古代日本の歴史を謎解き さん プロフィール

  •  
古代日本の歴史を謎解きさん: 古代日本の歴史を謎解き
ハンドル名古代日本の歴史を謎解き さん
ブログタイトル古代日本の歴史を謎解き
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/ikejun_2007
サイト紹介文日本の古代史の謎に挑戦します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供131回 / 365日(平均2.5回/週) - 参加 2016/10/07 11:11

古代日本の歴史を謎解き さんのブログ記事

  • 卑弥呼が後の天照大神の逆の発想
  • 卑弥呼 と 天照大神で弥生時代の卑弥呼が、古事記に天照大神として取り扱われたと投稿してしまいましたが時代を逆に考えてみると面白いです。弥生時代に、日の神(天照)と夜の神(月読、月夜見)信仰があった。実は、卑弥呼は太陽神(天照)の子供として地上に降りた人間或いは、太陽神(天照)と会話ができる巫女である という立場を利用して女王となった。古代より、昼間が明るく活動できる時間帯夜は暗く、怖い、外へは出ら [続きを読む]
  • 卑弥呼 と 天照大神
  • 卑弥呼の漢字には意味はありません。ヒミコの発音がキーポイントです。一般的には、 日 巫女 と考える様です、しかし、巫女 は神社で祈祷を行う女性で後に出来た言葉(役職)ではないでしょうか。では ヒミコ は日 産み 子供 からではないでしょうか。太陽が産んだ神様これが、日本神話で 天照大神 の原点ではないでしょうか。邪馬台国の発音を国名に使って 大和(ヤマト)としたヤマト朝廷実は、ご先祖様の始まりも、 [続きを読む]
  • 「九州」と「近畿」の似ている地名
  • 「九州」と「近畿」の地名類似についても有名です。単に似ているのではなく、「連続的」に同一の地名があるのです。  「筑紫」の周辺で言うと、北の笠置山から始まって、春日→御笠山→住吉(墨江)神社→平群→池田→三井→小田→三輪→雲堤→筑前高田→長谷山→加美(上)→朝倉→久留米→三潴→香山(高山)→鷹取山→天瀬→玖珠→鳥屋山→上山田→山田市→田原と続く地名連鎖が存在します。  「畿内」でも全く同様に「笠置( [続きを読む]
  • 魏志倭人伝 対馬国、一支国、末盧国 と 伊都国
  • 魏志倭人伝に紹介紹介される国で対馬国、一支国、末盧国 の漢字が特別です。対馬国 南北二つに島一支国 一つにまとまる島現在も同じ地名です。末盧国 倭国の島の端っこ伊都国 漢の役人の国松浦半島、糸島半島 と漢字を変えて呼び名は残しています。その後に紹介される国々(奴国、不弥国、邪馬台国など)とは、明らかに漢字が違います。ここまでは、漢の支配が強く彼らが国名を決めて史記に使ったのではないでしょうか。狗邪 [続きを読む]
  • 倭、大倭 と 和、大和
  • 魏志倭人伝に紹介されている地名の漢字と古事記や日本書紀に出てくる漢字、現在の地名などについて考えてみます。最初に、日本の呼び名です。中国の史記では、古くから 日本の事を 倭国日本人は 倭人です。人辺に 委ねる ですので、さげすましたような漢字です。もちろん通常は使われていない新しい漢字です。漢から贈られた金印も 漢委奴国王魏から贈られた金印も 親魏倭王 ですから、大陸は、日本の事を 倭(ワ)と呼ん [続きを読む]
