博 さん プロフィール

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博さん: 人生哲学の並木道
ハンドル名博 さん
ブログタイトル人生哲学の並木道
ブログURLhttp://sgi.blog.jp
サイト紹介文人生の学びに終わりはなし。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供64回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2016/09/09 00:49

博 さんのブログ記事

  • 立ち上がるたびに人は強くなる
  • 苦難にも負けず、たとえ倒れても、断じて立ち上がり、乗り越え、勝ち越えていくところに、人生の真の幸福があり、喜びがある。人生は、戦いである。人生は、挑戦である。人生は、鍛錬である。困難を避けて、人生はない。いかなる試練に直面しようとも、「さあ戦おう!」「成長するチャンスだ!」と勇んで立ち向かっていく、「強い自分」をつくるのが日蓮大聖人の仏法である。この「戦う魂」を持った人が最後は勝つのだ。 [続きを読む]
  • 政治改革への思い(2)
  • 文化部設置という、この新しい展開に示された戸田先生の構想は、最初から人類の文化活動全般に向けられていた。それは、人間の幸福の実現をめざす日蓮大聖人の仏法の実践展開として、必然的なことであった。したがって、文化部の活動は、政治の分野に限られるものではない。もっと広範な社会的分野における活動が、意図されていたのである。創価学会の存在を際立たせているものは、日蓮大聖人の仏法の唯一の正統派として、広宣流布 [続きを読む]
  • 政治改革への思い
  • 昭和29年の秋ごろから、戸田先生の思索には、彼をとらえて離さぬ大きな構想があった。その構想は、彼の頭のなかで、重苦しいまでに膠着して、深く根を張り、いつか新鮮な芽となって萌え始めていた。その構想とは、広宣流布の伸展にともなう段階において、いつかは展開しなければならない新しい展望への実践であった。彼は、この実践を、今、踏み切るべきか、それとも先に延ばすかという決断に、自ら迫られていた。” 時は来ている [続きを読む]
  • 青年から学ぶ
  • 創価学会が、どうして、ここまで発展することができたのか。その要因の一つは、常に青年を大切にし、青年を前面に押し出すことによって、育ててきたからだ。時代は、どんどん変わっていく。信心という根本は、決して変わってはいけないが、運営の仕方や、感覚というものは、時代とともに変わるものだ。学会は、その時代感覚を、青年から吸収し、先取りして、新しい前進の活力を得てきた。壮年や婦人は、ともすれば、これまで自分が [続きを読む]
  • 闇が深ければ深いほど、暁は近い
  • いざ困難に出くわし、窮地に立たされると、”もう駄目だ” とあきらめてしまう。しかし、実は、困難の度が深まれば深まるほど、もう少しで、それを乗り越えられるところまできているのです。闇が深ければ深いほど、暁は近い。ゆえに、最後の粘りが、勝利への一念を凝縮した最後の瞬発力が、人生の勝敗を決していくのです。 [続きを読む]
  • 広宣流布の目的
  • 広宣流布とは、一個の人間の人間革命を機軸にした、総体革命です。仏法の生命尊厳の哲理と慈悲の精神を、政治、経済、教育、芸術など、あらゆる分野で打ち立て現実化していく作業といえます。そして、科学も、医学も、法律も、さまざまな制度も、人間のつくりあげたすべてのものが、人間の幸福のために寄与し、価値を創造していく社会をつくることが広宣流布の目的です。したがって、仏法者は現実の社会に対して眼を閉ざしてはなら [続きを読む]
  • 彼岸の本当の意味
