青葉ドロン さん プロフィール

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青葉ドロンさん: SL現役の頃、そしてその後
ハンドル名青葉ドロン さん
ブログタイトルSL現役の頃、そしてその後
ブログURLhttp://slgenneki.blogspot.jp/
サイト紹介文蒸機が主力の頃から今迄、線路大好きオヤジが撮り溜めた機関車客貨車電車ほか、大画面写真と撮影苦労話を。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供153回 / 270日(平均4.0回/週) - 参加 2017/01/25 21:15

青葉ドロン さんのブログ記事

  • 復活SL 雨の大井川鉄道 1985.9.7
  •  大井川鉄道では1976年から動態保存としてSL列車の運行を行っていましたが、全線架線の下を走り、機関車も C11 なので、あまり食指が動きませんでした。 今回、東海道のブルトレの撮影は朝で終わるので、その後に訪問することにしました。 菊川から牧ノ原台地を越えてくると、国道から遥かに大井川鉄道線を見下ろせる場所を通るので、やって来る上り電車を撮影しました。 新金谷駅と金谷駅の間で、大代川を渡るあたりです。  [続きを読む]
  • 東海道本線 菊川 1985.9.7
  •  当時の東海道本線の上りブルトレの撮影地としては、三島−函南 辺りが有名でしたが、菊川−金谷 も陽の長い季節の好撮影地でした。 未明にクルマを走らせ、早朝に菊川駅の東方の小高いポイントに到着し、朝日を受けた下り貨物列車から、撮影を開始しました。 次はブルトレ 富士 の登場です。 後姿が朝日に輝いています。 場所を移動して、下りの普通列車も撮影します。 80系以来の湘南カラーが景色に映えます。 続いては、 [続きを読む]
  • 吉都線・山野線そして肥薩線 1973.2.19
  •  冬の晴天が続くころなのに、この日も朝から小雨模様のすっきりしない空模様でした。 薄暗い中、吉都線の京町駅に向かいました。 朝の通勤列車を牽引してきた門デフの D51 が、発車してきました。  D51 にとっては軽い仕業で、白煙を上げながら一直線に進んで行きました。 このあとは、昨日と同じ山野線の C56 を撮影しに、まず栗野駅に向かいました。 上り貨物列車が停車していますが、本日の牽引機は、国内トップナンバー [続きを読む]
  • 再び その後の 奥中山 1985.6.8
  •  お気に入りの東北本線奥中山には、盛岡に仕事行くことが多かったこともあり、その後も何度も訪れました。 今回も朝一番の各停に乗り、早朝の奥中山駅に降り立ち、毎度の大カーブを目指して歩きました。 いつも大カーブに着く前に、最初の 寝台特急ゆうづる がやって来ます。 続けて、ゆうづる5号 もまもなく通過します。 ヘッドマークが復活したのは良いのですが、C62 のためにデザインされたとかで、赤い ED75 には余りマ [続きを読む]
  • 吉松機関区と山野線のC56 1973.2.18
  •  本日は、まず吉松機関区を訪問しました。 ここには、D51,C55,C57 のほかに、C56 が配置されています。 門デフの C57 の優雅な姿が見られます。 庫の中には、D51 と並んで C55 の姿も見受けられます。  C5691 は、入換を行っていました。 そして本日の主役、C56135 は出区の準備が整ったようです。 やがて機関区の脇をかすめて、山野線の上り貨物列車を牽引して出発しました。 ナンバープレートが赤塗りなので、モノクロで [続きを読む]
  • 復活SL 初めての SLやまぐち号 1991.4.20〜21