  • 素戔嗚命と出雲大社
  • 天照大神と伊勢神宮があれば気になるのが出雲大社です。日本神話の上では素戔嗚命と天照大神は兄弟で、天皇家の祖がなぜか女性の天照大神で素戔嗚命は、分家扱いです。男系血統の天皇家であれば、天照大神が男性で素戔嗚命が女性で分家のはずです。すもそも、素戔嗚命は荒っぽく、天照大神とはだいぶ性格も違います。名前も天照は天(太陽神)で漢字も分かりやすいですが素戔嗚に使われる漢字は、現在はあまり使われていません。出 [続きを読む]
  • 天照大神と伊勢神宮
  • 伊勢神宮 と 出雲大社 近畿を中心に東西にあってヤマトの国 を守護してくれています。実に都合よく出来た二つの神社ですね。出雲大社・日本海側で日が沈む方向に、男神の 素戔嗚命伊勢神宮・太平洋側で日が昇る方向に、女神の 天照大神ヤマトのご先祖は、天照大神で主人公、素戔嗚命は、サブ的存在で天照大神とはよくケンカをしています。この二つの神社の成り立ちをたどって見ました、天照大神を祀る神宮は大和の地、奈良が [続きを読む]
  • 物部氏VS蘇我氏の物語をDNAを加えてみると
  • 神道派の物部氏 と 仏教派の蘇我氏の争いは 蘇我氏VS物部氏(1/3)に紹介しましたが、概略を蘇我氏(弥生系、縄文系不明)と物部氏(添付の右側)の争い・蘇我稲目は欽明天皇より仏像を賜り、熱心に礼拝した・物部尾輿はこれに反対し、寺を焼き、仏像を難波の堀江に流す。(552年)・蘇我馬子は父の志を継ぎ、熱心に仏像を礼拝・物部守屋は父の志を継ぎ、中臣勝海(たぶん弥生人)と共に仏教崇拝に反対する。物部守屋は、蘇 [続きを読む]
  • 大伴氏、物部氏は弥生人
  • 前投稿の続きです。氏姓制度で代表的な氏族のDNAは? から読んでみて下さい。その前に、当時の歴史の流れを簡単に1、弥生時代  秦の始皇帝、漢の時代に大陸から漢族が日本に移住して弥生文化が普及します。  最初は、九州北部の玄界灘湾岸の国です。魏志倭人伝に紹介される奴国(漢委奴国王金印)伊都国(一大卒がいた)  国々が大陸と交易を続ける一方  大陸人は、山陰地方へ、瀬戸内海湾岸の国々へ  近畿地方の淡路 [続きを読む]
  • 氏姓制度で代表的な氏族のDNAは?
  • 先の投稿 日本人のDNA(Y染色体)の分布 について考えていたら天皇家の他、氏姓制度で名前が出てくる 各氏族の DNA(Y染色体)はどうなのだろうと考えてしまいます。古墳時代末期〜飛鳥時代に、奈良地方のヤマト朝廷が各地の一族に氏名を与える。弥生人が渡来して数百年を経過していますが、縄文人と弥生人の体格など特徴の違いなどもあって混血はあまり進まなかったのではないでしょうか。国内でも一族血統を重んじる考え方も [続きを読む]
  • 魏志倭人伝に紹介される倭人(倭種)とは
  • 先の投稿で、日本人のDNA(Y染色体)について書いてみましたが改めて、魏志倭人伝に紹介されている倭人(倭種)とはどんな感じだったのでしょうか。既に、弥生時代の九州、玄界灘湾岸地方の紹介です。・秦の始皇帝に、徐福の一団が到着して移住している(紀元前4世紀頃、弥生時代の始まり)・漢との交易が行われている(漢委奴国王金印、1世紀頃)・魏の国へ卑弥呼が朝貢(親魏倭王の金印が贈られる、239年、3世紀頃)Y染色体で日 [続きを読む]
  • 日本人のDNA(Y染色体)の分布
