水彩画 徒然なるままに さん プロフィール

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水彩画 徒然なるままにさん: 水彩画 徒然なるままに
ハンドル名水彩画 徒然なるままに さん
ブログタイトル水彩画 徒然なるままに
ブログURLhttps://yasaito.muragon.com/
サイト紹介文自然の光と影を求めて、水彩画を描き始めました。しかし、ただの自己満足です、興味のある方はどうぞ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供245回 / 360日(平均4.8回/週) - 参加 2016/11/23 16:11

水彩画 徒然なるままに さんのブログ記事

  • 晴れ時々曇り 時には雨
  • 生まれてきて良かった!!、そう思える時は、何度有っただろうか 一度も無かっただろうか、何度も有ったのだろうか、それは晴れ時々曇りの時には気付かないのだろう。 時には雨、そんな雨の時に気づくことかもしれない 幸せをありがとう ぬくもりをありがとう 生まれてきて良かった これは、釣瓶の家族に乾杯の挿入歌ですね。 ありがとうって、良い響きです。 ありがとうって、心から言えた時は、幸せです。生まれて来て良 [続きを読む]
  • 悪性新生物
  • 何と、おぞましい表現でしょうか、この言葉を創った人のセンスを疑います。 約1年半前、私の診断書の右上に、この文字が横版で押されて居ました。この診断書を貰うと、全ての生命保険には入れなく成ります。それくらい強い力のある文言です。 ☆このようなちゃんとした字では有りませんでした。横版がちょっと斜めに押されていました。嫌でしたね。 これは一般的には悪性腫瘍と呼ばれて居ます、これでしたら皆さん、ご存知です [続きを読む]
  • 誰にでも起き得る、アクセルとブレーキの踏み間違い
  • 前回の投稿で義兄の、表題が原因の事故を書きました。しかし義兄はあくまでも俺は間違えては居ないと主張したのです、それは義兄のプライドと思いました。 当時のアウディはアクセルとブレーキがかなり近くにあり、間違える可能性が高かったのですが、それは何の慰めにも成りませんでした。 何よりも良かったのは、人身事故が無かったことでした。 それはさて置き、もう一つの印象的な事故のことを書かせていただきます。これも [続きを読む]
  • 運転免許証の返上に思う
  • 運転能力は、確かに年齢と共に落ちるだろう。私も、相当気をつけて居ますが、たまにあっと思うことが起きます。 これは運転だけではないことは勿論です、家の電気の消し忘れ、鍵の掛け忘れなんて、結構あります。 あるお客様、80歳くらいに成られるだろうか、私が伺った時にはお留守だったのですが、汗をかきながら戻って来られました。 私   どうされました? お客様 ええ、鍵を掛けたか不安になって、考えている内に戻 [続きを読む]
  • 特別な喪失感
  • 喪中葉書が届く季節と成りました、当然ながら年齢と共にその数は増えます。 昨日、その内の一通に釘付けと成りました。そうか、亡くなったんだ、そうかと・・・、 私は彼と共に過ごした、50年くらい前を思い出して居ました。 そこは大きな学園の給食を司る、大食堂の厨房でした。毎日朝昼晩と、1000人近い生徒さん達が、食事をしに来ます。 私は喪失感を胸に抱きながら、東京を離れて、千葉にあるその学園に就職したので [続きを読む]
  • 最低賃金が上がりました。
  • 本年10月から、最低賃金が上がりました、パートさんの時給が中心です。 丁寧な書き方をしていますが、結構怒っています、私。 働く側からすると、怒る要素は一つもないですね、もっと上げろ!!と言われるでしょう。 これ「お達し」という形で、社会保険労務士から通達が来ます。有無を言わさない内容で、法律ですから従って下さいと、成ります。 いつ決まったんだい!!と、隣の工場の親父さん あれだよ、生活保護法が最初 [続きを読む]
  • 検診日
  • いろいろ有り、今日が検診日でした。嫌ですね、毎月テストをしている見たいで、でもこれは命のテストですから、休む訳には行かないと思って居ます。 しかし、これ以外に治療法は無いのかと(これは病を得た誰もが思う)、ネットサーフィンもしますが、そこに出て居る代替え医療に挑戦するのは、これまた冒険な訳です。 10人十色、百人百色、いつの間にか末期がんが消えてしまう人から、昨日まで元気だったのにあっという間とい [続きを読む]
  • 神に口なし 人を以て言わしむる
