七尾のキツネさん さん プロフィール

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七尾のキツネさんさん: 毒親を持った子供の愚痴
ハンドル名七尾のキツネさん さん
ブログタイトル毒親を持った子供の愚痴
ブログURLhttp://7kitunesan.blog.fc2.com/
サイト紹介文自分の親が毒親だった事に勘付き始めてしまったので、ガス抜きにちびちび愚痴ろうと思い始めたブログ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供125回 / 245日(平均3.6回/週) - 参加 2017/02/15 00:59

七尾のキツネさん さんのブログ記事

  • 器量の小さな親。
  • 私の親は、常に私(子供)より優れていようとする。親が子供より優れていようとする事、それ自体は悪い事ではないし、世の親は往々にしてそうあろうとしていると思う。だから、そこを責めるつもりはない。わたしの親が問題なのはその方法にある。私の親は私より優れていようとする為に、私を常に蔑んでいる。そして、私が親を超えることがないように、経験、知識を与えようとしなかった。経験、知識を与えて私が親より優れてしまえ [続きを読む]
  • 将棋。
  • 少し前、藤井四段が連勝を重ねている時の話。父親が私に「お前は将棋しないのか?」とか聞いてきた。私はイラッとして短く「しない」とだけ答えた。私は心の中で叫んでいた。アンタ(父親)は私にまともに将棋を教えてくれなかっただろ。そればかりか、将棋盤を傷つけたり、駒をなくされたりすると困るからと言って、私に「将棋道具一式に近付くな」って言ってただろ。それに私はそんなに大事そうにしながらアンタ(父親)が将棋指 [続きを読む]
  • 墓参り。
  • 私は「墓参り」というものが好きではない。理由は以前に書いた「お盆」と概ね一緒である。私は物心ついた時から、長男で跡取りだからという理由で、この「墓参り」という行為を使命として強いられてきた。ただ理由もなく「先祖を敬え」と命令され、それを体現すべく「墓参り」を強要されてきた。(因みに理由を聞いても「そういうものだから」というアホな毒親特有の理由になっていない理由の返答しか得られない。)無理やり強いら [続きを読む]
  • 三年の差。
  • 私には歳が3つ離れた姉がいる。姉が中学に上がる時に私の母親が言った。「もう大人なんだから、今年からは誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントもないからね」「もう子供じゃないから、夏休みとか家族で何処かへ行く必要もないよね」もともと子供との時間を大切にしていなかった(煙たがっていた)私の毒親たちに取って、姉が思春期(難しいお年頃)を迎えるという事は、それら(子供との時間)を放棄する格好の理由であったに [続きを読む]
  • 普通へのあこがれ。
  • 思えば私は父親から名前で呼ばれたことが殆ど無い。街でみかける子供連れのお父さんが子供に声をかける際に当たり前のようにしているその行為を、私は殆どされた事がない。名前を呼ばれながら頭を撫でられたなんて記憶は毛頭ない。思い返せば思い返すほど、父親は私のことを愛していないのだと確信してしまう。なんで私の父親はこの父親なのだろう。なんで普通の父親が私の父親ではなかったのだろう。街で子供連れの家族を見る度、 [続きを読む]
  • 人間不信。
  • 私は人間不信である。その要因に母親の影響が大いにある。私の母親は平気で陰口を叩く。陰口を叩き、それを指摘している自分(母親)は優れた人間であるかのように誇らしげに振る舞う。或いは自身の責任逃れ、保身の為に他者を売る行為としてそれをする。そしてその対象に当然ながら私のような実の子供も含まれている。例えば、姉に自分(母親)の凄さを示すため私の悪口を喜々として話したり、私に自分(母親)の醜さを悟らせない [続きを読む]
  • 私の親は子供を作ってはいけない人間だ。
  • 私の父親は仕事にかこつけて仕事以外のすべてから逃げてきた。それらを母親に押し付けた。子育て、実の親の介護、日常の雑務全般。それらをしている父親の姿は私の記憶にない。記憶にあるのは、当然のようにそれらを無視して自分(父親)の事に没頭する姿。私の母親は父親に押し付けられたそれらを馬鹿みたいにすべて受け入れてストレスを溜め込み、そのはけ口として私を使った。子供が親に逆らえない(というふうに刷り込み)のを [続きを読む]
  • 心ない親。
