Kommon さん プロフィール

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Kommonさん: 古文書倶楽部
ハンドル名Kommon さん
ブログタイトル古文書倶楽部
ブログURLhttp://edo.nire.main.jp/
サイト紹介文村を知る、村に学ぶ(北武蔵より外江戸古文書会)
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供9回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2016/09/10 22:36

Kommon さんのブログ記事

  • 村人どうしの文書を読むとき
  • 近世の特定の村の古文書のうち、村人どうしの文書を読むときに、人物の特定などができると、「社会生活史」的な理解が深まる。人物の特定とは、複数の文書に登場する同名の者が同じ人物かどうか、その親子関係、家族・親類関係、苗字、副業、資産や村役などである。... [続きを読む]
  • 風流都々一
  • 明治のごく初年のものと思われる「風流都々一」なるメモ書を読んでみた。庶民文芸の一のようだ。遊郭などでの特殊な用語の意味が難しい。 風流都都一としのくれよりまたして おいて、ふらしてたのしむ春の雨 (「ふる」は、女が「ふる」ことをかける)... [続きを読む]
  • 秩父札所案内絵図
  • ID:ts6y6i江戸時代の秩父札所案内絵図。村の名や山の名はあるが、寺の名前はなく。一から三十四までの番号と距離のみ。十五番の少林寺の北西に鳥居の絵があり「妙見宮」とあるのが秩父神社。神社の東に今は秩父鉄道の秩父駅がある。妙見宮の境内は当時相当に広かったが、明治初年に政府に上地された。盆地の中央を貫く街道は、今の旧道で、「しなの くまがへ(くまがい)道」とある。 [続きを読む]
  • 江戸の「事業仕分け」
  • これはちょうど鳩山政権のころのある古文書勉強会のテキストとして使ったとき、そんなタイトルをつけた。その文書は、天保二年十月のもので、内容は、知行所各村の村役人らが、知行所の財政改革案、とりわけ人件費の削減について提案したもの。保存文書は、かなり急いで写したとみえて、読みづらい文字だが、読んで見た。  乍恐以口上書奉申上候一 来辰年従五ヶ年間 御省略御仕法の趣 逸々奉承?候?事一 御家中御人払被仰付 御 [続きを読む]
  • 養蚕と機織りと、近世の神秘
  • 昨年10月、「借金するなら姉妹から」で書いたことは、何ということもないように見えるかもしれないが、重要なことだと思った。名主が急な村用などのために借金をするとき、とりあえず親類をあたることが多いが、親類のうち姉妹の嫁ぎ先からの借金が多いのは、結婚の際の持参金の存在を傍証するものである、というような内容である。最近、網野善彦・宮田登対談集『歴史の中で語られてこなかったこと』を再読し始めたら、16世紀に来 [続きを読む]
  • 戦後高度成長期の江戸時代観
  • 河出書房『日本生活文化史 5 動乱から秩序化へ』(1974)について 2大石慎三郎以外の執筆者のものを読むと、呆れるほどの所謂江戸時代暗黒史観の空気に忖度しただけの内容なので、実に情けない。暗黒史観の空気への忖度、というか、日本では「地域活性化」を一つ覚えのように繰返す地方行政とマスコミがあり、それへの忖度が、徒弟制度的学派の中で、大量の旧石器捏造事件へとつなっがった事実もあるわけである。一つ感じたことは [続きを読む]
  • 河出書房『日本生活文化史 5 動乱から秩序化へ』
  • 河出書房『日本生活文化史 5 動乱から秩序化へ』(1974)の「第一章 農工生産の進展」は、大石慎三郎執筆とあるので、期待して読んでみた。(以下、概要と私見。【】は論文の小見出し)【土木技術の進歩】【耕地面積の増大】近世初期の話。土木技術の進歩が耕地面積の拡大をもたらしたとする。その背景については特にふれられていない。【封建小農の自立】耕地面積が増えたので「封建小農」の自立が可能になったと簡単にふれる。「 [続きを読む]
  • 近世の新田開発
  • 菊地利夫著『新田開発』至文堂 1963近世の新田開発についての、さまざまな角度からの概説。ぱらぱらと拾い読みしたが、新発見などあり。個別の田畑の年貢の基準高となる石高を決めることを「石盛り」といい、江戸時代の平均は、中田なら1反=1石だが、それよりもかなり高いときは「かぶせ盛り」があるとのこと。それにはさまざまの特殊事情があるという。「かぶせ盛り」の用語は初めて知ったのだが、畑についてはたぶんそういう [続きを読む]
