大陸旅遊倶楽部的日記 さん プロフィール

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大陸旅遊倶楽部的日記さん: 大陸旅遊倶楽部的日記
ハンドル名大陸旅遊倶楽部的日記 さん
ブログタイトル大陸旅遊倶楽部的日記
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/char-a2
サイト紹介文三国志・水滸伝・史記の旅と中国茶のほかモロモロ…
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供66回 / 365日(平均1.3回/週) - 参加 2017/01/15 17:45

大陸旅遊倶楽部的日記 さんのブログ記事

  • 九龍壁
  • 九龍壁は、明の洪武25(1392)年に、代王府の前に建てられた影壁。影壁とは門の外又は内側に建てる壁で、邪気が門内に入らないようにするもの。直接内部が見えないよう、目隠し的な役目も果たす。代王は太祖朱元璋の第13子、朱桂(しゅけい)。代王府は崇禎年間(1628〜1644)に戦火で破壊され、九龍壁のみが残ったそうだ。九龍壁の入場料は10元(160円)。門を入ると、空き地にぽつんと九龍壁が立っていた。想像とはだいぶ違う敷 [続きを読む]
  • 武周山の気になる長城
  • 雲岡石窟には北魏陳列館やら雲岡博物館やらありますが、共に休館中で見られず。公園のように整備された敷地をとぼとぼと戻る。▼霊岩寺霊岩寺越しに石窟を眺めると、武周山山頂には長城や狼煙台のようなものが見える。昔見た中国の地図では、雲岡石窟(武周山)に万里の長城マークがついていたので石窟よりもこっちの方が気になっていたが…。▼超気になる その①▼超気になる その②帰国してから百度地図の衛星写真を見たら、更に [続きを読む]
  • 雲岡石窟 その⑪ 〜塔窰洞〜
  • 第39窟「塔窰洞(とうようどう)」は雲岡晩期最大規模の洞窟で内部に方形の塔を安置した塔廟窟。494〜525年。塔廟窟は当時の流行りらしい。四角い塔は五層で高さ6m、四面に仏龕が施されている。保存状態も良いので中国早期仏塔の重要な資料と説明板にある。石窟の四面には千仏が彫られている。 [続きを読む]
  • 雲岡石窟 その? 〜雲岡西部窟群〜
  • 露天大仏の西側、第21〜53窟(及び編号の無い窟)を西部窟群という。雲岡石窟の晩期、洛陽遷都の北魏太和18(494)年以降に造られた。▼西部窟群の一部(露天大仏の西隣)は工事中中小の石窟と小さな仏龕(ぶつがん)が大部分を占める。仏龕というのは、壁面に掘った仏や経典を安置する小部屋。▼仏龕と仏▼仏龕と仏その②…頭部が無くなってしまったお気の毒な仏太和18(494)年に北魏王朝が洛陽に遷都して、皇家が雲岡での石窟造 [続きを読む]
  • 雲岡石窟 その⑨ 〜曇曜五窟③露天大仏〜
  • 第20窟「白仏爺洞」の御本尊は、雲岡石窟のシンボル露天大仏。…思ってたよりも、小さかった。白仏爺洞の前壁は遼代以前に倒壊してしまったそうだ。露出しているのは釈迦坐像で、高さ13.7m。胸から上は堅固な材質の為、露天でも保存状態は良好。手足の部分はだいぶ傷んでる。人形同様、仏も顔が命だねー。▼味のあるお顔の大仏さま。西の脇侍は既にない。肩幅が広くて、正面から見ると丸顔。角度によって面長にも見える不思議な仏 [続きを読む]
  • 雲岡石窟 その⑧ 〜曇曜五窟②〜
