平西杏莉 さん プロフィール

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平西杏莉さん: Pink Rebooorn Story
ハンドル名平西杏莉 さん
ブログタイトルPink Rebooorn Story
ブログURLhttps://rebooorn.amebaownd.com/
サイト紹介文待望の妊娠!と思ったら、トリプルネガティブ乳がんでした。 これは、2015年5月以降の実話です。
自由文このストーリーを読んでくださって、ありがとうございます。これは、2015年5月以降、実際に私の身に起こった出来事です。2015年5月22日、私は乳がんと告知されました。自分ががんになって、初めて、この病気に苦しみ、不安におびやかされながら、毎日闘っている女性が世界中にたくさんいることを知りました。そして一年後の今、自分自身の体験をみなさまと共有することで、少しでもお役に立てたらと思い、筆をとった次第です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供11回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2016/08/20 23:08

平西杏莉 さんのブログ記事

  • おしらせ:「抗がん剤治療後のPET/CT画像」
  • 抗がん剤治療前(乳がん発覚時)と抗がん剤治療後(摘出手術直前)PET/CT比較画像をPLOFILEページに追記しました。 上:抗がん剤治療前(乳がん発覚時) / 2015年5月下:抗がん剤治療後(摘出手術直前) / 2015年12月治療効果判定の結果は、もう少し先のストーリーで…完結まで、あと5話です・・・! ストーリーを最初から読みたい方は 目次へ みなさまの応援 [続きを読む]
  • 第5章 その5:「乳がん、さようなら」〜前編〜
  • 2015年12月21日の朝。術前処置として、私のお腹に「切り取り線」のようなものが書き込まれた。田辺先生がマジックで書いたのだ。なんだか子どもがいたずらで書いたみたいな線に、ちょっと笑いそうになった。看護士さんから安定剤を手渡された。いよいよだ…。これを飲んだら、手術が始まる。安定剤を飲み下した私はどうやら、看護士さんに車椅子を押されながら、家族にひとことふたこと言葉を発したら [続きを読む]
  • 第5章 その4:「入院、手術前夜」
  • 2015年12月。 年末年始に重なるかもしれないと心配していた結果、入院日18日、手術日21日、退院日は28日頃と決まった。ひとりぼっちの年越しを病院で過ごすことになると思っていたので、うまくいけば年内に退院できることがうれしかった。 体調の良い時を見計らって、ひとつひとつ仕事を片付けていった。年賀状は、姫路城へ行ったときに撮った写真を載せることにした。 この写真を見ていると、いろ [続きを読む]
  • 第5章 その3:「投与しません。」
  •  パクリタキセルを投与しなかった一週間がある。 一刻も早く完全奏功へ向けてひた走りたいのに、どうしても行きたいところがあった。 それは「東京デザインウィーク2015」だ。 数か月前、旧知のクリエイターさんに依頼され、このデザインウィーク出店のための企画書をつくるという仕事をした。彼女が事業を立ち上げた時からデザインの仕事で携わらせていただいていて、思い入れも大きかった。 岡 [続きを読む]
  • 第5章 その2:「47ミリ→19ミリ→8ミリ」
  • やっぱり、尾田平先生はすごい。パクリタキセルの投与が始まって数回後、副作用の手足のしびれがとてもひどかったので、一生治らなかったらどうしよう…と不安になっていた。ところが、全十二回の折り返し地点に達した時、つまり六回分を終えた時のエコー診断の結果を聞いた私は、そんなことも一瞬忘れるくらい、驚いた。しこりの大きさは、なんと、「8ミリ」にまで、小さくなっていたのだ!明確に数 [続きを読む]
  • 番外編:「術後二年」
  • 気がつけば、来月12月には術後2年。昨日PET検査を行い、主治医より「異常なし」のお墨付きをいただきました!毎度結果を聞くまでのあの気持ち・・・言葉では伝えられません。実は今回、少し前倒しでPET検査を入れていただいたのは、少し気になる痛みが出てきていたからです。「腰痛」です。尾田平先生は相変わらずの口調でしたが、腰痛を告げると珍しく顔色を変えた…ような気がしました。またまたネ [続きを読む]
  • 第5章 その1:「パクリタキセル」
