことをさせる政府の政治家や、コーチにそうさせている監督や組織とい [続きを読む]
  • この子の通っていた学校の先生に敬意を持つとき
  • 100人の4年生が鍵盤ハーモニカで楽譜を演奏するのを聞いたところ、きちんとした奏法で演奏できた子どもは、わずかに10名ほどでした。しかも、その10名ほどのなかには、4年生になってから転校してきたばかりの子どもが2人いました。転校してきたばかりのその2人はたまたま男女一人ずつで、とりたてて学校の外にある音楽教室に通ったり、音楽的な家庭環境であったりしない子どもたちです。ですから、転校する前にいた学校 [続きを読む]
  • 長年、学校の部活には疑問を持ってきたけれど〜機会均等の理念は?〜
  • 赴任したいくつもの小学校で、音楽系の全国コンクールや全国行事に何度も参加してきた私は、「それでも甲子園のような部活の在り方でよいのか」とう疑問は持ち続けてきた。小学校の課外活動については、初任のころから機会を得て、全国的には地域格差の激しいことを知り、法令上はどのようになっているのかも一生懸命しらべたことがある。小学校の「部活」は、地域の慣例上に成り立つもので、「少年団」との連携でやっているところ [続きを読む]
  • 幼稚園・保育園・小学校などで商品名を先生が宣伝してはダメ
  • 学校園で、先生という立場の人が、特定の会社が作った製品を宣伝するようなことはしてはいけないはずです。その製品名が、その会社の努力によって「名称」として一般的になったものであったとしても、これは厳に慎むべきことです。指導要領でも、教科書でも、かなり以前からそのことをはっきりと意識して示すようになっており、私も折に触れて何度も言い続けているのですが、それでも、今もなお、商品名を学校園で平気で使っている [続きを読む]
  • 保育園・幼稚園・認定こども園と小学校の低学年
  • 年度末と年度初めのころに、幼い子どもを持つお母さんたちと話す機会があった。この地域ではいくつかの保育園と幼稚園を合併して、規模の大きな認定こども園となる。先生一人あたりの子どもたちの人数が増えることや、そこに集められる子どもたちの数が多くなることなどへの不安が大きいことがわかった。多くの方々が、子どもをそこに通わせるだけで距離的にも遠くなり時間の負担も増える。話を聞く限りでは、まったく行政側の一方 [続きを読む]
  • 風化しないもの〜学校教育の犠牲になった子どもたち〜女生徒水難事件の例
  • いじめや事故など、学校教育のなかで命を失った園児・児童・生徒・学生の方々のご冥福と、そのご遺族方々へのお悔やみを申し上げます。学校教育のなかで犠牲となる命の多くが、教師や組織の過失しよるものが多いのもかかわらず、因果関係がはっきりしないということで、責任の所在がうやむやにされてしまうことがほとんであることにも、いつも大きな憤りを感じています。本日、今年度より地域の自治会の当番になっているので、「新 [続きを読む]
  • 父なる大地、母なる海
  • 避難訓練がいくつかの学校で行われたようだ。家族たちと話をした。原則として自分の命は自分で守る。もしももうダメになったら、よく自分は生きて来たと思って受け入れよ。ただし、最後の最後まであきらめるな。もしも自分の命が助かったら、年下の子どもたちには、より年下の子どものことを考えて行動せよ、と。年上の子どもたちには、困っている年長の人を助けよ、と。ただし、無理はし過ぎないこと。父の大地、呼びに来ることも [続きを読む]
  • 今さらながら「英語」よりも〜「西郷どん」の時代の共通語〜
  • 私の知る限り、幕藩体制で各地域の方言が庶民の生活にしっかりと根付いてた幕末・維新の頃に、各藩の「志士」たちがほとんど他地域の者には理解不能に近い方言を日常語にしていたにもかかわらず、意思疎通が可能であった理由を、はっきりと指摘したのは、文学者の前田愛である。前田愛は次のように『幻景の明治』で次のように述べている。≪身分制度に応じて階層化され、無数の方言に分割されていた話し言葉の現実から極度に抽象化 [続きを読む]
  • 後ろからいきなりつつくのは「指導」か「体罰」か
  • TTや支援の入る授業で、前にいる教師がそれを見ていてもとりたてて指導しないとき、後ろにいる教師が悪い姿勢や手遊びを続ける姿に見かねて、ふいうちのようにその子を後ろから指先でつつく。私が話を聞いた子どもは、脇腹を指さして、「痛い」と言った。ほかの子もそういうことされるのかを尋ねると、頭をポンポンと叩かれたり、ぎゅっと姿勢を直されたりしていると言う。それをする教師は、「ちゃんと見ているぞ。だからきちんと [続きを読む]
  • 授業中の教師のことば〜無意識にしてしまう失敗〜
  • 題名についてはいろんな角度から言えることがある。教師の日常的なことばが、いじめを生む要因となるということはすでに周知のことである。同じように、授業中の教師の「発問」「課題提示」といったことばがブレると、子どもたちの学びは大きく阻害される、ということも知られていることである。本時の「ねらい」「目標」「課題」といったものを提示するとき、形はどうであれ、ことばの使い方で、子どもたちに誤解されることがある [続きを読む]
  • 新年度の準備で忙しい中さで欠落すると一年が空振りになるもの
  • 学級担任の新年度に向けての準備の仕事量は、やはり多い上に、しなければならないものがほとんどである。担当する校内分掌の仕事、学級に関する基本的な仕事、副読本や教材選びなど、それぞれ一言で表せても、そこにかける労力と時間は半端なものではない。それらが終わらないうちに始業式を迎え、入学式が来る。学校によっては、PTA関係の対応もしなければならず、家庭訪問も近づいてくる。運動会を春に行うところはもう実施計画 [続きを読む]
  • 音楽科の学力は歌える曲の数ではなく自分で歌えるようにする方法の獲得
  • 極端に言えば一つの教材をとことん取り上げて、楽譜の読み取り方、読み取ったことを試す表現、他者の表現の聴き方、その教材から想起される自分の音楽の創作などを授業のねらいとする。ちなみに楽譜は音譜だけのことを言うのではなく、音楽記号はもちろん、歌の場合は当然ながら歌詞も含まれる。歌える曲を数多く持つことは、その人の個人の文化的財産になる。望ましいことだ。けれどもそれが、いつでも他者からの働きかけによって [続きを読む]
  • 若い教師の感性に期待するからこそ〜マインクラフトの村民を作るな〜
  • 若い教師と話す機会を持った。おかしいことはおかしいと感じていることがわかった。「では、どうして君は、おかしいと思っているのに周囲に合わそうとするのか」尋ねてみると、「合わさないとやれない」と答えが返る。合わす意味があるのか、とさらに聞くのはヤボであろう。おかしいと感じているのだから、そこに意味がないのはとっくに本人もわかっている。私は若い頃からどこへ行っても、おかしいと感じることはおかしいと言い、 [続きを読む]
  • 現実の虚と過去が拓く未来
  • 現実の大人社会は、なんでもありの空虚さがあからさま過ぎる。歴史上の人物が好きであると言ったのは司馬遼太郎である。私は若い頃がら司馬遼太郎の描く歴史上の人物が好きである。作品で言えば『峠』『花神』は高校時代に何度も読み返した。歳を重ねるまであえて手をつけなかった『坂の上の雲』は、さすがに人気が高いだけあって、読み応えは十分であった。正岡子規への愛情もさることながら、広瀬武夫への尊敬の念を込めた書き方 [続きを読む]