oisis さん プロフィール

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oisisさん: 辺見庸 研究
ハンドル名oisis さん
ブログタイトル辺見庸 研究
ブログURLhttp://eger.hatenablog.com/
サイト紹介文辺見庸の世界を旅します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供31回 / 365日(平均0.6回/週) - 参加 2016/11/13 13:28

oisis さんのブログ記事

  • B-44  NHK /Eテレ “在る”をめぐって
  •   辺見庸/出演(2019年1月13日放送)を視た。その感想を記しておこう。  いわゆる社会的弱者は自ら「無くてもよい」人間になったのではなく、初めから「無くてもよかった」のでもない。その問題提起はあってもよい。だが、ことの要諦は本当にそこにあるのか。 また、“在る”ことをめぐる「おためごかし」の正論を受容・容認するのか、それとも排除するのかを問うことが重要な論点なのか。その背景に切り込んでほしか [続きを読む]
  • B−43  「弱み」につけ込む
  •   人間や組織が他の「弱み」につけ込むことについて、辺見庸は著作の何箇所かで触れている。彼はそのことについて深くは考察していないのだが、ある社会学者の著した本のなかで次の文章が目に留まった。 日本にも強く波及しつつある米国のネオリベラリズム(新自由主義)が危険なのは、弱みにつけ込むことがビジネスの秘訣として称賛されることで、弱さをそのまま尊重する文化を壊してしまうからだとわたしは思う。(宮地尚 [続きを読む]
  • B-43 雲
  •  天空に悠然と浮ぶ積雲。行雲流水に憧れる人も少なくないだろう。雲は絵画や詩、小説にも描かれてきた。時間や空間そして状況の変化によって雲はえも言われぬ造形美を見せる。(彩雲、滝雲、光芒など) 一方、異形の雲に驚くことがある(モーニング・グローリー、夜行雲、ダウンバーストなど)。 雲に人間の罪業を見る眼も忘れてはならないだろう(原子雲、兵器としての雲、放射性物質や有害物質を含む雲、社会の矛盾溶解への利 [続きを読む]
  • B-42 米国の断末魔
  •  辺見庸は、小泉「構造改革」のときにすでに新しいタイプの「世界恐慌」を指摘していた。そして今や米国の衰退は明白であり、中国の国家社会主義に覇権を奪われつつある。口舌の徒たちの「うわごと」など吹き飛ばされている。 この情勢の基調について白井聡の指摘はあまりにも的確だ。 社会ダーウィニズムを基本とする新自由主義は、「自由」を標榜しながら国民を包摂し排除する。そこにあるのは資本の利潤極大化原理の貫徹 [続きを読む]
  • B-41 どこへもとどかない
  •  言葉がとめどなく拡散し流通している。そのうつろな情況に人びとの意識と感覚が麻痺してしまっている。霧雲がかかったようななかで眼と耳を研ぎすまさなければ自分を見失ってしまう。 「言葉とメディアはたんに資本の自己増殖の手段となってしまった。そうして死刑による屍体たちも、“虚空の輪舞”を踊っている」(『いま語りえぬことのために−死刑と新しいファシズム−』)と、辺見庸は言っている。「“虚空の輪舞”とは資 [続きを読む]
  • B-40 しおどきだろう
  •  辺見庸は、現在、どのような心境にあるのだろうか。 去る11月11日のブログでは「もういいのではないか。やめてもよいのではないか。いいかげんしおどきだろう・・・。」と書いてはいたが。 荒み切った社会・経済・政治そして言葉や知の情況の虚しさに絶望しながら、人間の「存在」の根源まで突き詰めて考える。その佇まいはシベリアのラーゲリに抑留されていた詩人の石原吉郎に通じるものがあるのではないか。石原が生きた時と空 [続きを読む]
  • B−39 敗戦後論
  •  ヤスパースは、全世界がドイツを弾劾しドイツ人を弾劾する中で、戦争に参加し推進し、または戦争を許し座視したドイツ人の戦争の罪として次の4つを挙げている。「刑法上の罪」「政治上の罪」「道徳上の罪」「形而上的な罪」(K.ヤスパース『戦争の罪を問う』橋本文雄訳、平凡社、1998年)。 そして彼は次の言葉を紡ぎだす。「完全な敗戦状態にあって死よりも生を選ぶ者は、生きようとする決意がどのような意味内容をもつか [続きを読む]