  •  パクリタキセル。 投薬治療の第二段階、「パクリタキセル」は、ACほどつらくないですよと、いろんな看護師さんからお聞きしていた。副作用はほぼACと同じだけど、あの「ズーーーン」とくる感じは軽く、ビリビリもないとのこと。ありがたい、と思った。全十二回を、週に一度の頻度ですすめていく予定だ。 パクリタキセルをスタートしたのは2015年の9月。このころ、ものすごく感情をゆさぶられた出 [続きを読む]
  • 第4章 その10:「47ミリ→19ミリ」
  •  最後のAC投与から10日目、朝起きたとき、少しだけスッキリする感じがあった。6月から約三カ月、やっと、長く苦しいトンネルに光が差した。  とはいえ、痛みや違和感は体のあちこちで続いている。特に気になるのは患部と子宮のズキズキとした痛みと、毛根のむずがゆさ。動くとすぐに疲れるのも、さほど改善はない。それらがこの日を境に、だんだんとラクになってくるようだった。  ある日、夫がお [続きを読む]
  • おしらせ:「麻央さんの訃報を受けて」
  • 乳がんを公表されてから今日まで麻央さんのことを思わない日はありませんでした。数日も経たずに麻央さんのニュースを忘れて日常を送っている世の中を横目になんとも言えない気持ちでいました。病気を公表して生きるという麻央さんの強い生き方には尊敬の念しかありません。当たり前のことすぎて、笑われてしまうかもしれませんが麻央さんの生き方から教わったことは「いつか終わる命のために悔いなく [続きを読む]
  • 第4章 その9:「これで最後」
  •  ※変色した爪の写真を載せています。見たくない方は読み進めないでください。 ACも四回目、いよいよ最後の投与を、頭がビリビリする症状を緩和するための酸っぱいアメも持参し、気力を奮い立たせて挑んだ。 とにかく「これで最後!!」…それだけが、この時期の私を支えていた。  四回目の回復期は、これまでになかった症状があらわれた。ホットフラッシュ心臓がドゥルルとなる感覚生理が完全に [続きを読む]
  • 番外編:「ご縁」
  •  東京へ行ってきました。 「東京でお会いしませんか」にメールを下さった方、ありがとうございました。お会いできなかった方には、また次の機会があることを信じて楽しみにしています! お会いしてくださったKさん(仮名)のプライバシーを尊重し、ここで紹介は控えさせていただきますが… いろいろとお話しさせていただき、とにかく、あっという間の時間でした! [続きを読む]
  • おしらせ:「東京でお会いしませんか」
  •  今日、術後1年と4ヶ月目の検診がありました。 採血と触診。おかげさまで、何事もなく良い結果をいただきました。 乳がん告知をされたあの日、自分が立っている地面は平らではないことを知りました。 久しぶりに病院に来て、「毎秒を必死に生きなければ」と思いました。 そして(こんなものを書いてしまっているから)尾田平先生の顔を見て、心の中でニンマリ。 今日も尾田平節はスパークしてい [続きを読む]
  • 第4章 その8:「ひとときの夏」
  •  世間はちょうどお盆前。 最後のAC投与までの短い回復期に、大阪へ行くことにした。夫の実家への帰省と、お墓参り、そして、私を元気づけようと、夫が少しの遊びを計画してくれていた。 岡山から大阪までは車で約三時間。いつもなら車で行くところを、今回は新幹線で行ってみようということになった。私の体に負担がかからないように...という夫の言葉が嬉しかった。 [続きを読む]
  • 番外編:「先生ありがとう」
  •  私の主治医は、心に寄り添ってくれます。 私の主治医は、不安を軽くしてくれます。 そんなこともよく聞きますが、正直なところ、私の主治医はそうじゃないです。 …と書くと、怖くて冷たい先生像が頭に浮かぶかもしれません。確かに最初、私自身も「この人とうまくやっていける自信がない」と思いました。 尾田平先生は、「つらかったね、苦しかったね」とか「きっと良くなるよ」と、弱っている [続きを読む]
  • 第4章 その7:「AC療法3クール目」
  •  2015年7月21日、3回目の投与日。 投与前の診察で、しこりが小さくなっているかどうかを尾田平先生に「触診して」確かめていただきたかった。「先生、今日、触診してもらえますか?」「まずは4回終わらせてからじゃな。今、何も変わってなかったとして…」  あとから考えると、尾田平先生は「この方針で大丈夫、信じてついてきなさい!」と、言っていたんだなと [続きを読む]
  • 第4章 その6:「しこりの変化」
  •  AC療法2回目の投与日(2015年6月30日)も実家に戻った。 さっそくムカムカや手足のしびれが始まり、食欲どころではない。 焦らずに、粛々といこう。 初回のときに体験済みの症状ばかりとはいえ、やっぱりつらい。 今回もあれが容赦なく覆いかぶさってくる。地球上のすべての重力が自分にのしかかっているような「ズーーーン」。これに耐えているときが、いちばんきつかった。 文字通り私は、ど [続きを読む]