  •  SLやまぐち号 は1979年から国鉄初の復活SLとして運転されていましたが、山口線は遠い、山口線にはC57はいなかった、集煙装置が格好悪い、という理由で足が遠のいていましたが、この年に友人と共に初めて訪問しました。 初日は仁保駅の先の、木戸山トンネルを抜けたところに撮影ポイントを定めました。 SLやまぐち号 の少し前に、DC特急おき が通過して行きます。 さて、そろそろ登場する時間かと待っていたのですが、いつまで [続きを読む]
  • 特急街道 北陸本線 新疋田 1985.4.29
  •  北陸新幹線など全く考えられなかったこの時代、北陸各地へは米原駅から敦賀駅を通過するルートがメインで、特急電車がひっきりなしに運転されていました。 新疋田駅と敦賀駅の間は、ループ線での別線複線化による複雑な線形の区間で、変化に富んだ撮影地でした。 最初の撮影ポイントは、敦賀駅側の上り線が下り線から離れて行き、立体交差する前の地点を俯瞰する所です。 特急雷鳥1号 の通過で、右上に上り線が写っています。 [続きを読む]
  • 志布志線・日豊本線 そして 吉都線 1973.2.16〜17
  •  前回の続きで、志布志駅からは、志布志線の貨物列車の撮影に向かいました。 岩北駅が見える場所にて下り貨物列車を待っていると、カーブの向こうから惰行運転でC58が姿を見せました。 岩北駅はホーム一面だけの無人駅で、列車は何事もなく、通り過ぎて行きます。 次は上り貨物列車を撮影すべく、大隅松山駅と伊崎田駅の間の、カーブを見下ろす地点に陣取りました。 傾き始めた陽射しの中を、門デフのC58が走り抜けて行きます [続きを読む]
  • 日南線のC11と志布志・古江線管理所 1973.2.16
  •  この日は、日南線の貨物列車を撮影しながら、志布志駅に隣接する志布志・古江線管理所に向かいました。 最初の撮影は、宮崎へと上って来る貨物列車を、海岸線を走る大堂津駅と油津駅の間で行いますが、朝日の中のシルエット姿を狙いました。 撮影後は既に通り過ぎた、逆方向の下り貨物列車を追いかけます。 榎原駅の先の日向大束駅寄りでようやく追いつきましたが、既に下り勾配の区間になってしまいました。 さらに追いかけ [続きを読む]
  • 復活SL 冬のD51 SL磐梯会津路号(2日目)1991.2.3
  •  冬のD51撮影の2日目です。 普通に朝食を済ませて出かけてみたら、既にこれと思しき撮影地には人があふれていて、うろうろ探していたら列車の時間が迫ってしまいました。 広田駅と東長原駅の間で、何とか撮れそうな場所を見つけたら、列車は既に発車して近づいて来ました。 昨日よりも人が多そうなので翁島駅には寄らず、早々に次の撮影地に向かいました。 猪苗代駅と川桁駅の間の、当時建設中であった磐越自動車道の上に登 [続きを読む]
  • 復活SL 冬のD51 SL磐梯会津路号 1991.2.2
  •  当時の復活SLは春から秋の観光シーズンに運転されていましたが、ここ磐越西線に 冬のD51 という触れ込みで、雪中SLの運行が行われ始めました。 真冬の雪国での運転に爆煙を期待し、当時の冬タイヤを装着して撮影に向かいました。 大勢の撮影者がいて、良いポジションには立錐の余地が無く、東長原駅と磐梯町駅の間のアウトカーブ、順光の場所を確保しました。 期待通りの煙を巻き上げながら、D51498が通過して行きました。  [続きを読む]
  • 東海道本線 関ケ原 1985.4.28
  •  高山本線での撮影後、東海道本線の難所、関ケ原に立寄りました。 その途中の通り道、物はついでと、名鉄美濃町線を折角なので1枚撮影しました。 長居はせずに、既に陽が傾き始めたので、関ケ原に急ぎました。 関ケ原付近の勾配を緩和するため、下り線は大きく迂回して別線を追加したので、この辺りは3線区間になりますが、下り線が上り線を乗り越す地点に着きました。 長編成の下り貨物列車が、迂回線を上ってきました。  [続きを読む]
