kempis さん プロフィール

  •  
kempisさん: カトリック社会学者のぼやき
ハンドル名kempis さん
ブログタイトルカトリック社会学者のぼやき
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/kempis
サイト紹介文カトリシズムと社会学という二つの思想背景から時の流れにそって愚痴をつぶやいています
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供41回 / 365日(平均0.8回/週) - 参加 2016/10/06 17:05

kempis さんのブログ記事

  • み顔を探す霊性 ー カルメル会中川博道師講話(3)
  • Ⅲ 現代教会のイエス・キリストを探す[1] 『ラウダート・シ』に見る現代教会の人間理解 ここでは、『ラウダート・シ』の人間理解に基づくイエス・キリスト観が説明される。「創世記のなかの創造物語は・・・神との関わり、隣人との関わり、大地との関わりによって、人間の生がなりたっていることを示唆しています」(L.S.66)。 中川師はこれを次のような図にまとめておられる。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー [続きを読む]
  •  み顔を探す霊性 ー カルメル会中川博道師講話(2)
  • Ⅱ 人類史の新しい時代の中にイエスのみ顔を探す教会 ここでは、イエスのみ顔を探すためには、「目覚めていなければならない」、「注意深くなければならない」、ということの意味が説明される。[1] 現代への教会の認識 教会は現代社会をどう認識しているのか。『現代世界憲章』がその答えだ。特に項目4が引用される。ここは、6項目ある「前置き 現代世界における人間の状況」の一部で、項目4は「希望と不安」と題されて [続きを読む]
  • み顔を探す霊性 ー カルメル会中川博道師講話(1)
  •  中川神父様の講演会に行ってきた。印象が消えないうちに簡単にまとめておきたい。横浜教区カテキスタ会主催(注1)の講演会で、演題は「今の時代をイエスとともに生きる教会 ー み顔を探す霊性」で、場所はカトリック雪の下教会。秋晴れの文化の日で、八幡さまは混んでいたが、段葛の桜は塩害でやられ無残であった。 講演会は出席者が多く、椅子が足らないほどであった。ざっと100人以上はおられたのではないだろうか。殆 [続きを読む]
  • 日本とキリスト教の469年 ー 特別展キリシタン
  •  國學院大學博物館と西南大学博物館による共同特別展「キリシタン」に行ってきた。東京特別会場は28日までということなのでギリギリ間に合った。印象が鮮烈だったので簡単に感想をとどめておきたい。469年とはザビエル来日の1549年から2018年までという意味のようだ。 國學院は神道系、西南はキリスト教系の大学なのに共同特別展とは何なのだろうと思ったが、両大学は2014年に「研究協力に関する協定」なるも [続きを読む]
  • 「神の国」の福音 ー 新約聖書とイエス(その9)
  • 3・5 神の国の福音 では、神の国の福音とは何か。福音とは、ギリシャ語でエウアンゲリオン euaggelion で、エウ は「よい」、アンゲリオン は「知らせ」で、「よい知らせ」のことだ。 英語では、gospel , good news などというらしい。日本語では「福音」と訳される。この訳語に好き嫌いはあるだろうが、現在は定着しているとみてよさそうだ(注1)。  神の国の福音はマルコ1・15に凝縮されている。イエスがガリラヤで伝道 [続きを読む]
  • マタイ福音書の「交差配列」 ー 新約聖書とイエス(その8)
  • 3・4 マタイ福音書の「交差配列」 前回、マタイ福音書における「天の国」概念の特徴について学んだ。 このマタイ福音書の修辞構造も特徴的なので、少し触れておきたい。 カト研の皆様ならこの図に見覚えがおありだろう。このブログでも昨年6月の投稿記事で触れた記憶がある。マタイ福音書の「交差配列」である。 カト研の皆様のなかにはお詳しい方もおられるが、交差配列とはあまり聞いたことがないという人もいるかもし [続きを読む]
  • 「神の国」の使信 ー 新約聖書とイエス(その7)
  •  川中師の「新約聖書とイエス」の講話は、学びあいの会の話題が彼方此方に飛んでしまい、フォロー仕切れなかったが、やっと元に戻ることになった。今回のテーマは「神の国の使信」である。 ポイントは、「神の国」とは何のことか、「神の国」はいつ実現されるのか、という問いである。師は、百瀬文晃『イエス・キリストを学ぶ』、大貫隆『イエスという経験』などを参考文献としてあげながら、ご自身の整理と説明を展開される。  [続きを読む]
