ANS さん プロフィール

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ANSさん: フィラデルフィア郊外de ect...
ハンドル名ANS さん
ブログタイトルフィラデルフィア郊外de ect...
ブログURLhttp://philadelphiajapanesecomeon.blogspot.com/
サイト紹介文多分、永住組。でも、日本に帰りたい! フィラデルフィア郊外の日々を綴っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供0回 / 365日(平均0.0回/週) - 参加 2017/01/08 07:49

ANS さんのブログ記事

  • Fear the Unknown - Inauguration 2017
  • (フィラデルフィアに着いた次の日、ロッキーが駆け上がった階段を駆け上がりに行ってみた)長男はボーイスカウトをやっていて、去年、最高ランクであるイーグルスカウトとなりました。イーグルになると、Certificateに大統領のサインがプリントされて手元に届くのですが、オバマ大統領のサインでよかった(笑)と、昨日、つぶやいていました。。。オバマ前大統領は、穏やかで、人柄の良い方でしたね。そのため、弱い大統領だと言 [続きを読む]
  • Invisalign その後。。。
  • (三男が幼稚園の頃にハマっていたキャラ弁作り)Invisalign を始めて10日が過ぎました。最初の5日間は、前歯が痛くてあまり食欲もありませんでした。そして、食事などで、マウスピースを外した後に、再びマウスピースを付ける時が本当に痛くて辛かった!!!5日過ぎた頃からは、痛みは消えましたけど、それは、歯が定位置に動いたと理解していいんでしょうかね。新しいマウスピースは2週間ごとに新しいものに変えていくので [続きを読む]
  • いとうあさこさんの”子宮の叫び”について思うこと
  • (母の腕に抱かれる三男 2007)お笑いタレントのいとうあさこさんが、あるバラエティー番組で、42〜43歳の時に、急に、本能なのか、生まれて初めて”子供が欲しい”って大騒ぎしていて、それが、1年ほど続き、知り合いの産婦人科の先生に聞いたら、”いとうさん、それは、DNAの最後の叫びです”と言われたそうです。女性にとったら、とても興味深い話ですね。私は、この記事を読んで、とても共感しました。私は、出産し [続きを読む]
  • なぜか、Learner's permitから。。。
  • ( My愛車 Volvo XC90)10年のグリーンカードが切れた時は、東京に住んでいました。長らく米国に住んでいないということと、その後にシンガポールへの転勤が決まっていたので、大使館でグリーンカードの放棄手続きをしたのが、2008年。今年、主人の転職で米国に戻ることになった時、グリーンカード再申請の手続きは、素人では無理と悟り、米国移民法専門の弁護士を雇いました。弁護士から、幾つか申請方法の提案がありました [続きを読む]
  • ベトナム料理を探してどこまでも。。。
  • (主人と二人で出かけたベトナムの旅 in 2016)シンガポールを去る前に、ベトナムに行こうと思い立ち、夫婦二人でいざ、ハノイへ。宿泊先は、Sofitel Legend Metropole Hanoiという、コロニアルスタイルで、ハノイの歴史を感じることができるとても素敵なホテルでした。そこを拠点に、ハロン湾やPhoの食べ比べに出かけましたが、このホテルの中にあるベトナム料理のレストランSpices Gardenが度肝を抜かれる美味しさで、結局、 [続きを読む]
  • 長男の大学のこと
  • (NYC 2005 長男6歳)手探りの子育てに振り回されたうちの長男。キンダーから12年生(シニア)の間に、6回も転校させちゃってこめんね。世界を見て周るより、田舎で地味に生きていたいタイプだから、今までのライフスタイルは辛かったよね。シニアが始まる夏にアメリカに戻ってきたので、大学に提出しなければいけない、Teacher's recommendation や、Counselor's recommendationはシンガポールのアメリカンスクールで書い [続きを読む]
  • Trader Joe's etc...
