なの子 さん プロフィール

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なの子さん: ドイツ滞在記
ハンドル名なの子 さん
ブログタイトルドイツ滞在記
ブログURLhttp://nanohanabatakenokuni.blog.so-net.ne.jp/
サイト紹介文ドイツで体験したことなどを綴っています
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供31回 / 365日(平均0.6回/週) - 参加 2016/11/05 04:28

なの子 さんのブログ記事

  • 経験して思うこと③
  • 「太陽の下で」いくつかの困難を経験した私ですが、その中で、それらがあったからこそ、それらのない日々、つまり平凡な日々がどれほど幸せなことかということをとても思い知りました。たとえば、ドイツの涼しい夏に慣れてしまうと、暑くないということ、涼しいということがどんなに心地よいものかということにあまり意識がいかないのですが、日本の暑い夏が過ぎ、涼しくなってくると、なんて幸せなんだろう、暑くないってなんて快 [続きを読む]
  • 経験して思うこと②
  • 「失ったものを無駄にしたくないという切なる思い」もう随分と前ですが、ドイツのラジオで幼い我が子を失った両親のことを聞いたことがあります。事故か病気かは忘れてしまったのですが、救急ヘリコプターがあれば助かったかもしれない命だったとのことで、その子の両親は、「ヘリコプターが来てくれていれば!」との思いから、自分たちの財産を救急ヘリコプターの基金にした、というような内容だったと記憶しています。我が子はな [続きを読む]
  • 経験して思うこと
  • 「絶望の中で」多額の借金を背負ったとき、私は一時的に鬱状態に陥ったのだと思うのですが、このとき初めて本当に鬱状態というものがあるのだということを思い知りました。もともと私は精神的に弱いので、気分の落ち込みはよく経験しているのですが、人は非常に強い不安や恐怖などを感じると、現実に生きている感じのしない、まさに不思議な世界に入り込んだ状態に陥るのだということを知ったのです。それまでは、生身の人間がそう [続きを読む]
  • 中学生のときの地理の本を見て
  • 気が付けば前回の更新から一か月が経っていました・・・ずっと以前に書いた文章がいくつかあるのですが、暗い内容となってしまい、それでクリスマスや年末年始は避けたほうがいいかなと思っていたら日にちが経ってしまい、そしたら今度はなぜか公開するのがためらわれて、どうしよう、公開しようかな、やっぱりやめようかな、を繰り返しています。たいした内容では全くないのに、一旦ブログから遠ざかると、今度は更新するのに勇気 [続きを読む]
  • 微笑み
  • 少し前、ある医院の待合室の壁に、”微笑”という題の文章が飾られているのを見ました。さっと読んだだけなのではっきりとは覚えていないのですが、内容は次のようなものでした。”私は精神的に疲れ切ってしまい、仕事に行くのが嫌になり、それで仕事に行かずに街を無気力に歩いていると、けんかをしているカップルに出くわした。それを見ていると更に気が滅入ってしまい、でもそのときたまたま通りかかった人に「こんにちは」と挨 [続きを読む]
  • 合意
  • ついに私たちはマイホームを売り、それでもローンはかなり残ってしまったのですが、銀行から来た手紙で最終的な額を見たときは、私も少しほっとしたものでした。それでも私たちには払えない大金です。私たちは借金の相談員(Schuldenberater)のところへ行き、女性担当者が銀行と交渉をしてくれることになりました。この相談は無料で、都市やそれなりの規模の町だったら必ずこういった専門家がいると思います。誰が私たちにこうい [続きを読む]
  • 転換期
  • さて、多額の借金を背負ってしまった私は、とにかく毎日が不安で不安で仕方がありませんでした。特に、今後日本に帰省することは許されないのではないか、ということが一番心配で、当時は尋常ではない、得体の知れない恐怖感でいっぱいだったので、おそらくそれゆえにどんどんと悪いほうへと考えが浮かんでしまったのだと思います。これから私の身に何が起こるのだろう、と私は四六時中よくない妄想に取りつかれていました。それで [続きを読む]
  • 重荷を背負う
