ケアする人をケアする。ソーシャルワーカー小松 麻理 さん プロフィール

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ケアする人をケアする。ソーシャルワーカー小松 麻理さん: 「ケア」する人を応援する。対人援助職応援ブログ
ハンドル名ケアする人をケアする。ソーシャルワーカー小松 麻理 さん
ブログタイトル「ケア」する人を応援する。対人援助職応援ブログ
ブログURLhttps://ameblo.jp/comaomari/
サイト紹介文ソーシャルワークやそれにまつわる所感・雑感を綴ったブログです。
自由文ケアする人が元気になれば福祉はもっと面白くなる!をモットーに対人援助職向けのセミナー開催や個別相談を行います。聴く、話す、振り返ることを通じてケア職としてのココロのリフレッシュやメンテナンスをお手伝いします。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供106回 / 365日(平均2.0回/週) - 参加 2016/08/25 09:39

ケアする人をケアする。ソーシャルワーカー小松 麻理 さんのブログ記事

  • 少しづつの変化
  • 久々のブログ更新です。毎月9、16、18、27日には自分史を更新していくと言っておきながら7月〜8月前半、更新せずでした。何事も続けられないのが私…というのもありますが、このまま書き続けるのが自分にとってもいいのかなあ?等々。少し迷っていたのもあり、書けずにいました。きっかけは6月に受講した家族支援の研修。とても有意義な研修でした。その中で講師の先生がおっしゃった一言。「クライエントに自分の言葉で物語を語 [続きを読む]
  • 最近のこと。
  • 6月ももう終わりです。色んなハプニングやままならぬことがあるのが人の生活でその生活に介入する対人援助という仕事もまたままならぬことが沢山起こるのが宿命。すごーく濃ゆい一週間。モニタリングを思わず「モニタリンダ」と書き間違うという( *´艸`)即興で作った割にはこの替え歌ええやん♪自画自賛してインスタにも思わずあげてしまいました。リンダリンダ♪ モニタリンダ♪笑い飛ばしていきましょ♪インスタグラムの投稿 [続きを読む]
  • 惨めな放課後。
  • 小学校1年生の頃は不登校ぎみの一年でした。学校は楽しくなく、一番安心できたのは家でひいばあちゃんと折り紙を折ったり本を読んでいる時でした。それなりに放課後一緒に遊ぶ友達もいたのですが、そんなに楽しいものではありませんでした。というよりはむしろ惨めな思いをすることが多かった。その理由は我が家のルール。他の子はお小遣いを持っていて(当時の小学校低学年で50円〜100円。それで駄菓子やアイスが2~3個買えたりし [続きを読む]
  • みになる研修
  • 昨日の朝は自分自身の「許せない」ポイントについてちょっとダークな私がいる、とブログに書きました。昨日の記事はこちら。「暗黒面」昨日は以前から参加してみたかった研修があり初めてだったのですがえいやっ!と参加してきました。今まで考えてきたこと世の中のこと、対人援助の現場についての私のものの見方うん。それでいいんだ。大丈夫。と思えることとここはもうちょっとだなあ。もう少し別の考えも、あるかも。こういう [続きを読む]
  • 暗黒面。
  • 私の中の正義。愛情がある一生懸命熱心なら何をしてもかまわない関わり方が不味くてもかまわないということを許さないと言う正義。『不器用だった私』←こちらにも書いています。母親からの過干渉や厳しい躾、甘えが許されず、受け止められた実感が持てなかったことを私は今でも恨んでいたり許せなかったりします。対人援助の仕事をしているからか熱心だけど的を外しているのに気付かない援助者や自己満足、自己完結で当事者の力 [続きを読む]
  • 法則
  • パレートの法則という法則があるらしい。そのことについてはあまり詳しく知らないのであるらしい、と言うにとどめておきます。以前、ソーシャルワークのお師匠様にこんな法則があって、面白いことに社会の色んなことがこの法則で説明できたりするんで知っておいても損はないよ、と教えられました。当時、研修企画や人材育成のミッションもあったので師匠様が例えに出してくれたのだと思います。ざっくり言うと。昔、萩本欽一さん [続きを読む]
  • 習い事
  • 実は5歳ぐらいの頃にしていた習い事があります。お金もないのに習い事なんて…と思うのだけれども田舎だし、個人的にやっている学習塾や習字教室、ピアノ教室は当時結構あってわりと格安(月謝3000円ぐらい。昭和50年代)な教室もたくさんありました。保育士をしていた母親が嫁入り道具?として唯一持ち込んだのがピアノだったようで我が家の荒廃ぶりには似つかわしくなくピアノが鎮座ましましておりました。という環境もあり…確 [続きを読む]
