彰篠宮 さん プロフィール

  •  
彰篠宮さん: 日本史大歳時記
ハンドル名彰篠宮 さん
ブログタイトル日本史大歳時記
ブログURLhttp://nihonshi.info/
サイト紹介文「日本史大歳時記」では日本の歴史上の様々な事件や出来事を、日めくりカレンダーの様に毎日ご紹介します。
自由文blogでの記述は、大学入試や日本史検定にも使える様に出来る限り定説に基づくものとなる様に心がけています。日本史の雑学を日々楽しんで頂ければ幸いです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供312回 / 365日(平均6.0回/週) - 参加 2016/09/30 19:24

彰篠宮 さんのブログ記事

  • 12月3日 <東京で個人タクシー免許交付(1959年=昭和34)>
  • 1959年(昭和34)のこの日、申請した6,400人の中から173人に初めての個人タクシー免許が認められました。これは昭和時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 1950年台後半、東京ではタクシーが不足している状況が慢性的に続き、「神風タクシー」や「白タク」が横行していました。 「神風タクシー(かみかぜタクシー)」は現在では余り聞かない名称ですね。神風タクシーは、昭和3 [続きを読む]
  • 12月2日 <国勢調査実施の法律が公布(1902年=明治35)>
  • 1902年(明治35)のこの日、「国勢調査二関スル法律」が公布されました。これは明治時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 欧米諸国では、国内の人口を調べる国勢調査(population and housing census)が実施されていました。日清戦争後の1895年(明治28)9月には、欧米諸国の統計局長及び著名な統計学者により構成される国際団体・国際統計協会(International Statistical [続きを読む]
  • 11月20日 <沢村栄治、MLB選抜相手に好投(1934年=昭和9)>
  • 1934年(昭和9)のこの日、沢村栄治はMLB選抜チームを相手にルー・ゲーリックのホームランによる1点に抑える好投を見せました。これは昭和時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 今年2018年(平成30)にもMLB選抜チームが日本を訪れ、日米野球が行われ、しかも日本側の対戦チームが5勝2敗で勝ち越しました。この日米野球、古くは1908年(明治41)から始まっており、2018年で第 [続きを読む]
  • 11月18日 <将軍吉宗の四男宗尹、一橋家を創立(1740年=元文5)>
  • 1740年(元文5)のこの日)江戸幕府第8代将軍徳川吉宗は四男刑部卿宗尹を当主として一橋家を創立しました。これは江戸時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 この一橋家、受験日本史でもよく出て来る御三卿のうちにある家です。実はこの御三卿については、以前、清水家のことを記事にしており、その際に御三卿が始まった由来について次の様に書いています。江戸幕府第8代将軍 [続きを読む]
  • 11月17日 <山県有朋、枢密院議長に任命される(1909年=明治42)>
  • 1909年(明治42)のこの日、山県有朋は枢密院議長に任命されました。これは明治時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 枢密院は憲法草案審議のため1888年(明治21)4月に設置された機関で、大日本帝国憲法下の天皇の最高諮問機関でした。国家に功労のあった長老級の政治家を集めて枢密顧問官とし、議長・副議長各1名、および枢密顧問官12名(のちに増員)がおかれました。憲法 [続きを読む]
  • 11月13日 <「日本文徳天皇実録」の撰上(879年=元慶3)>
  • 879年(元慶3)のこの日、六国史の一つ「日本文徳天皇実録」が完成し奏上されました。これは平安時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 奈良時代に始まった律令国家により歴史編纂は、平安時代の半ばまで行われ、あわせて6つの正史が作られました。これらを総称して「六国史」と言います。それは以下の6つです。書名完成年巻数収載の歴代・年代撰者備考日本書紀720年(養老4) [続きを読む]
  • 11月11日 <黒住宗忠、黒住教を開く(1814年=文化11)>
  • 1814年(文化11)のこの日、備前国御野郡上中野村(現・岡山市)の今村宮神官黒住宗忠(くろずみむねただ)は、朝日を拝した際に、日光が体内に入り、日神との合一感を得ました。宗忠は、この体感が天命が授けられた証と確信し、布教活動に乗り出しました。これは時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 江戸時代に、幕末の三大新興宗教、のちに教派神道(きょうはしんとう)と [続きを読む]
  • 11月10日 <「国民精神作興ニ関スル詔書」が発せられる(1923年=大正12)>
  • 1923年(大正12)のこの日、「国民精神作興ニ関スル詔書」を大正天皇の名で摂政宮(皇太子裕仁、後の昭和天皇)がお発しになられました。これは大正時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 「国民精神作興ニ関スル詔書」は日本史の教科書などには出てこない事柄です。大正時代後期に、国民精神の振興と国家の興隆を国民に呼びかけた詔書で、国本涵養に関する詔書とも呼ばれてい [続きを読む]
  • 11月9日 <東京湾でタンカー衝突(1974年=昭和49)>