  • 会社を興すために夫はなんとか頑張っていましたが、お金も尽きてしまい、それどころか日々の生活にも事欠くようになってしまいました。家のローンを払う余裕もなく、いろいろな支払いが滞り、督促状も溜まっていきました。結局、会社は諦めざるを得なくなり、とりあえず食べていくためになんとかお金を稼がなくてはいけなくて、夫は職業資格の必要のない仕事を得て働き始めました。給料はぐんと下がったものの、とにかくこれで少し [続きを読む]
  • クリスマスの前に
  • 起業に向けて動き出し、会社を興そうとした夫。ただ、最初から問題続きで、それでも突っ走った結果、かなり早い段階から続けるのが難しい状況となっていました。会社を興す条件として夫とした約束の中に、「どんなに経営が苦しくても家計は使わない」ということがあったのですが、現実的にこれを果たすのは難しく、食べることも節約しないといけない事態となってしまいました。私が日本で働いて貯めていたささやかなお金も使い切っ [続きを読む]
  • 一度きりの人生
  • 長距離通勤がゆえにガソリン代が私たちの生活を逼迫し、職場の近くに引っ越すことを提案すると、会社を興したいと言い出した夫。私は何日も何日も思い悩む日々が続き、どう考えても無茶なことのようにしか思えず、誰に相談してみても反対で、悶々としていました。ある日、私は夫に、「あなたがどうしても欲しいと言っている子供も諦めないといけなるかもしれないわよ?あなたの会社が順調に行かなければ、結局は家だって売ることに [続きを読む]
  • 夫の夢
  • さて、いくつかの支払いが滞っていることを知り、いよいよこのまま同じ生活を続けて行くことはできないと確信した私は、夫に家を売ることを持ちかけました。2時間通勤による時間のロスと高額のガソリン代を考えると、当時の生活は私には精神的にも経済的にも限界に近く、私も働いて家計を助けるという方法もあったのですが、ドイツで職業教育を受けていない私にできる仕事は限られていて、夫の職場の近くに引っ越すことが一番だと [続きを読む]
  • 手紙
  • 夫が転職し、毎週二つの家を行ったり来たりする生活がようやく終わったものの、今度の就職先も家から通えるものの遠く、2時間通勤の日々でした。私は朝5時に起きて朝食を作り、夫が帰ってくるのは夜の8時頃かそれ以降で、それから一緒に夕食を食べて後片付けをしたりしていると、就寝は12時を過ぎることがほとんどで、子供の頃から寝付くのに時間がかかる私には、これはとても堪えました。睡眠時間は少なくとも6時間は必要な私なの [続きを読む]
  • できない断捨離
  • 重い腰を上げ、意を決してしようと思っている断捨離。何年も前からしなければと思っていながら、手を付け始めては結局は捨てられず、そのままになってしまっていました。夫が学生時代に使っていた教科書もまだたくさん置いてあり、長い年月をかけてたまってきた物をあまり捨てることなく家の中に詰め込んでいるのだから、すごいことになっています。夫が断捨離をしないのは、捨てるのが嫌いというわけではないようで、空間をたくさ [続きを読む]
  • 2歳児の嫉妬
  • イギリスに住む義妹の長男ファリド(仮名)が2歳だった頃、次男のラシード(仮名)は赤ちゃんでした。彼らがドイツに帰省していたある日、義妹とファリドとラシードと私はお散歩に出かけました。季節は夏だったか、それはとても気持ちのいい午後でした。ラシードはベビーカーに乗っていて、義妹のローザがベビーカーを押していましたが、ふとローザが私にベビーカーを押すことを譲ってくれました。子供のいなかった私にとって、そ [続きを読む]
  • バイリンガルの甥っ子
  • 数年に一度しかドイツに帰省しないイギリスに住む義妹一家ですが、このとき、家族4人で夫の実家に車でやってきました。当時は上の子ファリド(仮名)が2歳、真ん中の子ラシード(仮名)は生後半年ほどでした。ところで、この真ん中の子は当時はどこからどう見てもヨーロッパ人の赤ちゃんの容姿で、透き通るような白い肌に、まさにヨーロッパ人の顔立ちをしていました。でも、2歳になったときに会ったときは、この子が3人きょうだい [続きを読む]
  • ブログを始めてもうすぐ1年
  • 自分自身のためと、私が経験したことを書くことによって誰かの役に立つことができたらという思いで始めたこのブログ。でもこんな記事が誰かの役に立つことがあるとは思えず、また書くことによって私の今までの日々が整理されて今後の生き方に何かヒントを与えてくれるかもしれないと思ったりもしたのですが、これもあまり期待できず、そしたらなんだか単に恥をさらしているだけのブログのような気がして、書けなくなってしまいまし [続きを読む]
  • 夫の転職
