tarou さん プロフィール

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tarouさん: 綺麗なもの見つけた(街角探検隊)
ハンドル名tarou さん
ブログタイトル綺麗なもの見つけた(街角探検隊)
ブログURLhttp://webtarou.blog.so-net.ne.jp/
サイト紹介文このブログには、風景、花などの写真をフォトムービーにして公開しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供181回 / 365日(平均3.5回/週) - 参加 2016/07/15 15:39

tarou さんのブログ記事

  • Optio430画像(臼杵石仏)うすきせきぶつ
  •  古園石仏大日如来像に代表される臼杵石仏(磨崖仏)は、平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫刻されたと言われています。その規模と、数量において、また彫刻の質の高さにおいて、わが国を代表する石仏群であり、平成7年6月15日には磨崖仏では全国初、彫刻としても九州初の国宝に指定されました。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ その数は、60余体にもおよび、このうち59体が国宝となりました。 [続きを読む]
  • Optio430画像(耶馬溪)やばけい
  •  日本新三景選定100周年を迎えた「耶馬溪」、大分県最北部にある中津市から車で約20分の山国川中流域にある耶馬溪エリアは、本耶馬渓町・耶馬溪町・山国町の三つの町からなる。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 深耶馬溪にある「一目八景(ひとめはっけい)」をはじめとする紅葉はあまりにも有名だが、耶馬溪エリアには青の洞門や羅漢寺、耶馬渓橋、猿飛千壺峡など、自然や歴史に触れられるスポッ [続きを読む]
  • Optio430画像(青の洞門)あおのどうもん
  •  1750年に第1期工事が完成し、最終的に開通したのは1763年であった。諸国遍歴の旅の途中ここに立ち寄った禅海和尚が、断崖絶壁に鎖のみで結ばれた難所で通行人が命を落とすのを見て、ここにトンネルを掘り安全な道を作ろうと、托鉢勧進によって掘削の資金を集め、石工たちを雇ってノミと槌だけで30年かけて掘り抜いたといわれている。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 1764年に僧禅海(ぜんかい) [続きを読む]
  • Optio430画像(秋芳洞)あきよしどう
  •  秋吉台の山麓にある東洋屈指の大鍾乳洞で、洞口の高さ24m、横巾8mに達し、洞内の最も広いところが200m、天井の高いところが40m、最も高いところは80mに達しています。延長は約10kmといわれているが、一般観光ルートは約1kmまで、洞内の気温は四季を通じて17℃のため、快適に探勝できます。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 洞奥の琴ヶ淵より洞口まで、約1kmにわたって地下川が流れ下ってい [続きを読む]
  • Optio430画像(萩)菊屋家住宅
  •  今から400年前、 毛利輝元がが萩に移る時、従って来たのは家臣、武士だけでなく、多くの町人も従って来た。菊屋家は室町時代、山口に住む津守家という武士の身分であったが、武士を捨て町人になる。菊屋友味は関ヶ原の戦いの後、毛利輝元が深刻な財政難に見舞われたとき献金をするなど 毛利家とのつながりを持った。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 菊屋家住宅は、萩藩きっての豪商で、幕府巡 [続きを読む]
  • Optio430画像(高杉晋作誕生地・口羽家住宅)
  •  高杉晋作誕生地(たかすぎしんさくたんじょうち)幕末の風雲児・高杉晋作の誕生地、現在は、南側半分が公開されており、産湯に使ったと伝えられる井戸や自作の句碑などがあります。晋作は、1839年に萩藩大組士、禄高200石 高杉小忠太の長男として生まれ、藩校明倫館に通う一方で松下村塾に通い、頭角を表し、久坂玄瑞と並んで「松門の双璧」と称されました。1862年、外国に支配される清国を視察し危機感を抱いた晋作は、1863年に [続きを読む]
  • Optio430画像(萩城跡指月公園)
  •  萩城は1604年に毛利輝元が指月山麓に築城したことから、別名指月城とも呼ばれ、山麓の平城と山頂の山城とを合わせた平山城で、本丸、二の丸、三の丸、詰丸からなっていました。本丸には高さ14.5mの五層の天守閣がありましたが、1874年に天守閣、矢倉などの建物は全て解体され、現在は石垣と堀の一部が昔の姿をとどめ、旧本丸跡に歴代藩主を祀る志都岐山神社が創建された際、総面積約20万?の境内が指月公園として整備されました [続きを読む]
  • Optio430画像(萩)東光寺
