かれん さん プロフィール

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かれんさん: 国際結婚経験者の日記
ハンドル名かれん さん
ブログタイトル国際結婚経験者の日記
ブログURLhttp://blog.karen.ne.jp/
サイト紹介文国際結婚経験者の日記です。結婚の事に限らず、日常の事、世間の事など幅広く書いていきたいと思います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供91回 / 365日(平均1.7回/週) - 参加 2017/01/11 12:07

かれん さんのブログ記事

  •  すだく虫の音に〜〜
  • 秋の夜はふけて すだく虫の音に〜この”すだく”が気になってならない小説家を目指した私としては たいていの日本語は知ってるつもりだった。ある日大橋節夫の「幸せはここに」という曲を聞いた。すだく虫の音に〜という文句があった。初めて聞く単語だった辞書を引いた 虫の音と共に使うと書いてある。じゃ 俺が教養がなかっただけなのか。今日 「鬼平犯科帳の朗読」を聞いていた池波正太郎の小説である。布団に寝っころがっ [続きを読む]
  •  大仏さまは見ていた(3)
  • 鎌倉幕府滅亡から二百年 今夜も月が明るく照らす大仏さまは新しい客を迎えていたそれは越後の武将上杉謙信であった。今日の昼 鶴岡八幡宮で二万の軍勢の観兵式(馬ぞろえ)を行った。越後兵一万、関東の地侍一万であった。信仰厚い謙信は夜になって、露座になった大仏さまを拝みに来た極楽寺の切通しから越後兵のうち「柿崎盛頭」を小田原城に先行させた。そののち一ヶ月 謙信は小田原城を囲んだが落城しないので越後に引き上げ [続きを読む]
  •  大仏さまは見ていた (2)
  • 1333年5月20日 この日が鎌倉幕府最後の日だった。蒸し暑い日で朝から雨が降っていた。 与沙と真琴の一粒種は立派に成人し、最後の執権北条高時の 子飼いの郎党になっていた。 三浦氏の生き残りの家系を相続し三浦与輔と名乗っている。 与輔にも鎌倉が今日しか持ちこたえられないと分っていた。 化粧坂の木戸を守っていたが、極楽寺の木戸の守備兵と化粧坂の守備兵 で大仏の寺で稲村ヶ崎の残兵も合わせて最後の防衛陣 [続きを読む]
  •  大仏殿流失 大津波
  • 鎌倉大仏 私達は露座を見慣れている。 しかし建立当時は大仏殿があった。その痕跡が大仏の周りにある。 六個の台座石が今でも残っている。建立からまだ百年も経たない貞観四年、由比ヶ浜の沖は暗く雨雲が垂れこめ、ゴーゴーと不気味な音をたてていた。加治職人の与沙は極楽寺の高台から海を見た。「真琴 おらちょっと大仏様見てくら」妻の真琴とは去年祝言をあげたばかりだ。丘を下ると極楽寺の切通し道に出る、その道は七里ヶ [続きを読む]
  •  危ない鎌倉(2)
  • 夕方五時、昼間あれほど賑わった小町通は人がいない。昼の鎌倉と夜では全く別の顔を見せる。一般の人は「夜の鎌倉」を知らない。そこは怨霊の世界が広がる。うっかり逃げ忘れた人は もうこの世には戻れない。サッカー場二つほどの狭い旧市街ここは鎌倉幕府草創期の御家人一族が”みな殺し”に遭った場所だ。大江広元、三善康信。和田義盛、畠山重忠、三浦泰時比企能員、まだまだ書き漏らした一族がいる。中心人物が切り殺される時 [続きを読む]
  • 素人は危ない 鎌倉
  • 今日から数回 西国の旅に出よう私の夢と言う事でもしお金があったら長野佐久に住む東京月島」を書いた。そのシリーズで鎌倉・湘南、四国の瀬戸内海大分宇佐八幡、に住むのはどうだろう。どうせお金はない 書くのは無料。さっそく鎌倉だ、観光地でだれもが一度は行った事があるはず。過去いろんな文人、高級官吏が住んだ、有名なところでは彼の山本五十六元帥も自宅を構えた。鎌倉を囲む山、特に朝比奈インター辺りの山から流れ出 [続きを読む]
  •  最後のお日様(3)
  • 今日は西高東低の冬型の気圧配置が強まり、午後から雪模様。こんな天気予報をテレビがつぶやいている。あァ〜あ〜 また雪かこんなため息を早春賦を唱うまでまだ三か月もある。西高のもとまで行った事がある。天気図を見ると中国大陸の北朝鮮の上方にその低気圧の中心がある、 いつも思う こいつが元凶かこれが日本海に乗り出し、タップリ水分を吸い立山にぶつかり北陸、谷川岳にぶつかり越後わが新潟に雪を。一月 冬真っ只中  [続きを読む]
  •  最後のお日様
