nao さん プロフィール

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naoさん: 青天の霹靂の後
ハンドル名nao さん
ブログタイトル青天の霹靂の後
ブログURLhttp://seitennohekirekigo.blogspot.jp/
サイト紹介文幼少時代から現在まで私と家族のユニークな体験をドキュメントとして日記に綴っていきます
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供12回 / 327日(平均0.3回/週) - 参加 2016/09/19 08:06

nao さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 意外な収穫
  • フリーターとなって3年の歳月が経とうとしている。業務命令(人事)により、二ヶ月間を予定する業務を担当することとなった。そして相棒は関西の某有名私大出身(文系)で一見、温厚そうなオジサンで年齢は私より2歳年下で大学卒業後は中小企業(メーカー)で事務畑を進み、課長代理まで昇格したそうだ。今回の業務命令はメーカーで検品作業(単純作業)と+αとして相棒の実績が上がるように業務を全うすることであった。彼は そのメーカ [続きを読む]
  • 青年期 大切な出合い
  • 私がある大手メーカーに入社したのは良かったが、実際は現業職で会社イメージとは かなり異なっていた。具体的な内容は言えないが毎日が辛く、暗い日が続き、正社員登用後、辞める決心をして上司に告げた。その上司は一度は引き止めてくれたが、私の決意が硬いことを悟り、それ以上は引き止めることはしなかった。家に帰り、そのことを親父に告げると、鬼のような形相で怒りだしたのを覚えている。その後は会社に電話を掛けて30分 [続きを読む]
  • 青年期(3) 順風満帆な生活
  • 私の借金生活は相変わらず続いたが 仕事と余暇については十分すぎるくらいエンジョイすることができた。幸いにも縁があり、大手メーカーに就職することができた。特に目立ったスキルも学歴も無かったが、当時は心身ともに健康で自分のIQが高かったので採用されたと思っている。始めの5年間(20歳台)は製造現場で肉体労働と単純労働に従事した。今考えると肉体的には辛かったが 精神的には労働の負荷が小さく、仕事による疲労度は低 [続きを読む]
  • 青年期 バブルの歪
  • バブル経済の絶頂期にマンションを購入して売却一夜のうちに年収以上のキャピタルゲインを得た。しかし、それと引き換えに自分自身の精神の荒廃が始まったような気がする。私が以前勤めていた会社の開発マンは早稲田出身の同年代の技術者エリートで私も技術力が無かったので親身になって指導いただいた経緯があるが、地方から関西へ就職して開発マンとして第一線をリードしていたがバブル期に得た不動産を売却して数千万単位のキャ [続きを読む]
  • 少年期(2) 小学校の同級生
  •  私は小学校から中学校まで仲が良かった同級生がいました。一人は小学生時代にガリ勉タイプでいつも私の家に遊びに来ては将棋やゲームをして遊んだ仲ですが、中学に進学して同級のクラスになったんですが、当時の私は "性格的に合わない"と思って冷たく対応していたのを記憶している。今は申し訳なく思っている。同窓会ネットで後に彼は引っ越して兵庫県の進学校に進み、京大(法)から、大手電機メーカーに就職したのを聞いて驚い [続きを読む]
  • 勲章のお尻の傷
  •  父親は7人兄弟の三男坊で10代の頃は柔道もやっており、かなりヤンチャをしていたと聞いているが正義感は強く友人思いだった。ある地方で友人のTさんがチンピラに絡まれてヤバイことになっていたので父親は友人を助けようとして大乱闘騒ぎとなった。友人は無事だったが父親は尻をドスで刺されて出血多量で死にかけた事件があった。後に警察より人命救助で表彰を受けたそうだ。その話を聞く迄は いつも風呂に入る前は親父の尻に? [続きを読む]
  • 青年期(4) 九死に一生を得る
  •  父親は戦争体験者で志願して満洲へ出兵した。当時としては それが当たり前のことであり、特に珍しいことでもなかったが 軍隊での生活は非常であり、毎日のように上官に殴られ、瀕死の状態で、戦闘地へ行く以前に亡くなる方もいたと聞いている。終戦に近づき、太平洋戦争の状況は日に日に悪くなり、ほとんどが東南アジアに飛び、無事帰還する兵はいなかったと聞いている。また、その地(中国)に残っても旧ソ連の捕虜となり、抑留 [続きを読む]
  • 青年期(3) ショッキングな事件
  • もう既に亡くなったが 私の父には ある富裕層に嫁いだ姉がいた。姉御肌で父を含めて金銭的なことでも よく面倒見てくれたそうだ。 ただ一つの事件を切掛に親戚付き合いが途切れてしまった。その事件は30年ぐらい遡ることとなるが 40代から団塊の世代の人は覚えていると思うが、ある金融会社が詐欺事件を起こして社長が殺されたショッキングな事件があった。その会社に短い間でしたが事務員として務めていた時があったのだ。そ [続きを読む]
  • 壮年期(1) 年の離れた弟
  • 私の兄弟に年の離れた弟が一人いる。今は関東暮らしで世帯は別になっているが 小学校時代より頭がよく、将棋のプロ(奨励会)を目指していた。 私も将棋歴は長く、小学生より親父に習って少しは自身があったが、何回やっても小学生の弟には勝てなかった。その弟は大学を卒業して大手金融会社に就職したが 勤務地は関西から見ると最果ての地と言えるほど遠い都市に単身勤務することとなった。後に関東に栄転することになるが 私はその [続きを読む]
  • 青年期(2) バブル経済
  •  話は平成のバブル期迄 飛びますが、私が親元から離れて三年の歳月が過ぎた頃父親は長く務めた会社を辞めて ある食品会社の経営に参加することになった。そこで平穏に暮らしていた家庭にある事件が 起こった。突如として会社が倒産、親父は連帯保証人として莫大な借金を背負うことになった。それから幾度も金融会社の取り立てが容赦なくやって来て、当然に自宅を売却せざる負えなかった。しかし偶然にも隣の会社事業主が現在の土 [続きを読む]
  • 青年期(1)ショッキングな事件
  • もう既に亡くなったが 私の父には ある富裕層に嫁いだ姉がいた。 姉御肌で父を含めて金銭的なことでも よく面倒見てくれたそうだ。 ただ一つの事件を切掛に親戚付き合いが途切れてしまった。 その事件は30年ぐらい遡ることとなるが 40代から団塊の世代の人は覚えていると思うが、ある金融会社が詐欺事件を起こして社長が殺されたショッキングな事件があった。 その会社に短い間でしたが事務員として [続きを読む]
  • 少年期(1)怖くて優しい父親
  • 現在の生活状況を説明する前に少し、自分の生い立ちについて述べておいたほうが、スムーズに話の中に入っていけると思うので そこからスタートします。 生い立ちと言っても 私はごく普通のサラリーマンの中流家庭で生まれ育ちました。ただ、母親に対しては非常に厳格で短期な父親がいました。子供に対しては言葉は厳しいが、過剰な位に優しい父親でした。(画像はイメージで実際とは異なります)いつも私たちのために毎年 [続きを読む]
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