tarou さん プロフィール

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tarouさん: 綺麗なもの見つけた(街角探検隊)
ハンドル名tarou さん
ブログタイトル綺麗なもの見つけた(街角探検隊)
ブログURLhttp://webtarou.blog.so-net.ne.jp/
サイト紹介文このブログには、風景、花などの写真をフォトムービーにして公開しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供185回 / 365日(平均3.5回/週) - 参加 2016/07/15 15:39

tarou さんのブログ記事

  • 香嵐渓(香積寺)こうじゃくじ
  •  1634年頃から11世住職(参栄本秀)が般若心経を一巻詠む毎にカエデやスギを1本ずつ巴川沿いの参道に植えたと伝えられ、この事から地元では「もみじの開祖」とも呼ばれている。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 大正から昭和に掛けて地元住民により植え足された事で紅葉の名所となった。愛知県豊田市足助町名鉄、豊田市駅からバス◆動作確認はWindows7/Internet Explorer 11でしています。 [続きを読む]
  • 香嵐渓(こうらんけい)の紅葉
  •  巴川の両岸は約4000本ものモミジで覆われ、水面を紅一色に染め上げる。香積寺11世の三栄和尚が、般若心経を一巻読み上げるごとにモミジを一本ずつ植えたのが始まりといわれる。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 山道はまるで真っ赤なモミジのトンネルで、その中を歩くと鮮やかなモミジの紅葉と景色は息をのむほどの美しさです。愛知県豊田市足助町名鉄、豊田市駅からバス◆動作確認はWindows7/Int [続きを読む]
  • 昇仙峡(しょうせんきょう)ロープウェイ
  •  仙娥滝駅からパノラマ台を結ぶロープウェイの全長は1,015m、人気キャラクター「福仙人」がお待ちしています。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 鈴投げ広場から約5分、白い砂の岩場を通って少し昇ると、福仙人マークのついた展望台の塔に到着、雄大な甲府盆地と白砂山が見下ろせます。「うぐいす谷」の名前は寒中でも、うぐいすの声が聞こえてくるとの言い伝えから来ています。前方には南アルプス [続きを読む]
  • 四尾連湖(しびれこ)湖畔の秋
  •  四尾連湖は、「志比礼湖」とも「神秘麗湖」とも書かれていました。「四尾連湖」といわれるようになったには、四尾連湖の神が「尾崎龍王」という龍神であり、四つの尾を連ねた竜が住んでいる湖ということで「四尾連湖」といわれるようになったといわれています。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・<四尾連湖の伝説>今から三、四百年前のこと。二人の兄弟づれの侍が湖に住む怪牛を射止め、兄弟も犠牲 [続きを読む]
  • 四尾連湖(しびれこ)
  •  標高850m、周囲1.2kmの山上湖で古くは富士五湖と共に龍神が祭られ、富士内八海の霊場の一つに数えられ、湖畔は秋になると湖の青とモミジ・カエデなどの赤・黄のコントラストが素晴らしく、訪れる人を魅了する。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ ボート、つり、バーベキューなどがたのしめる。昭和34年には、山梨県立自然公園に指定され、いまなお俗化されず、その自然環境を保ちつづけ、四季折々 [続きを読む]
  • 河口湖(かわぐちこ)の紅葉
  •  富士山麓に位置し、豊かな自然に囲まれた河口湖は、観光や自然散策にぴったりのスポットが多数あります。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・  紅葉と富士山が一緒に楽しめる人気の紅葉スポットです。山梨県南都留郡富士河口湖町富士急行線、河口湖駅◆動作確認はWindows7/Internet Explorer 11でしています。 [続きを読む]
  • Optio画像(九重高原)レゾネイトクラブ九重
  •  阿蘇・くじゅう国立公園内の大自然を満喫できるリゾートホテルで、満天の星空・大草原での乗馬を堪能できます。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 晴れた日の朝には、緩やかな山の稜線を眺めながら散策へ、草が萌え立つような香りはもともと放牧地だった時の名残りで、星座が見れるスポットです。大分県竹田市久住町JR豊肥本線豊後竹田駅◆初めてのデジカメ http://tarous.sblo.jp/article/181280 [続きを読む]
  • Optio430画像(別府温泉)地獄めぐり
  •  ここ鉄輪・亀川の地獄地帯は、千年以上も昔より噴気・熱泥・熱湯などが噴出していたことが「豊後風土記」に記せられ、近寄ることもできない忌み嫌われた土地であったといわれています。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ そんなところから、人々より、「地獄」と称せられるようになりました。今も鉄輪では温泉噴出口を「地獄」とよんでいます大分県別府市JR日豊本線別府駅より、バス◆初めてのデジ [続きを読む]
