borderline さん プロフィール

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borderlineさん: 御朱印ランナーの聖地巡礼
ハンドル名borderline さん
ブログタイトル御朱印ランナーの聖地巡礼
ブログURLhttp://borderline2012.com
サイト紹介文趣味の山歩きとランニングを生かして、できる限り自分の足で寺社(御朱印)を巡ります♪
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供322回 / 365日(平均6.2回/週) - 参加 2016/11/08 20:57

borderline さんのブログ記事

  • 【三重】徳川三代将軍の母・江姫ゆかりのお寺「円光寺」の御朱印
  • 平成30年3月11日三重県津市の「円光寺」へ。萬松山「円光寺」は、南北朝時代の延文3年(1358年)栗真庄中山に後光厳天皇の勅願寺として創建され、応永4年(1397年)将軍・足利義満の祈願所となり、義持・義教・義政・三相公の御教書を拝領するなど、足利将軍家の帰依を受けた禅宗寺院であったと伝わります。また、元亀年中(1570〜73年)分部光嘉公が現在地に居城と当寺を移し、分部氏の菩提寺としたことから、現在も分部氏先祖の [続きを読む]
  • 【奈良】女人高野「室生寺」の色鮮やかな御朱印帳と御朱印
  • 平成30年4月8日奈良県宇陀市の「室生寺」へ。女人高野「室生寺」は、寺伝では、奈良時代に天武天皇の発願により役行者が創建し、その後、空海が真言宗の道場として再興したと伝わります。また、「続日本紀」などには、宝亀8年(777年)山部親王(のちの桓武天皇)の病気平癒を願って、興福寺の大僧都賢憬ら浄行僧5人が室生山中で「延寿法」を修したところ病気が快復したため、天皇の命により室生山寺が創建されたと記されます。「 [続きを読む]
  • 【西国】西国三十三所観音霊場巡礼の旅
  • 「西国三十三所観音霊場」とは?約1300年の歴史をもつ日本最古の巡礼とされ、近畿2府4県(大阪府・京都府・和歌山県・奈良県・兵庫県・滋賀県)と岐阜県にまたがる33箇所の札所を順番に回ると、総延長1000kmを超えるとか!!公式URL:http://www.saikoku33.gr.jp/<熊野古道:中辺路>伝説では、大和長谷寺の徳道上人による開創と伝わり、養老2年(718年)上人が病で仮死状態となった際、閻魔大王から「世の中の悩み苦しむ人々を救 [続きを読む]
  • 【滋賀】自分の探し求める人に必ず出会える!五百羅漢「天寧寺」の御朱印
  • 平成30年3月31日滋賀県彦根市の「天寧寺」へ。「天寧寺」は、井伊直弼公の父・直中公が、自分の過失で手打ちにした腰元と初孫の菩提を弔うため、寂室堅光禅師の勤めで発願建立したと伝わります。文政2年(1819年)男子禁制の槻御殿で奥勤めの腰元・若竹が子を宿したとの風評が広まり、藩主の耳にも届いたため、大奥の取締のために詰問するも、若竹は相手の名を明かさず、ついに手打ちとなります。しかし、後に相手が長男・直清であ [続きを読む]
  • 【滋賀】井伊家ゆかりの彦根駅前の弘法さん「大師寺」の御朱印
  • 平成30年3月31日滋賀県彦根市の「大師寺」へ。「大師寺」は、昭和6年(1931年)開山・真浄法尼が一人の僧に草鞋代を喜捨し、不思議な霊験を授かったことに始まり、92歳で入寂するまで多くの衆生済度の修行を実践されたそう。彦根における弘法大師信仰の発祥寺院として、「彦根駅前の弘法さん」として親しまれます。「山門」「手水舎」の龍と七福神 「七福神」七福神の石像が立ち並び、「彦根一箇所七福神」とも呼ばれます。「本堂 [続きを読む]
