佐藤 隆定 さん プロフィール

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佐藤 隆定さん: 禅の視点 -life-
ハンドル名佐藤 隆定 さん
ブログタイトル禅の視点 -life-
ブログURLhttp://www.zen-essay.com/
サイト紹介文禅語を題材にしたエッセイ、思わず唸る禅僧の逸話、人生を心豊かに幸せに生きるヒント満載の禅ブログ。
自由文佐藤隆定(さとう・りゅうじょう)
禅僧、エッセイスト
「生きる」という、人間にとって根源的・日常的な活動について禅という視点から考え、法話や執筆等を通じて人々に伝える活動を行っている。
禅には人生を安らかに生きるための智慧が沢山秘められている。ただ、難しそうで敬遠されがちであるため、多くの方々に禅を知っていただきたいと思い、このブログを書き始めた。

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供148回 / 365日(平均2.8回/週) - 参加 2016/10/08 23:28

佐藤 隆定 さんのブログ記事

  • 梅花流詠讃歌ってどんな感じ? 仏教の教えを歌詞にした歌
  • 梅花流詠讃歌ってどんな感じ? 禅・曹洞宗には梅花流詠讃歌(ばいかりゅうえいさんか)(通称「梅花」or「ご詠歌」)という名の、仏の教えを歌詞にした歌がある。それぞれの寺院ごとに梅花講という、いわば梅花を歌うチームのようなものがあって、練習を重ねて法要や大会で歌ったりするのだが、じつは今この梅花講は存続が危ぶまれている。チームの構成員(梅花講員)が高年齢になりつつあり、引退等によって講員数が著しく [続きを読む]
  • 【禅語】 木鶏子夜に鳴く 〜本物の強さとは何か〜
  • 【禅語】 木鶏子夜に鳴く 〜本物の強さとは何か〜 一口に「強い」といっても、強さにはいろいろな種類がある。一番に思い浮かぶのは筋肉隆々の体躯に象徴される力の強さかもしれないが、たとえば子を守る母の強さだって相当なものだろう。警察官にとっては痕跡を残さない事件に手強さを感じるだろうし、何をせずともじっと待ち続ける忍耐強さだって1つの強さだ。挙げようと思えば、頭に思いつく強さの種類はけっこうな数 [続きを読む]
  • 人形供養ってどんな感じ? 僧侶と主催者に話を聞いてみた。 
  • 人形供養ってどんな感じ? 僧侶と主催者に話を聞いてみた。 物にも魂は宿る。だから親しんだ物は簡単に捨てるのではなく、供養を施して焚き上げる。そのような慈しみの心から営まれる人形供養の実際の雰囲気が知りたくて、人形供養の現場を訪問してみた。訪れたのは、知人の僧侶が半年ほど前から毎月人形供養を勤めている、セレモニーホール・ルネス関(せき)。「関」というのは、刃物で有名な岐阜県関市の関である。普段 [続きを読む]
  • 墓じまいに精通する勝桂子さんの講演で印象に残った言葉5選
  • 墓じまいに精通する勝桂子氏の講演で印象に残った言葉5選 先日、僧侶の研修会に参加した際、講師として勝桂子(すぐれ・けいこ)さんが登壇され講演をされた。勝さんは行政書士でありつつ、葬祭カウンセラーとしての顔も持ち、墓じまいや寺院と檀家との軋轢など、終活分野全般から寺院にまつわる問題にまで精通するスペシャリストであるとのこと。僧侶としては、このプロフィールだけで俄然興味が湧いてくる。ちなみに、こ [続きを読む]
  • 『宝鏡三昧』を現代語訳するとこうなる 〜いのちの不思議を説くお経〜
  • 『宝鏡三昧』を現代語訳するとこうなる 〜いのちの不思議を説くお経〜 曹洞宗に伝わる禅の奥義書として、以前『参同契(さんどうかい)』をご紹介した。そこで今回は、『参同契』とセットで読まれることの多いもう1つの奥義書『宝鏡三昧(ほうきょうざんまい)』を読み解いていきたい。『参同契』が禅寺で奇数日に読経されるのに対し、『宝鏡三昧』は偶数日に読経されることが多い。また法要では両者ともに読経する場合も [続きを読む]
  • 『参同契』を現代語訳するとこうなる 〜同と別を結びつけた思慮を説くお経〜
  • 『参同契』を現代語訳するとこうなる 〜同と別を結びつけた思慮を説くお経〜 曹洞宗には禅の要諦を説いたとされる重要な経典がいくつか伝わっている。そのうちの1つに『参同契(さんどうかい)』がある。曹洞宗では、奇数日に朝の読経でこの『参同契』を唱えることが多く、そのため曹洞宗僧侶にとってこの経典は非常に馴染みが深い。『参同契』は、禅が中国に伝わってから8代目にあたる石頭希遷(せきとう・きせん)禅師 [続きを読む]
