奈々 さん プロフィール

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奈々さん: ずっと そばにいて
ハンドル名奈々 さん
ブログタイトルずっと そばにいて
ブログURLhttps://llovedaddymituoy85.muragon.com/
サイト紹介文平成28年8月18日(木)18時50分 肝細胞癌の為 最愛の父が85才5か月と8日 東京で生まれ育ち
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供18回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2016/09/19 15:46

奈々 さんのブログ記事

  • ありがとう、、感謝を込めて一周忌に、、
  • 皆様 ありがとうございました 昭和ひとけた生まれの普通のお父さんが 東京で高度成長期を静かに支え   ただただ優しく大人しく ひ孫を抱けるまで少し長生きし ありがとう、ありがとうと握手をし 静かにその人生の幕を閉じた、、 父は立派に生きたのに 娘の私はつらくて、つらくて、、寂しくて 毎日泣いて、泣いて このブログを立ち上げた、、 皆様は奥様や旦那様、お子さんを亡くして もっともっとつらいのに、 私 [続きを読む]
  • 脳外科から消内へ  11回目の月命日、、、
  • 「父と同じ病気の方とその家族に寄り添いたいです」   「異動を希望します」 春 私は異動届けを提出し 長くお世話になった脳神経外科をあとにした、、 病院は違えど母がくも膜下出血で倒れた時 相談に乗って頂いた先生方 スタッフ一同様 父の葬儀には沢山のお花をありがとうございました 今私は消化器内科で働いています  沢山いる あの日の父、、、と同じ、、 C型肝炎からの肝細胞癌の方 消化器内科の患者様は低 [続きを読む]
  • 最後の外来、、
  • 又夏が来た、 去年の今日、、7月14日 主人の車に 父を乗せ緩和外来へ行った 結局最後の外来になってしまったね 次の予約は8月18日、、亡くなった日が予約の日だった、、、、 最近ちょっと気持ちが落ち着いてきたけど、、 駄目だね 思い出す、、 思い出が溢れ出す、、 最後の外来 最後の外食は病院の地下にあるレストランと 病院内のドトールコーヒー この頃いつもパジャマだったけど 病院に行くときはキチンと [続きを読む]
  • 6月18日、、父の日、、10回目の月命日、、
  • また、、18日だね、、 父の日、、そして月命日、、  もういない父にパジャマを買いました 去年の今頃、 実家にあるいくつかの時計が次々に電池切れ、、 そして父は何故だか 電化製品を買っていた、、 エアコン、掃除機、、 それらは大切に使えばこれから10年、、15年と使えるだろう、、 父は何を思い あの頃を過ごしていたんだろう、、 去年、、6月、、 梅雨の頃、、 [続きを読む]
  • 5月18日、、9回目の月命日、、
  • 去年、 平成28年5月18日 私にとっての初孫  父からみての初めての曾孫 ゆーとが生まれた 父が亡くなる3ヶ月前 18日、、 なんで18日だったのかな? 18日は父の月命日になる、、 忘れない為に、、? ゆーとの成長はそのまま父の存在していた日々から遠くなる、 忘れるわけないのにね、、 去年の5月 一緒に緩和外来に行ったね 担当の先生が3年間アメリカに行くのが決まってたけど 会えて良かったね 先 [続きを読む]
  • 新しい命の誕生
  • 会わせたかった! 会いたかったね、、、 父が大切にしていた孫娘 長女が二人目の赤ちゃんを生みました 次男坊です 11カ月違いの奇跡、、 上が5月に生まれたから 早産で3月に生まれたら 同じ学年になってしまうね、、なんて 思っていたけど 4月 予定日近くに生まれて来ました あの夏の日  父が亡くなった頃 もうお腹に次の命が宿っていたはず  でも娘本人も気づいていなかったから 父は次のひ孫が生まれる事 [続きを読む]
  • 遅い桜の季節に、、8回目の月命日
  • 去年、、桜が咲いているのに雪が降っていた、、 そんな記憶がある、 そして次女の大学 入学 長女は初めてのお産の1ヶ月前、、 私の生活の比重は完璧に娘達に向いていた 当たり前の事ではあると思ってはいる、、けど、 あんなに父には良くしてもらったのに 弱っていく父のそばにあまりいてあげれなかった、、 最後になる桜見も行かなかった、、 2年前の桜の頃 くも膜下出血で4ヶ月入院していた母が退院した あれから [続きを読む]
