くえん さん プロフィール

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くえんさん: 貫之のこゝろ・私の元永本古今和歌集
ハンドル名くえん さん
ブログタイトル貫之のこゝろ・私の元永本古今和歌集
ブログURLhttps://5jnrystart.muragon.com/
サイト紹介文現在の伊達本「古今集」ではなく、元永本で、掛詞を解き、貫之の心、歴史の事実に迫ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供17回 / 282日(平均0.4回/週) - 参加 2017/01/05 21:55

くえん さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • (17)早良親王は、井上内親王の子?
  • 元永本古今和歌集(254)の代わりに、(1118)が掲載されている。(253)は、家持の死を、(255)は、藤原氏北家の隆盛の自負を詠っている歌の間に挿入されたこの歌から、早良親王が、井上内親王の長男ではないかと思われたので、説明したい。  (1118)わかゝとの わさたのいねも からなくに またきうつろふ かむなひのもり わかゝとの=王家(光仁天皇)・門(一族)・の。 わさたのいねも=わさ(早良 [続きを読む]
  • (16)歌聖・人丸の歌「東野炎…」
  • 本文p.45に、二つ人丸の歌が掲げられている。共に、表面上は優れた自然詠、その真意は政治歌である。 そこで、有名な彼のあの歌に、どのような政治歌が見いだせるのか、探ってみた。 その歌とは、 万葉集巻1 (48) 「軽皇子が安騎野に宿られた時に作った歌 柿本人麻呂」という詞書があって幾つかの歌が列挙している中にある。   東野炎立所見而 反見為者月西渡   賀茂真淵による訓み下し   「ひんがしの  [続きを読む]
  • (15)万葉集(2991)…馬声蜂音石花=いぶせ?
  • 本文p.27の終わりに、貫之は、比喩歌にして、よい歌として、万葉集(2991)を挙げている。原文は、 垂乳根之  母我 養蚕之  眉隠    馬声蜂音石花蜘蛛*荒鹿  異母二不相而 たらちねの おやのかふこの まゆこもり い ふ せ くもあるか いもにあはすて *「蜘蛛」の「蛛」は、原書では、虫偏に「厨」を書きます。 漢字に対応するように、平かなを配置してみた。 詠作された当時、どのようには発音朗 [続きを読む]
  • (14)良房が源信を毒殺
  • 本文p.55、六歌人評の中で、三人目、文屋康秀を貫之は、挙げているが、彼の歌、 「ふくからに のへのくさきの しほるれは むへ山かせを あらしといふらん」の評価点は、ただ、その漢字を分解したおもしろさにあるのだろうか。その政治的背景を掛字で 探ってみたので、追加説明としたい。 この歌は、第五秋歌下の冒頭(249)にある。自然詠としては、既に説明している通りで、掛字を探ってみると、ただの機知の富んだ [続きを読む]
  • (12)万葉仮名は、意味を引きずる
  • 万葉仮名は、漢字一字に一音を対応させて、表音文字として用いた知恵である。しかし、表意文字の漢字の本質は、音としての表現から、意味を完全に取り去ることを許さない。表音文字として使いながら、やはり、漢字の持つ意味は、付きまとい、また、それを使いこなす知恵を当時の人々は、持っていたのである。 かな序に、本来は、万葉仮名で表記された万葉集にある赤人の歌を、平かな表記で、貫之は引用している。 はるのゝに す [続きを読む]
  • (11)道鏡のセックススキャンダルのうそ
  • 再考した際に、また新たな発見をしたので、本文p.51の六歌仙評の遍照の部分を書き直した。 古今和歌局第三夏歌(165) はちすはの にこりにしまぬ こゝろもて なとかはつゆを たまとあさむく はちすはの=蓮の葉の、恥す・は(巴、篆書体の形からともえの形で、性交を示す)・の。 にこり=尼(仏教に帰依した称徳天皇のこと)・こり(香り)。 「恥ずべき情交の称徳天皇の香りにも染まらない心を道鏡は、持ってい [続きを読む]
  • (10)脱字とされるが、掛字・万葉仮名から平かなへ-2
  • (7)で、脱字を説明したが、p14最後の行に、「…を かたに(に)うつりて…」と「に」の脱字があるとされることを説明したい。 私のこの部分の「…かたにうつりて…」を臨書したものをみていただきたい。 「う」の1から2画目のはじめにかけて、「二」にみえる。「二」と書き始めて、二画を書き終えると「う」を書いていることになる。一字を「にう」と読ませ [続きを読む]
  • (9)複数文字の脱字-2 秋萩帖の場合