  • Optio430画像(金鱗湖)きんりんこ
  •  明治初期の儒学者・毛利空桑が、湖で泳ぐ魚の鱗が夕日で金色に輝くのを見て「金鱗湖」と名付けたといわれています。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 湖底から清水と温泉が湧いていると言われ、年間を通じて水温が高いため、冬の早朝には湖面から湯気が立ち上る幻想的な光景を見ることができます。大分県由布市湯布院町JR日豊本線別府駅より、バス◆初めてのデジカメ http://tarous.sblo.jp/arti [続きを読む]
  • Optio430画像(湯布院荘)由布岳
  •  標高1,584mの由布岳は、双耳峰を持つ美しく荘厳な姿から「豊後富士」と呼ばれ、古くから山岳信仰の対象として崇められています。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 古くから信仰の対象とされ「万葉集」にも登場する由布岳は、大分県を代表する観光スポットです。山頂からは遠く四国まで見渡すことができ、九州屈指のビューポイントとしても評判なんです。大分県由布市湯布院町JR日豊本線別府 [続きを読む]
  • Optio430画像(高千穂峡)たかちほきょう
  •  宮崎県西臼杵郡高千穂町三田井にある五ヶ瀬川にかかる峡谷で、国の名勝、天然記念物に指定されている 阿蘇カルデラをつくった火山活動によって、噴出した火砕流が、五ヶ瀬川の峡谷沿いに厚く流れ下った。 この火砕流堆積物が冷却固結し熔結凝灰岩となり、柱状節理が生じた。 熔結凝灰岩は磨食を受けやすいため、五ヶ瀬川の侵食によって再びV字峡谷となったものが高千穂峡である。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみく [続きを読む]
  • Optio430画像(臼杵石仏)うすきせきぶつ
  •  古園石仏大日如来像に代表される臼杵石仏(磨崖仏)は、平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫刻されたと言われています。その規模と、数量において、また彫刻の質の高さにおいて、わが国を代表する石仏群であり、平成7年6月15日には磨崖仏では全国初、彫刻としても九州初の国宝に指定されました。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ その数は、60余体にもおよび、このうち59体が国宝となりました。 [続きを読む]
  • Optio430画像(耶馬溪)やばけい
  •  日本新三景選定100周年を迎えた「耶馬溪」、大分県最北部にある中津市から車で約20分の山国川中流域にある耶馬溪エリアは、本耶馬渓町・耶馬溪町・山国町の三つの町からなる。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 深耶馬溪にある「一目八景(ひとめはっけい)」をはじめとする紅葉はあまりにも有名だが、耶馬溪エリアには青の洞門や羅漢寺、耶馬渓橋、猿飛千壺峡など、自然や歴史に触れられるスポッ [続きを読む]
  • Optio430画像(青の洞門)あおのどうもん
  •  1750年に第1期工事が完成し、最終的に開通したのは1763年であった。諸国遍歴の旅の途中ここに立ち寄った禅海和尚が、断崖絶壁に鎖のみで結ばれた難所で通行人が命を落とすのを見て、ここにトンネルを掘り安全な道を作ろうと、托鉢勧進によって掘削の資金を集め、石工たちを雇ってノミと槌だけで30年かけて掘り抜いたといわれている。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 1764年に僧禅海(ぜんかい) [続きを読む]
  • Optio430画像(秋芳洞)あきよしどう
  •  秋吉台の山麓にある東洋屈指の大鍾乳洞で、洞口の高さ24m、横巾8mに達し、洞内の最も広いところが200m、天井の高いところが40m、最も高いところは80mに達しています。延長は約10kmといわれているが、一般観光ルートは約1kmまで、洞内の気温は四季を通じて17℃のため、快適に探勝できます。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 洞奥の琴ヶ淵より洞口まで、約1kmにわたって地下川が流れ下ってい [続きを読む]
  • Optio430画像(萩)菊屋家住宅
  •  今から400年前、 毛利輝元がが萩に移る時、従って来たのは家臣、武士だけでなく、多くの町人も従って来た。菊屋家は室町時代、山口に住む津守家という武士の身分であったが、武士を捨て町人になる。菊屋友味は関ヶ原の戦いの後、毛利輝元が深刻な財政難に見舞われたとき献金をするなど 毛利家とのつながりを持った。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 菊屋家住宅は、萩藩きっての豪商で、幕府巡 [続きを読む]