  • B −38 消費「怠業」
  •  消費資本主義の中で根腐れがないかというと、隠蔽しているだけで、地下茎部はもっとひどいかもしれない。(辺見庸の発言。対談『夜と女と毛沢東』吉本隆明・辺見庸、1997年 来年10月から消費税増税が施行される(らしい)。 消費税の徴税(増税)の大義はどこにあるのか? 社会保障の破綻回避? 子育て支援? 財政赤字補てん? 戦時態勢のための試行徴収? コロコロ変わる目的や、マスメディアを使って目先の小手先 [続きを読む]
  • B−37 いっそ滅亡を
  •  泰淳のエッセイ「滅亡について」は言う。「すべての倫理、すべての正義を手軽に吸収し、音もなく存在している巨大な海綿のようなもの」。ついで、こう記している。「すべての人間の生死を、まるで無神経に眺めている神の皮肉な笑いのようなもの」。武田泰淳はそれらのことどもを脳裡に想定したうえで「私の現在の屈辱、衰弱を忘れ去らしめるほど強烈な滅亡の形式を、むりやり考え出してはそれを味わった。そうすると、少しは気 [続きを読む]
  • B-36 辺見庸の講演会中止 ー3日後撤回
  •  辺見庸の講演会が中止になった。予想されていたとはいえ(中止の伏線はあったし、今回の中止理由ではなかったものの氏の体調の急変も予想されていた)、残念である。辺見庸が「健在」である姿を見たかった愛読者はいたはずだ。 小説『月』は、人間とは何か?存在するとは何か?を根底から問うものであった。だが、作者の着眼や問題提起(真正面からこれに取り組まない表現者がほとんどだった)は評価できるものの、小説として構 [続きを読む]
  • B-35 『月』(辺見庸 著)への一視角
  •   小説『月』が、いよいよ2018年10月末に単行本として発行される。相模原の障がい者殺傷事件に発想を得た作品である。 辺見庸はかつて「誰が誰をなぜ殺したか」というタイトルで、佐賀新聞(2016年8月13日)にこの殺傷事件について特別寄稿しているが、その寄稿文から一部を抜粋して検証しておきたい。 障がい者は生きるに値せず、公的コストがかかるから排斥すべきだというのが、人びとが「心の隅に隠した想い」だというの [続きを読む]
  • B-33 小説『月』の出版:執筆中断(放棄)宣言の顛末
  •  辺見庸『月』という小説がKADOKAWAの書籍PR誌『本の旅人』に連載されていたが(2017年11月号〜2018年8月号)、連載は2018年8月号で最終回となった。その末尾には、次の表記はなかった。 *本作はノベルスとして小社より刊行予定です。  (最近の作品では次の作品にはその記載があったのだが)。 ・花村萬月「ニードルス」2018年1月号 ・馳 星周「新宿ゴールデン街」2018年7月号 ・西村京太郎「知覧と指宿枕崎線の間」 [続きを読む]
  • B−32 「月」
  •  辺見庸が雑誌『本の旅人』に連載していた「月」が8月号で最終稿となった。終了の間際近くに連載中止(放棄)の意向が辺見によって表明されたものの、その後、彼は翻意し何とか最終回までこぎつけた。しかし辺見庸には描き切った満足感はないだろう。描き切れるほど軟な題材ではないのだから。 人それぞれが思い描く「真」の心象(月)、それを実現へと架橋する投影態(虹)。そのふたつを凝視しつづけたのち、まっすぐに行 [続きを読む]
  • B−31  彼我の狂気
  •   相模原事件の植松聖被告は「意思疎通がとれない人間は安楽死させるべきだ」と言った。それは生まれてくる人間の生命の選択操作にもつながる考えだ。 優生思想には歴史があり、心の深奥でそれを肯定する者の存在を認めざるを得ないばかりか、人びとの心にひろがり、やがてそれは「社会や国家に役立たない者の排除、抹殺」の思考と行動となる。背景には、国家(権力によ [続きを読む]
  • B−30 辺見庸:女性の「性」への視点