  • 今日は仕事中(車でお客様へ)3度、同じ人に逢いました、不思議な日でした。 歳の頃は、私より上か、同じくらいか、男性です。 最初は、100円ショップ、私は仕事上で使う筆を買う為に寄りました。今や100円ショップで、立派なナイロン筆が3本セットで売られて居ます。 これは安いなと思いつつ横を見ますと、ポーチをタスキに掛け、ちょっとおしゃれな先輩が、同じように筆を見ていました。 ふーんと思いながら、私は直 [続きを読む]
  • 思い返せば、面白かったなあ
  • トモエ学園も風変わりな幼稚園(戦後幼稚園となった)でしたが、次に私が進学した八幡小学校も、今から思い返せば、面白い小学校でした。 それはまるで、前線のようなと言えば良いのか、下から低気圧、上から高気圧、それがせめぎ合っているような学校でした。 小学校は、奥沢という街にあり、今は立派な住宅が並んで居ますが、私が通った当時は下町と田んぼと畑状態でした。その隣の自由が丘も、大いに下町でした。その二つの街 [続きを読む]
  • ブログを始めて1年を迎えます。
  • 水彩画のブログを始めたのですが、その水彩画今はなかなか進みません、すみません。 それはさて置きもう一つ、病を通じて、そしてブログの皆さまの楽しい世界、辛い世界、それらが混合された世界を垣間見ることが出来たことに、大変勇気づけられました。 人一人が、数十年間生きて来ますと、その表の姿からは分からない「年輪」が刻まれるんだと理解しました。 人は過去を振り返っても仕方のない生き物ですが、年輪が刻まれて今 [続きを読む]
  • 病を友や先輩に伝える難しさ 心苦しさ
  • 私は、私の病を、特定の友人、先輩に知らせました。知らせなければ成らない理由は有ったのですが、今はそれを反省して居ます。そのことを思いながら、書き綴ります。 人と人が、向かい合って話し合う時、言語で伝わるのは6%、表情で伝わるのが35%、ボディランゲージで伝わるのが60%と、どこぞの研究機関が調べたらしいです。 向かい合って話し合っても、言葉で伝わるのはたった6%、ではメールではどれくらいかと考えた [続きを読む]
  • あの時の記憶 2
  • 母に抱かれて私は嬉しかったと、書きました。それは幼子であれば当たり前と思いますが、あの頃、戦後の復興の頃は、本当に誰もが忙しかったのです。 貧乏解消!!、それが掛け声で、両親は必死で働き続けて居ました。 母は私をトモエ学園に入園させて、その面接だけは一緒でした。しかし母は(父も)、その後トモエに姿を現すことは有りませんでした(私の記憶違いかも知れませんが)。 雨の日、トモエには、園児を迎えにくる親 [続きを読む]
  • あの時の記憶
  • 私は、幼い頃に、家の物干し台から落ちたと書きました。 3才か4才か、その年齢の記憶はないのですが、落ちた!!という記憶は鮮明なのです。 物干し台は、3階に有りました、高さは約10メートルくらいだったか、その家(クリーニング店舗兼自宅)はもう有りませんので、何とも言えません。 ☆これは借りて来た写真です、昭和の時代、こんな物干し台があちこちに有りました。こんな感じに近いと思います、でも木造でしたね、 [続きを読む]
  • 死に方の選択
  • 現代人は、表題のことを願って、死に際の苦しみや痛みを和らげたいと願い、今や科学はそれを実現しているようにも感じる。 でも、ふと思う、少し前はどうだったのかと、100年前はどうだったのかと・・・ 戦場で刀で切られて、それでも戦いは続き、切られた足軽や武士たちは、そこに放っておかれる、直ぐに死ぬことはないだろう、死に際の苦しみはいかばかりか、生きている肉体がその生を終わるまで、苦しみぬくのは避けられな [続きを読む]
  • 画家 小磯良平
  • これは、私がずっと好きだった絵です、もちろん今でも。 ☆この絵は勿論複製の複製、正式な作品名は知りません、でも、ずっと私の側に有ります。 画家小磯良平、この名を聞くたびに私は、ぞくぞくと鳥肌が立つような感覚を覚えて来ました。それだけ私は、この世界が好きなのだと思います。 渋谷駅から井の頭線の澁谷駅に向かう途中の壁に「明日の神話」と名付けられた大きな大きな絵が飾られて居ます。いわずと知れた岡本太郎の [続きを読む]
  • あの頃の私(何故、トモエ学園だったのか)
  • 今となってはあの頃(4歳〜6歳くらい)の、自分自身の日常を思いだすことは出来ないのですが、時折私が引き起こした小さな事件が、お袋や親父をハラハラさせて来たと、思い起こして居ます。 一番の事件は、4歳くらいだったか、私の家には三階に物干台があり(クリーニング屋、商売でしたからかなりの広さでした)、私はそこで良く一人で遊んで居ました。 考えて見れば危険極まりない場所、物干し台の周りには手すりはありまし [続きを読む]
  • 検診結果という安心 その先