  • 堅信を祝う
  •  小6の孫娘の堅信式に出てきた。印象が強かったので早速記録を残しておきたい。百合ヶ丘教会で梅村司教様から堅信を受けたのはなんと24名で、そのうち小中学生は16名だという。先週わたしの所属教会で堅信を受けたのは6名だったからこの数の違いに驚いた。百合ヶ丘教会の名簿上の信者数は1300前後らしいから、教会の規模から言ったらわたしの所属教会の方がずっと大きい。 しかもごミサに出ている信者さんの年齢層が違う。若い人 [続きを読む]
  • 松本教会へのご聖体訪問
  •  先日長野県松本市にドライブ観光に行った。ついでと言ってはなんだが、松本城の真向かいに松本教会があるので聖体訪問に訪れた。木曜日だったのに偶然10時からのごミサにあずかれた。なぜ木曜日の朝10時にごミサがあったのかはわからなかったが、ことによったら初金の替わりかもしれない。M神父様が司式しておられた。主任司祭はH神父様のようだが、M神父様はアメリカ留学から帰られたばかりで協力司祭とのことであった。 ミサ [続きを読む]
  • 福音宣教とメディアの役割
  •  体育の日に開かれた講演会から今帰宅したところである。忘れないうちに印象を書き記しておきたい。テーマは「福音宣教とメディアの役割」、主催は「栄光同窓カトリックの会」で、開催場所はカトリック雪の下教会。パネリストは、松谷信司(キリスト新聞社社長)、南条俊二(元読売新聞副論説委員長)、土屋至(元清泉女子学院中高教諭)の三氏で、三氏がこのテーマで自説を展開するという流れであった。松谷氏はプロテスタント、 [続きを読む]
  • 洗礼者ヨハネとイエスー新約聖書とイエス(6)
  •  洗礼者ヨハネが重要なのは、かれがイエスの親類、おそらくは「又従兄弟」(親同士が従兄弟)だったからではない。史的イエス論では、イエスは誰からユダヤ教を学んだのか、イエスの師匠は誰だったのか、という問いが重要だからだ。イエスは独学だったのか、それとも先生がいたのか。 洗礼者ヨハネはなにも文書を残していないという。イエスと同じだ。イエスの弟子たちはイエスの言行を記録したが、洗礼者ヨハネの弟子たちは師匠 [続きを読む]
  • イエスの生涯ー新約聖書とイエス(5)
  •  イエスはいつ、どこで生まれたのか? わかりきっている、紀元前4年、ベツレヘムで、と言われればそれまでだが、どうもそうとも言い切れないようだ。イエスの誕生物語は福音書によれば「最後に」成文化されたストーリーだ。最も大事な物語とはいえない。 「受難物語」こそ福音書にある最も大事な物語で、しかも「最古の」物語だ。受難物語は4福音書すべてに共有されている。エルサレムへの入城から処刑、十字架と埋葬にいたる一 [続きを読む]
  • イエスに関する源泉資料ー学びあいの会(4)
  •  久しぶりの学びあいの会は振替休日にぶつかり、天気もよかったにもかかわらず、いつもの顔ぶれが集まった。 今回の題材は、川中師の上智大学神学夏期集中講座「新約聖書とイエス」の続きである。いわゆる「史的イエス論」である。最近の研究成果を師がまとめられたもののようで、師の独自の見解が展開されているわけではなさそうだ。それでも、カトリック教会が史的エイス研究をどう見ているかを垣間見ることはできそうで、とて [続きを読む]
  • イスラエルの歴史とイエスの周辺世界(Ⅲ)(学びあいの会)
  • Ⅲ イエスの時代背景 イエスが生まれ、活躍した時代背景を簡単に整理してみる。1 政治的背景BC6 ポンペイウスがパレスチナを征服し、ハスモン朝は終焉し、ローマの支配が始まる。ヘロデ大王の死後、王国は3人の息子に相続された①アルケラオ :ユダヤ・サマリア・イドマヤ②アンティパス:ガリラヤ・ベレア③フィリポ  :テラコニテス・パタネアAD6 アルケラオがガリア(現在のフランス)に追放され、以後ローマ直轄となり [続きを読む]
  • イスラエルの歴史とイエスの周辺世界(Ⅱ)(学びあいの会)
  • Ⅱ イスラエルの歴史(旧約聖書から) 古代イスラエルはざっと2000年の歴史を持つが、第二次ユダヤ戦争(AD132〜134)で敗れて完全に消滅する。滅亡してディアスポラ(Diaspora 離散とでも訳すか)となり、なんと1800年間世界を流浪する。約1800年後、第二次大戦後の1948年のイスラエル建国まで国を失う。イスラエルの歴史は、初期(族長時代)、中期(王国の時代)、後期(他国支配の時代)の三期に分けることが一般的らしい( [続きを読む]