  • スカイツリーにて、、7回目の月命日
  • 勤め先の大学病院から 押上へ 随分変わってしまった、、押上、業平周辺 押上の駅はスカイツリーの地下になる、 業平橋駅は とうきょうスカイツリー駅 と駅名が変わった、、 今 スカイツリーから このブログを書いています 7ヶ月、、 発狂しそうな悲しみと後悔 そして沢山の感謝、、 ふと思う、、 この世に生まれてすぐ天使になってしまった赤ちゃんと もう一度美味しいお寿司が食べたいと 元気に退院していった1 [続きを読む]
  • 3.11
  • あれから 6年、、 あの日の大震災の日 父は東大病院でCTを撮っている最中だったみたいだ 病院の帰り あやふやな記憶だが 都バスでお茶の水には出れたらしい 電車が止まり ライフラインが止まり 父は帰宅難民になる そして 80才にもなる父は お茶の水から墨田区にある自宅まで なんと‼ 歩いて帰ってきたそうだ なんとも 【あっぱれ?】な事である 一人で病院に行って 一人で帰るを何回繰り返したんだろう、 [続きを読む]
  • 平成28年 2月、、3月頃、、
  • 昨年 2016年、、平成28年、、 2月〜3月頃 父は車を運転していた、、 80をとうに過ぎていて 都内を走るのは本来危険なんだろうが、、 母を乗せて病院に行ったりしていた、、 しかし、、 この頃の父の写真がない、、 私のスマホ、娘達のスマホも見てもらい じいちゃんどこかに写ってない?って言ってはみたが 一枚もない 実家には行っていたが 何度も書くが 数ヵ月後に亡くなるなんて 思っていなかったし [続きを読む]
  • 誰かの為に 次の医療に、6回目の月命日
  • 母と語る、、 誰かの為になればいいねって、、 若い先生の勉強になったらいいねって、、、 癌が治る様になればいいねって、、 父が肝細胞癌と共に生きた日々、意味を、、 何度も何度も入退院を繰り返しても前向きに生きていた父を、、 春 桜の咲く頃 夏 一番暑い日 秋 紅葉が綺麗な日々 冬 東京に雪が降った日 何度も何度もお見舞いに行った私達家族、、 けしてつらい入退院だけではなかったでしょう  一番信用し [続きを読む]
  • どこでもドア
  • スカイツリー 4F スカイアリーナに どこでもドア がある 映画ドラえもんのキャンペーン ふと思う どこへでも本当に行けるとしたら 私はどこへ行きたい? 父が元気な頃? 最後の病室? それとも未来? 自分に問いかける、、、 でも どこでもドアはタイムマシーンではないのかな??  良くわからないが、、 カップルが、家族連れが、、 海外旅行中の外人さん達が通りすぎる中 一人でベンチに座り 問いかける [続きを読む]
  • あの日の記憶、、
  • あの日 日勤のナースは「今日は大丈夫ですよ」、、と言っていた  ドクターは「呼吸が良くないから もしかすると朝方かも」 、、と言っていたと、、思う、、 だったら母と病院に泊まろうと レンタルの布団を二組借りる為に 業者の用紙にサインをした まだ夕方6時前 母は泊まるなら(母の)薬を持ってきてないし 泊まるのに必要ものを実家から持ってこようと、、 昼から何時間も病室にいたのに、、、 ここで 父に「あ [続きを読む]
  • 5回目の月命日
  • 5ヶ月、、、 真夏から冬へ、、、、 思い出しては泣いて、、泣いて、、 私の一番の味方になってくれていた父、、、 大好きだった、、大好きだよ! 父と同年代の俳優さん達が亡くなっていき 見送る年齢に私もなってきてるのだな、、と、、 心の中にいてくれるよね いつでも話せるよね いつまでも 私の味方でいてください いい年をして泣き虫な娘だと叱ってください 会いたい、、 [続きを読む]
  • 成人式
  • お父ちゃん 今日次女(下の孫娘)が成人式を迎えたよ 見せたかった、、、見たかったね せめて、、この日まで、、、って 思っていたよね  綺麗でしたよ ひ孫の ゆーとは今日始めて立ったと長女から ラインがありました 皆 成長しています せめて 今日まで、、、だったら、、 なんて、、 ごめんなさい、、 叶わぬ想い、、、、 [続きを読む]
  • 昨年中はありがとうございました