  • 私の親は心がない。そう思う事が多々ある。例えば親戚の結婚式。親はよくこんな事を口にする。「〇〇(結婚する親戚の名前)は跡取りだからしっかり挨拶をしておかなくちゃ」誰かを祝う気持ちに跡取りかどうかは関係ないでしょ。相手が跡取りじゃなかったら適当でいいのかよ。なんであんたらはそんな差別的な事を誇らしげな顔で堂々と口にできるんだよ。他にも葬式の香典など金関係の事。「あそこからはうちがやった時あまり貰えな [続きを読む]
  • 母親にとって私がどういう存在なのか。
  • 私の母親は自分の思い通りにならないものが嫌いである。自分に歯向かうものが嫌いである。だから、犬は嫌いである。猫も嫌いである。彼らは母親の思い通りにならず(犬や猫に合わせ世話をしなければならない)、時として牙を剥くから。金魚やメダカは嫌いではない。彼らは母親の思い通りにはならない(世話をしなければならない)が、逆らうことはない(逆らえない)からだ。私の母親は責任を負うことが嫌いである。責任を負わずに [続きを読む]
  • 親が思考停止していると……
  • 思考停止な親に育てられると気力を失う。思考停止な親は理屈抜きに物事を強いてくる。理屈がないから言い分がころころ変わる。そのくせ思考停止しているから周りの意見に耳を傾けられない。まして力関係で劣る子供の声など尚のこと聞こうとしない。理屈がないから客観的な判断が出来ない。だいたい理屈がないので反論しようがない。理屈がないから揚げ足取りで誤魔化し放題だから。というか、そもそも揚げ足取りを取れるのは理屈が [続きを読む]
  • 親の見栄の犠牲。
  • 私の親は自分達の見栄のために子供(私)を犠牲にする人間である。例えば私のうちは家系上、所謂本家というやつなのだが、親戚の集まりがある際に豪華な料理などを振る舞っていた。反面、私に対しては常に金が無い、内は貧乏だからと、我慢ばかり強いていた。何も与えてくれようとしなかった。後年になってそれを指摘した時、私の親は自信満々に「親戚の集まりに金が掛かるからお前にかまっている余裕はなかった」と言いやがった。 [続きを読む]
  • 親の愛情。
  • 親から愛を受けた子供は心が豊かになる。親から愛されていない事を知っている子供は、他の誰かから、何かから、心を豊かにする機会を得られる余地がある。親から愛されていないのに親が自分を愛していると思い込んでいる(親に思い込まされている)子供は、その思い込みから心を豊かにする機会を逸してしまう。私のケースは三つ目のやつ。本当、最悪だよ……↓↓↓宜しければ押してください↓↓↓にほんブログ村 専門医と [続きを読む]
  • ゴミを見るような眼。
  • 私の母親は私が自分の思い通りに動かないと侮蔑するように見下してくる。それはまるでゴミでも見ているかのような眼。そんな母親の「思い通り」とは時に母親のその場の感情に由来し、時に母親の思い込みに由来する。そこに理論なんてものはない。ただ利己的でヒステリックな母親の癇に障るか障らないかだけである。然るに今日もまた、私は理不尽に母親からゴミを見るような眼を向けられるのだ。↓↓↓宜しければ押してください↓↓ [続きを読む]
  • 私の父親は最低である。
  • 私の父親は責任を放棄することによって、その責任から逃れようとする。責任から距離を置き逃げるのだ。誰かに押し付け、自分の身は遠くに置き、そして我関せずを貫く。まあ、生きる上で時にそういう事が必要になる場合もあるだろう。しかしながら、私の父親は親子関係でも平気でそれをやってのける。だから問題なのだ。子供と距離を置き、関わらないことで子育ての責任から逃げようとする。正直、自分の親ながら最低だと思う。そも [続きを読む]
  • 子供が子供でいられる時間は限られている。
  • 子供が子供でいられる時間は限られている。親はその事を肝に銘じなければならないと思う。なぜなら子育て(親の愛情の注入)と言うのは子供が子供でいる時間にしか施せない事だからだ。それ故、子供が子供でいる時間というのはとても尊いのだ。「後でいい」「そのうちにすればいい」そうして後回しにしている間にも子供が子供でいられる時間は減っていく。その穴埋めはその時にしか出来ない。機を逃せば、機会は二度と訪れない。子 [続きを読む]
  • 病気に纏わる理不尽。
  • 子供の頃、私が風邪などを引いた時、或いは怪我をした時、私の母親は「大丈夫?」と言いながらとても迷惑そうな顔を向けてきた。そうして本当に迷惑そうに看病をしたり、病院に連れて行ったりした。そうして後々になって、やれ「あの時は大変だった」だの、「病院に行って出費が嵩んだ」などと事ある毎に愚痴っていた。それでいて、普段はちょっと私がむせたりすると、「風邪じゃないの?」「病院に行っといで?」などといちいち声 [続きを読む]