  • 秋萩帖には、小野道風筆とされる、48首の和歌が裏紙に書かれており、その内、17首に脱字、衍字がある。三割に「書き間違い」のある、正に「書写した者」のおっちょこちょいぶりが、よく表れた「珍書」?とされている(のだろうか)。古今の書家などにも、草かなのお手本とされ、国宝である。 秋萩帖のこの複数文字の脱字のように、元永本古今集だけではなく、他の書写においてもみいだされることは、もちろん、間違いではなく [続きを読む]
  • (8)複数文字の脱字-1
  •             かな序の最後のページから2ページ目の終わり(69ページ)に、「あるをや」の4字の脱字があるとされる。 …この歌のもし(あるをや)あをやきの いと の たえす… 「…歌のこの文字は、(あるではないか)青柳の枝の糸のように絶えることなく…」とつづいて、「…後世に残り…」と接続していく部分である。 伊達本では、きちんと「このうたのもし あるをや あをやきの いとたえす…」となって [続きを読む]
  • (7)脱字とされるが、掛字・万葉仮名から平かなへ-1
  • これまで、アカデミアでは、元永本は脱字、衍字が多く書写した能書の力量を疑っている。平たく言えば、いい加減な教養のない者が、写し書いたもので、信用ならないので、すべて信用できないしろものである、ということ。 そうではないことを、原本の元永本の書きぶりを観察することで説明したい。 かな序には、脱字は5カ所あるとされる。二つは誤解、一つは四字にわたる脱字で、秋萩帖にもみられる掛字、そして残りの二つは、 [続きを読む]
  • (6)関白基経、光孝天皇を毒殺!
  • 前回、表題に挙げたことを言及したので、そのことを説明しよう。 その歌は、貫之が古今集を奉った時に、添えた長歌の中に詠われている。四季に始まる部立てに従った歌にしてあるが、実は、陽成天皇と基経との確執から、基経による光孝天皇の密殺(死)、醍醐天皇の古今集勅命までの歴史を伝えている。ここは、「賀」と「離別」の歌に当たる。 (1002)古歌たてまつれる時の長歌 貫之 …きみをのみ ちよにといはむ よのひ [続きを読む]
  • (5)宇多天皇、基経を密殺!
  • 六歌仙評の中で、 (60)あたりの大伴黒主の二つ目の歌「かゝみ山 いさたちよりて…」(899)の説明の中で、「基経を密殺した宇多天皇…」としていることの説明をしよう。 この歴史的事実が暴露されているのが、 (272)おなし御時 きくあはせに すはまに ふきあけのはまを つくりて きくのはな   を うゑたりけるに そへたりける歌    菅原朝臣   あき風の ふきあけにたてる しらきくは 花かあら [続きを読む]
  • (4)万葉集成立は、809年。
  • 二歌聖論を説明したので、その中で本文参照という形だけで、そこでは説明されていない万葉集の公表された時期を、809年11月(大同4年10月の意)とした根拠を説明しよう。 本文(997) 貞観御時 万葉集はいつ許(ばかり)つくれるそと 問給けれは  文室ありすゑ   十月しくれふりおける ならの葉の 名におふ宮の ふる事そこれ 詞書のある通り、清和天皇が「いつ万葉集はできたか」と尋ねて、ありすゑが答え [続きを読む]
  • (3)三・三=6
  • 二歌聖論のところで、「…これは きみも人も みをあは せたるといへるなるへし」、「…ひとまろは あかひとか ゝみに たゝむ事 か(た)く 赤人は人丸 かしもに たゝむこと かたく 南ありける…」の本文の解説を改定しました。 きみ=友則。 人=人麻呂。 み=三。 「正六位人丸は歌聖である」ということを受けて、「これ」といっている。 つまり、 「亡くなった友則も人丸も、三と三とを合わせた六位という低い [続きを読む]
  • (2)「あき人」は、下品か?
  • (54)六人の反藤原氏主流派のひとり、文屋康秀の本文の部分を改定しました。 「…そのさまみに およはす いはゝ あき人   のよきゝぬ きたらんかことし…」 「そのさまみにおよはす」を「その姿は、身に達していない」つまり、教養のない商人がいい服を着ているようなもので、質のいい言葉表現が、内容ある価値を備えている訳ではないと解釈している。そう読めるが、そうだろうか。貫之は、彼を高く評価している。 「 [続きを読む]
  • 貫之のこゝろ・私の元永本「古今和歌集」
  • 元永本「古今和歌集」かな序                                  凡例 *「・・・」 藤原定家の加筆した伊達本の表記。 ・・・ 漢字ならひらかなへ、ひらかななら漢字へ、伊達本で変更表記されている、校訂された文字は、その横に(*・・・)と表記、その言葉がなく略されている場合は、 [・・・] とした。 また、伊達本にある作者名の横の説明は省いた。 ☆以下は、私の解説文。 比 [続きを読む]
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