佐藤 隆定 さん プロフィール

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佐藤 隆定さん: 禅の視点 -life-
ハンドル名佐藤 隆定 さん
ブログタイトル禅の視点 -life-
ブログURLhttp://www.zen-essay.com/
サイト紹介文禅語を題材にしたエッセイ、思わず唸る禅僧の逸話、人生を心豊かに幸せに生きるヒント満載の禅ブログ。
自由文佐藤隆定(さとう・りゅうじょう)
禅僧、エッセイスト
「生きる」という、人間にとって根源的・日常的な活動について禅という視点から考え、法話や執筆等を通じて人々に伝える活動を行っている。
禅には人生を安らかに生きるための智慧が沢山秘められている。ただ、難しそうで敬遠されがちであるため、多くの方々に禅を知っていただきたいと思い、このブログを書き始めた。

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供57回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2016/10/08 23:28

佐藤 隆定 さんのブログ記事

  • 【禅語】 日々是好日 〜「毎日がよい日」をどう受け取るか〜
  • 【禅語】 日々是好日 (にちにちこれこうじつ) 直訳すれば、「毎日がよい日だ」とでもなるだろうか。禅語、日々是好日。音の響きも文字の雰囲気も言葉の意味も良いイメージなものだから、掛軸などに揮毫される場合も多く、世間にもっともよく知られている禅語の1つである。しかし毎日がよい日だなんて、そんな嬉しい話があるわけないじゃないかと、この禅語を疑問視する声もたまには聞く。絵空事を言いふらすのはやめてく [続きを読む]
  • 禅問答って何? その意味と知られざる成立過程と例話をご紹介
  • 禅問答とは何か 禅問答という言葉を聞いて、頭に思い浮かぶこと。それは、「意味のわからない言葉のやりとり」ではないだろうか。応答が噛み合っていなかったり、突拍子もない返事をしたり、非論理的な会話をしたり。そのような意味不明な会話を指して禅問答と呼ぶのが、現代における禅問答という言葉の用例であるように感じられる。しかしこれはもちろん、禅問答という言葉の本来の意味ではない。本来の意味は言葉どおり「 [続きを読む]
  • 分別のある大人になるより、無分別の悟りを開こう
  • 仏教用語としての分別、無分別 分別(ふんべつ)のある大人になりなさいと、普通は言う。分別のない人間ではいけない。ちゃんと善悪をわきまえて、しっかりと自分の頭で考えて判断して生きるべきだと。今どきの成人式でも言われているのかは知らないが、市長の挨拶のなかで分別という言葉が登場したのをこれまでに何度か聞いたことがある。成人、つまり大人になるということは、分別のある人間になるということなのだと。そ [続きを読む]
  • 【群盲象を評す】平面的な意見と、立体的な真実の関係
  • 【群盲象を評す】平面的な意見と、立体的な真実の関係 仏典のなかに「群盲象を評す」という話が出てくる。もともとはインドの寓話で、仏教をはじめ多くの宗教や国・地域で語られることにもなっている話なのだが、これがシンプルながら非常に鋭い例え話で、時代を超えた普遍的示唆に富んでいる。要点のみを言えば、次のような内容だ。目が見えない盲目の人間が数名集められ、その人たち全員に象を触ってもらった。当人たちは [続きを読む]
  • 退屈な人に読んでほしい、仏教用語「退屈」の話
  • 退屈な人に読んでほしい、仏教用語「退屈」の話 あー退屈だ。退屈すぎて、逆に何もする気になれん。と、暇を持て余している方がいらっしゃれば、まずはちょっとした退屈しのぎに「退屈」という言葉の本来の意味についてご承知願いたい。それというのも、退屈という言葉は、じつは仏教から生まれた仏教用語なのである。通常、退屈という言葉は、することがなくて暇つまらない、飽き飽きする、嫌気がさすといった意味で使用さ [続きを読む]
