torako さん プロフィール

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torakoさん: 認知症の母を看取って
ハンドル名torako さん
ブログタイトル認知症の母を看取って
ブログURLhttp://ninchihaha.seesaa.net/
サイト紹介文平成26年7月末に92歳で自宅で認知症でなくなった母との日々です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供13回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2016/11/04 14:24

torako さんのブログ記事

  • ピザ風パンはピザじゃない。今度は本物をお供えしてほしい
  • ばぁちゃん、ねぇちゃん、ピザを食べたかい?先日、私の昼寝中の夢の中で、二人で出てきてピザを食べたがっていたようだったよね。冷凍食品半額の時に冷凍ピザを買おうと思っていたけれど、丁度パン屋さんが100円セールをやっていて、ピザ風パンがあったからね、それにしたからさ。えっ、やっぱり、ピザとピザ風パンとは違うって。いいじゃないか、一応ピザ風なんだからさ。今度、半額の時に買うからさ。スポンサーリンク s [続きを読む]
  • お盆などのお供えは年々少なくなっている。とにかく低年金生活は大変なのよ。
  • 今年もお盆がやってきた。今日は16日。送り火の日今年は、今まで以上に仏壇へのお供えを減らしてしまった。とにかくね、盆棚飾りや花、お供物、毎日のご飯のお供え。それらをほんの少しにしてしまった。だって、生きている私の方が大変なんだもの。昔、私が子供のころは無縁仏様へと蓮の葉の上にご飯をお供えしたものだわ。お供物もたくさんでね。子供の頃のお盆の4日間は長かった。お供え物の果物などを食べたくて、両親が、ご [続きを読む]
  • 自分の服の整理をしていて母の服のことを思い出した。
  • 今、自分の大量にありすぎる服を整理している。そして、私が子供のころの母が来ていた服を思い出した。あれは、私がたぶん小学校に上がるか度かくらいの年齢。近くの知り合いと母が話していた場面で、私の記憶に残っているのは、いつも同じ服を着ていた母。たぶん夏だった。白の半そでの解禁襟と黒のタイトスカートかな。それしか私の記憶には母の服姿はない。父は母に服を買ってあげるということはなかった。そして、家も豊かじゃ [続きを読む]
  • 立冬を迎え、母のわがままなコタツのことを思い出した。
  • 今日は立冬。昨日、今日は日中は20度くらいになり暖かいが、やはりそろそろ暖房器具が朝には欲しくなる。そんな中、私は、11年ぶりにコタツを買うことにした。【期間限定価格】こたつ セット 正方形 省スペースこたつ台3点セット「ピコ3・チェリン」【IT-GSL】 (掛布団&敷布団&こたつ台)こたつ台サイズ:75×75cm(布団サイズ:約180×180cm・175×175cm)こたつ布団そして、炬燵のことで母のことを思い出した。母は、父が亡く [続きを読む]
  • お彼岸だから定番の天ぷらや煮物を頑張って作りすぎた( `ー´)ノ
  • 母が亡くなって3回目の秋のお彼岸。母は、生前は、お盆やお彼岸の時には、ちゃんと仏壇の掃除をして、お供え用の塗りのお膳セットを出していた。が、出来の悪い娘はそんな面倒なことはしない。仏壇も小さく新調したけれど、適当に拭いて、お供えも適当。まだ家族4人がそろっていた頃、私が高校生の頃は、父に言われて仏壇の掃除をしたものだ。そうするとお小遣いを貰えたからね!(^^)!スーパーのチラシにはお彼岸のお供えや天ぷら [続きを読む]
  • 玄関ドアに傷がある。
  • 我が家の玄関ドア、外側には下の方にうっすらと傷がある。少しだけ茶色くなっている。この原因は、私が蹴飛ばして付けたもの。母が、認知症になりかかっていた時、私はまだ、認知症との認識がなかった。そして、私は仕事をしていて、母は家事をしていた。仕事から帰って、ドアのキーを開けても、ドアロックがしてある。こればかりは、中にいる人に開けてもらうしかない。で、何度もピンポンとチャイムを押して、ドアをどんどんする [続きを読む]
  • 母の日常は認知症になるのが納得の生活や性格だったわ(-_-メ)