  • つかの間の黄金期
  • 前回は小学校1年生の時のことについて書きました。いちねんせいになったら学校は嫌だったけどこの頃は成人するまでの人生史上一番「まとも」な家庭でした。私が1年生から3年生ぐらいまでの間、なんと!父親が毎日夕食頃には帰ってくるのです。そして、給料も家に入れるのです!おかげで小学校2年生の頃には車を買い替えることができていました。(マークⅡですぜ。)同じころ弟が誕生します。今回は母親も家出をすることはありま [続きを読む]
  • 子ども理解あれこれ。
  • ソーシャルワーカーこまり。です。相談支援の中でも子どもさんへの支援(障害児相談支援)が増えてきました。専門機関とのケア会議では色んな視点、手立てが出てきます。目の前の子どもさんの困り感やつまづきにどう対応するか、向きあうか、子ども自身がどう対処していけるのか、その力はどうすれば伸びるのか、大人が介入すること、見守るところはどこか…等々本当にたくさんのアイデアにびっくりしますし、日々勉強です。困りご [続きを読む]
  • いちねんせいになったら…
  • 恐怖の(⁈)幼稚園を無事卒業し、私はいよいよ小学校に入学します。幼稚園のことがあったので、幼稚園当時についてはこちら。期待に胸膨らむわけもなく始まりました。小学校生活が。入学式の次の日からランドセルを背負うのですが、ランドセルを上下逆さまに背負おうとするなど色々やらかしながら学校に行きました。一年生の頃の担任の先生は定年間近の超ベテランの先生でした。宿題を忘れるとみんなの前に立たされて両手で両方 [続きを読む]
  • 身の回りにあったもの。
  • 概ね小学校入学前ぐらいのことを書いてきました。良い思い出ばかりではなく、自分でも結構引いてしまうような出来事もあったなあ。パチンコ店や競馬場で車中置き去りとか好き嫌い矯正や楽しくもない怖いばかりの幼稚園とか…。でも、今私は生きているのでまあ、良しとします。私が小さいころからあった風景で一番印象に残っているのが薪風呂。薪の山と薪をくべる風呂焚き場(今やくべるも風呂焚きもほぼ死語ですね(;^_^A)薪をた [続きを読む]
  • 自分史番外編。書くことで振り返って。
  • 自分史を書き始めてもうすぐ4か月になるところです。文章を書きながら思い出した出来事や感情が沢山あります。あんまりいい思い出でないこともたくさんあるのですが、不思議と腹立たしい気持ちになることはなく、ああ、そうだったんだよねー、と冷静に整理ができています。これからもぼちぼち続けて行こうと思います。当時は疑問に思わなかったこと、思えなかったこと分からなかったことを言語化できるのは気持ちが良いです。特に [続きを読む]
  • 我が町にソーシャルワークはあるのかいっ?!
  • ソーシャルワーカーこまり。です。久しぶりにFacebookで吠えた。カンファレンスとか、なんとか協議会に出ると決まってある市や包括なんとかや委託相談なにがしの職員ってヘラヘラ笑いながらやってくる。本人たちはそれが普通だと思っているし、みんながやってることだからあんまり気にもしてないし、可笑しいこととも思ってないかも知らんけどいつも私は感じ悪いなぁと思う。そしてやっぱりね、この市が近隣の他の市と比べて相談 [続きを読む]
  • 父親のこと②
  • 前にも父親のことは書きました。父親のこと①両親はこの後私が中学2年生の時に離婚をするので家族としての父親の記憶はそこまでです。両親の離婚前1年についてその頃の父親の記憶や記録はほぼ母親からの悪口や嘆きでしかなく、実際、あまり家にも帰って来なくなっており、ギャンブルへののめり込みがいよいよ深刻になっていたころです。このことも後々書こうと思います。一緒に生活したり、父親「らしい」関わりをかろうじてして [続きを読む]
  • しんどい、を認める。
  • こまりのブログを読んでいただき、ありがとうございます。先日はちょっと愚痴めいた内容になってしまいました。なんだかなあ。この時期に事業所閉鎖って、どうよ?という想いは無きにしもあらずでこれから後もこんな突然の閉鎖騒動は起こるのかなあ〜と思うとやるせない気持ちになるのですが、そこは気を取り直して今日一日、一日会うべき人するべき連絡必要なことに一つ一つ向かっていきたいと思います。4月はそんなこんなであと [続きを読む]
  • なんだかなあ。
