tarou さん プロフィール

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tarouさん: 綺麗なもの見つけた(街角探検隊)
ハンドル名tarou さん
ブログタイトル綺麗なもの見つけた(街角探検隊)
ブログURLhttp://webtarou.blog.so-net.ne.jp/
サイト紹介文このブログには、風景、花などの写真をフォトムービーにして公開しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供184回 / 365日(平均3.5回/週) - 参加 2016/07/15 15:39

tarou さんのブログ記事

  • 巾着田曼珠沙華まつり
  •  日高市内を流れる清流、高麗川(こまがわ)の蛇行により長い年月をかけてつくられ、その形がきんちゃくの形に似ていることから、巾着田(きんちゃくだ)と呼ばれるようになりました。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 直径約500メートル、面積約22ヘクタールの川に囲まれた平地には、秋の曼珠沙華(まんじゅしゃげ)群生地は、一面が真紅に染まり、まるで赤い絨毯(じゅうたん)を敷き詰めたようです。埼玉 [続きを読む]
  • 毛越寺(もうつうじ)
  •  寺伝によると、850年慈覚大師が東北巡遊のおり、この地にさしかかると、一面霧に覆われ一歩も前に進めなくなり、ふと足元を見ると、地面に点々と白鹿の毛が落ちておりました。大師は不思議に思いその毛をたどると、前方に白鹿がうずくまっており、大師が近づくと、白鹿は姿をかき消し、やがてどこからともなく、一人の白髪の老人が現われ、この地に堂宇を建立して霊場にせよと告げたのがれが毛越寺の起こりとされています。画像 [続きを読む]
  • 中尊寺(ちゅうそんじ)
  •  中尊寺は850年比叡山延暦寺の高僧慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)によって開かれ、その後、12世紀のはじめに奥州藤原氏初代清衡公によって大規模な堂塔の造営が行われた。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 鎌倉時代以降、大きな庇護者をうしなった中尊寺は次第に衰退し、1337年の火災で惜しいことに多くの堂塔、宝物を焼失しましが、国宝建造物第1号の金色堂をはじめ、建築、絵画、書跡、工芸、彫刻 [続きを読む]
  • 奥入瀬渓流(おいらせけいりゅう)
  •  十和田湖東岸の子ノ口(ねのくち)から北東に、焼山までの約14kmにわたる奥入瀬川の渓流です。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 渓流沿いにはいくつもの滝が点在し、この道は「瀑布街道」とも呼ばれている。十和田湖への魚の遡上を阻止してきた魚止めの滝でもある銚子大滝をはじめとして、阿修羅の流れ、雲井の滝等多くの景勝地があります。青森県十和田市JR花輪線、十和田南駅◆動作確認はWindows7/Int [続きを読む]
  • 十和田湖 グランドホテル
  •   国立公園内十和田湖畔にたたずみ、十和田湖を一望するホテルで、近くには奥入瀬(おいらせ)渓流もあります。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 湖畔の遊歩道を歩けば、十和田神社や乙女の像に出合えます。青森県十和田市JR花輪線、十和田南駅◆動作確認はWindows7/Internet Explorer 11でしています。 [続きを読む]
  • 十和田神社(とわだじんじゃ)
  •   十和田湖には二つの半島が突き出ており、中山半島の西側が「西湖」、日暮崎の東側が「東湖」、その間が「中湖」と呼ばれています。十和田神社は中山崎の付け根・休屋の奥に位置し、流造の様式をたたえる本殿と、どっしりとしたしつらえの拝殿は、細部までこだわりが見て取れる彫刻など、重厚な建築美に荘厳さを感じます。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 祭神として日本武尊(やまとたけるのみこと)が [続きを読む]
  • 十和田湖(乙女の像)
  •  国立公園指定15周年記念事業として、十和田湖や奥入瀬を世に広く紹介し、国立公園指定に功績のあった、文人大町桂月、当時の青森県知事武田千代三郎、地元村長の小笠原耕一の3氏を称え、1953年に十和田湖畔・御前ケ浜北端に建てられた。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 作者は「智恵子抄」で知られる高村光太郎で、互いに左手を合わせる形で向き合う高さ2.1mの2人の裸婦像には、病弱だった妻・智恵 [続きを読む]
  • 十和田湖(とわだこ)
  •  日本の湖沼としては、最大水深は326.8mで第3位、面積では12番目、東岸には、十和田湖の水が唯一流れ出る奥入瀬川があり、北東に約14kmにわたり奥入瀬渓流が延びる。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・十和田湖周辺はブナ林やダケカンバ林が広がり、クマタカやイヌワシ、ツキノワグマといった野生動物や森林性の野鳥(シジュウカラ、ゴジュウカラ、アカゲラ、コゲラなど)が生息するし、水鳥(ホシハジロ、 [続きを読む]
