tarou さん プロフィール

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tarouさん: 綺麗なもの見つけた(街角探検隊)
ハンドル名tarou さん
ブログタイトル綺麗なもの見つけた(街角探検隊)
ブログURLhttp://webtarou.blog.so-net.ne.jp/
サイト紹介文このブログには、風景、花などの写真をフォトムービーにして公開しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供184回 / 365日(平均3.5回/週) - 参加 2016/07/15 15:39

tarou さんのブログ記事

  • 玄宮園(げんきゅうえん)紅葉
  •  滋賀県彦根市にある旧大名庭園で、国の特別史跡「彦根城跡」に隣接する庭園で、玄宮園の原形となる庭園が造営された時期や規模は明確ではないが、江戸時代初期の1678年に彦根藩4代藩主井伊直興が整備したといわれている。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 園内は中国湖南省の洞庭湖にある玄宗皇帝(唐時代)の離宮庭園を参考に、「瀟湘八景」を「近江八景」に置き換えて作庭されたといわれ、天守を借景と [続きを読む]
  • 彦根城(ひこねじょう)紅葉
  •  国宝に指定された天守のうちの一つ、別名「金亀城」は白亜三層の天守で、今もなお気高い雄姿を誇り、城内には国宝の天守のほか、天秤櫓や太鼓門櫓など重要文化財が現存し、桜、新緑、紅葉、雪景色など四季折々の情緒を感じさせる。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 井伊直政の子直継・直孝が1604年に築城に着手、7ケ国12大名の手伝い普請で20年の歳月をかけて完成。以後、井伊氏歴代の居城となったが、幸 [続きを読む]
  • 阿弥陀寺(あみだじ)山口
  •  東大寺別院「阿弥陀寺」は、東大寺再建のための木材伐り出しに従事する人夫たちのため、重源が設けたと言われる石風呂が文化財として残っている。後代に造られたもうひとつの石風呂があり、毎月第1日曜日には石風呂が焚かれるため、一般入山者も入浴することができる。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 中門は1871年に東大寺所管の惣門を移設したもので、現在の本堂は18世紀の再建したものである。山口県 [続きを読む]
  • 瑠璃光寺(るりこうじ)山口
  •  全国に現存する五重塔のうちで10番目に古く、美しさは日本三名塔の一つに数えられ、室町中期における最も秀でた建造物と評されています。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 五重塔は高さ 31.2m で屋根は檜皮葺で、二層にのみ回縁がついているのが特徴で、建築様式は和様であるが、回縁勾欄の逆蓮頭や円形須弥壇など一部に禅宗様(唐様)が採り入れられている。山口県山口市香山町JR西日本山口線、山口駅◆ [続きを読む]
  • 永明寺(ようめいじ)島根
  •  島根県鹿足郡津和野町にある曹洞宗の寺、1420年に津和野城主吉見頼弘によって創建され、江戸時代には曹洞宗の寺院として栄え、津和野藩の代々の菩提寺でもある。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください。 紅葉に彩られたなだらかな坂を上り、門をくぐると巨大な茅葺きが目の前に広がります。島根県鹿足郡津和野町後田JR山口線、津和野駅◆動作確認はWindows7/Internet Explorer 11でしています。 [続きを読む]
  • 津和野町(つわのちょう)島根県
  •  津和野藩亀井氏の城下町で、山間の小さな盆地に広がる町並みは、「小京都」の代表格として知られています。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 掘割に泳ぐ無数の錦鯉も見事で、城下町を築いた坂崎直盛公が鯉を養殖したことが始まりと言われています。 ◆坂崎 直盛(さかざき なおもり)   https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E5%B4%8E%E7%9B%B4%E7%9B%9B島根県鹿足郡津和野町JR山口線、津和野駅 [続きを読む]
  • 尾道の夜景(広島)
  •  尾道の観光名所として知られる千光寺公園は整備された展望台があり、東西に流れる尾道水道を中心とした夜景を望むことができます。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 向島にある造船所やしまなみ海道沿線の島々を眺めることができます。特にクレーンのライトアップは珍しく、そのライトアップの光が尾道水道に反射して大変美しい夜景を演出してくれます。広島県尾道市JR山陽本線、尾道駅◆動作確認はWind [続きを読む]
  • 尾道市街散歩(広島)