  • 第18窟「立三仏洞」と第19窟「宝生仏洞」。▼第18窟▼第18窟西側の弟子像群…弟子たちは風化が進んでます。▼第18窟の立仏 高さ15.5m第18窟は東側の弟子像群が佳作と言われているらしい。確かに。西側も崩れていなければ、東西だったんだろうな。▼第18窟東側の弟子像群第19窟「宝生仏洞」の大仏は高さ16.8mで、雲岡石窟で二番目に大きい大仏らしい。▼第19窟の大仏▼第19窟の露出した菩薩さまの後ろ(写真左側)に 第20窟の大仏さ [続きを読む]
  • 雲岡石窟 その⑦〜曇曜五窟①〜
  • 第9窟〜13窟は清代に彩色を施されたことから五華洞というそうだ。9窟と10窟が一対で11窟〜13窟も一体で造られたらしい。12窟天井には伎楽天が彫られているらしいが、11〜13窟は改装中で非公開だった。▼11〜13窟の楼閣(第5、6窟かも)第16〜20窟が曇曜五窟(どんようごくつ)と呼ばれる雲岡石窟のメイン窟。460〜470年。高僧曇曜により、雲岡で最も早く開削された窟だそうだ。ドーム状に掘った洞窟に北魏の五人の皇帝の姿を写した仏 [続きを読む]
  • 雲岡石窟 その⑥ 〜第7、8窟〜
  • 第7窟「西来第一仏洞」。471〜494年。あまり大事にされていない感じ。双窟(ペアの窟)としては、第7窟と第8窟が大同で一番早く造られたと説明書きに書いてあった。写真撮影可だったので、こちらで第6窟の雰囲気だけでも感じられれば…。第6窟はここよりも色彩や彫刻が細かくてきれいに残っていた感じかな。天井や壁上部には飛天もあります。▼石窟内部から、入口を覆った木造の扉を見るとこんな感じ。▼左から第8窟、第7窟、 [続きを読む]
  • 雲岡石窟 その⑤ 〜石窟中央(第5、6窟)〜
  • 第5、6窟は雲岡石窟の中央に位置する。…と中国名勝辞典に記載あり。第5、6窟は内部で通じているらしいが、第5窟「大仏洞」は改修中で非公開。中には高さ17m、最大の座仏があるらしい。石窟前の木造の楼閣は、清の順治8(1651)年に建設されたそうだ。▼第4窟から第5窟への通路第6窟には巨大な塔柱があった。その四面には釈迦牟尼の誕生から入滅までの物語が彫られている…と後から入ってきた中国人付のガイドさんが説明して [続きを読む]
  • 雲岡石窟 その④ 〜雲岡東部窟群〜
  • 中国名勝辞典によれば、雲岡石窟は大同市街の西16km、武周山の南麓にある。現存する主要洞窟は53、像は51000体にのぼり世界的に著名な芸術の宝庫だそうだ。石窟自体は東西1kmらしい。霊岩寺から堀を渡って行くと、やっと雲岡石窟の東端に到着。石窟の東端第1〜4窟は東部窟群と呼ばれる。いよいよ雲岡石窟群。東部窟群は塔洞で、洞窟の中央部に方形の塔柱が造られている。塔柱の四面は仏像と故事の彫刻、塔柱周囲の壁面には建物の [続きを読む]
  • 雲岡石窟 その③ 〜曇曜広場から霊岩寺〜
  • 雲岡石窟の入場ゲートを抜けると、曇曜(どんよう)広場に出る。曇曜は北魏文成帝(452〜465年)時代、雲岡に石窟寺院を造営した高僧らしい。▼広場西側の石窟方面に続く大門曇曜広場を抜けると、象が背負った仏の柱が林立する参道がある。新しいとはいえ、この柱に囲まれた参道は圧巻。参道の先には、新設された巨大な霊岩寺がある。そういえば、第三窟が霊岩寺洞と書いてあったからそこから来ているのかな。▼霊岩寺▼霊岩寺境内の石 [続きを読む]
  • 雲岡石窟 その②
  • さすが世界遺産!!といわんばかりに整備された雲岡石窟の大門(闕門)は超巨大。きっと石窟までかなり歩かされるであろうことを暗示している(笑)。門を入ってしばらく行くと巨大な駐車場が現れ、ガードレールで仕切られた広い道を渡った左側に旅客センター(切符売場)があった。旅客センターは道から見ると木々に埋もれた感じで、最初は判らなかった。シーズンオフの朝10時、雲岡石窟の観光客は疎らだった。そして、石窟どころか、入 [続きを読む]
