The third eyes さん プロフィール

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The third eyesさん: 「世界の存在証明」無を理解する科学
ハンドル名The third eyes さん
ブログタイトル「世界の存在証明」無を理解する科学
ブログURLhttps://kamomekagome1973.blogspot.com/
サイト紹介文存在する無は体積も面積も持たない。 これが点の概念(モナド)である。 大統一理論、はじめました。
自由文ライプニッツの語るモナドは、
最小の単子でありながら存在する全ての概念を統括する。
アインシュタインの等価原理が、その証明である。
私達の宇宙には、統合されたただひとつの力学が存在する。
それが大統一理論である。
これは「存在する無」というただひとつの理由から
この世界が生まれた証明である。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供59回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2016/10/04 19:54

The third eyes さんのブログ記事

  • (連載4)4-2「存在する無」の世界
  • 「この宇宙には何も存在しなかった」では宇宙の起源に存在する「無」とは、一体どのようなものなのだろうか。我々は全ての知識のために、そしてあらゆる存在を理解する為にも、まずはこの「無」を理解することから始めなければならない。これより次元理論(大統一理論)は、この「無」を理解するために一気に知識の深淵へとおりていく。読者の皆さま、どうかしっかりと私について来て頂きたい。『無を理解することは全てを理解するこ [続きを読む]
  • (連載4)4-1始まりの無
  • 第4章 存在する無4-1始まりの無この宇宙には何も存在しなかった。それが「全て」のはじまりである。そこには時間も空間も、「何か」も「誰か」も、決してあってはならない。もしも「何か」が存在するのであれば、その「何か」はなぜ存在するのかを、我々はまた理解しなければならなくなる。それは「誰か」の存在についても同様である。従ってこの宇宙が誰かの所有物でない限り、そして我々がその存在 [続きを読む]
  • (連載3)3-6さあ、科学を始めよう!
  • では少しづつまとめていこう。まず点の実体が構築するのは線の概念世界である。つまり線世界の構成要素は点ただ一つ、これによって線世界は1次元世界である。線は点の「あるのにない」という概念の連鎖(部分)を与えられて「存在(する世界)」となる。「あるのにない」の無限大の連鎖、この段階で線は純粋な長さであり「点の無限大の連鎖」と「同じもの」である。次に出現する面世界は、線の概念世界によって構築される。その構成要 [続きを読む]
  • (連載3)3-5力学の正体
  • 面の概念世界に長さの部分(存在)を与え、しかし面積という部分を持たない概念、それが「線の実体(モナド)」である。点の集合体として存在し面積を持たない為に面世界における存在ではなく、しかし現実に面の概念を構築する唯一の実体、「線」。点という「始まりの実体(全ての存在を持たないモナド)」から線の実体への移行、これは実体概念の拡大である。では「拡大する概念」とは何か?あらゆる方向性へと常に拡大する実体、だがそ [続きを読む]
  • (連載3)3-4次元世界の誕生
  • ここまでは実体の一例として、「点が実在すること」と「線の実在する世界」の二つ概念を取り上げてきた。線世界の構成要素が点であり、線と点は同じ概念上に同時に存在するものではない。なによりこの両者はまず「同じもの」であり、「存在する概念世界」の方が異なる(次元世界の分岐)のである。(点と線は同じ実体の内側と外側である。しかし「点の内側へと向かう無限大の奥行き」と、「点の広がりを示す無限大の拡大」は「同じ点 [続きを読む]
  • (連鎖3)3-3実体は科学
  • 長さの概念を持たないのに、存在する点。面積を持たないのに、存在する線。体積を持たないのに、存在する面。真に科学的な次元世界の定義はその「構成要素」による。力の方向性など、後からとってつけた勘違いに過ぎない。問題はそのベクトルが何故あるか、なのだ。「存在する、存在しない」は常にその概念世界の中で認識されて議論されるべきである。等価原理による理解では、存在よりも力学の方がこの世界の本質である。(ここに [続きを読む]
  • (連載3)3-2学術としてのモナド
  • 3-2学術としてのモナド通常我々が認識する点は、小さな円である。我々が点を認識し、その場所を特定できるのは人間が勝手に点に「面積を与えた」為なのだ。これは表現であって科学ではない。この「表現」を数学の始まりとしてあるいは科学の始まりとして、我々が認識してしまう、それが問題なのである。けれども実際の線の概念を生み出す「点の要素」に、面積はない。そして線もその現実の姿は「長さの概念」であり、幅や面積とい [続きを読む]
