特別なRB10 さん プロフィール

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特別なRB10さん: 特別なRB10
ハンドル名特別なRB10 さん
ブログタイトル特別なRB10
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/surrender90
サイト紹介文昭和時代の東武バス野田営業所・出張所の思い出や東京北東部の乗バスの記録等。東武・京成を好む
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供25回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2016/08/17 18:59

特別なRB10 さんのブログ記事

  • 懐かしい路線図を復元してみた
  • いよいよ冬の訪れが強く感じられる今日このごろ、皆さま風邪に負けることなく元気にお過ごしのこととお慶び申し上げます。今までこのブログではいたく古いバス路線の話をしてまいりましたがバス路線を他人様に説明するのに路線図ほど有効なアイテムはございません。ところが当ブログでぐだぐだご紹介している私の小学生時代の東武バス野田営業所の路線図は今日手を尽くしてもなかなか見つかりません。平成に入ってからのものを一度 [続きを読む]
  • 京成バスお客様感謝フェスティバル 2018
  • 今年も京成バスのお祭りに行ってきました。 バスのイベントに鉄道で行くような不届きな振舞いをしたくないので、事前の京成バスのアクセス案内通り、京成幕張本郷駅から幕01 ZOZOマリンスタジアム行きで会場へ向かうことにしましょう。免許センターを通過。二種免許は試験場でしか取得できなかったウン十年前、わたくしはここに通って大型二種免許を取得しました。6回か7回受験しての合格。嬉しかったなぁ。しかしながらハンド [続きを読む]
  • 関宿橋のバス停と西関宿
  • 鉄道線を有していない関宿町の人々は恐らく野田のボンクラどもよりも路線バスに対する造詣が深いと思います。わたくしが花も恥じらう高校2年生であった遥か昔、関宿町木間ヶ瀬に住まう友人がおりました。その友人宅にはお母さんが書いたとおぼしき小さいメモ用紙にミミズみたいな罫線を引いて手書きしたバス時刻表が冷蔵庫にマグネットで貼ってありました。木間ヶ瀬というと以前覚えている個人的思い出のありったけを当ブログに綴 [続きを読む]
  • 関宿台町と境町
  • かの大ヒット曲『潮来笠』で流れ者の潮来の伊太郎が故郷の恋人を偲んで利根川へそっと花を流した関宿町。平成15年市町村合併により関宿のセ太郎ではなく野田市関宿へとその名を変え、関宿町の名は花と一緒に川の流れに消えんとしています。ここのところ関宿町シリーズと称して関宿のバスをいろいろ思い出しているところですが皆さまいかがお過ごしでしょうか。本日は関宿のお隣春日部市でバスのイベントがあって子供たちに人気だっ [続きを読む]
  • 宝珠花橋のバス停と牛小屋に心を躍らせた話
  • 前回から関宿町シリーズが続いております。千葉県東葛飾郡関宿町、否、合併から10年以上経ってますのでもう千葉県野田市と申し上げた方がいいと思いますが、野田市と埼玉・春日部方面を結ぶ宝珠花橋は今も昔も路線バスの往来が盛んです。この橋を渡るバスは必ず「関宿中央ターミナル」という、平成9年橋東詰の当時は関宿町次木と呼ばれた土地に完成した交通施設を経由、あるいは終点としています。ではこのターミナルが無かった頃 [続きを読む]
  • 野田市駅〜工業団地入口線とひなびたバス折返場
  • 野田市内には「工業団地」とやらが南部とか北部とか中里とか地名を冠した名前でいくつかあります。工業団地のみならずおおよそ産業プラントというものは何らかの公害源となりやすいので大抵は人っ気のない海っぺりとか幾つもの山や谷を越えた先にある忍者の隠れ里のような交通の面倒くさい土地に設けられます。この面倒くささが路線バスの新たな需要を惹起するのです。ところでこのブログに言う「工業団地入口」とやらは一体どこの [続きを読む]
  • 茨城急行 北越ケ谷駅〜岩井警察線を追憶した 完 岩井商店街の花
  • 今日のニュースを見てますと大阪の警察署から凶悪犯が赤い自転車で逃走したとのことで大騒ぎになっていますが、このブログは凶悪犯と逆で品行方正な小学生が青いバスで警察に行ったという思い出を語っております。今ざっくり経路を描いて見ると、北越谷から岩井までさぞ時間がかかったであろうと思われるかも知れませんがわたくしの記憶では利根川を越えれば極めてスピーディーに走ることができたので、想像されるほど時間がかかっ [続きを読む]
