特別なRB10 さん プロフィール

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特別なRB10さん: 特別なRB10
ハンドル名特別なRB10 さん
ブログタイトル特別なRB10
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/surrender90
サイト紹介文昭和時代の東武バス野田営業所・出張所の思い出や東京北東部の乗バスの記録等。東武・京成を好む
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供36回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2016/08/17 18:59

特別なRB10 さんのブログ記事

  • 春日部市郷土資料館で「埼玉県東部地区の交通」巡回展を見た
  • 野原しんのすけ役の声優、矢島晶子さんが突然の降板発表で激震走る埼玉県春日部市。クレヨンしんちゃんの極初期作にはちょいちょい東武バスらしきクルマが登場します。今日、春日部でも東武バスを拝むことができなくなってしまいましたが当時の面影を偲ぶいくつかの品が用意された企画展示会が春日部郷土資料館で開催中です。なにより告知ポスターには「東宝珠花」というわが野田市の地名がデカデカとありますので敬意を表すべく春 [続きを読む]
  • 名称変更なった柏03に乗ってきた
  • 反則タックル事件の日大アメフト部内田前監督が関西学院大学をカンサイ学院大学と誤読したことで大きな騒ぎになってますね。ことほど左様に学校の名前は非常に重要なことでありましょう。ところでわたくしが子供の頃からある柏〜柏市立高校線は終点が柏市立柏高校なのに「柏」が一個抜けて柏市立高校が終点の停留所名に冠されています。高校受験を意識しだした中学時代にわたくしはこの異変に気づきましたが「柏が2回も出てくると [続きを読む]
  • バス社会実験 綾37と有36
  •                  1月22日は大雪が東京を襲っておりますが皆様いかがお過ごしでしょうか。国土交通省が予定していた相乗りタクシー実証実験が延期になるほどの大雪です。さて同じ相乗りなのに葛飾区のバス社会実験は当初予定通り本日1月22日から開始されたそうなのでさっそく乗ってきました。実験線は綾瀬駅ないし亀有駅と水元総合スポーツセンターという葛飾区の公共施設を結ぶものです。この社会実験線の大部 [続きを読む]
  • 野12 野田市駅〜東宝珠花線を懐かしむ。完 武神と将棋の里
  • 前回以前から乗車の記憶をお話している野12は野田市と関宿町の木間ヶ瀬という地区を結ぶ路線でした。関宿町は平成15年に野田市と合併して消滅しました。 関宿町となる以前は東葛飾郡木間ヶ瀬村といっており戦後の「昭和の大合併」期においては関宿町とではなく野田市との合併を画策していたそうです。木間ヶ瀬村は時の関宿町とはあまり仲の良い関係ではなかったようで村民が役場に押しかけて合併解消を要望したことがあったそうで [続きを読む]
  • 野12 野田市駅〜東宝珠花線を懐かしむ。その2
  • 新年明けましておめでとうございます。一富士、二鷹、三路線バスと申しますように、正月になると路線バスが登場するテレビ番組が多くなりましてまことに結構なことでございます。かつてバス路線が道路交通の邪魔者呼ばわりされて減便廃止が相次いだ呪わしく禍々しい時代を知る者として隔世の感を禁じ得ません。今回も前回に引き続き、禍々しい時代に翻弄され消えていった野12 野田市駅〜東宝珠花線の幼き日の思い出をお話したいと [続きを読む]
  • 野12 野田市駅〜東宝珠花線を懐かしむ。その1
  • 2日ばかり早くて恐縮ですが、先んじて2018年新春のお祝いを申し上げます。2016年、このブログで思い出を語りました野12野田市駅〜東宝珠花線の乗車記をさらに詳細に思い出してみたいと思います。というのは、この路線は実際利用者がいたわけで多くの人々の記憶に残っているはずですが、未だそれを公けにしようという人が見当たらない。これは後世のためにも宜しからざるところで非常にさびしく思うのです。わたくしの記憶の断片と [続きを読む]
  • 懐かしい側面方向幕の思い出〜境へ、そして岩井へ
  • バス路線の記録というものは探そうと思うといろいろ出てくるものですが、側面方向幕の記録、なかんずく廃止路線の側面方向幕の記録というのはそう簡単には出てこないものでしょう。ところでわたくしは小学6年生の時、愛宕駅から野田市駅まで電車ならわずか一駅のところを、北越谷駅発岩井車庫行きのバスに愛宕駅から乗って、茨城県側に入って2つ目の停留所「小山入口」で降り、道の反対側のバス停から、約10分後に来た小山経由野 [続きを読む]