  • お彼岸とは何か? 仏教行事として考える彼岸の意味
  • お彼岸とは何か? 仏教行事として考える彼岸の意味 暑さ寒さも彼岸まで。ということで、今週は春のお彼岸だ。朝晩の冷え込みも緩まり徐々に暖かさへと向かう今の季節は、外に出るのが楽しみに感じられる。梅や早咲きの桜の花が開いていたり、緑が濃くなり茂りはじめた境内のあちらこちらから水仙の芽が飛び出ていたりするのを見つけると、いよいよ春だなあとの感慨にふけってしまう。ついつい腕を空に向かって突き上げて背 [続きを読む]
  • 「忙しいと心を亡くす」は事実 〜善きサマリア人の実験〜
  • 「忙しいと心を亡くす」は事実 〜善きサマリア人の実験〜 「忙」という漢字は、心を意味する立心偏「忄」に、「亡」という旁が組み合わさってできている。そのような成り立ちによる漢字であるがゆえに、「忙しいと心を亡くすよ」との安直なアドバイスを耳にすることもある。しかしどうやら、その解釈は間違いではなさそうだ。プリンストン大学の心理学者ジョン・ダーリーとダニエル・バッソンは、神学部に通う学生に対して [続きを読む]
  • 【写経セット】般若心経の現代語訳の冊子&筆ペン付きで新発売
  • 【写経セット】般若心経の現代語訳の冊子&筆ペン付きで新発売 2016年9月に禅や仏教を題材としたブログ「禅の視点」を書き始め、かれこれ1年半が経過した。ありがたいことに、このブログが縁となって執筆等のご依頼をいただくに到ったケースがいくつもあり、3ヶ月ほど前には大阪府堺市に社を構える山本紙業さんからも面白い話をいただいた。当ブログの記事の1つ「般若心経の現代語訳」を参考に冊子を作って、写経セットとし [続きを読む]
  • 「本を読むことも大切だ」という道元禅師の言葉を意外に感じてしまう
  • 道元禅師と読書 永平寺を開いた道元禅師は、ひたすらに坐禅を重視する禅者であった。頭で考えるのではなく、身体や生活を正しく整えることによって自ずと心が整えられていく姿に仏(悟り)を見出す人物であった。だから「行い」を重視し、そのもっとも代表的な姿として坐禅を説いた。永平寺の修行生活とはまさにこのような思想が集約されたものであって、そこには思考というものが入り込む余地がほとんどない。入り込むこと [続きを読む]
  • 永平寺での修行中にやらかした最大の失敗 〜これがケチラシだ〜
  • 永平寺での修行中にやらかした最大の失敗 永平寺では、ミス(失敗)のことを「ケチラシ」と呼ぶ。調べたことはないが、おそらくは「蹴散らし」の意味なのだろう。蹴散らしという言葉の意味は2つあって、1つは敵をあっさりやっつけること。「雑魚を蹴散らして進軍する」というような用法である。もう1つの意味は、かたまっているものを散乱させることで、「ごみ箱を誤って蹴散らしてしまった」というような用法だ。永平寺で [続きを読む]
  • 【大鑑慧能】六祖と称される禅の大成者の生涯 〜禅僧の逸話〜
  • 【大鑑慧能】六祖と称される禅の大成者の生涯 「禅の創始者は誰か」という問いは、答えるのが相当に難しい。たとえば禅を中国に伝えたのは達磨大師といわれており、この達磨大師こそ禅の創始者であると考える人もいるが、そもそも達磨大師は歴史上の人物として本当に実在したのかがすでにあやしい。達磨とは個人を指すのではなく、禅を中国へ伝えた僧侶の集団を指すのではないかという専門家もおり、残されている文献上の記 [続きを読む]
  • お茶出しのマナー「右からだっけ? 左からだっけ?」に悩む方へ
  • お茶を出すときのマナー お客さんがやってきた。さて、お茶を出そうかな。そんなときに、ふと心配になるのが「正しいお茶の出し方」。相手が気心の知れた友人であれば細かなマナーを気にしなくても問題はないだろうが、仕事相手や客人ではそうも楽観的にしていられない。かしこまりすぎる必要はないが、失礼があってはいけないと思うのが心情だろうし、おもてなしをするという面から考えても、やはりある程度の礼節はわきま [続きを読む]