  • 茨城急行 北越ケ谷駅〜岩井警察線を追憶した その4 愛宕駅とバス共通カード
  • バスは野田橋を越え野田市に入りました。昔はこんなところに信号機などありませんが、それなりに結構渋滞するポイントでした。橋渡ってすぐのシュロの木のようなものが生えているところそばには昔野田警察の派出所があり橋を渡りきる前から赤い行灯が見えたものでしたが、現在はこの隣の隣ぐらいの見えないポジションに移転しています。せっかく江戸川の川面の上なのに風のない夏の日の昼下がりならば、冷房のない当時のバスの車内 [続きを読む]
  • バスのりばが変わった新小岩駅南口を見てきた
  • 本8月1日、新小岩駅南口のバスのりばにおいて、「乗り場の入れ替え」という興味深いイベントがありました。当地のバスのりばは1〜5番まであります。案内板には⑥まで書いてありますが、『のりば』ではなく『おりば』であってバスに乗る場所ではありません。「北口」と「東北広場」は今回関係ありません。東北広場というのは行ったところで福島の桃も仙台のササニシキも手に入らないし、ねぶた祭を準備する広場でもありません。 [続きを読む]
  • 茨城急行 北越ケ谷駅〜岩井警察線を追憶した その3 松伏町
  • 皆さま台風の害は大丈夫でございましょうか。東京地方に竜巻警報まで出ました。何年前だったか越谷に竜巻が起こって松伏→野田と移りながら害をなしたことがありました。今わたくしが必死に思い出そうとしているバス路線はその竜巻と同じようなルートです。越谷もとい、当時の茨急バスのしきたりに従うと「越ケ谷」をいでて岩井警察署前行のバスは松伏町に入りました。町域に入るや否や沿道で町名を強く主張する松伏石材店に出くわ [続きを読む]
  • 茨城急行 北越ケ谷駅〜岩井警察線を追憶した その2 越谷
  • 昭和57年頃まで野田市内で見かける茨急バスは5:1程度の比率で一世代前の東武によく似たこんな塗装でした。下手くそで恐縮ですが車体各部に起きる応力をモノコック構造で放勢していた時代なので本当はボディにリベット鋲の頭が吹き出物のように何本も出ています。柏・我孫子の阪東バスもかつてこの塗装だったようですが、当時すでに柏へ行っても次世代のものしか見かけませんでした。色味が色味だけにわたくしは乗りバスを初めて1 [続きを読む]
  • 茨城急行 北越ケ谷駅〜岩井警察線を追憶した その1
  • 冒頭からなんですが、わたくしは小学生のある日警察に連れていかれたことがあります。そして警察に着くと運賃を要求され、降りる際に「俺は何もしてねぇ!無実だぁ」と暴れることなくおとなしく「ありがとうございました」と運転手にお礼を言って降りました。降りてもカツ丼は用意されてないし火葬されて四女に遺骨引取られることも無いしですぐシャバに戻されました。今回はそのとき乗った今は無きバス路線、茨城急行バスの北越ヶ [続きを読む]
  • 懐かしい運賃表示器の思い出
  • 拝啓皆さまいかがバスにお乗りでしょうか。こんにち運賃表示器というとWINDOWSをOSとし、運賃や停留所の一覧のみならず「次とまります」だの「扉が立つまで座ってお待ちを」といった啓発PR画面までもが綺麗なフルカラーLCDに映し出されるほどに発達していますね。わたくしが路線バスに熱狂していた昭和56、57年頃、ワンマン化完了して間もない野田のバスたちの運賃表示器といえば、金属製筐体の中を運賃と停留所名がプリントされた [続きを読む]
  • 春日部市郷土資料館で「埼玉県東部地区の交通」巡回展を見た
  • 野原しんのすけ役の声優、矢島晶子さんが突然の降板発表で激震走る埼玉県春日部市。クレヨンしんちゃんの極初期作にはちょいちょい東武バスらしきクルマが登場します。今日、春日部でも東武バスを拝むことができなくなってしまいましたが当時の面影を偲ぶいくつかの品が用意された企画展示会が春日部郷土資料館で開催中です。なにより告知ポスターには「東宝珠花」というわが野田市の地名がデカデカとありますので敬意を表すべく春 [続きを読む]
  • 名称変更なった柏03に乗ってきた
  • 反則タックル事件の日大アメフト部内田前監督が関西学院大学をカンサイ学院大学と誤読したことで大きな騒ぎになってますね。ことほど左様に学校の名前は非常に重要なことでありましょう。ところでわたくしが子供の頃からある柏〜柏市立高校線は終点が柏市立柏高校なのに「柏」が一個抜けて柏市立高校が終点の停留所名に冠されています。高校受験を意識しだした中学時代にわたくしはこの異変に気づきましたが「柏が2回も出てくると [続きを読む]
