佐藤 隆定 さん プロフィール

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佐藤 隆定さん: 禅の視点 -life-
ハンドル名佐藤 隆定 さん
ブログタイトル禅の視点 -life-
ブログURLhttp://www.zen-essay.com/
サイト紹介文禅語を題材にしたエッセイ、思わず唸る禅僧の逸話、人生を心豊かに幸せに生きるヒント満載の禅ブログ。
自由文佐藤隆定(さとう・りゅうじょう)
禅僧、エッセイスト
「生きる」という、人間にとって根源的・日常的な活動について禅という視点から考え、法話や執筆等を通じて人々に伝える活動を行っている。
禅には人生を安らかに生きるための智慧が沢山秘められている。ただ、難しそうで敬遠されがちであるため、多くの方々に禅を知っていただきたいと思い、このブログを書き始めた。

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供54回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2016/10/08 23:28

佐藤 隆定 さんのブログ記事

  • 寄付で支援したいNPO・NGO団体等【おすすめ18選 まとめ】
  • 寄付で支援したいNPO・NGO団体等【おすすめ18選】 日本人は寄付に対する関心が諸先進国に比べて低いと言われている。日本の1世帯あたりの年間の寄付金額はだいたい数千円で推移しているが、たとえばアメリカでは10万円代〜20万円代での推移が多いという。年によってはじつに100倍以上の差が開いたこともあった。こうしたデータから、「日本人は思いやりがない」と論じられることがあるが、問題の根本にあるのは単に「思いや [続きを読む]
  • 正法眼蔵第三「仏性」巻の現代語訳と原文 Part④
  • 正法眼蔵「仏性」巻の現代語訳と原文 Part④ 『正法眼蔵』「仏性」の巻の現代語訳の4回目。仏性の巻は文字数が多いため複数回に分けて掲載をしているので、これまでを未読の方は下の記事からどうぞ。www.zen-essay.com前回は、中国における4祖大医道心禅師と5祖大満弘忍禅師の問答をとりあげ、仏性とは何であるかを道元禅師は示そうとした。それに対して、今回は禅の大成者と称される中国の6祖慧能禅師の言葉に着目し、「無 [続きを読む]
  • 法話(説法)って何? 仏教の話の専門家「布教師」にインタビュー
  • 法話(説法)って何? 仏教の話の専門家「布教師」にインタビュー 僧侶のなかには、話をすることで仏法を伝えようと、布教・伝道に特に尽力される方がいる。そのような「仏教の教えを説く話」を法話とか、説法とか、あるいは説教などと呼ぶ。また、そういった話をされる方々は、布教師や説教師と呼ばれてもいる。寺院の檀家さんであれば、こうした法話というものを耳にする機会も多少なりあるだろうが、おそらくは法話とい [続きを読む]
  • 正法眼蔵第三「仏性」巻の現代語訳と原文 Part③
  • 正法眼蔵「仏性」巻の現代語訳と原文 Part③ 『正法眼蔵』「仏性」の巻の現代語訳3回目。仏性の巻は文字数が多いため複数回に分けて掲載をしているので、初回を未読の方は下の記事からどうぞ。www.zen-essay.comここでは、中国における4祖大医道心禅師と5祖大満弘忍禅師の問答をとりあげ、仏性とは何であるかを示そうとしている。特に、道元禅師が強く伝えようとしているのは「無仏性」という言葉。仏性について学ぼうとす [続きを読む]
  • 戒名に「変な漢字」が使われている本当の意味
