唯識 さん プロフィール

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唯識さん: 唯識とショーペンハウアーから
ハンドル名唯識 さん
ブログタイトル唯識とショーペンハウアーから
ブログURLhttps://schopenhauer.muragon.com/
サイト紹介文唯識とショーペンハウアーの研究
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供154回 / 365日(平均3.0回/週) - 参加 2016/11/25 19:19

唯識 さんのブログ記事

  • こころの苦しみが消えるときに
  • 宇宙のたった一つの謎は 自分はなぜ自分なのかということだが そのこころの苦しみが消えていくときに 世界は物質ではまったくなく ただ観念であることが露わになっていく それはこころが無になるとき 世界がただ美そのものにすぎないということなのだ [続きを読む]
  • 複雑な時代
  • 男は女に興味があり女は男に興味がある 女の男に対する興味は男の女以上だろうが 女から見ても男より女のほうが美しいだろう だから女は男に女のような美しさを求めるはずである 現在の男の女性化というのはここにあるのだろう でも女はセックスのときは男らしさを求めるはずだ 男は女らしさと男らしさを同時に求められている これからの男は上手な演技者である必要がありそうだ [続きを読む]
  • 人間の完全性と不完全性について
  • 人間が不完全なものであるというのは何を言っているのだろうか? 完全な存在者というのは全知であって全能ということができるだろう。 全知というのは宇宙のすべてを知っているということ、全能とは何でもできるということと言えるだろう。 】実在論の場合【 実在論とは宇宙があって地球があって地球の上に人間がいて人間の集団に自分がいて自分が客観的に自分の外の自分や人間や宇宙を見ていていろいろ知っていくということだ [続きを読む]
  • 動因の証明とは何か
  • 科学において動因の証明とは何か? 科学というのは結論を理念から導くのではなく 我々の直観(世界)や経験をよく観察して結論をだすということであり それには原因の追究と形態的な研究(帰納)という二つがある。 人間の精神の科学それは人文科学、社会科学のすべてであるが 現在のそれは形態的な研究が大方であって原因論は部分的である。 動因というのは精神の原因のことであり これの証明が行われれば人文科学、社会科 [続きを読む]
  • 希望
  • わたしは他人に何も期待しないし何かをしてもらおうとも思わない。 傷を舐め合ったりお世辞を言い合ったりするのも本当にごめんだ。 もっとも一人で生きられる訳もないし生活する上での社交辞令も必要だろう。 しかしそういうことはできるだけ避けたい。 山奥でしばらく一人で暮らしてみたい。 友達は山の自然や風や雲や星や動物で十分である。 死ぬときはできれば誰も人間のいないところで自然の中で静かに死んでいきたい。 [続きを読む]
  • 男のセックス女のセックス
  • 男が女を愛撫するとき 男の頭の中は妄想でいっぱいだ。 それを想像力ともいうが 女は静かにその愛撫を鑑賞している。 男は下ネタやアダルトビデオが好きで 女は自分のセックス自体が好きだ。 だから女は本当の愛を求めている。 男が一回の射精で放出する細胞の数は二億で 女が作る細胞の数は月に一個だ。 まるで宇宙にたった一個の瑠璃色の地球と 地球の上で這いずり回っている人間のようなものだ。 男は何かしらみにく [続きを読む]
  • 根拠の四種と直観、精神の関係
  • 根拠の四種というのは学問の根拠のことであるからあくまでも概念のことである。 学問というのは直観(世界)や精神についての知的証明の連なりの蓄積であるから その知的証明の連なりにおいて根拠というものが四種あるということである。 根拠というのは 物質においては原因、時間と空間についてはその直観の純粋数学的原因(名前はまだない)、動物の精神的因果においては動因、と 思惟の形式である論理(と意味)のことであ [続きを読む]
  • 学問の根拠が四種類であればどのようなことが分かるか
  • ショーペンハウアーの「根拠律の四つの根について」は概念の分類から決定されたことで 学問の真偽の判断となる根拠に四種あることを論じており もしこれが正しいとすればどのようなことが導きだされるだろうか? この四種の根拠にはその対象がある訳だからそれは 因果→物質(外的直観) 純粋数学→内的直観=時間と空間 論理→概念(知性) 動物(意志)と人間(意思)→動物や人間の精神の因果(動因)となる訳だが この [続きを読む]
  • 宇宙に散った風邪のウイルス
  • 風邪の苦しみ。ちょっと違う味覚、櫛を引くような頭皮の感じ、彩りのあるような香り、通奏低音のような静寂な耳鳴り、幻覚と繰り返す思いの中で妄想が現れはじめる。 個の個々の関係や社会の影響による精神的な苦しみはだいぶ昔に無くなっていた。そして... 最先端の科学技術によっても生老病死の肉体的苦しみは完全に無くすことはできないが、千年の寿命や完全な医療でその苦しみを意識して暮らすということもなくなっていた [続きを読む]
  • あほとどあほ