  • バス社会実験 綾37と有36
  •                  1月22日は大雪が東京を襲っておりますが皆様いかがお過ごしでしょうか。国土交通省が予定していた相乗りタクシー実証実験が延期になるほどの大雪です。さて同じ相乗りなのに葛飾区のバス社会実験は当初予定通り本日1月22日から開始されたそうなのでさっそく乗ってきました。実験線は綾瀬駅ないし亀有駅と水元総合スポーツセンターという葛飾区の公共施設を結ぶものです。この社会実験線の大部 [続きを読む]
  • 野12 野田市駅〜東宝珠花線を懐かしむ。完 武神と将棋の里
  • 前回以前から乗車の記憶をお話している野12は野田市と関宿町の木間ヶ瀬という地区を結ぶ路線でした。関宿町は平成15年に野田市と合併して消滅しました。 関宿町となる以前は東葛飾郡木間ヶ瀬村といっており戦後の「昭和の大合併」期においては関宿町とではなく野田市との合併を画策していたそうです。木間ヶ瀬村は時の関宿町とはあまり仲の良い関係ではなかったようで村民が役場に押しかけて合併解消を要望したことがあったそうで [続きを読む]
  • 野12 野田市駅〜東宝珠花線を懐かしむ。その2
  • 新年明けましておめでとうございます。一富士、二鷹、三路線バスと申しますように、正月になると路線バスが登場するテレビ番組が多くなりましてまことに結構なことでございます。かつてバス路線が道路交通の邪魔者呼ばわりされて減便廃止が相次いだ呪わしく禍々しい時代を知る者として隔世の感を禁じ得ません。今回も前回に引き続き、禍々しい時代に翻弄され消えていった野12 野田市駅〜東宝珠花線の幼き日の思い出をお話したいと [続きを読む]
  • 野12 野田市駅〜東宝珠花線を懐かしむ。その1
  • 2日ばかり早くて恐縮ですが、先んじて2018年新春のお祝いを申し上げます。2016年、このブログで思い出を語りました野12野田市駅〜東宝珠花線の乗車記をさらに詳細に思い出してみたいと思います。というのは、この路線は実際利用者がいたわけで多くの人々の記憶に残っているはずですが、未だそれを公けにしようという人が見当たらない。これは後世のためにも宜しからざるところで非常にさびしく思うのです。わたくしの記憶の断片と [続きを読む]
  • 懐かしい側面方向幕の思い出〜境へ、そして岩井へ
  • バス路線の記録というものは探そうと思うといろいろ出てくるものですが、側面方向幕の記録、なかんずく廃止路線の側面方向幕の記録というのはそう簡単には出てこないものでしょう。ところでわたくしは小学6年生の時、愛宕駅から野田市駅まで電車ならわずか一駅のところを、北越谷駅発岩井車庫行きのバスに愛宕駅から乗って、茨城県側に入って2つ目の停留所「小山入口」で降り、道の反対側のバス停から、約10分後に来た小山経由野 [続きを読む]
  • 懐かしい側面方向幕の思い出 
  • 先日、ツイッターで野田市駅〜岩井車庫までの茨急バスの側面方向幕、というか今は側面LEDとでもいうのでしょうか、画像をあげていた方がいました。そこには愛宕駅と岩井車庫の間に「自然博物館入口」という東武バス時代には無かった停留所の名前が書かれていて、少しばかりショックを受けました。わたくしの脳内には今なお野田市駅前を忙しく発着する青い東武バスの姿が鮮やかに残っていますが、自分の脳内にある東武バスの側面方 [続きを読む]
  • 貨物列車の踏切と一時停止するバスの思い出
  •  右を見るとトラック駐車場。左を見ると黒フェンスで立入り禁止になっている謎の空間。バスの匂いが全くしないここは一体何なのかというと野田市駅貨物線踏切の跡地です。5歳のとき、わたくしは野田市駅から2つ目のバス停すぐそばに今もある市立野田幼稚園へ通っていましたがたまに家の車で送ってもらうことがありました。当時冒険コロボックルというアニメがフジテレビの朝7時半に再放送されていて8時からのピンポンパンのO [続きを読む]
  • 復刻塗装の東武バスに乗ってきた
  •       今年10月、久方ぶりに開催された東武バスフェスティバルでベールを脱いだ復刻塗装。青い東武バスを見たのは何十年ぶりでしょう。 わたくしは目撃していませんがその日復刻塗装車のLEDには「野田車庫」と表示されたそうです。「高田車庫」とすべきところの誤字だったのかどうかわかりませんが狙ったものならば、粋なはからいだな、と万感胸にこみ上げるものがありました。ところで野田車庫と出したとき、側面LEDは「野 [続きを読む]