  • 発荷峠展望台 (はっかとうげてんぼうだい)
  •  秋田県側の発荷峠の途中にあり、十和田湖を代表する展望台で、正面に十和田カルデラの外輪山、その彼方に南八甲田が望めます。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 十和田湖にはほかにも、湖をぐるりと取り囲むように展望台があります。秋田県鹿角郡小坂町十和田湖発荷峠 JR花輪線、十和田南駅◆動作確認はWindows7/Internet Explorer 11でしています。 [続きを読む]
  • 殺生石(せっしょうせき)
  •  殺生石は那須岳の丘陵が湯本温泉街にせまる斜面の湯川にそったところにあります。大昔、中国やインドで悪行をつくした「九尾の狐」伝説にまつわる史跡です。狐が化身したといれる大きな岩の国指定名勝史跡「殺生石」の周辺では、今なお独特な硫黄の香りが漂っています。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 俳人松尾芭蕉もこの地を訪れ「奥の細道」には、「殺生石は温泉の出づる山陰にあり。石の毒気いまだ滅 [続きを読む]
  • 大内宿町並み展示館(大内宿本陣跡)
  •  大内宿の本陣は、会津若松と日光今市を結ぶ下野街道の拠点のひとつとして江戸時代初期に建てられ、会津藩の初代藩主・保科正之、二代藩主・正経が江戸参勤のためにこの街道を利用し、ここで昼食をとったという記録が残っています。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 現在ある建物は、同じ街道の糸沢宿、川島宿の本陣を参考に設計し、昭和59年に復元したもので、大内宿町並み展示館として復元したもので、大 [続きを読む]
  • 大内宿(おおうちじゅく)福島
  •  会津若松と日光今市を結ぶ下野街道の宿場町として整備され、今も約500メートルの往還に江戸の風情が残っています。寄棟造りの建物が道路と直角に整然と並べられていることが特徴で、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定さています。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 街道を突き当りまで歩くと左手に階段があり、登った先には子安観音堂があり、子宝や子供の成長を祈願するお堂で、その先に進むと大内宿 [続きを読む]
  • 羽鳥湖高原(はとりここうげん)
  •  羽鳥湖高原は福島県の南に位置する標高900mにある高原で、羽鳥湖は、1956年に完成した羽鳥ダムによって形成されたダム湖で、分水嶺を越えて白河・矢吹地域の農業用水として使われています。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 湖畔を巡るサイクリングロード沿いにはニッコウキズゲや水芭蕉の群生地があり、たくさんの花々を見ることが出来ます。福島県岩瀬郡天栄村JR東北本線、新白河駅◆動作確認はWindows7 [続きを読む]
  • 飛騨 高山朝市(陣屋前朝市・宮川朝市)
  •  飛騨高山の朝市は、江戸時代から、米市,桑市、花市などの市として発達し、明治の中頃から、農家の奥さんたちによって野菜がならべられるようになり、朝市とよばれるようになり、朝市は、陣屋前広場の陣屋前朝市と宮川沿いの宮川朝市の2ヵ所あります。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・●陣屋前朝市(じんやまえ あさいち) 陣屋前朝市は、高山陣屋前の広場で毎日行われ、広場の中に大小多くのテントが立 [続きを読む]
  • 白川郷(しらかわごう)合掌造り集落
  •  白川郷は、岐阜県内の庄川流域の呼称で、白川郷の荻町地区は合掌造りの集落で知られ、五箇山と共に独特の景観をなす集落が評価され、白川郷・五箇山の合掌造り集落として、ユネスコの世界遺産に登録されています。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 明善寺(みようぜんじ)鐘楼門の屋根は茅葺き、一階に板庇(ひさし)をつけた珍しい建築物で、1801年加藤定七により、建てられたと伝えられてる。岐阜県 [続きを読む]
  • 五箇山(ごかやま)菅沼合掌造り集落
  • すがぬまがっしょうづくりしゅうらく 菅沼集落の重要伝統的建造物群の主体をなす建築物は、「合掌造り」の家屋9棟で、これらのうち、2棟は江戸時代末期(19世紀前〜中期)、6棟は明治時代に建てられたものです。このほか、1925年(大正14年)に新築されたもの1棟があり、この時代まで合掌造り家屋がつくられていたことがわかります。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 五箇山民俗館 (ごかやまみんぞくかん) [続きを読む]
  • 志摩(しま)金沢ひがし茶屋街