  • 【良寛の言葉】災難に遭う時節には災難に遭うがよく候
  • 災難に遭う時節には災難に遭うがよく候 地震や台風、大雪や噴火。個人の力などでは到底太刀打ちすることのできない圧倒的強大な自然の力の前に、人は何ができるのか。どれだけ頭をひねって予防に努めても、自然災害を完全に防ぐことなどできないという不可避性に、災害の恐ろしさを思わずにはいられない。天災とはよくいったもので、要するにそれは人間が制御することのできない「天」の範疇に属するものであるということな [続きを読む]
  • 【禅語】法食同輪 〜修行でないことが世の中にあるだろうか〜
  • 【禅語】法食同輪 〜修行でないことが世の中にあるだろうか〜 永平寺の七堂伽藍(しちどうがらん)の東に位置する巨大な建物、大庫院(だいくいん)。上の画像の建物がそう。ここは永平寺で修行をする雲水たちの食事を作る台所である。中で食事を作っているのは、もちろん雲水。そんな大庫院には足が速いことで有名な韋駄天(いだてん)が祀られており、その左右には一対の聯(れん)が掛けれている。聯というのは、漢詩 [続きを読む]
  • 色即是空の意味を知ったなら、次は空即是色の視点を持とう
  • 色即是空の意味を知ったなら、次は空即是色の視点を持とう 般若心経のなかに「色即是空(しきそくぜくう)」という言葉がでてくる。掛軸や色紙などに揮毫される言葉として用いられたり、禅語として紹介されたりすることもあって、比較的世によく知られた言葉となっている。意味は知らずとも、色即是空という言葉を耳にしたことがあるという方は少なくないことと思う。www.zen-essay.comただ、そこで説かれている事柄や「空 [続きを読む]
  • 【禅語】 露堂々 〜真理は目の前にはっきりとあらわれている〜
  • 【禅語】 露堂々(ろどうどう) 家のなかでばかり生活をしていると、どうしても視界が近く狭くなりがち。どこを歩いても数メートル先には壁があって、解放された景色というものを見ることができない。私はほとんどテレビを見ないが、仕事柄パソコンに向かっている時間は長い。そんなときは、視界は数十センチ先の画面のみとなる。およそ景色などという言葉とは無縁の世界だ。それだけに、境内に出たときには清々しく爽快な [続きを読む]
  • 天上天下唯我独尊の本当の意味【身近な仏教用語】
  • 天上天下唯我独尊の意味とは? 仏教を説いた創始者であるブッダには多くの伝承が残っている。そうした伝承から生まれた仏教用語が社会一般の言葉として定着し、現代においてもごく普通に使われているというケースも存在する。たとえば「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげ ゆいがどくそん)」という言葉もそのうちの1つ。これは、もともとはブッダの出生にまつわる伝承から生まれた仏教用語なのである。じつはブッダには、 [続きを読む]
  • 大パリニッバーナ経の現代語訳 〜ブッダ最後の旅の言行録〜 第6章
  • 大パリニッバーナ経の現代語訳 〜ブッダ最後の旅の言行録〜 第6章 ブッダの臨終の様子を記述した大パリニッバーナ経の第6章には、ブッダが弟子たちに残した「最後の言葉」が記されている。その言葉とは一体どのようなものであったのか。また、ブッダの死後、その遺体はどのようにして葬られたのか。それらを記述したのが終章であるこの第6章。大パリニッバーナ経の最後を締めくくる本文を、それでは読み進めていきたい。 [続きを読む]
  • 大パリニッバーナ経の現代語訳 〜ブッダ最後の旅の言行録〜 第5章