  • Optio430画像(高杉晋作誕生地・口羽家住宅)
  •  高杉晋作誕生地(たかすぎしんさくたんじょうち)幕末の風雲児・高杉晋作の誕生地、現在は、南側半分が公開されており、産湯に使ったと伝えられる井戸や自作の句碑などがあります。晋作は、1839年に萩藩大組士、禄高200石 高杉小忠太の長男として生まれ、藩校明倫館に通う一方で松下村塾に通い、頭角を表し、久坂玄瑞と並んで「松門の双璧」と称されました。1862年、外国に支配される清国を視察し危機感を抱いた晋作は、1863年に [続きを読む]
  • Optio430画像(萩城跡指月公園)
  •  萩城は1604年に毛利輝元が指月山麓に築城したことから、別名指月城とも呼ばれ、山麓の平城と山頂の山城とを合わせた平山城で、本丸、二の丸、三の丸、詰丸からなっていました。本丸には高さ14.5mの五層の天守閣がありましたが、1874年に天守閣、矢倉などの建物は全て解体され、現在は石垣と堀の一部が昔の姿をとどめ、旧本丸跡に歴代藩主を祀る志都岐山神社が創建された際、総面積約20万?の境内が指月公園として整備されました [続きを読む]
  • Optio430画像(萩)東光寺
  •  萩藩主3代(萩での藩主の代数は輝元を初代とせず、秀就を初代として数えている)毛利吉就、5代吉元、7代重就、9代斉房、11代斉元の奇数代の藩主の5基と、それぞれの夫人の合計10基の他、側室など近親者20余基がある。また、重臣諸家の献上した石灯籠500基が並んでいる。なお初代秀就と偶数代の藩主は萩市の大照院に、秀就の父・輝元の廟所は萩市の天樹院跡にある。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ [続きを読む]
  • Optio430画像(島根県)津和野町
  • 津和野町(つわのちょう)  明治維新前には津和野藩亀井氏の城下町であり、山間の小さな盆地に広がる町並みは、「小京都」の代表格として知られているほか、津和野駅はSLやまぐち号の終着駅です。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 掘割で泳ぐ錦鯉で知られる殿町通りは短い通りで、津和野を代表するメインストリート、白壁の土塀や綺麗に整備された石畳など、この町ならではの風情が溢れています。 [続きを読む]
  • Optio430画像(広島)原爆ドーム
  •  原爆ドーム(げんばくドーム)は、原子爆弾投下の目標となった相生橋の東詰にあたり、西から南にかけては元安川を挟んで広島平和記念公園が広がっています。このドームは、もともとは広島県の物産陳列館で、広島県産の製品の販路の開拓が急務だったことから、建設されたようです。その後、広島県立商品陳列所となって全国菓子飴代品評会が開催されたり、広島県産業奨励館となって美術展が開催されたりしていました、そんな建物に [続きを読む]
  • Optio430画像(尾道)天寧地塔
  • 天寧寺(てんねいじ)(曹洞宗) 千光寺より歩いて下りる途中に、1367年に足利義詮が建立した国重文の塔婆(海雲塔)があり、この塔越しに見る風景は尾道を代表する風景としてたびたび登場します。なお現在は三重塔ですが、建築当時は五重塔であったと伝えられています。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ また、このお寺の見どころとして外せない五百羅漢は全部で526体あり、それらは江戸時代1804 [続きを読む]
  • Optio430画像(尾道)千光寺
  •  千光寺公園から当寺へ下る道は「文学のこみち」として整備されている。岡山市に疎開していた横溝正史は、『獄門島』の舞台の1つとして当寺の名称を借り、また千光寺山中腹には、おのみち文学の館が整備され、麓から千光寺に至る登山道で見学することができる。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 石鎚山鎖修行があり、ほとんどの人は下から見ているだけですが、クサリを持って10mほどをがんばっ [続きを読む]
  • Optio430画像(尾道)千光寺公園展望台
  •  ロープウェイに乗って、千光寺の頭上を通り過ぎ公園展望台へ、その時にスゴイ断崖に立っている千光寺が見えます。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 展望台からは尾道市の街はもちろん、瀬戸内海の多島美が一望でき、天気の良い日には四国連山をも遠望できます。広島県尾道市JR西日本山陽本線、尾道駅◆初めてのデジカメ http://tarous.sblo.jp/article/181280923.html◆動作確認はWindows7/Inter [続きを読む]
  • Optio430画像(倉敷)美観地区 
  •  本町から東町へと続く通りは、かつて倉敷の中心部と早島を結ぶ街道筋で、倉敷川沿いより先が町となりました。かつては箪笥屋、桶屋など職人達が軒を連ねていたといい、現在も格子戸の宿、杉玉が軒に下げられた造り酒屋、阿知神社へと続く参道等々、昔のままのような風景に出会うことができます。HPより画像の続きはフォトムービーでお楽しみください・・・・ 1930年大原孫三郎により日本初の私立西洋近代美術館の「大原美術館 [続きを読む]