  • 1974年(昭和49)のこの日、東京湾・浦賀水道で、LPGタンカー第十雄洋丸とリベア船籍の貨物船パシフィック・アレスとが衝突し、タンカーは爆発、両船とも炎上し33人が命を落とす大事故が発生しました。これは昭和時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 1974年(昭和49)のこの日は、東京湾は曇天で視界は4kmほどであたそうです。同日13時37分頃、日本船籍のLPG・石油混載タン [続きを読む]
  • 11月8日 <後水尾天皇退位(1629年=寛永6)>
  • 1629年(寛永6)のこの日、後水尾天皇は江戸幕府の同意を求めずに突然、譲位を宣言しました。これは江戸時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 後水尾天皇は鬱々とした日々を送っていました。というのも、1629年(寛永6)7月に紫衣事件が起こっていたのに加え、腫れ物にも悩まされていたからです。おまけに同年5月に表明した譲位の意向に対しての幕府の返答も先延ばしにされて [続きを読む]
  • 11月7日 <緒方洪庵、大坂古手町に除痘館を開設(1849年=嘉永2)>
  • 1849年(嘉永2)のこの日、緒方洪庵は大坂古手町(現・大阪市中央区道修町)に「除痘館」を開設し、牛痘種痘法による切痘を始めました。これは江戸時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 緒方洪庵といえば、受験日本史においては大坂で私塾適塾を作った…ということで取り上げられる人物ですが、今回の記事はその洪庵の日本の近代医学の祖としての側面のことです。 その前に… [続きを読む]
  • 11月6日 <北陸トンネル内で炎上事故発生(1972年=昭和47)>
  • 1972年(昭和47)のこの日、福井県敦賀市の北陸本線北陸トンネル(全長13.87km)内で、大阪発青森行の急行「きたぐに」の食堂車付近から出火し、死者30名を出す大事故が発生しました。これは昭和時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 1972年(昭和47)のこの日の午前1時過ぎ、福井県敦賀市の北陸トンネル(総延長13,870m。北陸本線敦賀駅〜南今庄駅間)内を走行中の大阪発青 [続きを読む]
  • 11月2日 <水俣漁民、チッソに突入。水俣病(1959年=昭和34)>
  • 1959年(昭和34)のこの日、熊本県不知火海沿岸の漁民約1,500人が、水俣病を放置している新日本窒素肥料(現・チッソ)水俣工場へデモ行進を行い、そのまま工場に乱入し、警官隊と衝突しました。これは昭和時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 第2次世界大戦後の経済の高度成長期、各地で様々な工業化が進みました。そのあまりにも急速な変化は、地域社会に深刻なダメージを [続きを読む]
  • 11月1日 <新聞「万朝報」創刊(1892年=明治25)>
  • 1892年(明治25)のこの日、東京・京橋の朝報社から「万朝報」が創刊されました。これは明治時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 明治時代を通じて新しい文化は国民の間に徐々に広まって行きましたが、その浸透に大きく貢献したのは新聞・雑誌などのジャーナリズムの発展でした。ジャーナリズムは江戸時代から庶民の間に広まっていた読売瓦版(よみうりかわらばん)、あるい [続きを読む]
  • 10月31日 <昭和天皇、初の公式記者会見(1975年=昭和50)>
  • 1975年(昭和50)のこの日、昭和天皇・皇后両陛下は皇居内で行われた初の公式記者会見に於いて、訪米の印象や在位50年の間のお喜びやお苦しみなどについてお語りになられました。これは昭和時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 1975年(昭和50)のこの日、昭和天皇・皇后両陛下は皇居内で行われた初の公式記者会見に於いて、訪米の印象や在位50年の間のお喜びやお苦しみなど [続きを読む]
  • 10月30日 <尾崎紅葉、他界 (1903年=明治36)>
  • 1903年(明治36)のこの日、明治期の文壇で活躍あいた尾崎紅葉が胃癌により他界しました。享年37歳でした。これは明治時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 先日、泉鏡花が尾崎紅葉に弟子入りした日のことを記事にしましたが(10月19日 <泉鏡花、尾崎紅葉に弟子入り(1891年=明治24)>)、今回の記事はその尾崎紅葉に関するものです。1890年代の文壇の主流を占めていた [続きを読む]
  • 10月29日 <自由党解党の決議なされる(1884年=明治17)>
  • 1884年(明治17)のこの日、同年9月に起こった加波山事件によって党内統制の自信を喪失していた自由党は、大阪・北野の大融寺で行われた同党大会に於いて解党を議決しました。これは明治時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 自由党という名前の付く政党、あるいは名称に自由が入る政党は、我が国のみならず世界に数多く存在します。現代においても小沢一郎率いる「自由党」 [続きを読む]
  • 10月28日 <萩の乱発生(1876年=明治9)>
  • 1876年(明治9)のこの日、元兵部大輔前原一誠は山口県萩の明倫館に集結した不平士族の同志332人とともに挙兵しました。同月起こった神風連の乱・秋月の乱に呼応した士族の反乱でした。これは明治時代の出来事です。少し詳しく覗いてみましょう。これは2分程度で読める記事です。広告1.解説 今回の記事もまたまた士族の反乱です。1874年(明治7)の佐賀の乱、1876年(明治9)神風連(敬神党)の乱・秋月の乱・萩の乱は、政府の新政 [続きを読む]