  • (連載3)3-1実体の科学
  • 第3章 実体の科学 「存在するもの」と「存在しないもの」(本編に先立つ導入部として「点と線」という作品を先に投稿してあります。「面積も長さも持たない点は存在しない」をテーマにわかりやすく「実体の概念」を取り上げました。「実体がある」という「科学の本当の始まり」をこちらでも確認してみてください。)3-1点と線大統一理論ではその重要な [続きを読む]
  • (連載2)2-6現実こそ科学
  • 大統一理論の知識は、人間が宿した複雑な感情の中から「本当のあなた」を選択する。我々はまだ自分の感情がどこから来るのか、それを理解していない。本当の自分と、反射的な感情による上辺の自分。人間はこれから本当の自分の気持ちを受け止める自己の視点を確立することだろう。こうして自我世界は、世界の中心へと向かう「確かな判断基準」を手に入れる。この様に世界へとむけられた正しい認識は、我々が「生きる」という現実を [続きを読む]
  • (連載2)2-5「正しさ」と「正義」
  • この時代人々は誰もが心に不安をかかえ、他人の影におびえ、否定をつらぬき、防衛のための無関心を常にその身へとまといながら生きている。あるいは信念をもって生きる人々も、その大半は確信をもって「他者を否定できる強さ」をもつ人々である。信念とはほとんどの場合その当人だけの「正義」にすぎず、信念によって失われるものがあることも、我々は同時に吟味しなければならない。本来この世界に「正義」などはなく、あるのは単 [続きを読む]
  • (連載2)2-4「ひとつ」と「全て」
  • 簡単に忘れられてしまう存在するのかどうかさえ不明瞭な世界と人間、そしてその絆。この絆の存在は、数字や数式が万物の現象をあらわすのと同様に、これまではごく「当然」のこととして扱われてきた。自分が想うことと同じ、自分自身が想われること。もちろん何かの為に犠牲になるのは間違いである。世界のための犠牲、あるいは誰かのための犠牲。自分自身の拡大と同時にこの世界は広がらなければならない。この世界の拡大と共にあ [続きを読む]
  • (連載2)2-3「ひとりきりの人間」と「ひとつだけの世界」
  • 仮に我々が、道に迷い帰路を探してさまよう子供だったとしよう。今はどんなに取り乱して不安に追われても無事に我が家にたどり着ければ、その先は安堵して穏やかに暮らすこともできるはずだ。これと同じである。人間はまだ自分達が立つ場所がどこかを理解していない。ここがどこかも分からずに、何故ここにいるのかも知らずに、ただ怯えているだけなのである。その為に権威や権力に群れて、その虚像に自らの安心を求めてしまうのだ [続きを読む]
  • (連鎖2)2-2 ひとつの世界
  • 「同一」であること。大統一理論によって示されるのは世界と人間との絆である。これにより我々は宇宙と人間が「同一のもの」であることを理解できるだろう。ひとつの始まりから生まれた同じもの。アインシュタインの発見した「等価原理」が成り立つ理由も、ライプニッツの「モナド」が人間の内側と外側を同一とする理由も、その根底には大統一理論(超統一理論)がある。それぞれが異なるために生まれた同じもの。多様性を創り出すこ [続きを読む]
  • (連載2)2-1拡大する宇宙
  • 第2章大統一理論「科学に前提を持ち込んではならない。全ての事象に対する理解を諦めてはならない。人間も宇宙も時間も同じものとして、ただひとつしかないこの世界のほんのわずかな一部分である。」2-1広がる宇宙大統一理論があると、世界はどのように変わるのだろうか。大統一理論が成立すれば、この世界にはただひとつの原理(力学)しかなくその原理に基づいて全ての宇宙が構築されたことになる。同じ理由を持ち存在する同じ世界 [続きを読む]
  • (連載1)1-8 最後のガリレオ
  • 人間は太古の昔より、統一された力学の存在を求めてきた。自分自身の、あるいは人間の安定とその納得を創り出すための知識として。もちろんその実証には科学が伴わなければならず、かつ信仰としても全ての人間を満たすものでなければならない。融合を望むのは人間の力学である。だとすればそれを理解するのが善政であり、信仰である。そしてそれを利用したのが悪政であり、狂信なのだ。我々はこの先1000年も、これまでと同じような [続きを読む]
  • (連載1)1-7「大統一理論」という絆
  • 人間とは何か。世界とは何か。人間は、世界と人間との間に「絆」を探そうとして、これまでのあいだ科学や宗教を発展させてきた。人間原理としての希望はその求めに応じ、いつの時代も変わらず人間とこの世界との融和を望んだのである。あえて言わせてもらうが、ここでは融合したいと願うのも、融合させたいと願うのも「同じベクトル」である。例えば支配したいという願い、ひとつになりたい、誰かのために生きたいという願い、その [続きを読む]
