renki1515 さん プロフィール

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renki1515さん: 霊媒師 蓮鬼のブログ
ハンドル名renki1515 さん
ブログタイトル霊媒師 蓮鬼のブログ
ブログURLhttps://ameblo.jp/renki1515/
サイト紹介文霊能者の一族で育ち、邪気、悪鬼、死霊、生霊を祓うのを得意とし、運気を変える秘伝を受け継いでいます。
自由文陰陽師としての資格を持ち、神道、密教にも通じています。

霊的相談、数珠製作、供養・祈祷など神式、仏式、陰陽道式でオールマイティに対応しています。

詳しくは「霊媒師 蓮鬼のWEBサイト」をご覧下さいね。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供178回 / 365日(平均3.4回/週) - 参加 2016/11/13 19:48

renki1515 さんのブログ記事

  • 「道」を踏み外した社会の行き先
  • 豪雨の爪痕も癒えないまま、猛暑の夏になりました。 気象異変の猛威の中、この国ではどさくさに紛れて、果たして国民のためになるのか、はなはだ疑問を感じざるを得ない法案が国政レベルでは通過してしまっています。 一々取り立てることはしません。ただ、きわめて「不自然な行い」であると考えています。 私どもはマツリゴトとは距離を置き、祭事・神事に専念する毎日を過ごしています。 しかし、社会で起こっている出来事の流れ [続きを読む]
  • 巡礼を通しての学び
  • みなさん、お久しぶりです。 蓮鬼です。 私は国内外を行ったり来たりして、1カ所にとどまることはありません。 この記事の原稿も、前もって龍翠に渡しておいたもので、今はどこにいるかも教えることはできません。 ただ、私の先祖とのご縁で京都には仕事でよく行きます。 京都中の神社、お寺を旅して回ったこともあります。 パワースポット巡礼とかであちらこちらの社寺を巡礼するのが流行っているようですが、私は自分にご縁のな [続きを読む]
  • 自然災害と言うけれど
  • 先週から今週にかけて西日本を中心とした豪雨災害(平成30年7月豪雨)については、いまだに被害の全容が判明していない部分もあるので、軽々に論じるべきではないと判断して、すぐには取り上げませんでした。 ただ、私どもの一族が拠点の1つにしている四国も被害が及び、私の場合、徳島の南部や西部に仕事場もあるため、「尋常ではない雨の降り方」を目の当たりにして、今回の豪雨については他人事ではありません。 道路が川にな [続きを読む]
  • カルト教祖と幹部達の死刑執行に思うこと(3)
  • オウム真理教にまつわるマスメディアの反応を眺めていると、あることないことを吹聴しているものも散見されるので、間違いは間違いであると正しておきたいと思います。 ASCという言葉の一人歩き たとえば、このような記事をご覧ください。 「1980年代に一部のSFファンから熱狂的な支持を得た米映画「アルタード・ステーツ/未知への挑戦」。そこでは、人類の起源解明への好奇心に抗えず、「感覚遮断」という技法で危険な実験にのめ [続きを読む]
  • カルト教祖と幹部達の死刑執行に思うこと(2)
  • オウム真理教のケースは、単なるオカルト信奉者を集めた集団ではなく、高学歴者を幹部として迎え入れ、きわめて科学的な方法論を使ってテロ行為を働いたところに特徴があります。 カルトの主張に多くの若者が惹きつけられ、信者になって出家を果たし、結局は無差別殺人の加害者になってしまった背景には、何があるのでしょうか。 それは1つには、彼らが実に巧妙なマインドコントロールを受け、本人が気づかないうちにそのカルトの [続きを読む]
  • カルト教祖と幹部達の死刑執行に思うこと
  • オウム松本死刑囚の刑執行=教団事件で初、7人一斉−地下鉄サリンから23年 オウム真理教による一連の事件で死刑が確定した元代表松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(63)と元幹部死..........≪続きを読む≫[アメーバニュース] 昨日、オウム真理教の引き起こした一連の事件で死刑が確定した教祖とその幹部、7名の死刑が執行されました。 これは、平成の時代になって始まった最凶最悪のテロ事件と言うこともでき、平成が終わろう [続きを読む]
  • 霊体験はただの物語なのか
  • 私どもの一族は、霊媒体質者の集団であり、死者と生者の間の関係を取り次ぐ役割をこれまで多く果たしてきました。 ともすれば、こうした仕事は胡散臭いものとして敬遠されるわけで、この種の体験談を扱う書籍にしても、「ただの物語」、「都市伝説」として興味本位に取り上げられる部分も否めません。 たとえば、このような本について、みなさんはどのように受け止められるのでしょうか。 魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の [続きを読む]