  • 今日は真面目に。お仕事のことです。最近の相談で一番困ったこと。児童デイサービスの閉所-_-#しかも結構突に「今月末で閉めます。あとは相談さん(障害児相談支援事業所)に探してもらってください。」とか。4月の新学期、どこの事業所さんも新入生を受け入れてスタートしているので4月、5月に突然「閉所します」と言われても次なかなかないです。色んな助けがあってなんとか私の担当のご家庭は次の行先確保や継続利用ができてい [続きを読む]
  • 幼稚園。
  • 私は5歳から幼稚園に通うことになりました。人生初めての家庭以外の居場所。なんていうと格好いいのですが入園一年目はほぼ毎日、なにかしらの理由で泣いていました。入園式の日、早々に同じグラスの子の足を踏んだとか踏まないとかの争いから園児全体&保護者の目の前でつかみ合いのケンカをするなど決して幸先の良いものではありませんでした。近所の同級生と違うクラスになり、全く知らない子どもの集団に放り込まれたのは私に [続きを読む]
  • 突然の葬式。
  • 私が4歳ぐらいの頃だったと思う。祖母の家に数日泊まっていたある日。(数日泊まらされていたことにも理由があった)「おじいちゃんが死んだからお葬式をする。すぐ帰っておいで。」と連れ戻されました。4歳の子どもだった当時は何の疑問ももたないこの話。葬式には親戚や近所の人が来たこと精進落としの料理が数日続いたことしばらく線香の匂いが家中にしていたこと棺の中に知らないおじさんが寝ていたことこれぐらいの断片的な [続きを読む]
  • 満月の日に
  • 今年のゴールデンウィークはお天気も良く、お出かけには持ってこい。4月30(月)振替休日。この日は満月ということもあってお水取りに行くことに決めていました。こちらのお寺大好きなのですが、この上にある神峯神社(こうのみねじんじゃ)にも行きたいなあと思いながらどうしようか迷っていました。なかなかに勇気がいるのです。色んな意味で。こちらの神社、とっても日当たりもよくて楚々しいところなのですが、道中はなかなか [続きを読む]
  • 我が家の「思想」
  • 前回、前々回と両親のことについて書きました。父親のこと①母親のこと当時の家庭はまさしく機能不全家庭の状態でしたが、外側には何事もないように取り繕われていたと思います。しかし、こんな状態で母親も平気でいられるわけはなく、徐々に神、仏に頼るようになります。私は生まれた頃から体が弱く、そんな長女のことや夫の嗜癖などを相談するのにとある教会に通うようにもなりました。当時、あまり供養されていなく、放置され [続きを読む]
  • 私のタイミングと決断。
  • 昨日、久々に弟からLINEが来た。面と向かって話すのはなんとなく気まずいのか、母親と上手くいってないことについて『いい加減、仲直りせぇよ(;´Д`)』という内容が遠回しにつたわる現在母親と同居中の彼は私のことを母親からも色々聞かされ、きっとやきもきしているに違いない。弟に気を使わせているのは本当に心苦しいがこれはちょっと今すぐどうこうできる課題じゃないよ、と返信。それに対して『いつまでもそういうことで [続きを読む]
  • 娘の誕生日
  • 昨日の夜、23時30分位の事。「あたし、もう30分で14歳になる!」と娘。「そうやねえ。ちょうど14年前の今頃からあんたはこの世に出てこようとしてたわ〜。陣痛らしいものが始まって、病院に行ってね、まだ全然痛くないから帰されるかと思ったら『お産始まってるから帰ったらいかん』言われてね、それから一晩かけて、お母さん生まれて初めて徹夜したのが出産でよ…」という生まれた頃の話を私はするのです。他のことになると「も [続きを読む]
  • これからのスタンス?
  • ソーシャルワーカー小松麻理です。援助職として自分がAC(アダルトチルドレン)だった、とか機能不全家族の中で育ったとか発達障害かも?という話を同業者にすると…(滅多にはしませんが)ちょっとひかれます^_^;私も自分のことに気がつくまではこういう話をされると実際、ちょっとひいてました。家族会とかも苦手です。(今も。)当事者性やピアカウンセリング、ピアサポート、家族の力なんて全く信用していませんでした。で、やっぱ [続きを読む]
  • 母親のこと。
  • 前回は父親について書きました。父親のこと①今日は母親の事について書きます。母親は山間地域の小さな村の農家に生まれました。四人兄姉の末っ子が母親でした。母親も小さい頃は体が弱く、風邪をこじらせて死にかけたことがあったそうです。そのことは母親は母の祖母から『あんたは1回死にかけたので神様に返した子や』と言ってきかされていたそうです。戦争後数年経過してからの生まれでまだまだ貧しい農村でしたので母の兄や姉 [続きを読む]