  • 戒名に「変な漢字」が使われている本当の意味 墓石に刻まれた故人の名前、戒名。その戒名を見て、「あれ? なんでこんな漢字が使われているんだろう?」と不思議に思ったことはないだろうか。そもそも戒名は亡くなられた方に授けられる名前ではなく、僧侶となった者に授けられる名前。つまり戒名を授けられた故人は、立場上は僧侶となっているということ。そしてその名前は必ず師匠から授けられる。だから自分で戒名を考え [続きを読む]
  • 正法眼蔵第三「仏性」巻の現代語訳と原文 Part②
  • 「仏性」巻の現代語訳と原文 Part② 『正法眼蔵』「仏性」の巻の現代語訳2回目。仏性の巻は文字数が多いため複数回に分けて掲載をしているので、初回を未読の方は下の記事からどうぞ。www.zen-essay.comそれではさっそく続きに入っていきたい。道元禅師が言葉を尽くして説こうとしている「仏性」とは、一体何なのかについて。 4節 仏性の言をききて、学者おほく先尼外道の我のごとく邪計せり。それ、人にあはず、自己 [続きを読む]
  • 正法眼蔵第三「仏性」巻の概要と現代語訳と原文
  • 「仏性」巻の概要と現代語訳と原文 『正法眼蔵』仏性の巻の主題となるものは、まさに題にあるとおり「仏性(ぶっしょう)」である。古来、仏教というものが悟りを開いて仏となることを目指す教えであることを考えたとき、仏性は必然的にその中心的な概念となってくる。したがって、この仏性の巻を道元禅師の思想の中枢に位置するものの1つとして理解することは、ごく自然な判断であると考えられる。しかしながら、道元禅師 [続きを読む]
  • 「未曾有」ってどういう意味? 【身近な仏教用語】
  • 「未曾有」ってどういう意味? 東日本大震災から今年で7年。あの災禍がもたらされてから、メディアでよく見聞きするようになった言葉がある。未曾有(みぞう)。訓読みすると、未だ曾て有らず。「これまでに存在しえなかった」という意味を持つこの未曾有という言葉は、じつはもともと仏教用語だった。原語はサンスクリット語のadbhuta(アドゥブタ)で、原意は「あり得ない」「奇跡」「驚き」といったもの。このアドゥブタ [続きを読む]
  • 紙が、ない。
  • 紙が、ない。 少し焦っていた。8時には出発しないと間に合わない仕事があるのに、もう7時55分。しかも自分の家ではなく、とある知人の寺院のトイレの中にいる。出そうで出ないという難敵と格闘した末に、どうにか出すことができたところだ。登山では、準備段階における排便の有無が死活問題に直結するという笑い話のような笑えない話を聞いたことがあるが、何も排便の有無は登山時のみ重要となるわけではない。日常生活にお [続きを読む]
  • 正法眼蔵第二「摩訶般若波羅蜜」巻の概要と現代語訳と原文
  • 「摩訶般若波羅蜜」巻の概要と現代語訳と原文 『正法眼蔵』第二に位置付けられる「摩訶般若波羅蜜(まかはんにゃはらみつ)」の巻。この巻が書かれたのは1233年。道元禅師33歳の頃のこと。道元禅師は1200年ちょうどに生まれているため、西暦がわかれば禅師が何歳のときのことだったのかはすぐにわかる。年齢と西暦の下二桁が同じだから。この「摩訶般若波羅蜜」の巻は、その文章の主たる構成を『般若心経』などからの引用文 [続きを読む]
  • 正法眼蔵第一「現成公案」巻の概要と現代語訳と原文
  • 「現成公案」巻の概要と現代語訳と原文 『正法眼蔵』の数多の巻のなかでも、この現成公案の巻は最重要の部類に含まれるものと考えて相違ないと個人的には思う。現成公案とは、ずばり「悟りの実現」というほどの意味の言葉であり、この巻で著述されている内容は、仏法の根幹である「悟り」をテーマとしているからである。「現成」は「現成正覚」の略で、悟りがここに実現される、というほどの意味。実現するものを示す「正覚 [続きを読む]
  • 『正法眼蔵』とは何か 〜道元禅師が心血を注いだ未完の仏教書〜