  • 明治時代の土地制度との比較など
  • 楜澤能生『農地を守るとはどういうことか 家族農業と農地制度』(農文協)という本に、明治以後の農地制度について、たいへん勉強になることが書かれてあった。ただし、江戸時代の認識について、少し問題があるかもしれない。「今まで領主にいつ何時取り上げられるかわからなかった農民の土地所持」16pなどという文は、西洋史の「封建制土地制度」の解説文そのままのように思える。日本では近世初期の検地によって近世的土地所有 [続きを読む]
  • 石井兄弟の仇討
  • 我々父石井宇右衛門と申、青山因幡守方に知行弐百五拾石給罷有候。因幡守大坂御城代相勤被申候時分私共親も大坂に相詰罷有申処に、此水之助其時分は赤堀源五右衛門と申候、源五右衛門親遊閑と申、江州大津に浪人にて居申候。此遊閑と私共親宇右衛門と由緒有之故、源五右衛門事を頼越申に付、則かくまい置、色々不便を加へ、武芸抔はげませ此者身代の事を致苦労に居申処に、其時分源五右衛門儀、方々と鑓の師を致廻り申に付、父宇右 [続きを読む]
  • 横浜市歴史博物館の企画展のパンフレット
  • 横浜市歴史博物館の企画展のパンフレット『絵図・古文書で探る村と名主』は、武蔵国久良岐郡上大岡村、今の横浜市南部のあたりの村の古文書についてのもの。村の絵図面や地図が多数収録され、江戸後期のもの3点、明治のものが約10点、数が多いので、展示のときはインパクトがありそうだ、文書に関しては5つに分類されているので、分類法などを考えるための参考に、列挙する。(1) 領主の支配と村「支配」という言葉が好きな人が多 [続きを読む]
  • 榛名山初穂料
  •   覚一金百五拾疋右の通御代参御初穂目出度 神納仕候以上 榛名山谷之坊改   吉田祐太夫 (印)巳三月晦日原之郷村 御代参 宇兵衛様榛名山は、水の神、農業の守護神として広く信仰された。温泉などもある。代参者が納めた初穂料の領収書のようなものであるが、人数分のおふだが授与されたものと思われる。旧榛名山の御師は谷之坊を名のっていたが、「谷之坊改 吉田」と苗字が記され、明治の御一新の直後のもの。巳年とあるの [続きを読む]
  • 熊野宮
  • 「日本第一 大霊験 熊野宮神牘(しんとく) 武州藤沢 惣社神主 」と書かれ、熊野の神使である多数の烏の絵がある。「おふだ」である。江戸時代の人々は、広く各地に足を運び、道中で著名な神社仏閣には参拝し、おしるしを授かったということだろう。武州藤沢とは、今の埼玉県入間市下藤沢のあたりで、その地には今も 熊野神社 という神社があるようだ。余談だが、戦国の武将、太田道潅が戦ったという「藤沢の役(藤沢の戦)」は [続きを読む]
  • 古文書のテキスト文書化
  • 2、古文書のテキスト文書化古文書の画像ファイルが増えてゆくと、同時に、読み解いた文書ファイルも増えてゆくことになる。文書ファイルの形式は、テキストファイル、または馴染んだワープロ文書ということになるだろう。テキストファイルは、MS-DOS時代からのシフトJIS形式でよい。現在はパソコンで数万の漢字の使用も不可能ではないが、かな漢字変換で気軽に扱えるわけではない。かな漢字変換のことを考えると、シフトJISで定め [続きを読む]
  • 古文書のデジタル画像化
  • パソコンを利用した古文書管理について。1、古文書のデジタル画像化(撮影時の状態を永久保存。頻繁な閲覧による劣化を防ぐなど)2、読んだ内容のテキスト化(検索が容易になるなど)3、それらによるデータベースの構築。印刷や複製。以上については、個人でできる範囲についても考えなければならない。1、古文書のデジタル画像化撮影時の状態のまま永久保存し、頻繁な閲覧等による原本の劣化を防ぐ。万一予期せぬ現物の損壊を [続きを読む]
  • 白雲山御宮太々講
  •   覚一金七両二分 太々神楽料一金二百疋  御神馬料一金 百疋  御留守居一青銅五十疋 御神参目付一同 三十疋 供僧一同 三十匹 御宮詰一鳥目二十疋 御供世話人一同 四十疋 下部五人 右の通慥致拝手候成    白雲山御宮   寅八月廿八日     当番 (印)  太々講衆中白雲山御宮とは今の群馬県の妙義神社のことであるらしい。太々神楽料の金額ほか明細と、受領したことが書かれ、「当番」の押印がある。「 [続きを読む]
  • 借金するなら姉妹から