  • イスラエルの歴史とイエスの周辺世界 (学びあいの会)
  •  今月の学びあいの会では「聖書を正しく理解するために」と題して、カテキスタのS氏の講演があった。教義というよりは歴史の話であった。話題は多岐にわたっていたので正確な要約は難しいが、私の理解にあわせてまとめてみたい。カト研の皆様にはお恥ずかしい限りだが、わたしは「聖書百週間」すら満足に卒業できていない。私には荷が重すぎる課題であることは重々承知の上で、勉強と思ってご報告してみたい。Ⅰ イスラエルを導 [続きを読む]
  • 聖書とイエスー岩下壮一師の史的イエス論(3)(学びあいの会)
  •  岩下壮一師を取り上げることに若干不安がないわけではない。わたしは岩下神学をきちんと勉強したことはないし、岩下師はもうかれこれ100年も前の人だし、そもそもネオトミストで今更、といわれるのはわかっているからだ。だがわれわれはある時まで,第二バチカン公会議のあとでも、師の『カトリックの信仰』を公教要理代わりに読んでいた。史的イエス論争を俯瞰するためにもこういう議論があったのだということを書き留めてお [続きを読む]
  • 車検とかけて信仰と解く、その心は(なぞなぞ)
  •  クルマの三回目の車検が近づいたので、クルマの安全装備を色々調べ始めた。私ももう年なので今更、最高速度がどうのとかトルクがいくつだとかということには関心はない。燃費がよいとか荷物がたくさん積めるとかにも興味は無い。だが安全装置だけは最近急速に進化しつつあるようで、新車にするならこれを判断基準にしたい。 暑い夏は三角窓から冷気を取り入れるものと思っていたらいつのまにかエアコンがつくようになった。サイ [続きを読む]
  • 潜伏キリシタンと隠れキリシタンー学びあいの会雑談
  •  五月の学びあいの会は禅とエックハルトの話だったが、その後の昼食をとりながらの雑談で、話題は 2018年の世界文化遺産登録をめざす「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎、熊本)の話になった。世界遺産になれば関連教会は観光地化してしまうだろう。もう生月島でも「カクレキリシタン」はほぼ消滅したと聞くし、これからどうなるのだろうという話だった。わたしは「隠れキリシタン」はきちんと勉強したことは無い [続きを読む]
  • 仏教とキリスト教(その8)ー禅と神秘主義(学びあいの会)
  •  以下は上田閑照「禅と神秘主義」という古い論文の要約の報告である。上田先生は、西洋思想の中で禅に最も近いと言われるエックハルトをとりあげ、両者の異同を明らかにする。3 禅と神秘主義 趙州和尚とエックハルト3・1 趙州従しん(言偏に念) 「庭前の柏樹子」(ていぜんのはくじゅし) これは、『無門関』にある有名な問答だ。趙州(じょうしゅう)従しん(じゅうしん)という9世紀の大禅匠(和尚)の問答で、「如何 [続きを読む]
  • 仏教とキリスト教(その7)ー禅と神秘主義(学びあいの会)
  •  久しぶりの学びあいの会は5月28日に開かれた。新たに赴任された神父様の了解も得られて学びあいの会も継続されることになった。 今回は仏教とキリスト教論の最終回で、テーマは禅と神秘主義である。禅を仏教の神秘主義と捉えて、禅とキリスト教神秘主義を比較する。カテキスタのS氏はエックハルト研究の専門家である京大の哲学者上田閑照を高く評価しているらしく、上田氏の論文を詳しく紹介された。1 禅1・1 禅とはなにか [続きを読む]
  • 映画「修道士は沈黙する」を観る
  •  「修道士は沈黙する」を観てきた。原題は Le confessioni で、 2016年のイタリア=フランス合作映画。いろいろな国際的な映画の賞をもらったようだ。 映画はイタリア語・フランス語・英語が入り交じる。本映画でのG8の開催地はバルト海に面したドイツのリゾート地らしいが、ドイツ語は出てこない。タイトルはイタリア語か。「告解」という意味であろう。邦題「修道士は沈黙する」は意訳だろう。悪い訳では無いが、「修道 [続きを読む]
  • 蛍の里情報
  •  ここ10数年来、近所の川に出る蛍の情報を他のブログで報告してきた。せっかくなのでカト研の皆様にもお知らせしたくて、このブログでも報告してみたい。 今年は2018年5月17日午後8時20分に初めて蛍の出現を確認した。10匹ほど飛んでいたであろうか。大体予想通りの日時だった。 ちなみに、過去のブログをふり返ってみた。初めてホタルの出現を見た日にちである。一種の定点観測だ。2006年 6月3日 2012年 5月20日 2013年 5月1 [続きを読む]