  • きょう9月23日は、お彼岸の中日になります。今年の彼岸入りは9月20日でした、彼岸明けは9月26日になります。「彼岸」とはもともと「向こう岸」の意味で、解脱(げだつ)、涅槃(ねはん)、成仏(じょうぶつ)の悟りの境涯を例えたものを「彼岸」といいます。「彼岸」には、成仏の境涯とともに、そこに至る「修行」や「実践」の意義もあります。この彼岸に対して、「こちら側の岸」を「此岸(しがん)」といいます。「此岸」の意味 [続きを読む]
  • 信心することの本当の意味
  • 人生には、台風などの自然災害に遭うこともある。ある意味で、苦難や試練が、次々と押し寄せてくるのが人生といえるかもしれない。大事なことは、その時にどうしていくか。”もう、終わりだ・・・”と絶望してしまうのか。こんなことで負けてたまるか! 必ず乗り越えてみせる!と決意し、立ち上がることができるのか。実は、信心することの本当の意味は、どんな苦しみや逆境にも負けない、強い自分をつくっていくことにこそある。 [続きを読む]
  • 妻の幸福
  • 結婚とは、ある場合はあこがれの的であり、ある場合は充実した幸福の世界であり、かと思うと、耐えきれない重荷になることもあるであろう。結婚というのは、一般的にいえば、もう後戻りのできない出発点である。いわば、互いの夫婦の絆というところに背水の陣をしいたわけである。前に進まなければならない。そして、幸せな家庭を築かなければならない。結婚によって、生活環境はがらりと変わり、責任は重く、苦労は増える。それが [続きを読む]
  • 苦難の時こそ宿命転換のチャンス
  • 兵衛志殿(ひょうへのさかんどの)御返事に云く「しを(潮)のひると・みつと月の出づると・いると・夏と秋と冬と春とのさかひ(境)には必ず相違することあり凡夫の仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」(現代語訳)「潮が干る時と満ちる時、月が出る時と入る時、また夏と秋と冬と春の四季の変わり目には、必ず普段と違うことがあります。凡夫が仏になる時もまた同じこと [続きを読む]
  • 三類の強敵との戦い
  • 法華経勧持品第13の冒頭には、悪世の衆生は善根が少なく、増上慢が多いことが示されています。増上慢の者は供養を貪り、悪の因を積み、解脱から遠ざかるとも説かれています。この増上慢の勢力の中で、正法である法華経を説けば、おのずと迫害が生ずることは明らかです。勧持品では、そうしたなかで、法華経の会座に連なった菩薩たちが、滅後悪世の娑婆世界で、いかなる大難を受けても法華経を弘通していくことを誓います。その誓い [続きを読む]
  • 自分を向上させるもの
  • 友人の影響は、ある時には、親よりも誰よりも強い。いい友達、向上しようとしている人と付き合えば、自分も向上する。鉄鋼王カーネギーは、自分のことをこう呼んでいたという。「自分より優れたものを周りに集めた者」と。これが彼の人生観であったのだろう。結局、「いい友人をつくる」には、「自分がいい友人になる」以外にない。いい人の周りには、いい人が集まるものです。 [続きを読む]
  • 母の力
  • 母の真剣な愛は、人生の重大な岐路で、必ず活きる。困難な時であればあるほど、子に生きる力を与えずにおかない。偉大な母であるか否かは、「子どもを思う心」の深さ、大きさで決まる。本当に大変なときに、子どものために何をしてあげられるかです。母親が自信をもって、生き生きと人生を歩んでいく。希望に向かって、朗らかに成長していく。その輝く姿こそが、子どもに生きる原動力を与え、子どもの素晴らしい可能性を育む ”大 [続きを読む]
  • 幸・不幸の決め手
  • 一口でいえば、幸・不幸の決め手は、心の世界が豊かであるかどうかであろう。生きているかぎり、よりよい自身を求めて、進歩したいものだ。自分らしく成長し続けるなかに、充実も、安心も、幸福も、そして若々しく生きる健康法も、子どもたちへの最高の教育もあるといえよう。その意味で、幸福は、自分自身の勝利である。自分で勝ち取るものである。 [続きを読む]
  • 地獄はどこにあるのか?