  • 『正法眼蔵』とは何か 『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』は、日本曹洞宗の開祖である道元禅師が20年以上の歳月を費やして著した一大仏教書。その深淵な思想によって、日本仏教史上最高峰に位置する書物と称されることもしばしばだが、難解さという点においても間違いなく抜きん出た実力の書物となっている。仏教・思想・哲学・作法など、巻ごとのテーマは多岐にわたり、僧侶に限らず万人にとって読み応えのある内容といえ [続きを読む]
  • 【禅語】抜群無益 大衆一如 〜自我を制御するために〜
  • 【禅語】抜群無益 大衆一如 道元禅師が著した、永平寺での修行生活における規則をまとめた書物『永平清規(えいへいしんぎ)』のなかに「弁道法(べんどうほう)」という章がある。弁道とは修行生活を意味しており、したがって章の内容は、永平寺における修行生活について、坐禅を主体とした記述となっている。その「弁道法」のなかに「抜群無益(ばつぐんむえき)」という言葉が出てくるということで、この言葉について記 [続きを読む]
  • 会釈の本来の意味 〜身近な仏教用語〜
  • 会釈の本来の意味 〜身近な仏教用語〜 立ち止まって話をするほどでもないのだけれど、素通りしたのでは失礼にあたる。そんなときは笑顔で少しだけ頭を下げて軽くおじぎをするのがベター。つまりが、会釈(えしゃく)である。じつはこの会釈という言葉、もとは仏教用語なのをご存じだろうか。会釈は、正式には「和会通釈(わえつうしゃく)」という四字熟語で、経典に書かれている内容をわかりやすく解釈することを意味して [続きを読む]
  • 障道 〜仏道修行を障げるもの〜
  • 障道 〜仏道修行を障げるもの〜 禅には障道(しょうどう)という言葉がある。読んで字の如く「仏の道を障(さまた)げるもの」という意味である。仏道などと改まらなくても、たとえば家で勉強をしようとしていたとき、ふと目にした新聞のテレビ欄に面白そうな番組があって、その番組が気になって勉強に身が入らなくなるといったことでもいい。この場合、テレビは勉強を進める上での障壁といえる。何かをしよう、したい、と [続きを読む]
  • 【禅僧の逸話】桃水雲渓 〜乞食として生きた禅僧〜
  • 桃水雲渓 〜乞食として生きた禅僧〜 江戸初期の時代に、桃水雲渓(とうすい・うんけい)という禅僧がいた。現在の福岡県に生まれた人物で、子どもの頃に出家し、20歳を過ぎた頃から諸国を行脚するようになり、多くの禅師に歴参した禅僧である。桃水はいくつかの寺院の住職を勤めたのだが、島原の禅林寺での勤めを最後に出奔して乞食に身を投じ、以後寺院での僧侶としての生活には戻らなかった。晩年を乞食として生きること [続きを読む]
  • 精進料理は菜食を意味するのではない 〜仏教における肉食の解釈〜
  • 精進料理は菜食を意味するのではない 〜仏教における肉食の解釈〜 「精進料理」といえば、普通「肉類を使用していない野菜中心の料理」を思い浮かべるのだと思う。いわゆる菜食のことであると。精進とは、菜食の別名のようなものだと。辞書で「精進」を引いてみると「肉食せずに菜食すること」とあるものだから、「精進=菜食」という認識は間違いではないのかもしれない。けれども、仏教的な立場からすればやはり、それは [続きを読む]
  • 【禅語】紅炉上一点の雪  〜燃える心に誘惑は近づけない〜
  • 【禅語】紅炉上一点の雪 (こうろじょう いってんのゆき) 赤々と燃えるストーブの上に、ふわりと雪が舞い落ちてきた。けれどもストーブに触れた瞬間、雪は溶けて水になり、瞬く間に蒸発して消えてしまう。炎を前にして、雪は為す術もなく消えさっていく。炎は雪の存在に気付くことすらなく、自分が燃えることだけに専念している。そんな情景をありありとイメージしてしまう禅語、「紅炉上一点の雪」。紅炉とは、勢いよく燃 [続きを読む]
  • 永平寺の七不思議