  • 人間は誰でも多少あほなのだがあほとどあほの違いはある。 何があほなのかと言えば 感性的あほ(美)、論理的あほ(真)、道徳的あほ(善)の三種である。 感性にはあまり個人差がなくあってもあまり差しさわりがないので 目立つのは論理的あほと道徳的あほである。 論理的あほは会話をすると目立ってくるが 実害は少ないので笑いを誘うだけである。 道徳的あほはその意思が行為になってしまうと実害が巨大になり人々の怒り [続きを読む]
  • どんどん焼き
  • どんどん焼きというのは母の味で素朴お好み焼きのことだが 小麦粉を水で溶いてフライパンに油をひいて これにきざみネギと鰹節をのっけて焼いて醤油をかけて食べるというだけのものである。 いろいろな具材を増やしてもよいのだがこの単純なのが一番おいしい。 この生地に砂糖と卵を入れるだけでおいしいお菓子もできる。 [続きを読む]
  • 反省と後悔について
  • 世界(直観)の中で 反省というのは主観が精神を反省するのである。 後悔というのは精神が精神を後悔するのである。 反省は自己に深く沈着する全的孤独であるが 後悔は個的に人に良く思われなかったことを後悔する。 反省は主観的であり観念論的で 後悔は客観的であり実在論的である。 反省は自分の精神を元の高みに戻す精神の生物的因果であり 後悔は業の精神の生物的因果である。 宗教的懺悔は反省のみに実質的価値があ [続きを読む]
  • 芸術としてのセックス
  • 宇宙が芸術ということならセックスも芸術であるから これがどういうことか考えてみよう。 宇宙が芸術ということは現在の宇宙のことであり 自分の体が自分にとって最も重要な宇宙であるが 精神の中の五感の記憶や言葉つまり想像力はこれには含まれない。 であるからわたしにとって相手の女性はわたしの五感に映る表象のみとなる。 精神が除外されればこの表象は永遠である。<直観の時間は概念ではないので永遠> わたしの五 [続きを読む]
  • 美の範疇について
  • 観念論の科学では感じられた感じが実在なのだから 直観の実在としては感覚と美が 精神の実在としては各感情がそれになる。 感覚と美が同じ類になるかどうかは考察中だが 美の範疇これは美と同じ類の概念のことだが 美、崇高、雄大、可愛い、妙、清清するなどのたぐいとなる。 [続きを読む]
  • 超リベラル男女関係
  • これからの超リベラル男女関係、結婚の形態は 現在のホモ、レズの自由から 男と男の結婚、女と女の結婚、 一婦多夫、一夫多婦、多夫多婦へと進み 子供を作らない、できたら必ず堕胎という条件で、 兄妹婚、兄弟婚、姉妹婚、母子婚、父子婚、の許容へ。 フリーセックスは?浮気の自由?つまり互いの合意があれば 結婚している人と自由にセックスできることに。 そして結婚制度は廃止されて完全なものとなる。 そのためには [続きを読む]
  • 理想の女性
  • 女性の肉体は宇宙の芸術作品で その肉体は精神を持っていて動いている。 精神は様々な悩みを持っているが 芸術として見ればそれもまた美しい。 ところがその女性が芸術家であったら 芸術が芸術を生み出すのだから その美がわたしに放射されて屈折し反射し散乱する様は 美しすぎて死にたくなるだろう。 [続きを読む]
  • 世界が芸術であるということは世界が観念であるということと全く同じである
  • 世界が芸術であるということは 宇宙が物質自体の芸術であるということであり それは物質が人間に直接認識できるのが観念だけということだが その観念というのは人間の五感における美である。 世界が物質であるという認識は動物や人間の様々な想像であるということになる。 だから世界が芸術であるということは世界が観念であるということと同一である。 ということをわたしは証明しているのである。 そして個における感性の [続きを読む]
  • 芸術としての女と人間の知恵
  • 自然の芸術としての女は そっとしておくのが一番いいのだが 生身の男としては自分のものにしたいと思うだろう。 だが幸か不幸か自分のものになってしまったら 芸術としての女は生身の女になってしまう。 男と女はそうやって俗物として生きていく。 二人に友情が芽生えたらそれが救いなのだが そうならなければ色々な工夫をして結婚生活を続けていくのが 男の知恵だと思うのが俗物だ。 そうではなく男の知恵というのは 結 [続きを読む]
  • 日本に必要なのは本当の保守政党
  • 阿部総理は保守政治家なのかもしれないが 様々な制約でやらざるを得ない政策はリベラルである。 自由民主党は純粋なリベラル政党なのだ。 日本の自称リベラルというのは実は共産主義である。 日本は超リベラル国家なのでありその政策はバブル崩壊後ことごとく失敗してきた。 (アベノミクスは思想的には保守的な政策であり消費税増税はリベラルな政策である) リベラルというのは定着してしまうと外国の真似や あっちに配慮 [続きを読む]
  • 一期一会
  • わたしの死が 何かの終わりで何かの始りなのは確かなことだが その何かは 体験しなければ分からないことなのだから その一期一会は 宇宙で最も神秘的なことだろう。 そのときは 苦しみが少なく 意識がはっきりしていることを願う。 [続きを読む]
  • ふたりの替え歌の旅
  • 夜明けを待ちつつ 新しい旅へ出よう 二人で行くのは  キミのふるさとへ 季節と一緒に   キミと居たいから のんびりいこうよ 歌でも歌って ああボクだって  少し不安は残るけれど 失ったものなら  ボクが話を聞くよ ああ迷いながら  過去と未来を受け止めよう 目に映るすべての事が 新しくなるように 食事をとったら  うんと休もうよ ゆっくり行こうよ 続いてく日々だから ああキミだって  少し不安は [続きを読む]