  • 孤独死は本当に孤独な死なのか
  • 今回は、再び「死」をテーマにした記事を書きたいと思います。 死は誰の身にもやってくる不可避の出来事です。 それを予期できる状況もあれば、不慮の死、非業の死を遂げる人もいます。 日本では独居世帯も増加し、家族に見守られながら死を迎える人だけではなく、誰にも知られることがなく一人で亡くなる「孤独死」が問題となっています。 それでは、「孤独死」は本当に孤独な状態で死に至るプロセスを辿るのでしょうか。 まずは [続きを読む]
  • 人生を棒に振る必要などありません
  • 私どもは伝統霊性の立場にいるので、いわゆる「スピリチュアル」とは違います。 蓮鬼を始め、一族は全員が霊感、霊媒体質です。 陰陽師の血筋なので、昔から伝わる暦による占星術もやりますが、それにとどまらず日本という国が形成されていった頃から伝わっている方術を駆使して、祈祷も行っています。 その辺が「占い」、「スピリチュアル」というジャンルからかなりかけ離れた部分であり、私どもが主張している内容も他のスピリ [続きを読む]
  • 災害時における霊性の実践
  • ボランティア受け入れ=被災地最初の週末−大阪北部地震 最大震度6弱の地震に見舞われた大阪府北部を中心とした被災地は23日、発生後初めての週末を迎えた。..........≪続きを読む≫[アメーバニュース] マンパワーが必要とされています。 前記事で書いたような「穢れ」をまき散らす暇があるくらいなら、具体的なアクションを起こすことで「浄化」もできますし、社会貢献もできるというものです。 各自ができることを可能な範 [続きを読む]
  • 災害時に増幅される「穢れ」
  • 今週は、6月18日(月)に大阪府北部地震が発生して、とりわけ交通インフラに大きな混乱が生じました。 日本は地震国ですから、いつどこに地震が発生してもおかしくはない状況で、過去記事にも度々指摘していたことですが、いつも「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で、災害発生時にとるべき行動が学習できていない様子を憂慮しています。 2年前の熊本地震、7年前の東日本大震災でも繰り返されてきた事ですが、 1.人の不幸に乗じて荒稼 [続きを読む]
  • 外回りと内回りの生き方
  • このブログでは、しばしば人のライフスタイルや人生観について、古今東西の思想を紹介してきました。 今回は、まとめの意味で「生き方」について考えてみます。 人がどう生きるべきなのかについては、多くの教えが思想・哲学・宗教の文脈で語られてきました。 少々乱暴にまとめてしまえば、それは詰まるところ「外回り」と「内回り」。 外界に目を向けた生き方と内界に注意を向けた生き方になります。 生き方の心理学 (有斐閣選 [続きを読む]
  • 筆記開示をしてみよう
  • 昨年8月の「霊性探求の道」に関する連載記事にも一部触れているのですが、自分の心の中にマイナスの感情が蓄積されている状態では、ストレスが解消できずに風船が膨らんでいって、最後に破裂してしまいます。 霊性感覚を磨いていくためには、まず日々の感情を波風の立たない状態に維持して、穏やかに過ごすことが前提条件となります。 ところが、この世知辛い世の中では、なかなか心穏やかに生きていくことが難しくなっています。 [続きを読む]
  • 家族病理は社会の病
  • 前回の記事で、人間と自然との関係を考える以前に、人間社会の歪みを是正し、心の貧しさから生じる様々な偏見や差別、攻撃行動の解消に向けた意識変容が必要であると述べました。 社会を構成する最小の単位は、言うまでもなく家族です。 ところが、最近はこの家族関係にも亀裂が入り、円満とはほど遠い状態に陥り、その結果、虐待や殺人に至るという惨状が繰り返されています。 現代の日本では、核家族が基本的な構成になっていま [続きを読む]
  • 生きとし生けるもののために
  • 過去記事でディープエコロジーに関する記事を上げたことがありますが、今回は少し踏み込んだ考察をしてみたいと思います。 ディープエコロジーの提唱者であるアルネ・ネスは90年代以降のエコロジー運動に大きな影響を与えている人物です。 ディープ・エコロジーとは何か―エコロジー・共同体・ライフスタイル (ヴァリエ叢書) Amazon アルネ・ネス『ディープ・エコロジーとは何か―エコロジー・共同体・ライフスタイル』斎藤直輔、 [続きを読む]
  • カルマに関する考察
  • 私たちのこれまでの経験や陰陽五行思想から、カルマ(業)というものについて考えてみました。業(ごう)とは、仏教の基本的概念である梵 (karman) を意訳したもの。「行為」を意味する。業はその善悪に応じて果報を生じ、死によっても失われず、輪廻転生に伴って、アートマンに代々伝えられると考えられた。アートマンを認めない無我の立場をとる思想では、心の流れ(心相続)に付随するものとされた。中国、日本の思想にも影響を [続きを読む]