  •  「志摩」は、文政三年(1820)に建てられたお茶屋の建物で、これまで手を加えることなく、江戸時代そのままに残っており、学術的にも貴重な文化遺産として高く評価されています。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 典型的なお茶屋の庭で、春日燈灯、月見燈灯、槍燈灯が配置よく佇んでいる。お茶屋は、2階を客間とし、押し入れや物入れ等は作らず、あくまでも遊興を主体とした粋な造りとなっている。石川県 [続きを読む]
  • ひがし茶屋街(ひがしちゃやがい)金沢
  •  ひがし茶屋街は金沢に残っている3つの茶屋街の中でも最も規模が大きな茶屋街で、石畳の道の両側に紅殻格子のお茶屋が並んでおり、江戸時代の雰囲気を残しており重要伝統的建造物群保存地区にも指定されています。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ <箔座(はくざ)ひかり蔵>箔座では、世界初の純金プラチナ箔を使用して、ドットをモチーフにしたバック、ポーチ、アクセサリーなどの小物や、器、縁起物な [続きを読む]
  • 兼六園(けんろくえん)
  •  17世紀中期、加賀藩により金沢城の外郭に造営された藩庭を起源とする、江戸時代を代表する池泉回遊式庭園で、岡山市の後楽園と水戸市の偕楽園と並んで日本三名園の一つに数えられている。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・<噴水>12代藩主前田斉泰が金沢城二の丸に噴水を上げるために試作したとされ、日本に現存する最も古い噴水であるといわれる。噴水のある場所より高い位置にある園内の水源・霞ヶ池から [続きを読む]
  • 旧金沢兵器庫(石川県立歴史博物館)
  •  赤レンガ建物3棟は、かつて陸軍兵器庫で戦後は金沢美術工芸大学に使用されていましたが、1986年に石川県立郷土資料館として、本多の森公園に移転した。外観は創建当時の姿を忠実に復元し、内装は建物の文化財としての価値と展示設備との調和がはかられています。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・<辰巳用水石管>犀川の水を上辰巳村で取水し、約4kmの暗渠と約7.5kmの開渠で現在の兼六園に導き、ここからは [続きを読む]
  • 金沢21世紀美術館
  •  石川県金沢市の中心部にある白くて丸い建物、地元の子供たちの間では「まるびぃ」の愛称を持つ「金沢21世紀美術館」は、誰でも気軽に立ち寄れる開放感に満ちています。「まちに開かれた公園のような美術館」が建築コンセプトで、誰もが楽しめる空間が待っています。美術館の屋上ともいえる屋外部に配置された「雲を測る」は、実際に雲を測っているかのようです。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 人気を誇 [続きを読む]
  • 輪島キリコ会館
  •  能登の祭りは、キリコと呼ばれる大きな奉燈(御神燈)を氏子たちがかつぎ出します。神輿を先導し、威勢よい掛け声を響かせながらまちを練り歩き、巨大な松明の炎とともに夜空を染め、その熱い華やぎが、能登人たちの魂をはずませます。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 最大で4階建てビルほどの巨大なキリコは、能登の伝統のお祭り、日本人の美意識や宗教観が色濃く残されます。石川県輪島市JR金沢駅か [続きを読む]
  • 輪島朝市(わじまあさいち)
  •  輪島市朝市組合という組織になっていて、現在300名を超える組合員がいて、その日によって出る店も場所もまちまちだが、だいたい100軒から250軒ぐらいの店が並ぶ。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ やはり鮮魚を扱う店が一番多く、珍しい魚もある、また、民芸品を扱う店も結構目立つ。石川県輪島市河井町JR金沢駅から北鉄奥能登バス◆動作確認はWindows7/Internet Explorer 11でしています。 [続きを読む]
  • 白米千枚田(しろよねせんまいだ)
  • 世界農業遺産 水田一面あたりの面積は約18平方メートルと狭小で約4ヘクタールの範囲に1004枚の典型的な棚田風景が展開しています。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 昔ながらの農法が現在も行われており、日本古来の農法「苗代田」を復活させ、種籾から苗を育成し、稲作を行う取り組みを行っています。石川県輪島市白米町のと鉄道穴水駅からバス◆白米千枚田ライブアップカメラ へリンク(今の棚田の様子を [続きを読む]
  • 上時国家住宅(かみときくにけじゅうたく)
  •  江戸後期に、名工「安幸」が28年かけて完成させた巨大民家で、入母屋萱ぶきの大屋根の高さは18メートル、正面玄関は総欅の唐破風造りになっています。大屋根を支える巨大な梁は、周囲が2メートルの松の芯材を使用し、 内部は、表向きに大庄屋様式の公務用座敷、裏向きに私用部屋を配した構造になっています。画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 鎌倉風の池泉回遊式庭園は、背後の山を自然に組み込んだ巧み [続きを読む]