  • (連載1)1-6 「外側の世界」と「内側の世界」
  • 話をもどそう。本能は重力である。命が生み出した「生命が同じ生命に引き寄せられる力学」、その力学が宿る有機物が生命である。この重力によって命は、他の数多くの生命と新たに結び付けられていく。この生命の繋がりの中で、死が創り出した人間に宿る必然的な探究。「我々は何処から来たのか。我々は何者なのか。我々は何処へ行くのか。」ゴーギャンのこの問いかけは、人間の深層でより単純化された人間の持つ究極の疑問だと言え [続きを読む]
  • (連鎖1)1-5 「生命原理」と「原理を生むもの」
  • 命には何故、本能が宿るのか。それ以前に命とは何か?本能とは何か。本能は「命が同じ命を求める力学」である。この本能をもつ有機物が生命と呼ばれている。つまり生命は、それ自体は存在ではなく、物質に「生命を求める」という力学が「付加された」状態なのである。「重力」は失われた空間が同じ空間を求める力学である。この力学が物質の求める力として重力や核力に現れている。このように本能や重力は、その根底にはもっと深い [続きを読む]
  • (連載1)1-4 本能・重力・希望 「求める」という同じ物理学
  • 野生動物やより単純な生き物たちは本能によってその行動を支配されている。本能に従えばその生き物たちは生き残る可能性を高め、命を引き継ぐ生命の営みにもより貢献する事が出来るのだ。このように本能は、命を拡大するという目的を持って生まれている。命が同じ命を「求める」力学、それが本能である。我々人間のココロもこの同じ物理学を持つ。自我もその本能によって支配されている。それが人間の願いや、希望として現われた「 [続きを読む]
  • (連載1)1-3 「自我」という孤独
  • 「確定的に存在する世界」とは異なった、揺らぎながら透き通る「わたし」という存在。それは世界の内側と外側のはざまに位置し、そのどちらでもない、抜け落ちた空間である。あなたの外側には世界があり、あなたの内側にも同じ世界がある。ではそれを認識するあなたは一体何処にいるのか?外側に無限大の世界を抱え、内側にも無限大の奥行きがある。それは点である。あなたは点なのだ。点の外側には無限大に広がる空間(スペース)が [続きを読む]
  • (連載1)1-2 「人間原理」
  • 我々はどこから来たのか。我々は何者なのか。我々はどこへ行くのか?フランスの画家、ゴーギャンの絵画にこの問いかけはある。人間はその“考える”という本能によって、ある日突然に認識して自覚する。自分が「ここに存在する」という現実を。この世界にある唯一の不純物「わたし」。それは自分だけの視点を持ったただひとりの「わたし」の発見である。一言で表わすならば、「この世界とは違うもの」。異質であり異物でありこの世 [続きを読む]
  • (連載1)1-1「無を理解する科学」
  • 無を理解する科学第1章「世界が無であることを証明する世界が有であることを証明する無と有が同一のものであることを証明する」1-1 無を理解する科学『これから私は、「わたし」や「あなた」、そして「全てのもの」の、本当の物語を書いていきます。これは宇宙誕生の物語であり、全能の哲学書、そして真の科学書です。』私は科学や学問は全ての人間のものであり、正しい知識を独占して利益を得ることは誤りだと考えている。けれど [続きを読む]
  • モナドの声を聞く 26 (第1部 完)
  • 私は原理主義者である。しかし私達がまだ原理の確信に至らないのは、原理に対する理解が未熟だからである。科学が点を記号として「表現」する以上、我々は永遠に真実には近づくことが出来ない。「ある(存在する)」という創造された前提によって混乱をつづける現状。それは現代の地動説である。だが真実は点が「ない(存在しない)」ことにある。「数字」とは便宜上つけられた記号に過ぎず全ての点が「存在しない」ものであることを、 [続きを読む]
  • ちょっと予告(モナドの声を聞く 25)
  • 等価原理から新しい科学を始めよう。我々全ての人間は同じ「モナド」として、あるいは「存在する無(実体の力学)」として、この世界と等価な、いやそれ以上に「ひとつの同じもの」である。この理解なしに人類の革新はありえない。一人ひとりの人間がその使命と安心感を保ち、自立した個性として、人間であることに満足した状態でこの世界を同一のものとみなす。この認識を生みだす確信が世界が我々に示した正しさであり、科学がつく [続きを読む]
  • 等価原理(モナドの声を聞く 24)
  • モナドの連鎖によって「時間と空間」は生まれた。モナドとは実体のことである。だが実体から世界が生まれたのではない。「実体の連鎖」によって全ては誕生したのだ。これが「存在する力学」である。この「存在する力学」と同じものとして存在の全ては認識される。つまり「時間と空間」は、力学と「同じである」。これは等価原理である。しかしそれはまだ、宇宙と呼べるものではない。何故なら「我々の宇宙」は「物質世界」だからで [続きを読む]