  • 永平寺の七不思議 曹洞宗の大本山であり、禅の修行道場として名高い永平寺には、いつ頃から語られ始めたのか定かでない「七不思議」が存在する。禅寺に似つかわしくない、少々不気味で、しかし妙なリアリティもある永平寺の幽霊物語を、ひっそりとご紹介しよう。 ①夜鳴杉(よなきすぎ) 永平寺に入る際に、一般の参拝者の方は通用門という入口から中に入る。しかし、永平寺に修行にやってきた雲水とはそれとは別の、 [続きを読む]
  • 「世知辛い」ってどういう意味?【身近な仏教用語】
  • 「世知辛い」はもともと仏教用語 なんというか、世知辛い世の中である。普段の会話で耳にする機会は少ないが、文字やセリフとしてはときどき見聞きする「世知辛い」。「よちがらい」ではなく、「せちづらい」でもなく、「せちがらい」。間違えると恥ずかしい。この世知辛いという言葉を聞くと、なぜか砂ばかりの乾燥しきった砂漠を想起してしまう。暮らしにくさを感じさせる言葉だから、生きることが苛酷な環境である砂漠を [続きを読む]
  • 【禅語】 日々是好日 〜「毎日がよい日」をどう受け取るか〜
  • 【禅語】 日々是好日 (にちにちこれこうじつ) 直訳すれば、「毎日がよい日だ」とでもなるだろうか。禅語、日々是好日。音の響きも文字の雰囲気も言葉の意味も良いイメージなものだから、掛軸などに揮毫される場合も多く、世間にもっともよく知られている禅語の1つである。しかし毎日がよい日だなんて、そんな嬉しい話があるわけないじゃないかと、この禅語を疑問視する声もたまには聞く。絵空事を言いふらすのはやめてく [続きを読む]
  • 禅問答って何? その意味と知られざる成立過程と例話をご紹介
  • 禅問答とは何か 禅問答という言葉を聞いて、頭に思い浮かぶこと。それは、「意味のわからない言葉のやりとり」ではないだろうか。応答が噛み合っていなかったり、突拍子もない返事をしたり、非論理的な会話をしたり。そのような意味不明な会話を指して禅問答と呼ぶのが、現代における禅問答という言葉の用例であるように感じられる。しかしこれはもちろん、禅問答という言葉の本来の意味ではない。本来の意味は言葉どおり「 [続きを読む]
  • 分別のある大人になるより、無分別の悟りを開こう
  • 仏教用語としての分別、無分別 分別(ふんべつ)のある大人になりなさいと、普通は言う。分別のない人間ではいけない。ちゃんと善悪をわきまえて、しっかりと自分の頭で考えて判断して生きるべきだと。今どきの成人式でも言われているのかは知らないが、市長の挨拶のなかで分別という言葉が登場したのをこれまでに何度か聞いたことがある。成人、つまり大人になるということは、分別のある人間になるということなのだと。そ [続きを読む]
  • 【群盲象を評す】平面的な意見と、立体的な真実の関係
  • 【群盲象を評す】平面的な意見と、立体的な真実の関係 仏典のなかに「群盲象を評す」という話が出てくる。もともとはインドの寓話で、仏教をはじめ多くの宗教や国・地域で語られることにもなっている話なのだが、これがシンプルながら非常に鋭い例え話で、時代を超えた普遍的示唆に富んでいる。要点のみを言えば、次のような内容だ。目が見えない盲目の人間が数名集められ、その人たち全員に象を触ってもらった。当人たちは [続きを読む]
  • 退屈な人に読んでほしい、仏教用語「退屈」の話
  • 退屈な人に読んでほしい、仏教用語「退屈」の話 あー退屈だ。退屈すぎて、逆に何もする気になれん。と、暇を持て余している方がいらっしゃれば、まずはちょっとした退屈しのぎに「退屈」という言葉の本来の意味についてご承知願いたい。それというのも、退屈という言葉は、じつは仏教から生まれた仏教用語なのである。通常、退屈という言葉は、することがなくて暇つまらない、飽き飽きする、嫌気がさすといった意味で使用さ [続きを読む]