  •  太宰治著『満願』の描写への辺見庸の視点についてみてみよう。 伊豆の三島だと思うのですが、太宰がひと夏をすごしていたところで彼が怪我をして病院にかよううちに医者と親しくなる。 そこにきれいなご婦人が週に何回かくる。病気のご亭主の薬をとりにくるらしい。ご主人はどうやら、結核かなにかだったのでしょう。 ときには医者が玄関までその女性を見送り、「奥様、もう少しのご辛抱ですよ」などと声をかけていた。医師 [続きを読む]
  • B−29 辺見庸の「誤記」
  •  辺見庸の注意力・集中力はかなり弛緩している。文章の誤字・脱字が目立つのだ。しかも、彼が「もう下手なものを書くことはない。ただよめばよい」、「第8回までつづけた『月』の連載をやめることにした」、そう決心させた梶井基次郎の作品(『犬を売る露店』)の引用文においてミスしているのである。*カッコ内の表記が、原文における表記。 「落花生の主人は時には夜泣きうどんの車からうどんを運ばせたりする。古本は南 [続きを読む]
  • B−28 辺見庸の執筆中断について
  •  辺見庸が、雑誌に連載している作品(『月』)の執筆を中断するという。 ただし、この連載中断はいわゆる絶筆とは少し意味合いが異なる。 作家が一切の執筆をやめるのが絶筆である。これには大きくは二種類あり、作者の死亡や重篤な病気によることが多いが、そうではなく、抗議・意見表明または反省等の意味を [続きを読む]
  • B‐27  辺見庸―毎日新聞に載ったインタビュー記事
  •  辺見庸の久しぶりのインタビュー記事を読んだ。毎日新聞の藤原章生さんがインタビューし、テーマは「官僚らによる一連の不始末」である。 辺見が2004年3月に脳出血で倒れ、その後復帰し『1★9★3★7』の発刊後、朝日新聞や日共などから疎んじられてますます孤立を深めていて、近年では彼の心身の衰えが目立つようになっていたのだった。記事を読んで正直がっかりした。辺見庸の顔がボーっとしていた(藤原さんの感想)だ [続きを読む]
  • B- 26 天皇に手を振る辺見庸
  •  石牟礼道子さんが、晩年に美智子皇后と縁をもち、胎児性水俣病患者と天皇との面会(2013年10月)の橋渡しをした。このことに対して、辺見庸は次のように述べている。(このことは前にも書いたことがある)。「時間の芯の腐蝕と天皇家賛美には、なんらかのかんけいがあるとおもう」。 最大の戦争犯罪者であるヒロヒトとその一族(天皇家)は保身を図り、のうのうと戦後を生きつづけ、ニッポンはアジア諸国への侵略と沖縄を [続きを読む]
  • B-25 辺見庸の誤謬
  •                     現代経済は消費によって牽引され、人びとが商品に呪縛され心身が商品に浸潤されている。辺見庸は消費資本主義について次のように発言している。 実感的に言えば、市民なんてこの日本にいやしないのです。いるのは、ただ消費者だけです。われわれは消費する [続きを読む]
  • B-24 正義の戦争(just war)
  •  一定の条件をクリアすればjust warとして許されるという考え方がある。 例えば、「最終手段または自衛行為として、そして行使される力の規模が適正でかつ可能な限り民間人が暴力にさらされない、といった制限条件下での戦争であればjust warである」とされるのである(オバマ前大統領の<ノーベル平和賞受賞記念講演>での言葉)。  [続きを読む]
  • B−23 止まったままの時計
  •  広島と長崎に「新型爆弾(原爆)」投下の恐れがあることを軍部は事前に察知していた。にも関わらず、投下当日はなぜか警報が解除された状態であったという。警報が発せられていれば少なくとも何万人の命が助かっていたはずだ。 しかも原爆投下予知関連情報などが、日本の敗戦日前後に陸海軍部の命令により急遽焼却処分されてしまったのである。 軍に都合の悪いことはすべてなかったことにするという態度は天皇ヒロヒトに対し [続きを読む]
  • B−22 空費だ、世界なんて
  •   月刊『本の旅人』に連載中の「月」(辺見庸)。 そこにさりげなく組み込まれている至言。「ひとのやることのほとんどは、だれかのまねなんだってさ。(中略)にんげんのやることのほとんどがじぶんだけのオリジナルでなければならないとしたら、大混乱だよな」「戦争においては、現実を覆っていたことばとイメージが、現実によって引き裂かれてしまい [続きを読む]