  • 【禅語】 鳥啼いて山更に幽なり 〜静けさを破ることで際立つ静けさ〜
  • 【禅語】鳥啼いて山更に幽なり 風がやみ、木の葉が擦れ合うかすかな音さも聞こえない深い森。その森から一羽のカラスが鳴き声を上げながら飛び立つ。途端に静寂が破られて、辺りに鳴き声がこだまする。カラスが次第に遠ざかるにつれて、鳴き声の余韻も散じるように空に消え入り、山は再び静けさを取り戻す。もとに戻る。しかしその静けさは、なぜか以前より更に静寂で幽玄なものに感じられる。「鳥啼(な)いて山更(さら) [続きを読む]
  • 多羅葉の葉をハガキの代わりに投函する際の注意点
  • 多羅葉の葉をハガキの代わりに投函する際の注意点 葉書が考え出されるきっかけとなった多羅葉(らたよう)の葉っぱ。この葉は、葉の裏側に傷を付けると黒く跡が残るため、その性質を利用して文字を残しておくことができる。つまり先の尖ったもので文字を刻むことで、紙のように使用することが可能という不思議な葉っぱだ。この多羅葉の性質にヒントを得て現在の「葉書」を考案したのが、「郵便の父」と称される前島密である [続きを読む]
  • 醍醐味ってどんな味? カルピスとの意外な関係
  • 醍醐味ってどんな味? カルピスとの意外な関係 「行間を読むのが小説の醍醐味」「ジェットコースターの醍醐味は出発直後の急降下」などと使われる醍醐味(だいごみ)という言葉は、「物事の一番の面白味」「奥深い味わい」「神髄」といった意味を持つ言葉である。この醍醐味という言葉が仏教から生まれた仏教用語であることをご存じだろうか。仏教では生乳を精製する過程を五段階に分け、それぞれに名前をあてたのだが、そ [続きを読む]
  • 【洲原ひまわりの里】 魔女コンテストに挑戦しよう!
  • 洲原ひまわりの里 岐阜県美濃市の洲原地区で、8月中旬をメインに「洲原ひまわりの里」というイベントが実施され、人気を博している。長良川のほとりに建つオレンジ色の三角形の屋根が特徴的な洲原地域ふれあいセンターの周囲に約1万本の多様なひまわりを植え、「ひまわりの里」を創出しようとする取り組みだ。8月11日の山の日にオープニングセレモニーが開催され、以後、多くの観光客で賑わっている。このひまわりの里に [続きを読む]
  • 【禅語】八風吹けども動ぜず 〜不動心とは何だろうか〜
  • 【禅語】八風吹けども動ぜず 〜不動心とは何だろうか〜 武道の世界では「不動心」という言葉がスローガンのようによく掲げられている。不動の心。何があっても動じない精神力、常に冷静さを失わない心。そんな意味をこの不動心という言葉からは連想してしまいそうだが、禅で考える不動心はちょっと違う。じつは、禅語のなかにも不動心と似た言葉で「八風吹けども動ぜず」というのがある。八つの風とは、人の心を揺さぶりや [続きを読む]
  • 喝といえば心越興儔と水戸黄門。それから『スラムダンク』。
  • 禅僧のエピソードと『スラムダンク』から考える、喝 禅の世界には一字関(いちじかん)とか一転語(いってんご)とか呼ばれる特殊な言葉がある。一字関(一転語)とは、その一言でもって相手を真理に導く、気付かせる、悟らせるための言葉のこと。それにはいくつかの種類がある。なかでももっとも有名な一字関は、おそらく「喝」。「喝ァ――――――――ッ!!!!」と大声で叫ぶ、あれである。アニメなどで喝を耳にしたことが [続きを読む]
  • 鳥窠道林と白居易との名問答 「諸悪莫作 衆善奉行」【禅僧の逸話】
  • 鳥窠道林と白居易との名問答 8世紀から9世紀を生きた中国の禅僧に鳥窠道林(ちょうか・どうりん)がいる。鳥窠という名前の意味は、じつは「鳥の巣」。なぜ鳥の巣などと呼ばれていたかというと、この禅師なんとも不思議なことに、毎日松の木の上で坐禅をしていたという伝説が残っているのである。まるで鳥のように木の上で坐禅をし、巣を作っているかのように見えたために、鳥窠という名前で呼ばれるようになったというわ [続きを読む]
  • 十牛図に秘められた悟りの諸相 【廓庵師遠版】(後篇)
  • 十牛図に秘められた悟りの諸相 (後篇) 前篇に引き続き、十牛図を読み解いていきたい。後篇は第六よりはじまるので、前篇を読んでいない方は先に十牛図の前篇を読んでから、この後篇を読んだほうがわかりよいように思う。下の記事が前篇なので、未読の方はこちらを先にどうぞ。www.zen-essay.comそれでは十牛図の続きに移ろう。 第六 騎牛帰家(きぎゅうきか) 牛に乗って家に帰る。自分を探し当てて、旅から戻る。 [続きを読む]