  • 旧題 結婚と持参金江戸時代には結婚に際して、嫁入り、または婿入りの側が持参金を持参することが普通だったようで、武家や上層階層の者は金額も高額だったらしい。200石余りの小旗本・神谷家では、幕末のころ、殿様が重病のため引退し、若様が当主となったが、医療費の支出などで困窮したようだ。姫様は出家して尼僧となり、知行地の小さな村の無住の寺に住み、村人の援助などを受けて暮したという。結婚のための持参金を作れな [続きを読む]
  • 榛名山神前筒粥目録
  • 榛名山神前筒粥目録夕かほ   六分うぐひすな 半吉なすび   同 うり    十分わせ大豆  八分おく大豆  六分あさ    半吉かいこ   七分大むぎ   六分小麦    半吉わせ小豆  同 おく小豆  六分ささげ   カイサンいも    同 わせいね  六分中いね   半吉おくいね  同 木わだ   八分大こん   六分あきな   カイサンひゑ    八分早あは   同おくあは  七分きみ   [続きを読む]
  • 伊勢御師三日市大夫次郎の書状
  • 一筆致啓上候。先以 其御地御家内御堅勝 可被成御座、珍重御義存候。然ば先達て御参宮の所、麁末の仕合残念の至御座候。先儀御参宮御礼物 首尾能相済、幾久目出度奉存候。弥 御道中御安全 可被成御帰国、大悦存候。尚重て御参宮奉待候。恐惶謹言   御師    三日市大夫次郎 八月吉日   公好江戸時代の古文書のうちでも、神仏に関するものは、現代からの類推で解釈可能な要素が多い。他の文書で頭を悩ませているときなど [続きを読む]
  • 「きりしたん」の問題
  • 宮田登・圭室文雄共著『庶民信仰の幻想』の印象が良かったので、後に 圭室氏の『葬式と檀家』を読んだのだが、これは残念な内容だった。近世初期のキリシタン問題について、今の人権思想の観点から批判しているようなところがあったからである。この問題で他に蔵書を当ってみたが、NHK歴史への招待シリーズの対談でで山崎正和氏が触れているくらいだった。日本人は好奇心が旺盛で、外国の宣教師の話にも耳を傾けようとした、非キリ [続きを読む]
  • 古文書入門と基本文書
  • 「NHK趣味悠々古文書を読んでみよう」は、2001年にNHK教育テレビで9回放送された番組(講座)内容を、NHK出版が出版したもので、講師は森安彦氏。副題に「文書で知る江戸の農村のくらし」とある通り、国民の多数が生活していた農村での生活文化について、それに相応しい文書を選んで、文書の読み方や解説を載せている。その講座でどんな文書が選ばれているかをリストに整理してみて、今後の各村の古文書紹介での「選び方」の参考に [続きを読む]
  • 名頭字林
  • 名頭字林源 平 藤 橘惣 善 孫 彦弥 与 新 小甚 勘 長 茂忠 助 喜 市清 伝 作 佐治 久 又 半角 多 文 伊才 庄 嘉 権『江戸方角』に続き、手習用の教科書である、『名頭字林』。または『名頭字』とも。人名に多く使用される漢字を並べたもの。「源平藤橘」という昔からの著名な姓(かばね)の四文字で始まる。「惣善孫彦」からつづく32文字を見ると、たしかに江戸時代の人名によく見られる漢字である。最 [続きを読む]
  • 『江戸方角』
  • 岩 西久保 金地院神明 烏森 増上寺三田 春日 魚籃 太子堂 日本榎 品川 庚申堂 東海寺 末之方は永田 馬場 山王 溜池この文書は、『江戸方角』と呼ばれる手習いの教科書のようなもの(の一部)。内容は、見ての通り、江戸の地名名所尽で、地名の羅列である。江戸時代に子どもたちが手習塾で師匠に付いて、声を出して読みながら、字を書き写し、文字を学んだもの。『NHK趣味悠々 古文書を読んでみよう』(2001年)にも [続きを読む]
  • 旗本・中野家のこと
  • 旗本・中野家は、江戸時代にわが先祖が名主として仕えた殿様である。中野家の総石高は、1275石6斗5升1勺(文政六年十一月「相渡置一札の事」による)。領地(知行)は、武州に五ヶ村、上総に一村、伊豆に二ヶ村、計8ヶ村があった。中野家の由来を調べてみると、戦国時代の三河の井伊家の分家であり、分家の幾つかが「上の家」「中の家」と呼ばれ、その「中の家」が中野家を称したのが始まりらしい、というのが当初の知識だった。 [続きを読む]
  • 帯刀について
  • 近世研究のために、江戸時代の前後の、戦国末期や明治時代のことも勉強し直さないといけないと思い、戦国末期については、藤木久志の本を読んでみたことがある。最初は岩波新書の『刀狩り』。これは江戸時代のことも多く触れられている。この本によって、今まで、庶民と刀について間違った認識を持っていたことがわかった。その間違いとは、豊臣秀吉による「刀狩り」によって、農民は刀を全て没収され、江戸時代は、一部の名主など [続きを読む]