  • 雲岡石窟 その① 〜花園大飯店から石窟へ〜
  • 明けて11/20日曜日。その昔、人民中国だった頃の中国のホテル朝食は5:30か6:00始まりだったが、最近は6:30、7:00というホテルが多くなってきている。活動開始時刻がそれだけ遅くなっているということか。花園大飯店の朝食は7:00から。夏場でも7:00始まりなんだろうか。花園大飯店の朝食の評判が良いのは、品数、味もさることながらフロアに居る"スタッフの多さ"なのだと思った。料理やフルーツが少なくなってくると直ぐに補充され [続きを読む]
  • 花園大酒店(ガーデンホテル)
  • 大同最大の目的を果たしたので、後はホテルで一休み…。11月の大同のホテルはツイン1泊5000円前後とどこのホテルもかなりリーズナブル。(夏場は10000円を下らないのに!!!)最初、空港バスの終点、大同賓館にしようかと思ったが、旧城内(観光スポット)から少し南に離れているので結局、旧大同城内でスタッフと朝食の評判がよく、華厳寺に近かった花園大酒店(ガーデンホテル)に決めた。▼鼓楼のすぐ傍で分かり易い花園大飯店先ず、華 [続きを読む]
  • 下華厳寺 〜その漆 薄伽経蔵殿〜
  • 薄伽経蔵殿の31体の泥塑は華厳寺遼塑(けごんじりょうそ)と呼ばれ、中でも合掌露歯菩薩は遼代の色彩塑像の逸品だそうだ。優美で可愛くて、人目をひくもんね〜。この菩薩さまの前に立っていると、時間を忘れてしまいます。▼過去仏(阿弥陀仏)とその一団 (以下の写真全て華厳寺Webから抜粋)▼写真の矢印の位置に合掌露歯菩薩が立っている▼薄伽経蔵殿中央の現世仏(釈迦仏)とその取り巻き薄伽経蔵殿には中央に仏像が林立する仏壇があ [続きを読む]
  • 下華厳寺 〜その陸 薄伽経蔵・合掌露歯菩薩〜
  • 羅漢堂前の階段を上がると、扁額に薄伽経蔵(はっかきょうぞう)とあった。………なんか、ここのような気がする伽藍の佇まいを見た瞬間、ピンときた。薄伽経蔵殿内に入ると、今迄と違って鮮やかな色彩は無く、塗装が剥げて埃を被っている感じの、日本人がイメージする古い仏像群があった。埃まみれの仏像は、もう少しお掃除をしてあげてもいいのではないかと思うくらいだが(笑) 。殿内には広い仏壇があり、その上に31体の遼代の塑像 [続きを読む]
  • 下華厳寺 〜その伍 羅漢堂〜
  • 華厳宝塔から眺めると東隣に大きめの仏殿があったので、行ってみる。その先は、既に出口。ここになかったら、もう一周探さないとなぁ…なんて考えながら、塀で囲われた境内に入ると、そこには十八羅漢像で埋めつくされた羅漢堂があった。十八羅漢といえば、洛陽の白馬寺の像がカッコよくて好きだ。十八羅漢がなんなのかよく知らない人間でも、黒と茶色のシックな羅漢さんは一見の価値があると思える。こちらの羅漢さんは色鮮やかだ [続きを読む]
  • 下華厳寺 〜その肆 華厳宝塔と大同旧市街〜
  • 中国名勝辞典によると大雄宝殿内には5体の如来、20体の諸天等、明代の塑像が安置され、壁画は清の光緒年間(1875〜1908)のものらしい。………全く思い出せない。大雄宝殿の脇には文殊閣と普賢閣がある。▼文殊閣 ▼普賢閣に安置されている普賢菩薩普賢閣の脇を抜けると、華厳宝塔がある。華厳寺周辺はあまり高い建物がなく、ここに上ると旧大同の街を眺望できる。▼華厳宝塔▼華厳寺山門方面(東向き)▼華厳寺の南側はまだ整備前▼ [続きを読む]
  • 上華厳寺 〜その弐 大雄宝殿〜