  • 「宿敵」が行列を作って待っています
  • 私どもの一族は、肉体の死後も人の意識(魂)は存続し、時が経てば別の肉体へと生まれ変わりを繰り返すという立場をとっています。 輪廻転生の考え方は古いもので、古代インド思想がそのルーツとされていますが、万物が死と再生を繰り返す宇宙の本質を知れば、今生の死が最後になるという考え方とは相容れない立場になります。 意識自体が宇宙大のものであるとすれば、人の意識(魂)もこの宇宙の意識から生成され、また消滅して宇 [続きを読む]
  • 大地の神の怒りなのでしょうか
  • アニミズム的な表現をすれば、大地の神の怒りは増しているのでしょうか。 日本も環太平洋火山帯の中に入っている世界有数の火山国ですし、最近では霧島連山の噴火も続いています。 火山活動と地震との関連性についても取りざたされていますが、専門家の見解は諸説紛々です。関連記事はこちら。 「今は地震も噴火も予知ができない状態です。『こういう状況だから、何かの前触れだ』とか言う人いる。しかし、そういうことが言えるほ [続きを読む]
  • 供養の心得
  • 人生儀礼の形骸化に関する過去記事でも触れましたが、どうも亡くなった人との関係性について誤解をされている方も多いように感じましたので、この場を借りて述べたいと思います。 供養とは、単に死者に供物を捧げて、家族や親族が集まって飲食を共にする儀式のことではありません。 死者が自分はなくなったのだという自覚を促し、現世に対する執着・執念を断ち切り、「あの世」=霊界への旅立ちを後押ししたり、次の人生の準備、す [続きを読む]
  • 万物に意識は宿る
  • 前記事において、宇宙レベルの原意識場の存在を主張するマトロフ氏の論文について紹介しました。 量子レベル、人体レベル、恒星系レベル、銀河系レベル、そして宇宙全体に意識(意志)があるという仮説です。 この仮説は、あらゆるものが、生命、意識、意図、感情などを持っているという前提に立って、ものごとを説明する因果観に基づいています。 「汎心論」と呼ばれる概念群の1つとして理解されているものです。 過去記事で何度 [続きを読む]
  • 宇宙大の意識を自覚すること:問題提起
  • 私どもは、これまで人間の意識の性質について主張してきました。 過去記事を見れば「意識学」をキーワードにした一連の連載記事もアップしています。 今世紀に入り、「意識」というテーマが、宗教や哲学上の問題だけではなく、自然科学の領域でも真剣に研究されるようになりました。 特に、2010年代に入ってからは、物理学の研究者も「意識」をテーマにした論文を発表するようになっています。 たとえば、米国のNBCニュースのサイ [続きを読む]
  • 人生儀礼の形骸化
  • 高齢化社会の到来によって、人生儀礼のあり方も大きく変容してきています。 神道なら、初宮参りや七五三など<生>、<誕生>に関わる儀礼が多いのに対し、仏教は葬儀、法要など<死>と<死後>に関する儀礼が多く、一種の棲み分けがありました。 ところが、最近は神社なら氏子の減少、寺院なら檀家の減少によって、旧来の仕組みが崩壊してきており、とりわけ「祭」や「葬儀」のあり方が大きく揺らいでいます。 たとえば、人の死 [続きを読む]
  • やはり大地の揺れが微妙です
  • 以前の記事でもふれていますが、どうも最近の日本周辺における地震・火山活動が活発化している印象があります。 防災科学研究所の強震モニターを見れば、微弱な大地の揺れをリアルタイムでモニターされているのが視覚的に理解できます。 が、いくつか気になるところもあります。 微細な揺れではありますが、関東地方、東海、近畿、そして南九州も微妙に揺らいでいます。以前よりも大地の揺らいでいる地点が増えている印象がありま [続きを読む]
  • たかが人形されど人形
  • 五月人形・雛人形の処分方法、ぬいぐるみの供養方法って?source:https://www.shutterstock.com/5月5日の子..........≪続きを読む≫[アメーバニュース] このような記事が目にとまったので、少し解説をしておきたいと思います。 ここに書かれていることは、一種の霊性教育につながるものがあります。 ものに対する感謝の気持ちを抱くことも霊性感覚の1つだからです。 ものに魂が宿るという発想は、古来より宗教的な祭礼として継承 [続きを読む]
  • 俗の中に聖を見いだす
  • 今の日本人は無宗教であると言われていますが、ここでいう無宗教は特定の宗教組織、教祖、教義には関心を持っていないという意味で、現世利益を求める参拝は初詣の際には広く行われていますし、神社に行けばお神籤やお守りを求める人も大勢います。 また、お盆の時期になれば帰省して先祖の墓参をするのも一種の慣例として続いています。 こうした行動は、いずれも宗教行動として捉えられるもので、今の日本人がまったく宗教とは無 [続きを読む]