  • 母がまだ元気だった時のこと。今から37年前に私の姉が癌でなくなりました。姉は34歳でした。明日は姉の命日。暑い日でした。6月末に入院してからなくなる日まで、母は毎日病院に通いました。1人で電車に乗れず、券売機の使い方もわからない母が、やはり自分の娘のこととなると違うんですね。その時母はまだ、60歳前でした。母は姉の病院までは電車で2駅を通いました。ですが、その時だけで、その後はやはり1人では出歩け [続きを読む]
  • 認知症の母がいた時は毎日洗濯に追われていたわ。
  • 昨日ようやっと洗濯ができた。マンションの大規模修繕工事で各部屋の洗濯干しができるかどうかを毎日ロビー掲示板に貼ってある。そして、ようやっと(*^^)vもう、イライラよ。ホント母がいた時でなくてよかったわ。毎日、タオルを朝夕使うし、それも1枚じゃないからね。1回に3枚くらい、そしてディサービスに行くと、また使う。だから毎日、少なくともタオルは5枚〜8枚くらい。その他に下着、やパンツ、着ているもの。敷布団に [続きを読む]
  • 認知症で寝たきりでも、う〇の量はすごかった(-_-;)
  • 母が、認知症になり、2〜3年ほどで寝たきりになったときに、ヘルパーさんを頼んだ。朝と夕方に来てもらって、月曜日から土曜日まで。だから、日曜日は私がお尻の始末をしていた。年寄りでそれほど食べてはいないのに、何でと思うくらいの量が出た。汚い話で申し訳ないけれど、拭いても拭いてもペーパーについてくる。当然臭いもすごい( ;∀;)トイレットペーパーも毎月かなり大量に使っていた。母が自分の手で触ったりすると、布 [続きを読む]
  • 亡くなってみると、やはり母のことを思い出す。
  • 母が亡くなって今年の7月でまる2年になる。この頃、色々と思い出す。たぶん、この3月2日に亡くなった愛犬のことがあるから思い出すのだろう。このマンションに引っ越してきて、今年で11年目。引っ越して1か月もしないうちに柴犬を飼い、母と一緒に散歩や買い物に行っていた。私は母に対していい感情は持っていない。安月給の私に非協力的で見栄をはり、人に何でもあげてしまう。安請け合いで人に手を貸しその後始末が私に回 [続きを読む]
  • ヘルパーさんはそれぞれ個性豊かでしたね。
  • 母が認知症になり、寝たきり状態になったときにヘルパーさんもお願いしていました。日曜日以外朝夕に来てもらっていました。ヘルパーさんも人それぞれで、中には、この人何でこういうことを言うのかしらという人もいました。私と同じ歳だった人は、いつも、自分の自慢をしていました。例えば、自分はディオール以外は使ったことがなかったとか・・へぇ・・・すごいね・・・と返事はしていましたが、ハンカチから口紅まであるのです [続きを読む]
  • 雨でも傘をささずに散歩についてくる母
  • 母が歩くのがものすごく遅くなった母は、認知症となってから歩くのがとっても遅くなった。夕方の犬の散歩のときに一緒についてくるのだけれど、カートを押しながら歩く。カートがないと歩けない状態。そして、歩くのが遅いから信号を渡り切れない。信号が変わってから渡り始めるが横断歩道の真ん中に行く前に、信号が変わってしまう。私は犬のリードを持ち、犬の世話をしながら、母を強引に連れて信号を渡る。母は認知症なので、な [続きを読む]
  • 認知症の母が犬の散歩中に迷子になった、知り合いのお母さんも亡くなった
  • 母が迷子にその日は雨だった。土砂降りではなかったので、母は犬の散歩に夕方一緒に行くと言い張った。雨の時は来させないようにしていたけれど認知症になっても頑固はそのまま(; ・`д・´)カートを押さなくては歩けない母。片手で傘をさして、片手でカートを押さなくては歩けない。そのうちに、傘をたたんで濡れて歩き始める。だから、カッパを着せていたけれど、カッパは嫌いだという。どうにも仕方ない母だった。その日も、夕暮 [続きを読む]
  • 大人の排泄は認知症で寝たきりでも大変
  • 身体介護はつらい私の母は身長は140センチもありません、体重も40キロをきっていました。認知症で寝たきりの時は36キロくらいまで落ちていました。ですが、やはり大人の体。介護で動かしたりするのは大変でした。私も腰痛があり、うまく動かすのには私も腰が痛くなっていました。(; ・`д・´)おむつを変えたりするときにはどうしても体の向きを変えさせます。それにしても、寝たきりになると対して食べていません。それなの [続きを読む]