  • 当時、夫の職場が遠く、週の間は職場の近くのアパートに住み、週末は我が家に戻るという生活を送っていたのですが、さすがにこういった生活を何年も続けるわけにはいかず、また夫が当時の会社に就職する際の条件として、いずれ会社の近くに引っ越すということがありました。でも、夫はおそらく何としてでもマイホームを手放したくなかったようで、私がどれだけ説得をしても、「この会社に働き続けるつもりはない」の一点張りで、聞 [続きを読む]
  • ドイツの病院食
  • 私が入院した病院だけかもしれませんが、栄養価の足りていない食事内容にはちょっぴり辟易しました。びっくりしたのが土曜日の食事で、土曜日はだいたいいつもメインの昼食がスープのみで、たったの200カロリー代のときが多く、これでは体が回復できないと思ったものでした。ただし、午後のお茶の時間のためのケーキやデザートは毎日昼食のお盆の上に一緒に載っていて、私はこれを食べなかったのですが、これを食べると必要なカロ [続きを読む]
  • 明日は我が身
  • 当時、私は”また病気になったらどうしよう”という恐怖に取り憑かれていました。入退院を繰り返していた時期から数年の間、病気などに対する異常な恐怖心があったように思います。そしてちょうどそんな時に、夫の会社で良くないことが相次いでいました。社長さんの周りに不幸が多かったようで、それは社長さんも不思議がるほどで、また夫の職場の女の子が難病にかかって長期間入院し、手術も何度も繰り返していて、一時は命も危な [続きを読む]
  • 家族の形
  • 以前にも書いたことがありますが、私はドイツに来て、本当にさまざまな家族の形態があるということを知りました。さて、当時、夫の兄のところに第二子が産まれました。私がドイツに来た当初は、義兄は彼女と彼女がその前に付き合っていた男性との間の子である2歳の女の子と一緒に暮らしていたのですが、その後義兄は彼女たちと別れ、それから間もなく別の女性と一緒に暮らし始め、彼女はそれから半年も経たないうちに妊娠しました [続きを読む]
  • タイ人のクラスメート②
  • 夫の父の同僚の後妻さんはタイ人で、彼女(ダオー)は30代で結婚のためにドイツに来たとのことでした。ダオーはタイで私の義父の同僚だったドイツ人夫婦の家で家政婦として働いていて、そのドイツ人の奥さんがタイで病気でなくったそうなのですが、そのときにダオーはとても献身的に介護をし、それで義父の同僚が彼女を気に入り、ドイツに連れて帰ってきたのだそうです。私も何度か会ったことがあるのですが、親切でよく笑う、とて [続きを読む]
  • タイ人のクラスメート
  • 夫の仕事の都合で週の間は家からかなり離れたところで暮らし、週末のみ我が家に帰るという生活をしていたある日、私は我が家に近い、よく行くお店の前のスタンドでソーセージを売っていたアジア人女性に呼び止められました。「なの子(私)?私はタイ人で、ポンの友達なの。ポンから”なの子はこのお店に来るはずだから、なの子を見かけたら私のことを伝えてちょうだい”と言われたの」と彼女は言い、ポンの近況を教えてくれました [続きを読む]
  • 誕生日の不思議
  • 夫の妹一家はイギリスに住んでいます。義妹は大学卒業と同時に得意の英語を活かしてイギリスで就職し、そこで北アフリカ人の男性と出会い、結婚しました。現在は3児の母親となっていますが、当時は第一子である長男を妊娠していました。北アフリカ系の赤ちゃんを見ては、こんな感じの子なのかな?と想像してみたり、義妹に似ているのかなと思ってみたり、あれこれと赤ちゃんの顔を思い描いたものです。私は数回会っただけなのです [続きを読む]
  • 行かなかった療養(Kur)
  • 前回の話から時がかなり遡るのですが、4度目の手術の後、私はかかりつけ医から療養施設へ行くことを勧められました。私は行ったことがないのでよく知らないのですが、大病をしたりして体が弱り切っている場合、退院後にこういった施設へ行って、専門家の指導の下、体力を回復したりするのだそうです。そういえば、3度目の入院のときに同じ病室にがん患者さんがいて、彼女は退院後に療養施設に行くことができると言って張り切ってい [続きを読む]
  • 心の変化
  • 結局スタートすることなく終わってしまった養親になるための過程ですが、それから何年も経って、つまり数年前ですが、再度チャレンジしました。当時はその後に起こり始めた問題があり、それがゆえに養親を希望することを諦めざるを得ず、そしてその問題はいまだに続いているのですが、以前よりは状況も大きく改善し、夢だった子育てもなんとかできそうで、年齢的なこともあり最後のチャンスと思い、再び養親への過程に進んだのです [続きを読む]