  • 日豊本線の C57 1973.2.15
  •  日豊本線の宮崎以南はC57が客貨両方に活躍していて、DC列車や寝台特急以外のすべてにわたり、その姿を見られました。 この日はそのC57の走行写真を求めて、沿線の各所を訪れました。 最初は、宮崎駅と南宮崎駅の間の大淀川を渡る通勤列車からスタートです。 朝日の中を軽快に飛ばしてきます。 次は上り貨物列車の撮影に、田野駅の日向沓掛駅寄りにある、カーブした勾配区間に向かいます。 門デフのC57が貨物列車を牽引する [続きを読む]
  • 復活SL 3年目のC62ニセコ号 1990.10.20〜21
  •  お気に入りのC62に会うため、3年続けて渡道しました。 初日は後志地方によくある小雨混じりのどんよりとした空模様で、露出が全く上がらず、ロクな写真が撮れませんでした。 ワイスの踏切ですが、白煙は綺麗なものの、露出アンダーです。 追いかけて、倶知安駅を発車する姿を陸橋の上からですが、小雨混じりです。 返しの撮影は、ニセコ駅と比羅夫駅の間で待ち受けましたが、ここも山あいなので薄暗い中での撮影となりまし [続きを読む]
  • 風光明媚な高山本線 1985.4.28
  •  高山本線に現役でSLが走っていた頃には、残念ながら行ったことがありません。 従いまして、「その後」ではなく、初めての 高山本線 です。 国道41号線を北へ走り、上麻生駅を過ぎると景勝地、飛水峡が見えてきますが、川の反対側に線路が見える場所がありますので、ここから遥か先の列車を撮影します。 特急ひだ2号 の通過ですが、クルマと川の音で、列車の接近が分からず、苦労します。 撮影後は川沿いの国道を北上し、焼 [続きを読む]
  • 南延岡機関区 1973.2.14
  •  現役SL のシリーズでは、これから九州めぐりになりますが、この時の撮影旅行は、当時、雑誌鉄道ファンのカメラマンだった諸川久さんに同行したもので、運賃(ガソリン代)はタダで、要は運転手でした。 撮影機材を積み込んだ車で川崎からのフェリーに一人で乗り込み、現地で合流し、最初に向かったのは南延岡機関区でした。 日豊本線の南側を受け持つこの機関区には、多くのSLが働いていました。 目につくものを、手当たり次 [続きを読む]
  • 西武山口線 1972.8.25
  •  当時の西武山口線は、西武遊園地駅とユネスコ村駅を結ぶ軌間762mmの軽便鉄道線で、蓄電池式機関車により牽引されていましたが、頚城鉄道から同社の2号機を借り受け、1972年に蒸機運転を開始しました。 この遠来のコッペルを撮影すべく、武蔵野の面影が残る彼の地を訪れました。 西武遊園地駅を出発する姿で、頚城鉄道に因み、謙信号と愛称が付けられていました。 終点のユネスコ村駅に着くと、機関車の付け替えを行います。  [続きを読む]
  • その後の 中央西線 1985.4.27
  •  電化後の中央西線の2回目です。 前回は残雪の中でしたが、今回はゴールデンウィーク早々の訪問です。 毎度の夜走りで、塩尻あたりにに立寄ってから、贄川駅と日出塩駅の間に到着しましたが、生憎の雨が降り続いていました。 先ずは 各停EC からですが、当然ながら国鉄色です。 続いて 特急しなの が、雨に煙る中を駆け抜けて行きました。 貨物列車は、EF64 のみで、代わり映えがしません。 勾配をものともせず、特急しなの [続きを読む]
  • 雨上がりの 関西本線 柘植 1972.8.12