  • 【滋賀】井伊家の赤備えが凛々しい「滋賀縣護國神社」の御朱印
  • 平成29年6月3日(※H30.3.31追記)滋賀県彦根市の「滋賀縣護國神社」へ。「滋賀縣護國神社」は、明治9年に戊辰戦争で殉じられた彦根藩の藩士26名をお祀りしたのが始まりとされます。また、彦根藩最後の藩主・井伊直憲公の「紅緘二枚胴具足」が収められ、井伊家ゆかりの神社でもあります。(現在は彦根城博物館にて保管)参道では、フリーマーケットの準備中でした。桜の季節には、見事に咲き誇ります♪(H30.3.31撮影) 「父の像 [続きを読む]
  • 【富山】霊山・立山登拝②:「雄山神社」(中宮祈願殿)の御朱印
  • 平成29年8月26日霊山・立山登拝②9時半に岩峅寺駅を出発!「雄山神社」2社目の芦峅中宮・祈願殿へ向かいます。6号線を立山駅方面に向かって、ひたすら歩きます。10kmほどで、11時すぎに「祈願殿」に到着!雄山神社芦峅中宮「祈願殿」は、日本三霊山・立山を信仰する「雄山神社」の中宮として、立山信仰の里・山麓芦峅寺に鎮座します。昔はこの地に女人堂があり、女性が参拝できるのは、ここまでとされました。また、隣接する「立山 [続きを読む]
  • 【愛知】加藤清正公手習いの寺小屋!日蓮宗津島山「妙延寺」の御首題
  • 平成30年3月24日愛知県津島市の「妙延寺」へ。津島山「妙延寺」は、古くより津島の地において法華経の道場として親しまれてきた日蓮宗の寺院であり、御本尊は法華経題目宝塔を安置します。豊臣秀吉公の臣下として数々の武功をあげた加藤清正公が、5歳の幼少の頃、時の住職に読み書きそろばんなどの学問を習ったと伝わります。「山門」「鐘楼」「本堂」清正公の寺小屋時代には、境内に「清正公草紙掛松」と呼ばれた松があり、清正公 [続きを読む]
  • 【愛知】豊臣秀吉公誕生の地で縁結び♪日蓮宗太閤山「常泉寺」の御首題
  • 平成30年3月24日名古屋市中村区の「常泉寺」へ。日蓮宗太閤山「常泉寺」は、豊臣秀吉公誕生の地として知られ、慶長年間に肥後守・加藤清正公により豊国大明神の廟堂として創建されたそう。御神体は、木食興山上人の彫刻の豊太閤の肖像束帯唐冠(長さ二尺余り)であり、始めは大阪城にあった御神体を清正公が秀頼公にお願いして、当寺に鎮座したと伝わります。「山門」「豊太閤銅像」「豊太閤産湯の井戸」秀吉公生誕の当時、近郷に [続きを読む]
  • 【京都】後白河上皇が霊地熊野を再現した「新熊野神社」の御朱印
  • 平成29年5月28日京都市東山区の「新熊野神社」へ。「新熊野神社」(いまくまのじんじゃ)は、熊野信仰が盛んであった平安後期の永暦元年(1160年)、後白河上皇が仙洞御所法住寺殿に紀州熊野の神を勧請し創建したそう。上皇の命を受けた平清盛が、熊野の土砂や材木を用いて社域や社殿を築き、那智の浜の青白の小石を敷いて霊地熊野を再現したと伝わります。「鳥居」「今熊野猿楽」観阿弥・世阿弥父子による「今熊野での猿楽演能」 [続きを読む]
  • 【滋賀】日本で最初に養蚕技術を広めた「桑実寺」の御朱印
  • 平成30年3月17日滋賀県近江八幡市の「桑實寺」へ。繖山「桑實寺」(くわのみでら)は、白鳳6年、天智天皇の勅願寺院として、藤原鎌足の長男・定恵和尚の開山により創建されたそう。伝承では、湖国に疫病が流行した際、天皇の第四皇女・阿閇姫も病にかかり、病床で琵琶湖に瑠璃の光が輝く霊夢を見たそう。そのため、天皇が定恵和尚に法会を営せると、湖中より薬師如来が現れ、大光明により姫や人々の病が治ったため、御本尊としたと [続きを読む]