  • ネットで日本人の祖先をDNAで探している投稿を見るのですが、とにかく難しくて良くわかりません。ちょっと、私なりに勉強してみました。Y染色体(男性が持つ染色体)分布で、A〜Rまで18の系統に分けられていて、更に細かいグループがあるようです。Aから順番に新しい人種の様です。・A、B系統 約20万年前、アフリカに誕生した現生人類 今でもアフリカ人のほとんどが、この二系統・C系統 約28000年前にアフリカを出て、ユーラ [続きを読む]
  • 魏志倭人伝に紹介される「邪馬台国」は九州である。
  • 邪馬台国 九州説 近畿説 二分する所ですでが魏志倭人伝を読む限りは、九州説しか考えられません。厄介なのが・南(行)して、邪馬壹にいたる。女王の都。水行十日、陸行一月である。この出発点を奴国にすると、南なら九州の鹿児島を飛び出してします。東に間違いであるとして、近畿へたどり着く、ここは、出発点を帯方郡と解釈すると九州説がすっきりします。その他にも、魏志倭人伝には・(帯方)郡から女王国にいたるのに一万二千 [続きを読む]
  • 春日大社と春日大明神
  • 春日大社・中臣氏(のちの藤原氏)の氏神を祀るために768年に創設された奈良県奈良市にある神社 大社ですので、スサノオを祀る出雲大社と同じで、アマテラスの直系ではありません。春日大明神実は、春日大明神は1人ではありません。武甕槌命(タケミカヅチ)      - 藤原氏守護神(常陸国鹿島の神)経津主命(ふつぬしのかみ)     - 同上(下総国香取の神)天児屋根命(あめのこやねのみこと) - 藤原氏の祖神(河内国 [続きを読む]
  • 倭国の最高権力者 一大率
  • 卑弥呼は、倭国の最高権力者ではない?に続くのですが魏志倭人伝に紹介される 一大率 女王国より以北には、特に一大率という役職を置いて諸国を検察させている。諸国はこの一大率を畏(おそ)れ憚(はばか)っている。伊都(いと)国に常駐している。その様子は、まるで中国の地方長官・刺史(しし)のようである。  魏(ぎ)の都・帯方(たいほう)郡・朝鮮半島の諸国などとの外交文書や贈り物は港で検査し、間違いが無い様に [続きを読む]
  • 第3の航路(弥生時代後期・古墳時代)で栄える出雲国
  • 卑弥呼は、倭国の最高権力者ではない?では、弥生時代の九州地方を説明しましたが。山陰地方でも大陸との交易が始まります。魏志倭人伝に紹介されてる投馬国(ズマ国)で、後の出雲国です。大陸と交易を行う事で、大陸の史記に日本の記事が残りました。交易が始まるのは、航路の発見があります。帯方群(現在のピョンヤン)を出発し、朝鮮半島を半周、狗邪韓国に到着します。1、狗邪韓国(現在のプサン)から壱岐、対馬を経由して [続きを読む]
  • 卑弥呼は、倭国の最高権力者ではない?
  • 魏志倭人伝に中に出てくる身分には王・大夫・大人・下戸・奴婢 が出てきます。その漢字を見るだけで、上位、下位の位がわかります。倭国には、身分を呼ぶ名前や制度はまだなかったのでしょう。大陸との交易を行う中で、中国の国がそれなりに意味のある漢字と呼び方をしています。倭国大乱の前(西暦57年 親魏倭王の金印の時代)は100余国卑弥呼の時代(240年位)は、30国ですので、単純に計算しても70ほどの一族が滅んだことにな [続きを読む]
  • 卑弥呼は、邪馬台国の女王なのか、倭国の女王なのか?