  • 上華厳寺の山門を抜けると、一段…いや、かなり高くなった台上に大雄宝殿がある。大雄宝殿は遼の清寧8(1062)年の創建で、保大2(1122)年、保大の乱の戦火に遭い金の天眷3(1140)年に再建された。現存する遼・金代最大の仏殿の一つ。軒の高さは9.5m。寄棟造りの屋根を持ち、大棟の鴟尾(シビ)は4.5m。北側の鴟尾は金代のものがそのまま残っているらしい。殿内への入口も壺門で飾られていて、古い形式を残している、そうだ。(個人的には [続きを読む]
  • 上華厳寺 〜その壱 山門と仁王〜
  • 普光明殿を抜けると、上華厳寺(かみけごんじ)の山門が現れた。ここから上華厳寺なのかな…。▲上華厳寺の山門(大門)▼探している菩薩さまは下華厳寺だけど、とりあえず観光。参道中央にはお決まりの巨大香炉が聳え立っている。山門内には2体の像が…。仁王さんかな?なんか阿形の方が異常にインパクトがある。俵屋宗達の雷神が脳裏に浮かんだ。吽形の方は…。お不動さんみたい。 [続きを読む]
  • 下華厳寺 〜その参 普光明殿内部〜
  • 普光明殿内部には、中央に毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)、左に文殊菩薩、右に普賢菩薩が鎮座している。仏像には詳しくないので誰が誰だか全く判らないが(笑)、入口の説明板にそう書かれていた。…向かって左右でいいんだよね???最近お色直しされたようで、仏さま方は超色鮮やか。個人的に文殊菩薩の脇侍が好みだったのでご紹介。文殊菩薩の右の脇侍がとても可愛らしくて、見たかった仏像に似ていなくもない。ただ、こんなにキンキラ [続きを読む]
  • 下華厳寺 〜その弐 四天王と境内〜
  • 華厳寺の中央の山門は閉じられているので、入口は北側の門になる。内側から山門に入ってみると落ち着いた色調の四天王像があった。▲山門内の四天王像▼山門を背にすると、目の前には普光明殿(ふこうみょうでん)。華厳寺の境内は一面石畳でフラットになっているせいか、欄干や置物的な造形物が無い為か、スッキリしていてかなり広く感じる。▼柱と壁は塗り直されている▼梁や軒の天上はかなり古そう [続きを読む]
  • 下華厳寺〜その壱〜
  • その昔、TBSテレビ開局40周年記念番組として制作された「萬里の長城」の中に下華厳寺(しもけごんじ)の菩薩さまが出ていた。緒形拳さんがじーっと見つめていた、その菩薩さまの愛らしいこと!!!いつかは実物を見てみたい思いつつ、だいぶ経ってしまった。華厳寺の入場料は65元(当時1040円)。中国寺院の門はたいてい南向きだが、ここは東向きになっている。中央の山門には「華厳寺」、南側の一回り小さい門には「下華厳寺」という [続きを読む]
  • 大同 その4 〜城内と華厳寺〜
  • 今年もよろしくお願いいたします。さて、時間が開いてしまいましたが、続きです。魏都大道から、清遠北門を入って内城へ。城郭内は割りと広い道が出来ていた。……城壁の補修と一緒にここらへんの区画整理が終わったんですかね〜。……観光地化されてますね〜。といった印象。城郭の周りだけですけどね。▼清遠北門と清遠路以下、内城のメイン観光地を百度の地図にチェックしてみました。南半分になってしまいましたが、北側にもそ [続きを読む]
  • 大同 その3 〜西の城壁〜
  • 九江行きの切符をゲットしたのでこれでゆっくり観光できる。大同駅に着いたのが13:10頃、售票処を出たのが13:33。切符の購入とキャンセルにかかったのは、約20分。早かったねぇ。再び15路に乗って、旧市街城壁の西北隅近く「魏都大道平城街西口」で降りる。行きのバスで、西北の角にある角楼の姿が良かったので、写真に残したかった。▼角楼城壁は新しく整備されたらしいが、現在、その周辺が整備中。大型トラックが入れ替わり立 [続きを読む]