  •  昨日の続きで、関西本線の柘植駅のホームです。 後藤工場製の変形デフを装備した、D51499 が入線してきました。 ホームの反対側、2番線にも臨時の客車列車が到着です。 ようやく雨の上がりかけたホームの前端では、乗客がD51を撮影しています。 こちらは先に到着していた D51498 牽引の客レです。 なんと、前補機を連結します。 D51重連の客車列車が出来上がり、まもなく加太越えに向かって発車して行きました。 すっか [続きを読む]
  • 豪雨の 関西本線 柘植 1972.8.12
  •  大阪から草津線経由で関西本線の柘植駅に向かいましたが、途中から雨が降り出し、到着時にはまさに豪雨になってしまいました。 駅のホームの屋根の下にいるしかありません。 加太越えを終えた下り貨物列車が到着しました。 反対方向からも上りの貨物列車が到着です。 編成が長いので、勾配に備えて、補機を連結します。 そして、峠を目指して発車して行きました。 依然として降り続く雨の中、今度は下り貨物列車が出て行き [続きを読む]
  • 雪の 磐越西線 更科信号場 1985.3.10
  •  磐越西線の更科信号場付近で、磐梯山をバックにした撮影は過去に何度か行いましたが、今回は雪景色での撮影です。 西日が順光になるので、午後に到着するようにしました。 頂上に雲がかかった磐梯山をバックに、下りの ばんだい が会津盆地へと下って行きました。 続いては上りの客車列車です。 旧型客車を電機が牽引する姿は、もう残り少なくなってきました。 少し場所を変えて、更科信号場を横から望む場所へと移動します [続きを読む]
  • 復活SL 2度目の あそBOY 1990.9.22〜23
  •  一昨年に続いて2度目の あそBOY の撮影記です。 今回最初に向かったのは、三里木駅と原水駅の間で、春には桜や菜の花がきれいなところですが、この時期は雑草だらけです。 勾配が無いので速度が速く、ハチロクらしい韋駄天の走りを見せてくれます。 追いかけて、いつもの立野駅の手前の国道のオーバークロスに向かい、今回は線路端に降りてみました。 ここも雑草だらけで、俯瞰撮影の方がよさそうです。 また先回りして、 [続きを読む]
  • 大川ダムに沈んだ桑原駅 1972.7.26
  •  仙台からのSL撮影の最後は、会津滝ノ原線の桑原駅です。 桑原駅は谷底の駅で、上下どちらの方向も25‰の急勾配の線路断面で、SL撮影にはもってこいの場所ですが、旅客は全てDC、貨物は2往復だけ、それも早朝と夕方に各1本なので、日中の昼過ぎの1往復が撮影対象でした。 午後からの撮影なのでゆっくりと出かけ、桑原駅のすぐ湯野上駅寄りの鉄橋で待ち受けました。 気温が高いので、あまり煙は見えませんが、結構頑張ってい [続きを読む]
  • 磐越西線と会津只見線 1972.7.25
  •  仙台を起点としたSL撮影、今回は磐越西線と会津只見線をめぐりました。 早朝に出発し、最初の標的は、会津若松駅から日中線に直通するC11牽引の客車列車です。 塩川駅の構内はずれで、発車してくる逆向きC11の姿を捉えました。 次には上りの貨物列車が来ますので、塩川駅から及川駅側に移動し場所を探しましたが、架線柱があるので、逆光側からの撮影としました。 さらに上りの貨物列車を求めて、今度は磐越西線の無電化区間 [続きを読む]
  • 連日の陸羽東線 1972.7.21〜22
  •  この日は前日に早起きして陸羽東線に行ったので、朝からノンビリしていたのですがヒマを持て余し、小牛田駅を覗きに行きました。 小牛田駅ではターンテーブルにC58が乗せられて、周りでは係員が数名これを注視、何をしているのか分かりません。 そして、何事もなかったかのように、C58は行ってしまいました。 ヒマつぶしを終えて戻り、翌日は再び陸羽東線に向かいました。 今回は峠の向こう側、堺田駅を越えて、羽前赤倉駅側 [続きを読む]