  • 本当の幸せは、どこにあるのでしょう。人は、生きることに疲れると、今いる場所ではない、どこか遠い世界に本当の幸せがあるのでは、と夢見るものです。しかし、遠い世界に逃れて、自分を縛っていた全てを断ち切ったつもりでも、ただ一つ逃れられないものがあります。それは、自分という存在です。どこに行こうとも、この自分自身からは決して逃れられないのです。日蓮大聖人の身延での生活をお支えした南条時光の姉に重須殿女房と [続きを読む]
  • 母と子が笑顔で生きるために
  • 幸福な社会というのは、母と子が笑顔で暮らせる社会のことではないでしょうか。もし、悲しみに泣き暮れる母子が多くいるとすれば、その社会には、どこか重大な過ちがあります。日蓮大聖人は、「今の日本では、子どもは魂を失い、女人は血を吐いて苦しんでいます」と仰せになり、子どもと女性を苦しませる当時の日本社会に憤りをあらわにされています。大聖人の門下にも、子育てをする母たちがいました。そのなかには、夫と死別や離 [続きを読む]
  • 6日未明の北海道地震の渦中で
  • 6日の午前3時過ぎ、突然の停電と同時に、なんとも言えない不気味な地鳴りの音とともに、家が大きく揺れ出した。家中のあちこちでものが落ちる音や、割れる音などが聞こえ、真っ暗闇の中で、ただじっと揺れが収まるのを待つしかなかった。ようやく揺れが収まると、懐中電灯を真っ暗闇の中で探すがなかなか見つからない。二階の窓から外を見ると、漆黒の闇夜が広がっており、外に飛び出した人たちの声が聞こえる。ようやくの思いで懐 [続きを読む]
  • 創価永遠の平和の原点
  • それは、わずか数分の演説であった。1957年(昭和32年9月8日)、横浜・三ツ沢の競技場で行われた「若人の祭典」。戸田第二代会長は、5万人の聴衆に訴えた。「・・・・われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利をおびやかすものは、これ魔ものであり、サタンであり、怪物であります。それを、この人間社会、たとえ一国が原子爆弾を使って勝ったとしても、勝者でも、それを使用したものは、ことごとく死刑にされ [続きを読む]
  • 妙の一字の功徳・・・妙の三義
  • 御書(1316p)に「十方の諸仏は妙の一字より生じ給へる故なり」と仰せです。妙の一字とは、妙法の「妙」の字であり、南無妙法蓮華経の「妙」の字です。法華経二十八品にはさまざまな法理が説かれていますが、結局のところ、すべては、この「妙」を表現し、教え、伝えるためなのです。そして、この「妙」を体得した人が仏となるのです。ゆえに、法華経があらゆる仏の師なのです。大聖人が末法の衆生のためにあらわされ、弘められた [続きを読む]
  • ほめれば心の豊かな触れ合いが生まれる
  • 日本の社会は、人の評価をする時に、まず、欠点をあげる傾向が強いようです。しかも、人のミスや欠点は、長く記憶に残るもの。その人を評価する時に、まず思い浮かべるのは、頑張ったことや長所にくらべて、ミスや欠点のほうが多いように思えます。マイナスを探すのは名人でも、プラスを見つけるのは苦手。そんな人が多い。そんな人ばかりでは、同僚や部下、周囲にやる気を起こす人が減ってしまうように思えます。日蓮大聖人が、弟 [続きを読む]
  • 御書は希望の経典
  • いかなる逆境にあっても、希望がある限り、破れることは断じてない。希望がある限り、人間は前進し続けることが可能なのだ。日蓮大聖人の仏法は「希望の宗教」です。あらゆる苦難を乗り越え、いかなる障魔も打ち砕いていく無限の力が、わが胸中にあることを洞察した「大哲学」である。そして、その無限の力を一人の人間が現していく「実践と実証」が明らかにされている。それゆえに、万人の胸中に「希望」を絶えず生み出してゆける [続きを読む]
  • 人生の実りのとき
  • 春、種をまく。三日で育てといっても無理である。やはり、実りは秋を待つしかない。これが道理である。人生の秋は四十代、五十代、六十代である。四十代以降に花が咲けばよい。実がなればよい。それまでは全部、修行である。全部、忍耐である。むしろ若いときこそ、苦労していく環境が必要なのである。 [続きを読む]
  • 創価学会批判の淵源(2)
  •  創価学会に対する、批判中傷は、喜ぶべきことだと、戸田から聞かされた会員たちはキョトンとしていた。果たしてそうであろうかと、内心疑っている表情を見て取ると、戸田は御書を取り出して話を続けた。 「こうしたことは、今に始まったことではない。大聖人御在世の時は、三類の強敵が全部出そろって、あのような法難に遭われたのだ。『種種御振舞御書』を拝読してみれば、当時の道門増上慢が、どういうものだったか、はっきり [続きを読む]
  • 創価学会批判の淵源
  •  昭和29年頃、創価学会の会員が、全国規模で激増し、毎月一万世帯前後の入会者を数えるようになると、世間は、いわゆる「折伏」を問題にし始めた。 使命感に生きる会員の救世の情熱は、惰性に沈んでいた既成宗教には、とうてい理解されるところではなかった。 また、宗教活動を営利的に利用することを事とした、戦後、雨後のタケノコのように発生した新宗教も、創価学会の華々しい折伏によって、自宗の教勢が、日に日にそがれ [続きを読む]
  • 楽観主義は限りない希望
  • 楽観的な人は、「悪い状況は一時的なもので、すぐに終わる」と考える。また、悪い出来事がすべてに当てはまるとは、とらえない。それゆえ「自分にはできる!」「自分には変えられる!」という希望をもてる。楽観主義とは、限りない「希望」のことである。どんな困難を前にしても、強き一念で必ず乗り切ってみせるという「信念」である。 [続きを読む]