  •  萩藩主3代(萩での藩主の代数は輝元を初代とせず、秀就を初代として数えている)毛利吉就、5代吉元、7代重就、9代斉房、11代斉元の奇数代の藩主の5基と、それぞれの夫人の合計10基の他、側室など近親者20余基がある。また、重臣諸家の献上した石灯籠500基が並んでいる。なお初代秀就と偶数代の藩主は萩市の大照院に、秀就の父・輝元の廟所は萩市の天樹院跡にある。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ [続きを読む]
  • Optio430画像(島根県)津和野町
  • 津和野町(つわのちょう)  明治維新前には津和野藩亀井氏の城下町であり、山間の小さな盆地に広がる町並みは、「小京都」の代表格として知られているほか、津和野駅はSLやまぐち号の終着駅です。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 掘割で泳ぐ錦鯉で知られる殿町通りは短い通りで、津和野を代表するメインストリート、白壁の土塀や綺麗に整備された石畳など、この町ならではの風情が溢れています。 [続きを読む]
  • Optio430画像(広島)原爆ドーム
  •  原爆ドーム(げんばくドーム)は、原子爆弾投下の目標となった相生橋の東詰にあたり、西から南にかけては元安川を挟んで広島平和記念公園が広がっています。このドームは、もともとは広島県の物産陳列館で、広島県産の製品の販路の開拓が急務だったことから、建設されたようです。その後、広島県立商品陳列所となって全国菓子飴代品評会が開催されたり、広島県産業奨励館となって美術展が開催されたりしていました、そんな建物に [続きを読む]
  • Optio430画像(尾道)天寧地塔
  • 天寧寺(てんねいじ)(曹洞宗) 千光寺より歩いて下りる途中に、1367年に足利義詮が建立した国重文の塔婆(海雲塔)があり、この塔越しに見る風景は尾道を代表する風景としてたびたび登場します。なお現在は三重塔ですが、建築当時は五重塔であったと伝えられています。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ また、このお寺の見どころとして外せない五百羅漢は全部で526体あり、それらは江戸時代1804 [続きを読む]
  • Optio430画像(尾道)千光寺
  •  千光寺公園から当寺へ下る道は「文学のこみち」として整備されている。岡山市に疎開していた横溝正史は、『獄門島』の舞台の1つとして当寺の名称を借り、また千光寺山中腹には、おのみち文学の館が整備され、麓から千光寺に至る登山道で見学することができる。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 石鎚山鎖修行があり、ほとんどの人は下から見ているだけですが、クサリを持って10mほどをがんばっ [続きを読む]
  • Optio430画像(尾道)千光寺公園展望台
  •  ロープウェイに乗って、千光寺の頭上を通り過ぎ公園展望台へ、その時にスゴイ断崖に立っている千光寺が見えます。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 展望台からは尾道市の街はもちろん、瀬戸内海の多島美が一望でき、天気の良い日には四国連山をも遠望できます。広島県尾道市JR西日本山陽本線、尾道駅◆初めてのデジカメ http://tarous.sblo.jp/article/181280923.html◆動作確認はWindows7/Inter [続きを読む]
  • Optio430画像(倉敷)美観地区 
  •  本町から東町へと続く通りは、かつて倉敷の中心部と早島を結ぶ街道筋で、倉敷川沿いより先が町となりました。かつては箪笥屋、桶屋など職人達が軒を連ねていたといい、現在も格子戸の宿、杉玉が軒に下げられた造り酒屋、阿知神社へと続く参道等々、昔のままのような風景に出会うことができます。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 1930年大原孫三郎により日本初の私立西洋近代美術館の「大原美術館 [続きを読む]
  • Optio430画像(姫路城)ひめじじょう
  •  天を舞う白鷺のように見える姫路城は別名白鷺城(はくろじょう・しらさぎじょう)ともいわれ、 建築技術の粋を極めた傑作、現在の姫路城は、徳川家康の次女督姫を妻とする池田輝政により建てられたもので、関ヶ原の戦いの翌年にあたる1601年から8年の歳月が費やされました。それまで羽柴秀吉がその20年前に建てた三層の姫路城が建っていましたがこの城を取り壊し、5層7階の天守となりました。 HPより画像の続きはフォトムービ [続きを読む]
  • Optio430画像(三井寺)みいでら
  •  三井寺は、正式には「長等山園城寺(おんじょうじ)」といい、平安時代、第五代天台座主・智証大師円珍和尚の卓越した個性によって天台別院として中興され、以来一千百余年にわたってその教法を今日に伝えてきました。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 琵琶湖を望む滋賀県大津市にある天台寺門宗の総本山で、三井寺の名称は、天智・天武・持統の三天皇が産湯に用いられたという湧水(三井の霊泉) [続きを読む]
  • Optio430画像(石山寺)いしやまでら