  •  千光寺山荘から坂道を下り、尾道駅(商店街)に向かって歩いて見ました、道には猫ちゃんの足跡も有りましたよ(^^♪ 夕食は、創業明治十二年より受け継いだ伝統の味のてんぐ寿司で、今回は地元瀬戸内の季節に合わせた旬魚のにぎりをいただきました。広島県尾道市JR山陽本線尾道駅◆動作確認はWindows7/Internet Explorer 11でしています。 [続きを読む]
  • 千光寺展望台の眺望(尾道)
  •  山頂展望台は360度見渡すことができ、東に尾道大橋、南に尾道市街、西に市立美術館と桜並木を見ることができます。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 展望台の入場は無料で、尾道市街はもちろん、瀬戸内海の多島美が一望でき、天気の良い日には四国連山をも遠望できます。夜は夜景100選にも選ばれるほどの素晴らしい夜景も見ることが出来ます。広島県尾道市東土堂町 JR山陽本線尾道駅◆動作確認はWindo [続きを読む]
  • 千光寺公園散歩(尾道)
  •  1894年に千光寺の当時の住職の多田實圓和尚が尾道市内に遊園地の少ないことを憂い、長年の歳月と巨額の篤志金を投入して「共楽園」を完成させた。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 展望台の近くには恋人の聖地もあり、デートスポットに有名なのかが伺えます。広島県尾道市JR山陽本線尾道駅◆動作確認はWindows7/Internet Explorer 11でしています。 [続きを読む]
  • 日の出(尾道水道)
  •  千光寺山荘から、日の出が見れる展望台までは歩いて4〜5分、雲はかかっていましたが日の出を見ることが出来ました。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 尾道水道は、本州と向島に挟まれた東西に長い幅約200から300メートルの狭隘部の呼称で、古くから瀬戸内航路の主要商港として機能しています。広島県尾道市JR山陽本線尾道駅◆動作確認はWindows7/Internet Explorer 11でしています。 [続きを読む]
  • 海龍寺(かいりゅうじ)尾道
  •  海龍寺は、尾道水道を見渡せる寺社の中で一番東側に位置しています。1307年に大本山浄土寺の塔頭となりましたが1347年に炎上後直ちに再建され、江戸時代の1662年に寺の名を海龍寺と改めました。 画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 山門を入った右側の奥には江戸時代の人形浄瑠璃家「文楽」「竹本弥太夫」の墓があり、海龍寺では芸術や創作活動の上達祈願にご利益があるとされています。広島県尾道市東久保 [続きを読む]
  • 浄土寺(じょうどじ)尾道
  •  山門を入ると正面に本堂、その右手に阿弥陀堂と多宝塔が建つ、これらの中世仏教建築群に対し、境内西側には方丈、庫裏及び客殿など、僧の生活空間である近世建築群があり、庭園や茶室(露滴庵)もある。近世以前の寺院景観を良好に残す境内地は、本堂とともに国宝に指定されている。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 616年聖徳太子が開いたとも伝えられる、この寺が文書等にあらわれるのは鎌倉時代中ごろ [続きを読む]
  • 明王院(みょうおういん)広島
  •  807年弘法大師の開基と伝えら、本堂は全体に和様、細部には唐様を用いた折衷様式で、この様式としては現存する最古の建物で、五重塔は、全国の国宝塔の中でも5番目の古さをもつ美しい塔であり、本堂と共に国宝に指定されています。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 五重塔は、南北朝時代1348年に建立された純和様の五重塔で、初層内部の四天柱、板壁などには極彩色の仏画や文様が描かれています、相輪の刻 [続きを読む]
  • 姫路城(ひめじじょう)後編
  •  5重6階の大天守と3つの小天守が渡櫓でつながり、幾重にも重なる屋根、千鳥破風や唐破風が、白漆喰総塗籠造の外装と相まって、華やかな構成美をつくっています。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 姫路城はその400年の歴史の中で、戦にまみえることなく、近代の戦災に遭うこともなかった、たぐいまれな城です。その結果天守や櫓、門などの保存状態が非常によいうえ、ほかに類例のない遺構も多く、極めて貴重 [続きを読む]
  • 姫路城(ひめじじょう)前編
  •  江戸時代初期に建てられた天守や櫓等の主要建築物が現存し、主郭部を含む中堀の内側は「姫路城跡」として国の特別史跡に指定されている。また、ユネスコの世界遺産リストにも登録され、別名を白鷺城(はくろじょう・しらさぎじょう)と呼ばれている。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 姫路護國神社(ひめじごこくじんじゃ)は、姫路城の中曲輪内にあり、兵庫県西部地区出身の戦没者56988柱を祀る。兵庫県 [続きを読む]
  • 円覚寺 黄梅院(おうばいいん)