  • アメリカに引っ越してきて、よかったことなんて何もない!!!(怒)と長らく眉間にしわを寄せている私ですが、良いことも結構あるって認めます。。。せん。。す。。せん。。Trader Joe's とは、もう10年以上のお付き合いです。三男を妊娠中はつわりがひどくて、毎日の食事を作ることがなかなかできず、Trader Joe'sの冷凍食品には大変お世話になりました。東京に引っ越してからは、夏、冬の長期休暇でアメリカに戻った時は必ず [続きを読む]
  • お酒というもの
  • (ノンアルのヴァイスビアin ドイツのフランクフルト 2015)私はよく、『お酒強そうだねぇ〜!』と人に言われます。そして、『お酒は飲まないよ』と言うと、皆様、のけぞってびっくりされます(爆)何を根拠に私が酒豪と思われるのかは分かりませんが。。。19歳の時にアルコールを飲まない主人と結婚して、晩酌とかそういう習慣がなかったというのが、大きな理由なんだと思います。小さいときは、ばーちゃんの手作りの梅酒を [続きを読む]
  • ひとカラをするオンナ
  • (夜の銀座がけっこう好きです)シンガポールに住んでいた頃は、父の様子を見に3〜4ヶ月に一度の割合で、子供と主人をロザリオに任せて日本に帰っていました。時には、実家には帰らず、羽田に飛んで、東京で遊んで帰るなんてこともしていました(笑)なんて、贅沢な。。。(涙)シンガポール(チャンギ国際空港)?日本はたった6時間半ですので、夜行便なんかに乗って寝てしまえば、本当にあっという間です。時差もたったの1時 [続きを読む]
  • 母の日記 昭和55年
  • 母は、2月に病院を退院予定でその後は施設にお世話になることが決まっています。私が生まれ育った実家の家は空き家となってしまったので、先月の帰国の際に少しだけ家の片付けをしました。そして、その時に見つけた大量の母の日記の一部をアメリカに持ち帰ってきました。母は、私と違って三日坊主ではないらしく(汗)倒れるまでほぼ毎日日記をつけていました。近年はパソコンに入力していたので、ノートは平成15年で止まってい [続きを読む]
  • 子供のパスポートの申請手続き
  • (三男のアメリカンドリーム=トランポリン。。。先日の雪の日の)野生の勘が働いて、ふと三男のパスポートをみたら有効期限が半年を切っていた(汗)今日、主人に半日のお休みを取ってもらったので、今から、近くのパスポートセンターに行ってきます。ハーグ条約/親権の絡みだと思いますが、両親が揃って子供のパスポート申請の場に出向くというのが、一般的な手続きの仕方だと思います。事務員の方の前で署名をした後に、右手を [続きを読む]
  • MAIDO!とミツワ
  • (去年の夏、フィラデルフィアで流行った Rolled Ice Cream @ Sweet Charlie's)MAIDO!さんには大変お世話になっております!!という、前置きをして。。。私が初めて東海岸(NYC)に住み始めたのが、1997年。その頃は、もちろんインターネットなどなかったので、ニューヨーク便利帳という分厚い本とOCSNewsという有料の情報誌が情報のすべてだったような気がします。そして、その便利帳とOCSNewsを手に入れるために足を [続きを読む]
  • いっ。。いたい。。invisalign はじめました
  • 小学校の頃に歯科矯正をしていたので、歯並びコンプレックスと共に生きてきたわけではありません。が、次男の歯科矯正のアポで、ただの付き添いだった私にまで、矯正歯科医の魔術にかかってしまい(爆)上の歯前2本が若干バタフライ(v字)と、下の歯前2本が若干重なり合っている部分を矯正で治療することになってしまった。”若干”という言葉を繰り返しますが、ホントに若干なんです。日本人なら、『歯並びいいよね〜」なんて [続きを読む]
  • 90パーセント白人の学校で その2
  • (先月、築地での朝ご飯 ぷりっぷりの雲丹がすばらしく、ミニ丼にしたことを悔やんだ)次男は、割と簡単に友達を作る方だと思っていたけれど、ここにきてどうやらそうでもなさそうなのです。学校のカウンセラーに教えてもらった状況によると、ミドルスクールのカフェテリアでは、運動系と頭脳系にまっぷたつに分かれていて、初日から次男は、頭脳系グループの子達とランチを食べているらしい。いやいや、ずば抜けて頭が良いわけで [続きを読む]
  • スポーツジムに入会する勇気
  • (東京2020目指してます!)うちから、車で約20分の距離にYMCAが二つあります。どっちも、雪や雨が降っていたら完全に行く気が失せる距離(爆)そして、もう一つ、うちから車で約10分のところに病院に併設されている、それはそれは素晴らしいスポーツジムがあるのです。会員費はYMCAよりは多少割高ではあるけれども、ちょっと多めに払ってもいいよってなるくらい、筋トレマシーンからインドアテニスコート、インドアプール [続きを読む]
  • 外国に住むということ おわりに
  • (日本で使っていたコタツを持ってきてよかった! うちのトイプードルもよく潜っています)母は、すでに私が会いに来たことも忘れてしまっているようで(汗)それを、まったくもぉ〜!と思える日と、ポロポロと涙がこぼれてしまう日があるのです。そして、正直なことを言ってしまうと、もし、あの日、母が逝ってしまっていたら、悲しみはもちろん計り知れなかったと思うけれど、そこから心のヒーリングを始めることができたはず。 [続きを読む]