  • 魏志倭人伝に紹介される邪馬台国の女王 卑弥呼・西暦100年頃から続いた倭国大乱・諸国は、邪馬台国の女王 卑弥呼を立てる事で大乱が治まる。・卑弥呼は1000人の侍女(巫女)と共に生活している。・祈祷を行い、人前には出てこない。この時、既に高齢である。疑問と謎解き邪馬台国はいつ出来たのか(卑弥呼が女王となった時につくられたのか?)どうも、古くからあった国の一つではないか・魏志倭人伝に紹介される30国(玄界灘、 [続きを読む]
  • 卑弥呼の墓の真実
  • 卑弥呼の死後と狗奴国がベースです。卑弥呼のお墓と云えば、奈良県桜井市の箸墓古墳が最有力候補ですが。魏志倭人伝では・大いに冢つかをつくった。径(さしわたし)は百余歩・徇葬者(じゅんそう)の奴婢は百余人であった。しか情報がありません。後は、現存する古墳で年代も加えて、該当しそうな古墳を探すことになります。先の投稿で推測した「卑弥呼の死は突然であった」大きな古墳を作るには、何年もかかり多くは、生前に横穴 [続きを読む]
  • 卑弥呼の死後と狗奴国
  • 魏志倭人伝を時代別に分けてみる。で魏志倭人伝は、魏の時代は、かなり詳しく書かれていても後漢末期 と 魏が滅びて西晋の時代の情報がかなり少ないです。後漢末期は、朝鮮半島北部を公孫氏が支配し、国が大陸と交易が出来ない。大陸も三国志の時代ですので、無理と云えばその通りです。卑弥呼の末期の時代は・邪馬台国の南側にある狗奴国(男王 卑弓弥呼)とは、もともと不和であった。・245年、難升米に黄幢(黄色いはた。 高 [続きを読む]
  • 魏志倭人伝を時代別に分けてみる。
  • 魏志倭人伝を魏の時代に絞り込んで読んでみる。についてもう少し詳しくしてみます。魏志倭人伝の内容を時代別に分けてみます。1、漢の時代  秦の時代は、始皇帝の一代で終了します。漢の時代時代になります。  57年に、倭国が後漢の初代皇帝 武皇帝に朝貢して、「漢委奴国王」金印が贈られます。  大陸と倭国との交易が盛んにおこなわれ、青銅の農耕具などが日本に伝わります。  魏志倭人伝に紹介される対馬国から末盧国 [続きを読む]
  • 魏志倭人伝を魏の時代に絞り込んで読んでみる。
  • 倭国と邪馬台国の続きです。魏志倭人伝は、三世紀末に西晋の陳寿によって完成しています。 第一章 倭の国々 第二章 倭の風俗 第三章 政治と外交 で構成されています。実は、後漢書の内容を引用した部分と実際に、魏の国と交易した時代と陳寿の時代に知りえた情報が重なり合っています。魏志倭人伝を3世紀中ごろの魏の時代に絞り込んで読んでみましょう。・後漢書から引用した部分 帯方郡から末盧国を経由した奴国、不弥国ま [続きを読む]
  • 倭国と邪馬台国
  • 弥生時代を勘違いしない為にも、基本的な事で倭国 と 邪馬台国 について考えてみます。当時、日本に漢字がありません(文字もないです)いずれも大陸の国(中国)が勝手につけた名前と漢字です。倭国と呼ばれるようになった時代・秦の始皇帝の時代 徐福が東に島国があり、「不老不死の仙人が住み、不老不死の薬がある」と始皇帝に話をもちかけ 3000人の若い男女と複数の船団を準備してもらい、済州島を経由して、日本に渡来し [続きを読む]
  • ヌードダンサー「アマノウズメ」と「サルタヒコ」
  • ちょっと寄り道です。「古事記」日本神話に登場するアメノウズメ(天宇受賣命)日本神話の天の岩戸に登場します。天照大神が機屋で神に奉げる衣を織っていたとき、建速須佐之男命が機屋の屋根に穴を開けて、皮を剥いだ馬を落とし入れた。驚いた1人の天の服織女は梭(ひ)が陰部に刺さって死んでしまった。ここで天照大神は見畏みて、天岩戸に引き篭った。そこで、八百万の神々が天の安河の川原に集まり、対応を相談した。思金神の [続きを読む]
  • 天照大神は、実は男性だった?
  • 日本神話の神様たちをもう一度(おさらい)で、天照大神が女性だったのか、男性だったのか疑問が解消できなくなりました。男性と思われる最大の理由・家系図が全て男性で繋がっている。女性は天照大神だけです。ネットで検索すると 天照大神の男性説は結構あります。そもそも、天皇家の正当性を書き上げる目的があるはずの「古事記」「日本書紀」わずかに、「日本書紀」で、素戔嗚が「姉の天照大神に会いに行く」と記載されている [続きを読む]