  • 十牛図に秘められた悟りの諸相 【廓庵師遠版】(前篇)
  • 十牛図に秘められた悟りの諸相 十牛図とは、禅の極意、つまりは「悟り」というものを感覚として摑むことができるよう、牛を題材にした十枚の絵によって悟りへのプロセスを描き表わした絵画であり、教本であり、芸術である。この十牛図の面白さは、何と言っても「悟り」といった漠然とした不可思議な事柄を説明するのに、文字ではなく絵図を用いた点に尽きる。言葉で説明を重ねるのではなく、絵を見て直感的に仏の教えを感じ [続きを読む]
  • 「億劫」が意味する果てしない時間 【身近な仏教用語】
  • 「億劫」が意味する果てしない時間【身近な仏教用語】 やらなければいけない仕事があっても、あまり気が乗らずにぐだぐだして時間を無駄にしてしまうようなときがある。あるいは取り組もうと思っても、その仕事を終えるまでの手間と時間をちょこっとイメージしたら、とんでもなく大変そうで一歩を踏み出す気持ちが急速に萎えて躊躇してしまうようなときもある。そんな気持ちや様子を「おっくう」と表現することがあるが(若 [続きを読む]
  • 【両祖】曹洞宗の祖は2人いる 〜道元禅師と瑩山禅師〜
  • 【両祖】曹洞宗の祖は2人いる 〜道元禅師と瑩山禅師〜 日本の仏教宗派の一派である曹洞宗(そうとうしゅう)では、あまり宗祖(しゅうそ)という言葉を使用しない。宗祖とはその言葉のとおり、宗派の祖、つまりはその宗派の創始者というほどの意味であるが、そうした言葉を用いない。普通、それぞれの宗派にはそれぞれの教えを説いた創始者という意味での宗祖が存在する場合が多いのだが、曹洞宗は少々特殊な事情があって [続きを読む]
  • 智慧と知恵の違い、「賢い」の意味、オレオレ詐欺で考えてみよう
  • 智慧と知恵の違い【身近な仏教用語】 寺院の本堂の奥、須弥壇(しゅみだん)の上には必ず蝋燭(ろうそく)が置いてある。蝋燭の本分は周囲を照らすこと、つまり照明にあり、暗がりを明るくするものであるというのが蝋燭の役割。しかし仏教ではこの蝋燭というものを単なる照明用具とは考えず、「ある象徴」として捉えている。何の象徴なのかというと、智慧の象徴なのだ。普通「ちえ」と聞くと、大抵はこちらの漢字の「知恵」 [続きを読む]
  • 供養の意味や考え方を知ると、供養の在り方は豊かに広がる
  • 供養の意味や考え方を知ると、供養の在り方は豊かに広がる 亡き人の冥福を祈って行われる行為は、総じて供養と呼ばれる。仏壇にご飯や水を供えたり、墓前に花を飾ったり、読経をしたり。そういったものをすべて供養と考えて、亡き人が少しでも喜ばれるように、安らかになるように、そう願って人は供養を施す。供養とは何か、という問いに大雑把に答えるなら、まず、亡き人の冥福のために行われる行為はすべて供養と考えてよ [続きを読む]
  • ぜんざいの語源は仏教用語? ぜんざいとお汁粉の違いは?
  • ぜんざいの語源は仏教用語? ぜんざいとお汁粉の違いは? 餅が好きで、さらに餡子も好きな甘党にとって、もはや「ぜんざい」は究極のご馳走ではないだろうか。少なくとも、私にとっては至福の一品。寒い冬、トースターで餅を焼くその傍らで、小鍋でレトルトのぜんざいを温める。ぷっくりと膨らんだ餅がはじける前に箸で掴み出し、椀の底に置く。餅はやっぱり2個くらいあったほうがいい。1個ではちょっと少なくてさみしい。 [続きを読む]
  • 【賽の河原地蔵和讃】亡くなった子ども(水子)と地蔵菩薩の物語
  • 【賽の河原地蔵和讃】亡くなった子ども(水子)と地蔵菩薩の物語 幼い子どもが亡くなった場合、あるいは水子の供養をする際などに、それぞれの子が眠る家の墓石とは別に、合祀墓のような形となっている石塔に向かって読経焼香をし供養を施すことがある。そしてそのような供養塔にはけっこうな確率で、地蔵菩薩が祀られていたりする。じつは仏教の世界観のなかで子どもと地蔵菩薩は関わり合いの深い関係にあり、子どもを救う [続きを読む]
  • 【風外本高】紅葉の名所、足助の香嵐渓で暮らした禅僧
  • 【風外本高】紅葉の名所、足助の香嵐渓で暮らした禅僧 江戸時代後期の曹洞宗の僧侶に風外本高(ふうがい・ほんこう)がいる。紅葉で有名な愛知県の足助の香嵐渓(こうらんけい)にある香積寺の25世住職であった風外は、その前は大阪の寺院で住職をしていた。そこへ足助の人々や役人がやってきて、ぜひ香積寺の住職になっていただきたいと招かれて足助の地に赴くことになったわけである。当初この話を断わろうと考えていた風 [続きを読む]