  • 懐かしい側面方向幕の思い出 
  • 先日、ツイッターで野田市駅〜岩井車庫までの茨急バスの側面方向幕、というか今は側面LEDとでもいうのでしょうか、画像をあげていた方がいました。そこには愛宕駅と岩井車庫の間に「自然博物館入口」という東武バス時代には無かった停留所の名前が書かれていて、少しばかりショックを受けました。わたくしの脳内には今なお野田市駅前を忙しく発着する青い東武バスの姿が鮮やかに残っていますが、自分の脳内にある東武バスの側面方 [続きを読む]
  • 貨物列車の踏切と一時停止するバスの思い出
  •  右を見るとトラック駐車場。左を見ると黒フェンスで立入り禁止になっている謎の空間。バスの匂いが全くしないここは一体何なのかというと野田市駅貨物線踏切の跡地です。5歳のとき、わたくしは野田市駅から2つ目のバス停すぐそばに今もある市立野田幼稚園へ通っていましたがたまに家の車で送ってもらうことがありました。当時冒険コロボックルというアニメがフジテレビの朝7時半に再放送されていて8時からのピンポンパンのO [続きを読む]
  • 復刻塗装の東武バスに乗ってきた
  •       今年10月、久方ぶりに開催された東武バスフェスティバルでベールを脱いだ復刻塗装。青い東武バスを見たのは何十年ぶりでしょう。 わたくしは目撃していませんがその日復刻塗装車のLEDには「野田車庫」と表示されたそうです。「高田車庫」とすべきところの誤字だったのかどうかわかりませんが狙ったものならば、粋なはからいだな、と万感胸にこみ上げるものがありました。ところで野田車庫と出したとき、側面LEDは「野 [続きを読む]
  • 綾瀬駅の綾02 バス社会実験線
  • 神戸に連節バスを走らせる他もろもろ全国でバス社会実験が繰り広げられておりますが、昨10月23日から葛飾区で綾02 タウンバス車庫〜綾瀬駅なる社会実験が始まりましたので、実験動物となるべく綾瀬駅へ行ってまいりました。葛飾区のサイトにあるバス路線図に実験線を加える、とこうなります。新設停留所が3つあります。なるほど、3箇所とも鉄道や既存バス停と距離があるように見えます。 「小菅交番前」 「小菅二丁目」 「東 [続きを読む]
  • 第3回東武バスフェスティバルへ行った
  • 台風21号大接近で絵に描いたような豪雨のなか、柏市にあります東武バスイースト高田車庫で第3回東武バスフェスティバルが開催されましたので、雨の間をぬってやっさもっさと行ってまいりました。柏駅に着きますとフェスティバルという宣伝旗が飾られていて、「お、ようやく東武バスもイベントにお金使うようになったな」と思ったらこれは高島屋のフェスティバルのことのようです。 2番のりばから、西柏01 柏駅西口発国立がん研 [続きを読む]
  • 柏08 初石駅行きと南柏から乗ってきた女の子
  •  まだTXとかつくばエキスプレスとか呼ばれる鉄道が登場する何十年も前の話です。柏駅から初石駅行きというバス路線がありました。初石駅は柏から東武野田線に乗れば10分もかからずに行ける駅ですが、私はこれに終点まで乗り通し鉄道ではなくバスで初石駅へ行ったことがあります。 つくばエキスプレス開業前のバス路線改変案(広報かしわ 2004年)この路線もやはり現在廃止され乗ることができません。流山に免許センターができ [続きを読む]
  • 京成バスお客様感謝フェスティバル 2017
  • 本日華々しく開催された京成バスお客様感謝フェスティバルに行ってきました。訪問者を暖かく迎える幕張本郷駅の「京成バスのご案内」。京成バスの連接バスに乗って幕張メッセ中央へ着きました。東武動物公園の人気者グレープ君急死でフレンズが悲嘆にくれるなか「かばんちゃん」の内田彩さんのライブがあるとのことで私以外の乗客はこちらへ行ってしまいました。冬の訪れを感じさせる気温ですが会場に着くと、チュバチュバワンダー [続きを読む]
  • バス停「流山広小路」と京成バスの思い出
  • 今年も例年千葉・幕張で開催される京成バスフェスティバルが近づいてまいりました。以前野07 流山駅前線のお話をいたしました。バスに乗ることに夢中になっていた小学生当時住んでいた家が野07のバス停のすぐ近くにあり野田に東武バスがいた時代に最も乗車回数の多い路線であったろうと思います。この路線は終点流山駅前に到着する前に「流山広小路」という停留所を経由していました。その停留所には際立った特徴がありました。「 [続きを読む]
  • 「鉄道と野田」展の乗合自動車時刻表