  • 大パリニッバーナ経の現代語訳 〜ブッダ最後の旅の言行録〜 第5章 80歳でその生涯を閉じることとなるブッダは、最後の旅でどのような言葉を残したのか。ブッダの最後の旅の記録ともいえる大パリニッバーナ経のなかで、今回は第5章を読み進めていきたい。この「大パリニッバーナ経の現代語訳」シリーズを未読のかたは、ぜひ下の記事(第1章)からどうぞ。www.zen-essay.com 第18節 病に臥す ブッダはクシナーラーの [続きを読む]
  • 大パリニッバーナ経の現代語訳 〜ブッダ最後の旅の言行録〜 第4章
  • 大パリニッバーナ経の現代語訳 〜ブッダ最後の旅の言行録〜 第4章 ブッダ最後の旅の言行録でもある『大パリニッバーナ経』の現代語訳(私訳)の4回目。今回は4章を現代語訳して読み進めていきたいが、この章のなかでついにブッダは病を発症し、また寂滅の地であるクシナーラーにたどり着く。ブッダが患った病とは何だったのか。またブッダは自らの「死」をどのように感じていたのか。そして死に際し、弟子たちにどんな言 [続きを読む]
  • 大パリニッバーナ経の現代語訳 〜ブッダ最後の旅の言行録〜 第3章
  • 大パリニッバーナ経の現代語訳 〜ブッダ最後の旅の言行録〜 第3章 ブッダ最後の旅の言行録でもある『大パリニッバーナ経』の現代語訳(私訳)の3回目。ここでは第3章を読み進めていきたい。このシリーズを未読のかたは下の記事(第1章)からどうぞ。www.zen-essay.com 第3章 弟子たちへ 第10節 死期の予感 ブッダは朝早くに起きると衣を整え、鉢を手に持ってヴェーサーリーの市街へ入っていった。托鉢を行 [続きを読む]
  • 大パリニッバーナ経の現代語訳 〜ブッダ最後の旅の言行録〜 第2章
  • 大パリニッバーナ経の現代語訳 〜ブッダ最後の旅の言行録〜 第2章 ブッダ最後の旅の言行録でもある『大パリニッバーナ経』の現代語訳(私訳)の2回目。ここでは第2章を読み進めていきたい。前回を未読のかたは下の記事(第1章)からどうぞ。www.zen-essay.com 第2章 自分をたより、法をよりどころとせよ 第5節 4つの聖なる教え ブッダ一向はガンジス側を渡り、北岸にたどり着いた。「さて、アーナンダよ [続きを読む]
  • 大パリニッバーナ経の現代語訳 〜ブッダ最後の旅の言行録〜
  • 大パリニッバーナ経の現代語訳 〜ブッダ最後の旅の言行録〜 ブッダの最期を記した経典がある。『マハー・パリニッバーナ・スッタンタ』。日本では『大パリニッバーナ経』と呼ばれたり、『大般涅槃経』(だいはつねはんぎょう)と呼ばれたり、略して『涅槃経』と呼ばれたりすることもある。一応ここでは『大パリニッバーナ経』と表記して話をすすめたい。この経典が非常に興味深いのは、80歳で最後の旅に出たブッダの言行録 [続きを読む]
  • 武田物外(物外不遷)〜拳骨和尚の異名を持つ怪力禅僧の逸話〜
  • 武田物外(物外不遷)〜拳骨和尚の異名を持つ怪力禅僧の逸話〜 1795年に伊予国(現在の愛媛県)に生まれ、幕末の時代に世を去った曹洞宗の禅僧に武田物外(たけだ・もつがい)(物外不遷・もつがいふせん)がいる。物外は不遷流柔術という武術の創始者でもあるが、何よりも有名なのはその桁外れな怪力伝説。物外の怪力話は枚挙に暇がないほどで、各地にその手の伝説が残っている。なかには明らかに作り話としか思えないほど [続きを読む]
  • 六曜の意味と機械的な割振りの事実を知っても、まだ六曜を気にする?
  • 六曜の意味と機械的な割振りの事実を知っても、まだ六曜を気にする? カレンダーなどに記載されている六曜(ろくよう)で物事の良し悪しを決める習慣は、科学的思考や合理的判断が浸透している現代社会においても根強く存在している。たとえば、友引の日に葬儀をすると、弔問に訪れた友を一緒にあの世へ連れて行ってしまうようで縁起が悪いから、友引の日に葬儀はしない、とか。仏滅は仏が亡くなるくらい大凶の日だから予定 [続きを読む]