  • 新しい年が明けました 昨年中は私のブログに目を通して頂きありがとうございました 過ぎてみれば クリスマスもお正月も父と過ごす最後の、、、なんて 夢にも思わずにいたので 最後のクリスマスや 最後のお正月の写真すら写しておらず 過ぎ去った日々の記憶もあいまいで寂しい限りです 今日は元旦 長女は家族と昨日から初日の出を見に九十九里へ 次女は彼氏さんの家へ 旦那様はというと持病の為 検査入院中 ぼっちの元 [続きを読む]
  • 4回目の月命日
  • 18日になり  父が存在していた日々が又遠くなっていく やっぱり仲良しだったんだよね 父と私 父に見せたくて頑張ってきた 父に食べさせたくて お土産を買った 父と話したくて実家に行ってた 大切にされた   大切にしてきた 父がいなくなっても 私は不幸ではない 優しい旦那様も 娘達も 孫も 母も弟もいる 私は 不幸ではない 幸せだ でもね 少し 【つまらないんだ】 いつも色々な事を共有してきた 気が [続きを読む]
  • 12月
  • 2年前の12月 母の誕生日に 母は【くも膜下出血】で倒れた 急性期の病院に2ヶ月 リハビリ病院に2ヶ月 退院した日は桜が咲いていた 父は母の為にほとんど毎日病院に通い 洗濯から事務的な事 保険の事 介護保険の申請 自宅のほとんどに手すり お風呂のリフォーム 介護ベッドからシルバーカーの手配 デイサービスの手配 母が退院する頃には全てが完璧だった 83才の父のどこにそんなパワーがあったのか 今 思う [続きを読む]
  • 月命日
  • 18日は三度目の月命日 父が存在しない日々 早かったのか ゆっくりだったのか どうだったんだろう、、、 ただ季節は移り変わり 父がいてくれた日が遠くなっていく、、、  それとも 再び会える日に近づいているのかな? もう街はクリスマスの準備をし始めています クリスマスのイルミネーションも 切なく感じます   ↓ ソラマチ スカイアリーナから [続きを読む]
  • 受け継がれる命
  • 父は幸せだったと思いたい 父が母とお見合いで結婚したのは35才 それ以前の父は苦労もしたと母から聞いた 父は私には何も語らず逝ってしまった 父と下の兄弟6人とは母親が違う事 2才の父を置いて若くして亡くなった私と血がつながった祖母の事 戦争中の事 若い頃愛した人がいて結婚して離婚していた事 父は何も語らず 本当に何も語らず逝ってしまった だけど たしかに お墓に名を刻む事もなく顔も知らない父を生ん [続きを読む]
  • 父のジャンパー
  • 父が良く着ていたジャンパーに 私宛の手紙がないか探してみる、、、 あるわけないし もし手紙があったとしたら私宛ではないだろう 母宛だ 内ポケットも探してみる 父の匂いがした、、、 何かある 千円札 6枚  父はお札はお財布に入れずそのまま内ポケットにしまっていた 気にしてはいなかったが その動作を思い出す 一枚画像を撮らせてもらい そっと内ポケットに戻しておいた 真夏だった最後の入院にも このジャ [続きを読む]
  • 仕事を続けられたのは
  • 私が娘二人を生んでもなお仕事を続けられたのは まぎれもなく実両親のおかげだ 義理両親は自営業で私達が結婚した当初は50代で 孫の面倒をガッツリ見るわけにはいかなかったが   実父は60をとうに過ぎていて 65才までは働いていたが 85才で逝ってしまうまでの20年間は 現在22才と20才の娘(孫)の成長そのもので 本当に沢山遊んでもらった 実両親なしに今の我が家はありえない! 私は仕事の時は実家に娘 [続きを読む]
  • 何を見ていたのだろう
  • 父は良くベランダに出ては何かを見ていた 日常だったし あまり突っ込んで聞いた事がない 全てが今思えば、、、ばかりだ ただ父が見ていた方向には スカイツリーがあり 今では高層マンションが増えて見えずらくなってしまったが わずかに富士山が見える 父は何を思っていたのだろう もう何も聞く事が出来なくなってしまったのが寂しい ↓ 次女撮影 下着姿、、でもお気に入りの画像です お父ちゃんの日常 [続きを読む]
  • 月命日
  • 昨日10月18日は 父が亡くなって2度目の月命日 次女とお墓参りに行ってきました 私の今までの人生で2ヶ月も父に会わないなんて事は一度だってなかった これから 半年 1年 もっと もっと 今世では会えないんだ みんな乗り越えて行けてるのかな? 街の片隅で愛しい人を思い出しては泣いている人がいると思うと切ない 現実にいなくなってしまったのが不思議 いないのが不思議 私の中では思い出の場所すべてに父が [続きを読む]