  • 髪を切る in フィラデルフィア
  • (かき氷を食べる私と母 好きでこの髪型にしていたとは思えない5歳の夏)日本に住んでいた時は、ザギン(銀座)のサロンで髪の毛を切ってもらっていました(笑)まぁ、ザギン近くに住んでましたので。シンガポールに引っ越してからは、幾つかの日系美容室を渡り歩き最終的に、shunji matso salonの女性美容師の方に落ち着きました。何せ、肩より長く伸ばせない性格でして、美容院は大事なのです。その昔、ニューヨークに住んでい [続きを読む]
  • 90パーセント白人の学校で
  • (学校初日2016)家購入時に、絶対に譲れない条件として、”Rated 10 School District(10段階の評価で、小中高全てで10の評価をもらっている学区)。その地域以外の家は見ることすらしませんでした。長男は、マンハッタンはアッパーイーストサイドのパブリックスクールでキンダーからG3 を過ごし、東京に引っ越してからの二年間(3年生、4年生)は、近くの公立小学校に日本語全く話せないまま放り込まれて(汗)その後、G [続きを読む]
  • 外国に住むということ その5
  • (母に会いに故郷に向かう途中の電車の中。アルフォート食べて、気分を上げていこう!)12月1日、主人に子供達を託し、Newark国際空港を発ちました。待ちに待った帰国のはずなのに、ラインや電話では伝わってこなかった現実を見るのが怖くなり気分は下降する一方。兄が、最寄りの駅まで迎えに来てくれていた。電車のドアが開き、プラットフォームを改札に向かってまっすぐ歩きながら、今までは、母が駅舎の中から大きく手を振って [続きを読む]
  • 外国に住むということ その4
  • (次男の出産に立ち会ってくれた母)日々の状況は、兄や、看護師で幼馴染のユキちゃんが事細かに伝えてくれて本当に有り難かった。母は、脳の腫れが落ち着くまで薬で眠る治療が行われ、術後3週間ほと経った頃、薬の量が減り始めるにしたがって呼び掛けに反応するようになりました。もし、まだシンガポールに住んでいたなら。。ロザリオに子供達のことを任せて、いつでも母の元に行くことができたのに。。渡米して、ビザの手続きが [続きを読む]
  • 紅白歌合戦 2016
  • (大晦日の朝、暖炉に火を入れてTV Japanをon!)時差がありますので、紅白が東海岸で始まるのは、大晦日早朝です。クリスマスボケで毎日10時頃に起きる生活が一週間も続いていたので、前の晩にしっかり目覚ましをセットして就寝。朝起きて、こたつのスイッチをon!バックヤードから薪を調達して、暖炉に放り込み。火をつけた後は、サッサッと朝ごはんを作り、それをトレイに並べてこたつまで持って行き、テレビをon(笑)その時 [続きを読む]
  • 海南鳥飯inフィラデルフィア 
  • (海南鳥飯@Penang)まさか、海南鳥飯がフィラデルフィアで食べられるとは!!!シンガポールのソウルフードのひとつである、海南鳥飯。チキンライスとか、カオマンガイと呼ばれたりしますね。私は、この海南鳥飯に空芯菜の炒め物(Kang Kung Balacan)を添えて食べるのが好きです。もう、好きを超えて愛していると言っても過言ではありません。シンガポールで海南鳥飯のお店といえば、文東記 Boon Tong Keeが有名ですが、私は文東 [続きを読む]
  • 外国に住むということ その3
  • (昭和54年 家族写真 in実家の裏庭)『大変なことになったよ。オカンが救急車で運ばれた!』電話を取った時、次男と三男をPokemon探しに連れていくため、住んでいた仮のアパートメントの4階でエレベーター待ちをしていました。そこで、しばらく兄と会話をして、電話を切った後、腰が抜けてというか、全身から力が抜けてしまい、いったん家に戻ってソファーに座った。座っているのに、座っていないような感覚。私と母がライン電 [続きを読む]
  • 嗚呼 ロザリオ!
  • お決まりのマーライオンです!4年間のシンガポール生活の中で、マーライオンを見たのは2回。。。くらい?!(爆)摂氏30度&湿度90パーセントという気候の中、目的地にたどり着くまでには、勇気と気力と体力が必要なのです。シンガポールにはメイド文化があり、30〜40パーセントの家庭で、住み込みのメイドさんが雇われています。そしてまた、共働きが推奨されていますので、自分の両親か義理両親に子供の面倒を頼めない [続きを読む]
  • 外国に住むということ その2
  • (去年の夏、気分を紛らわすために子供達と没頭したPokemonGo)2016年の1月に、主人がフィラデルフィアにHQのある会社にヘッドハンティングされました。これから先のキャリアを見据えた上で、cons よりprosの方が多かったことから、転職を決めました。2008年から2012年までは東京で5年、2012年から2016年までのシンガポールでの4年の計9年半のアジアでの生活は、本当に本当に楽しかった。私たちが、シンガ [続きを読む]