  •  円覚寺の境内奥にあるのは黄梅院は、山号が伝衣山(でんねさん)、本尊は千手観音像。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 黄梅院は夢窓派の活動拠点で、1368年に足利尊氏の子、二代将軍足利義詮の遺骨を分骨したことで、さらに発展した。しかし、足利氏の外護を受けていた時代が終わると、衰微していった。神奈川県鎌倉市山ノ内JR横須賀線、北鎌倉駅◆動作確認はWindows7/Internet Explorer 11でして [続きを読む]
  • 円覚寺 開基廟・白鹿洞(びゃくろくどう)
  •  鎌倉五山第二位、臨済宗円覚寺派の大本山である円覚寺は、1282年時の執権・北条時宗公によって、元の襲来による合戦での両軍の戦没者供養を目的として、創建さ佛日庵はその開基 北条時宗公を祀る塔頭寺院で、境内には、北条時宗公、貞時公、高時公の棺が安置してある開基廟(かいきびょう)、川端康成の小説『千羽鶴』の舞台になったことでも知られる茶室・烟足軒(えんそくけん)が有ります。画像の続きはフォトムービーでお楽 [続きを読む]
  • 円覚寺(舎利殿)国宝
  •  舎利殿(国宝)は、境内の奥に位置する塔頭・正続院の中にある。一見2階建てに見えるが一重裳階付きであり、堂内中央には源実朝が南宋から請来したと伝える仏舎利を安置した厨子がある、その左右には地蔵菩薩像と観音菩薩像が立つ。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 元から円覚寺にあったものではなく鎌倉市西御門にあった尼寺太平寺(廃寺)の仏殿を移築したもので、15世紀の建築と推定されている。通常 [続きを読む]
  • 円覚寺 虎頭岩(ことうがん)・妙香池
  •  大佛次郎は、小説『帰郷』で妙香池の様子を、「日陰から見ると、日なたの地面に薄く陽炎が立っていた。幾つかある僧庵に通ずる道が、崖を削って段を作ってあるのに、梅の花びらが昨日の雨で貼りつけたように残っている」と描いている。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 江戸初期の絵図に基づき自然風の姿に戻し虎頭岩と呼ばれる岸の露出岩盤を景観の中心として復元された。神奈川県鎌倉市山ノ内JR横須賀 [続きを読む]
  • 円覚寺 方丈(ほうじょう)
  •  円覚寺の中にあり、美しい庭園を持つ方丈で、心字池のある美しい枯山水の庭園、椅子に腰掛けて庭園を眺めることができます。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 方丈の唐門は何年の建造かは判りませんが、歴史的には将軍や執権、天皇やその勅使の為の門で、小さいながらも格式を整えた彫り物はなかなかです。百観音は、古いもので江戸期、新しい33体は明治時代です。神奈川県鎌倉市山ノ内JR横須賀線、北 [続きを読む]
  • 円覚寺 選仏場(せんぶつじょう)
  • 1699年建立の茅葺き屋根の坐禅道場で、内部には薬師如来立像(南北朝時代)を安置し、仏殿が再建されるまでは、この堂が仏殿を兼ねていた。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 運慶派の南北朝時代の作品と言われる薬師如来は、衣紋を深く彫り出し、袖下を長く垂らす宋風のスタイルで、穏やかにうっすら残る唇の紅が印象的です。神奈川県鎌倉市山ノ内JR横須賀線、北鎌倉駅◆動作確認はWindows7/Internet Ex [続きを読む]
  • 円覚寺(仏殿)
  •  1964年再建で、コンクリート造りだが、1573年の仏殿指図(さしず、設計図)に基づいて建てられている。堂内には本尊の宝冠釈迦如来像や梵天・帝釈天像などを安置し、天井画の「白龍図」は前田青邨の監修で日本画家守屋多々志が描いたもの。像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 仏殿の扁額「大光明宝殿」は、後光厳天皇の勅筆と伝えられる、仏殿の丈六の釈迦如来坐像像は、廬舎那仏ともいわれ、頭の部分だけが鎌 [続きを読む]
  • 円覚寺の洪鐘(おおがね)と弁天堂
  •  仏殿の脇の山に続く急な石段を上がると、洪鐘(おおがね)と弁天堂があります。1301年北条貞時(ほうじょうさだとき)が国家安泰を願い寄進、鋳造をしたのは物部国光で、形が雄大でありながら、細部まで緻密に作り込まれ、技法も洗練されています。総高259.4センチメートル、口径142センチメートルで、鎌倉で最大の梵鐘。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 鋳造を頼まれた物部国光は、大きな鐘のた [続きを読む]
  • 円覚寺の三門(山門)
  •  夏目漱石の『門』に描かれた円覚寺の山門(三門)、楼上には十一面観音、十二神将、十六羅漢像が安置されている。現在の山門は、天明年間(1781〜89年)、第189世誠拙周樗によって再建されたもの。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・山門は「三門」とも呼ばれ、三解脱門の略で、涅槃に至るまでに通過しなければならない三つの関門、空・無相・無願を表し、「円覚興聖禅寺」の額は伏見上皇の勅筆と [続きを読む]