  • 本日10月7日から始まった野田市の郷土博物館特別企画展『鉄道と野田』を見てまいりました。わたくしは幼い頃昼12時台の野田市駅発の東武バスに乗れば必ず貨物線踏切でかいま見ることができたキッコーマン社私有タンク貨車を楽しみに博物館を訪れたのですが、残念ながらありませんで、ごくわずかに地元の画家の人が野田市貨物線を描いた油絵にタンク車の像があるきりでした。また、この企画展は名の通り鉄道、東武野田線の前身「総 [続きを読む]
  • バスに車掌さんがいた時代に松戸へ行った話
  • さみしい知らせを耳にしました。松戸伊勢丹が閉店だそうです。わたくしの記憶には野田〜松戸を行き来していたバスに乗って伊勢丹へ行った記憶があります。それはわたくしの海馬に刻まれた様々なバスの乗車記憶のなかでも最古のものです。その辺の詳細は去年の今頃このブログに記しましたが、記憶にあるのに漏らしがあっては後代の役に立たないので今ここで覚えていることを全て書いてみたいと思います。松戸駅には現在なお埼玉の八 [続きを読む]
  • 路線バスの塗装とナワバリと船橋で見た新京成バス
  • 小児運賃でバスに乗れる最後の歳、小学6年生の冬休みのある日。世間は師走ということで慌しくなっていましたが、わたくしは野田市内のバス路線を片っ端から乗りつぶしたのに飽き足らず、越谷とか大宮などといった市外の東武沿線まで足を伸ばして路線バスの旅を楽しんでおりました。そのなかで非常に印象深いできことがありました。わたくしは東武沿線のバスというのは皆等しく東武バスが支配しているものと思っていました。東武野 [続きを読む]
  • 北花崎のバス折り返し場
  • 以前 柏駅西口〜北花崎という柏03系統の途中折返しの路線があって、かつて乗ったことがある、というお話をいたしました。そのさい、「北花崎には折り返しできそうなスペースがあった記憶が無いから船戸木戸まで回送で行って折り返したのだろう」とテキトーな当て推量を申しました。現在柏市内にはわたくしの弟の妻の家族、端的に言えば「血のつながらない親戚」が住んでいるのですが、先日その方々と親しく昔の柏市内のバスの話を [続きを読む]
  • 野06 大利根温泉行きと道の片っぽだけのバス停 完
  • この路線は駅と温泉を結ぶという観光線として開通したわけですが、大利根温泉はすでに私が乗りはじめた頃にはすでに枯渇し、モータリゼーションの勃興でバスで温泉へ行く人は見たことがありません。前回はその途中停留所「新町」までお話しましたが、今回は終点大利根温泉までお話しましょう。   新町を発すると、まためぼしい建物がなくなり道沿いに走ると、 ご覧のような急峻な右カーブがあります。東武時代は大変な難所。危 [続きを読む]
  • 野06 大利根温泉行きと道の片っぽだけのバス停 その2
  • 砂糖の甘さ塩の辛さは舐めた者でなければわからない。松下幸之助氏の名言の一つですが、無くなってしまったバス路線も同じでありましょう。今回乗車記を捧げる野06 野田市駅〜大利根温泉線は現在まめバスという野田市ご自慢のコミュニティバスが走っており、そのルートを現在でも探ることはできます。しかし砂糖の甘みと塩の辛みと、野田の田舎道をドカドカ走り回った東武バスの深い味わいは到底乗った者にしかわからないでありま [続きを読む]
  • 野06 大利根温泉行 その2 運行開始のテープ案内
  • 残暑の候、皆様いかがバスにお乗りですか。さて、野田市駅から大利根温泉へ向かう東武バスには「灰毛経由」、「本郷経由」そして「電建第一住宅経由」の3系統があったと他サイトで紹介されています。このうち「電建第一住宅経由」はわたくしの小学生時代には開通しておらず東武撤退に至るまで残念ながら一度も乗ったことがありません。大利根温泉はこのような時刻で運行されていました(東武時刻表)。「本郷経由」が「灰毛経由」 [続きを読む]
  • 野06 大利根温泉行きと道の片っぽだけのバス停 その1
  • 先日NHKで「戦慄の記録 インパール作戦」なる終戦番組を見ました。その是々非々は置いておくとして、戦時中、兵站が次々に失われたわが国ではあちこちで国産エネルギーを求めるべく天然ガスの試掘が行われたそうです。 終戦後もエネルギー不足のため天然ガスの試掘が全国で再開されました。 昭和33年3月24日、千葉県野田市瀬戸の利根川岸の天然ガス試掘場で突如、摂氏40度に達する温泉地下水が噴出しました。肝心のガスは期待 [続きを読む]
  • 柏11 三井団地行とあおいそら運動の作文 その2
  • 私が幼き日に乗った三井団地行きのバスは柏03と同じバス乗り場3番から出ていて本数もご覧のように沢山ありました(東武時刻表 1982)住人の要望で開設された路線ですがよくあのケチ東武が本数を出したものだと改めて感心いたします。三井団地は柏市内でも我孫子市に限りなく近いところにあります。昭和61年、阪東自動車に我孫子駅〜三井団地間が開設されてから本数が退潮したようです。 わたくしは先日、数十年ぶりに柏駅西口〜 [続きを読む]