  • 毎月一回の検診では、必ず血液検査が入ります。何故ならそこに、PSA値という私の病を測る、たんぱく質が血液中にどれくらい出ているか、そんな数値が出るからです。 それと共に、数々の数値も出してくれます。血糖値、白血球、赤血球、それらが専門用語で表に出されます。 それで分かるのは、残念ながら、PSA値以外は全く正常なのです。残念ながらとは傲慢な言い方です、でも、何故かそう思うのです。 世の中の同年代の方 [続きを読む]
  • 凜として生きる
  • 私は今、寿命が先か、会社倒産が先かという、分水嶺のような人生を生きて居ます。その割にはのんびりと絵などを描いて居ますが・・・・。 これは歓迎すべき人生では有りませんが、よくよく考えて見ると、良くぞこのような課題をいただけたと思うことが多く成りました。 あのアウシュビッツ収容所で、フランクル心理学を提唱されたヴィクトール・フランクル博士は私達に、人生の目的など考えるなと教えて居ます。そんなことを考え [続きを読む]
  • 天皇陛下と皇后陛下
  • 天皇陛下のご退位が、確実と成りそうです。美智子皇后は今日お誕生日で、陛下のご退位のことに触れておられました。 ご退位の後は、上皇と成られるとのこと、です。 ☆こんな普通のお写真が有りました、良い感じですね。 この10年くらいでしょうか、天皇陛下に対する批判、制度の廃止等に関する意見が、全くと言って良いほど、聞かれなく成りました、これは私の錯覚っではないと思います。 特にあの東日本大震災の後は、天皇 [続きを読む]
  • トモエ学園の思い出
  • 以前にも触れたことなのですが、トットちゃんというドラマが始まり、もう一度と思いました。 前回と前々回(視て居ない方には失礼)、トットちゃん(黒柳徹子の幼少時代)は、普通の学校から追い出されどこも通う学校がないという、親にとっては大変困った事態となっていた場面です。 そしてここなら受け入れてくれるかも知れないという学校が見つかり、母親とトットちゃんは面接に行くのです。面接をしてくれるのは校長先生でし [続きを読む]
  • 言葉は消しゴムでは消せない
  • これは昔昔、私が知人から言われた言葉です(有名な言葉ですが)。書いた字は消しゴムで消せるが、一度吐いた言葉は、そのまま吐かれた方の心に生き続ける、ということです。 彼は私の言葉を、忘れることはない、決して、私はそういうインパクトのある言葉を彼に浴びせたのです。 その内容はともかく・・・・、 この表題を、小池都知事の言葉を聞いた時に思い出しました。言葉は消しゴムでは消せない、一度歩き出した「言葉」は [続きを読む]
  • 我が本音に出逢う時
  • 本当の自分を自分は、分かるのだろうか、日ごろからそれが自分と思っている以外の自分、それが本当の自分としたら、それはいったいどんな風景だろうか。 こんな本に出逢った、題名は「それもすべて神様のはからい」、ちょっとという感じがしたが、中味は面白いものだった。 その中に、こんなコーナーがありました。 「貴方の耳にひっかかることが教えてくれること」です。 僕達は「自分が本当は何を考えているのか」はっきりと [続きを読む]
  • 才能とは素直さの果て
  • 東京新聞に、14歳作家女子デビューと、夕刊の一面トップです。 彼女が初めての小説を執筆したのが、小学校4年の時だそうで、図書カード5万円という賞金が掛かってる「12歳の文学賞」に応募、見事グランプリを獲得したのです。 そして以下が彼女の感想です。 「書いているとキャラクターが勝手に動き出すので、自然にそういう話に成りました。花ちゃんは母親想いで優しくて、私の理想の存在です」 ☆鈴木るりかさんです。 [続きを読む]
  • 余命を忘れること
  • と、書いても、忘れることはないのですが・・・・・、 でも、人生とは、そのように思うと、そのようになる、私はそう思う一人です。 いつでしたか、もう「怒る」のは止めようと誓いました。 でも、それからも沢山の「怒り感情」と出逢いはしました。しかしその都度、こう思ったのです。 お前はもう怒らないと、お前自身に誓ったではないかと、お前はお前自身も裏切るのかい?と。 それから不思議なことに、怒りが消えていった [続きを読む]
  • 月一回の検診(−−〆)
  • この所、あまり調子が良く有りません、そんな中での検診でした。 しかし、今日言いたいのはその検診ではなく、その待ち時間です。待合室の前に診察室が3つ並んで居ます。 つまり、三人の先生が、診てくれる訳です。 ☆これは何処の病院でしょうか、テレビが置いて有りますね。私の病院にはテレビは有りません。でも景色としては、似たようなものです。 今日は休み明けで、本来昨日の検診予定のメンバーが、今日押し寄せたのか [続きを読む]