  • 11月3日文化の日 この日は特異日と言うのだそうだ。全国的に晴れる 新潟も東京と同じに快晴ところがあと一週間もすると空が鉛色に変り夜は雷鳴がする、 これを雪下ろしと言う。子供の頃いくら布団を被ってもかみなり様の音数日も続く。そうすると雪が降り始める、東京の彼女が嫌った新潟の冬だ。関東が青空でハイヒールで歩く頃ゴム長来年の三月までさようなら二月の末日、”早春賦”を聞くまで、〜春は名のみの谷のうぐいす [続きを読む]
  •  月島もんじゃ
  • 私の夢 佐久に続く第二弾「月島」編月島 東京の下町実は越後人の私は江戸をしらない東京にも慣れた学生時代、それも池袋練馬あたりだけ今この歳になって東西線の下町住んで 江戸人みたいな顔をして受け入れられるだろうか。これは夢だからそんな心配はよそう。昔 自然食品を扱っている三十代 その中に「月島食品のマーガリン」があった。きっと月島にあるのだろう・ 身体に良いのだと亡くなった妻が毎月買っていた。あの辺は [続きを読む]
  •  佐久の夢  続編
  • 駅伝骨折が過去一番のアクセス数だった。これについてもう書くまい。美しいものを大切にとって置きたい。佐久の夢、もう一つ夢がある 私の夢に付きあわせて申し訳ない。それは東京に住むこときっと江戸時代まで意識は遡るのだろう、それについて先日ショックな出来事が起こった。淡い恋心を抱いた女性に振られたのだ。彼女は東京の高校生、私は新潟から出たての立大一年大崎の山の手線が見える親戚の二階で会った当時は私も前途洋 [続きを読む]
  •  駅伝骨折 繋いだタスキ
  • なんという光景だ。アスファルトの上を四つん這いで歩いている。もちろん膝は擦りむけて血が昨日の女子駅伝 あと二百メートルでタスキリレー地点で岩谷産業の飯田選手が足を骨折して転倒した。そこからが凄い。這ってゴールを目指し、タスキをつなごうとしたのだ。テレビ中継を見て涙が出た彼女は十九歳 チームのためにタスキをつがねばならない この一心で膝の痛みも忘れて這ったのだ。日本人を見た。 「個より全」日本人は生 [続きを読む]
  •  世界一短い歌
  • 大橋節夫作詞・作曲「幸せはここに」これを聞いた時なんて短い曲なんだ。〜♪〜秋の夜は深けて    すだく虫の音   疲れた心癒す   我が家の窓辺   静かに ほのぼのと   しあわせは ここに     (終わり)あまりに短くあきれたでも 心に残る石原裕次郎もカバーしている。さすが彼が歌うと2小節もあるように安定して座りがいい。”すだく虫の音”  「すだく」とは何だ、きいた事がないけれど気になる。この [続きを読む]
  •  佐久の夢
  • PCが調子悪くていじっていたら、ドキュメントの中に古いブログを見つけた。読んだら古びていなかったので再掲載する。「新しい事が無くてもブログを書くのは小説のような物だ」佐久には夢がある、それは浅間のせいだ。いま佐久平は軽井沢より移住者が多い。浅間山の南の緩い平野が人気なのだ。それは別荘地のようで、普通の街の感じもする。この微妙な雰囲気を日本人は知っている。私も佐久の郊外に平屋を建てたい。いかにも定年退 [続きを読む]
  •  笛吹き童子
  • チュ−ブを見ていたら笛吹童子という映画があった。小学校か中学か忘れた。川のほとりのちいさな映画館今はコンビニになっているから相当小さい。だけど子供ごころに大きく見えた。二本目が始まると  全員拍手 日本が純心な時代♪〜ヒャリ〜コヒャラレロ 不思議な笛だ。昭和22年生まれの団塊世代なら耳に残っているはずだ。今日聞いたら歌詞全部を覚えていた。しかし画面は全く覚えていない。二階席はゴザだった、下駄をゴザ [続きを読む]
  •  エジプト憑依霊の(2)
  • ナイル川下りの船旅はデンデラ港で幕が下りた。あのナイルロマンス号で勇気を振り絞ってドイツ人の娘にイッヒ りーべ ディヒ(アイラブユウ)と言えば私の人生の後半も変わっていたかもしれない。ルクソール神殿で憑依された女性の話に戻ろう。私が神審者(さにわ)砂庭、の役割を果たしたらどうだったろう。 NHKお天気のお姉さん、半井小絵 さん 和気清麻呂の子孫と言う。 この和気清麻呂(わけのきよまろ)こそ 日本で [続きを読む]
  •  エジプトの憑依霊は だれ
  • 惜しい事をした。オベリスクの台座に登った女は同行女性陣の中でほとんど喋った事の無い人だったのでそれっきり追跡しなかったのである。ツアーはその午後 ナイル川を下る1泊の船に乗ったそこで惚れっぽい私はドイツ人観光客一家に出会ってしまった。両親に娘ひとり、この娘がクリスチーネカウフマンにそっくりな面立ち、一目で心を奪われたデッキで砂漠を見ながら立ち話をする機会があった。「僕は二十歳の時ドイツに行った事が [続きを読む]