  • 第4章 その5:「AC療法2クール目」
  •  やっと副作用も落ち着いて過ごしやすい日々が戻って来たというのに、あっという間に2回目の投与日がやってきた。 抗がん剤を投与したらしばらく食事を楽しめなくなるので、投与前のある晩、景気づけに夫と外食した。免疫力が回復した後の食欲はすごい。 まともなものを口にできなかった数日間を体が取り戻そうとしているみたい。なぜか歯ごたえのある生野菜をたくさん食べたくなるのがふしぎだっ [続きを読む]
  • 第4章 その4:「脱毛のとき」
  •  AC療法1回目投与から17日目の2015年6月25日。 日記には、ついに「日常が取り戻された感じがする」と書いている。 尾田平先生に診ていただいた後も、倦怠感、吐き気、動悸、食欲不振、顔の火照り、口元のしびれ、腕や背中の痒み、ホットフラッシュ、喉の渇き、便秘など、実にさまざまな副作用に苦しめられた。 救いだったのは、炎症を起こしていたくちびるの白い部分がとれたこと。食事がスムーズ [続きを読む]
  • 番外編:「手作りチョコ」
  •  バレンタインデーにちなんで、チョコレートのエピソードです。 抗がん剤治療を全クール完了し、さあ手術だという2015年12月。そのころ私は、食生活についていろいろなことを考え巡らせていました。 病気になってしまったとき、多くの人はその原因を考え、可能な限りその原因から離れた生活をしようと思うものです。 私はPETの経験から「糖質」を警戒するようになっていました。(現在はそれほど [続きを読む]
  • 第4章 その3:「副作用」
  •  喉のつまり、膿んだ唇、歯茎からの出血、 耳閉感… 気になる症状が増えてきた。 副作用のデパートだ…(T T) 次の投与日まで、あと2週間。それまで、尾田平先生に診察してもらえる機会はない。やっぱり、確認してもらいたい…!  拍子抜けした。処方されたのは、うがい薬…。 つまり、気になっていた症状は全てAC療法による副作用で、異常ではないということ [続きを読む]
  • 第4章 その2:「くちびる事件」
  •  AC療法1回目の投与を終えて一週間がたった頃、やっと、心身ともにすっきりしてきた。何でも食べられるし、仕事の意欲も戻ってきた! 運転もした。車のシートベルトが胸のしこりを圧迫して痛かったけれど、外出できるということがうれしかった。 体調の回復は感じたものの、胸のズキズキは続いていた。 痛みの原因はやっぱり気になったけれど、常に痛みと共にあるということには、慣れつつあるか [続きを読む]
  • 番外編:「術後一年」
  •  先日、術後一年の検診を、無事クリアできました。 大丈夫と信じる一方、万が一の「もし」という不安と闘いながら、当日までドキドキ不安でいっぱいでした。 「何事もない」という一言を主治医の先生が仰ったとき、体の力が一気に抜けるかと思うぐらいホッとし、「よかった…」と胸をなで下ろしました。 さて、検査後、以前お世話になった美容室の前を通りかかると、一名のスタッフの方と目が合い [続きを読む]
  • 第4章 その1:「AC療法1クール目」
  •  実家に帰ってから、いよいよ抗がん剤との闘いの日々が始まった。 全部で4クールのAC療法に備えたかったので、これからの日記を、より詳細につけていくことにした。自分の体の変化や気づきの記録が、回を重ねるごとに役に立つのではないかと思ったからだった。(まずは、一週間の様子を、当時の日記で振り返ります。)■【投与日】2015年6月9日第3章 その5:「初めての抗がん剤」第3章 その6:「ウ [続きを読む]
  • 番外編:「ごあいさつ 2017」
  • 遅ればせながら…  皆さまはどのようなお正月を過ごされましたでしょうか。 現在わたしは、ストーリーの第4章に取り組んでいます。この章では、今から約6カ月前の、抗がん剤投与開始後のことを書いていきます。 マイペースな更新にも関わらず、読者の皆さまに訪問いただき、お声までいただけることが本当にうれしく、励みになっています。今年もどうぞよろしくお [続きを読む]
  • 第3章 その8:「母の愛」
  •  母親に、実家に連れて帰ってもらった。実家は病院から車で20分くらいの距離にある。 母が和室にふとんを準備してくれていたおかげで、帰宅後すぐ横になることができた。横になるなりおそってきた激しい睡魔に勝てず、あっという間に眠りに落ちた。 私が乳がんになったことがわかる前から、母親は献身的にわたしを支えてくれる一番の応援サポーターだった。 彼女自身も、40代のときに大病をわずら [続きを読む]