  •  フイルムカメラからデジタルカメラに切り替えた時代に、西に向かってドライブ(九州へ)2002年(15年前)コンデジPENTAX Optio430RSにより撮影したものです。 滋賀県大津市にある、枕草子や更級日記など数々の古典文学にその名が登場する、西国三十三所観音霊場の第十三番札所である真言宗寺院で、近江八景のひとつである「石山の秋月」で知られるお寺さんで、紅葉の名所としても名高い。HPより画像の続きはフォトムー [続きを読む]
  • ぶらり江の島(2020東京オリンピック)セイリング競技場
  •  1964年に開催された東京大会で、江の島はヨット競技の会場となりました。それ以来、国内有数の競技会場として数多くの選手を育んできました。1964年当時は「ヨット」と呼ばれていましたが、2000年のシドニー大会から「セーリング」という名称に変更されました。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 東京五輪セーリング競技開催地を江の島に変更することを発表しました。これまでセーリング競 [続きを読む]
  • ぶらり江の島(シーキャンドル)
  •  湘南のシンボルとして親しまれる江の島シーキャンドル(展望灯台)は、2002年の江ノ電開業100周年事業の一環として、建設され、2003年4月29日にリニューアルオープンしました。海抜100mの高さを誇る、江の島シーキャンドルからの夕陽は、まさに「海の夕陽」です。西に傾き、遠く伊豆半島に沈むまでの時間まで、様々な表情を見せてくれます。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 春は新緑をイメージし [続きを読む]
  • ぶらり江の島(江の島岩屋)第二岩屋
  •  長い歳月を経て波の浸食でできた岩屋は、第一岩屋(奥行152m)と第二岩屋(奥行56m)から成ります。昭和46年以来、長期閉鎖されていましたが、周辺施設を一新し、平成5年4月から再開されています。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 古くから信仰の対象にもされてきた岩屋は、弘法大師が訪れた際には弁財天がその姿を現し、また源頼朝が戦勝祈願に訪れたとも言われています。照明や音響 [続きを読む]
  • ぶらり江の島(江の島岩屋)第一岩屋
  •  江の島弁財天信仰の発祥の地で、多くの高僧や武将がここを訪れて祈願のため籠ったことを「江の島参籠」といってました。夏は岩屋に海水が入るので、昔は旧四月〜十月の間は、岩屋本宮の神様を山の上の御旅所(奥津宮)に移していたと伝えられています。岩屋は、第一岩屋と第二岩屋があり、いずれも藤沢市が管理、現在は何もお祀りされていませんが、多くの石仏や奇岩、句碑などを見ることができます。HPより画像の続きはフォト [続きを読む]
  • ぶらり江の島(お岩屋道)山二つ
  •  中津宮から歩いて約7〜8分。大きな海食洞の天井部分が陥没した跡で、上から見ると瓢箪のようにくびれ、ちょうど山が二つに分かれているように見えます。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 約4万年前のものから遥か1650万年前のものまで、悠久の時を重ね形成された地層が、海側の山、サムエル・コッキング苑側とそれぞれに見られます。また、削られた山間からは相模湾が見え、独特の風景を楽しめま [続きを読む]
  • ぶらり江の島(中村屋)海苔ようかん
  •  江ノ島の代表的名物として知られる中村屋の羊羹は、明治三十五年当家三代目中村助次郎が、島の岩場一面に、見事付着する海苔に思いつき、弁天様を御信仰なされるお客様方の「おみやげ」として東京のお菓子屋に、海苔の入った羊羹を製造してもらい、「弁天海苔やうかん」と名付けて、岩屋参道名勝「山二ツ」のところで販売いたしたのが、起源です。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 大正七年島の岩 [続きを読む]
  • ぶらり江の島(お岩屋道)杉山検校
  • 杉山検校(すぎやまけんぎょう)像 杉山検校(和一)は1610年、伊勢国に生まれ、幼い時に失明し、入江豊明などの有名なはり医に学んでいました。 その時に、江の島岩屋に21日の間、参籠し、ついに管鍼の術を創案したといわれています。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 相州江ノ島は、弁財天を信仰した杉山和一が参籠の末、管鍼のアイデアを得た地として、また後に本所一ツ目に勧請した江島杉山 [続きを読む]
  • ぶらり江の島(江之島亭)
  •  創業(明治42年)、100年近くにわたって江の島の観光客に親しまれている。昔は修学旅行など団体のお客さんが多かったが、最近は近郊のお客さんが、ハイキングがてら遊びに来るようになり、 江の島を訪れる人は変っても、おいしい海の幸ときれいな景色を見たいのは変わらない。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 映画『男はつらいよ』のロケで使われたことでも有名なお店、窓際のいちばん眺めのいい [続きを読む]