  •  同行女子に憑依したのはエジプト古代霊か・・
  • テーベ その名は甘い響き古代エジプトの首都のである。現代はルクソールという。瞑想ツアーはオプションでルクソールも行った巨大な石柱が林立する、これが映画なら暗殺者が柱の陰から現れそうだ。奥へ進むと石だらけの廃墟が現れた。巨大なオベリスクが立っている。その四角柱のまわりにブロック塀が囲んでいたそのオベリスクはハトシェプスト女王のもの、女王死後 弟が恨んで姉の業績を全否定レリーフを削ったりこの記念柱オベ [続きを読む]
  • ピラミッドと私の霊能体験
  • 昨日 チューブで宜保愛子のピラミッド訪問を見た。私は十年ほど前 voice出版主催のピラミッドで瞑想するツアーに参加した。それは夜  ピラミッドを借り切って瞑想するのだ。普通の三倍くらいする料金だった。そのころは「精神世界」にのめり込んで随分無理した。人生の最終晩年、残っているものはピラミッドの体験だけだ。多分 宜保愛子がピラミッドで感じたと同じ体険。一行は女性ばかり二十数人、そのなかには霊感体質 [続きを読む]
  •  平凡な一日
  • 庭の夏草が少し茶色を帯びてきたようだ。いやそれでもまだあおい十月に入ったからもう月末には落ち葉になる昨日は病院の訪問リハビリ、Mちゃんがやってきたその前の日は定期検診、血液検査の数値も安定し医師ものんびりしている「hbA1Cも下がったよ」「そう良かったわね」「今日は外を歩くわよ」「その前に頼みがあるんだ 玄関のつるバラが枯れたから切ってもらいたいんだ。」 いいわよ」 案外素直に応じてくれた 「いた [続きを読む]
  •  大和古寺巡礼《寄り道 C)
  • 今晩 偶然「海賊と呼ばれた男」を見た法隆寺は木造世界最古 千四百年も経つそうだ。戦いが火災を呼ぶ だから無傷で千年もつ事は奇蹟世界でも稀有の国 日本。この国に生まれて幸せ大学一年の春 私は三浦半島の富士の見える丘陵にいた文学部の博物館学講座実習に参加して女性ばかりのなかににいた。講座の内容は縄文遺跡の発掘作業だった。まだ田舎の高校生の匂い紛々の私善子と言った彼女に初恋一目惚れまだなにも知らない馬鹿 [続きを読む]
  •  古寺巡礼(5)法隆寺
  • やっと戻ってきました。実は法隆寺の記憶が全くないのです。高校生の時 薬師寺にいっているので、絶対法隆寺には行くはず。チューブや写真の見過ぎで実物見たものか混乱している。京都の東寺や八坂の五重塔とは明らかに違う屋根が深いのです。軒が深いというのは屋根の重みが掛かるので難しい。新潟のように積雪のあるとこでは大工は嫌がる。奈良でも何十年に一度は積雪がある。天平の宮大工は当然それを考えたろう。特別な<対策 [続きを読む]
  •  大和古寺巡礼 <寄り道 B>
  • またまた寄り道 カンナの発明 これについては調べていない。とにかく丸い木を板にするのは大変だった時代劇で板の間が出てくるが、製材所というものが無かった時代 板五十枚と貴族、寺から注文がくると、木材業者はてんてこまいだったろう。だいたいは鋸切りで板の形に切ったろうカンナが発明されてない天平時代 チョウナそれから仕上げはヤリカンナ、笹の葉の形をしている。両はじが刀の刃のようで凸部を削った。だいたい平面 [続きを読む]
  •  大和古寺巡礼《寄り道編)
  • 前回(4)でなで肩について書いたが今日も続き、私は若い時ブロック塀工事を仕事にしていた事があった。転害門(てがいもん)の付属する塀に興味があるのだ。転害門に接続するへいが門柱部分でだんだん盛り上がって行き「なで肩」のようになっているのだ。この傾斜部分を作るように親方に言われた職人はどんな定規を使って作ったのだろう。三角定規の斜辺の定規があったのだろうか。この職人が自分が美しいと思った角度で作った塀 [続きを読む]
  •  大和古寺巡礼(4) 転害門
  • 転害門(てがいもん) 奈良盆地の北辺を東西に走る街道 昔から重要な道だった。佐保路(さほじ)と言う。なんて美しい響きだろう佐保路が東大寺の西の塀に突き当たる正面にそれはある。今はあまり人が見向きもしない、車ばかりが忙しく走り抜ける道路だ。そのまま走ると奈良県庁の角にでる。法隆寺に今日も入らず、門でお茶を濁そうこの門は良く眺めると天平の香りがして「ほうずり」したくなる。江戸期の門と全くちがう何と呼ぶ [続きを読む]