  • 名前の由来。
  • 小学校の頃、授業の一環で「自分の名前の由来を親から訊いてくる」というのがあった。その時、私の親の答えはこうだった。「神社の神主様に付けてもらった」誇らしげにそういう親の姿を見ながら、私は心の中にひどく寂しさを感じたのを覚えている。「私の名前は親が考えて付けてくれたのではないのか……」と。私の名前に、親の思いはこもっていない。神主が提示した幾つかの候補の中から選んだだけである。画数がどうとか言ってい [続きを読む]
  • 孤独。
  • 親といる時が一番孤独を感じる。一人でいる時よりも、より独りを感じてしまう。思えば昔からそうだったような気がする。恐らく子供の頃は、それはダメな事だと必至で否定して、そう感じる私が悪いのだと自分を責めて、目を逸していたから認識できなかっただけなのだろう。きっとこの孤独は、私が親から愛情を注がれなかった事の証なのだろう。そしてまた私は孤独を感じてしまうのだ。↓↓↓宜しければ押してください↓↓↓にほんブ [続きを読む]
  • 人間になりたい。
  • 再三に渡り綴っているが、私の親は自分(親)の都合優先、自分(親)にとって良いか悪いかで私を扱ってきた人間だ。おかげで私は人ではなく人形(モノ)として育てられてしまった。なぜ人形(モノ)として育てられたと言えるのか、って?親が私を人間として扱うには私の自己を尊重する必要がある。時に私の意向や都合を優先し、親のそれを妥協する。そうした気遣いが必要だ。しかしながら私の親はそれをしなかった。しているように [続きを読む]
  • 私の親の会話の拙さ。
  • 私の親の話題の種の九割は、誰か、何か、を否定する事である。見下す事である。蔑むことである。嘲笑う事である。(無論その誰か何かの中に私の事も含まれている)まるで他者の(或いは何かの)欠点を指摘する自分(親)は優れた人間であると誇示するかのように。別にそんな事をしたところで、その人間の価値が上がるわけではないのにね。否定や指摘だけならば誰にでも出来る。人としての価値を上げるっていうのは、そこから何を学 [続きを読む]
  • やる気が出ない。
  • 何をやるにも、やる気が出ない。常に「やらされている」という感覚が付き纏う。ずっとそれは自分が悪いのだと思っていた。でも違った。昔からやろうとする事の多くを、親の狭い価値観で否定され禁止されてきた。やる事なす事、親の狭い価値観に従わされてきた。こんな環境に幼少期から長きに渡って晒されていたら、物事に対しやる気など湧くようになるわけがない。だって「やる気を出す=親の価値観を押し付けられる事」なのだから [続きを読む]
  • どうでもいい。
  • 私は何かの意見を訊ねられた時、「どうでもいい」とか「どちらでもいい」と答えてしまうところがある。それは幼少期より毒親による理不尽な選択を迫られ続けたことが原因である。私の親は私に意見を求める(選択を迫る)時、親の望む選択をするよう強要してくる。親の望む選択をしなかった場合、必ず私の選択を否定してくる。時に直接的にあからさまに嫌そうな顔で「それだと困る」等の文句を言い(だったら聞くなよ)、時に間接的 [続きを読む]
  • お盆。
  • 私は「お盆」というのが嫌いである。先祖の霊を供養する行事を嫌うとは罰当たりな、と思われるかもしれない。しかしながら私の親は毒親で、下記のようなことが毎年繰り返されるのだから仕方がない。信仰深い親にとってこの手のメジャーイベントは何をおいても優先されるべき行事(私の都合はすべて却下される)何かと理由を付けてやりたくない事から逃げる親にとってこの手のメジャーイベントは格好の言い訳材料(「休みはお盆に使 [続きを読む]
  • 息苦しさ。
  • 親といると息苦しい。無関心な父親。自分の知らない事、自分の思う事、自分の都合、それらに反する事をいっさい認めようとしない母親。私に何も与えず、私の何も認めず、私を否定し侮蔑する。それでいてふたりとも揃って「放って於いても、お前は大丈夫」と私の現状に高を括っている。私の自己を否定しておいて、私の自己を肯定する事で親の責任からは逃れようとする。その矛盾がどれ程私を苦しめていることか。私の両親は知る由も [続きを読む]
  • 「あ、どうも」
  • 「あ、どうも」父親が私に声をかける際に使う言葉。殆ど私と会話を交わそうとしない父親が私と交わす言葉の実に9割程がこの「あ、どうも」である。そして大抵この「あ、どうも」で父親との会話は終わる。私はこの父親の「あ、どうも」が嫌いである。私と父親の関係性を如実に表しているのがこの「あ、どうも」だからだ。実に子供に対しこんな他人じみた言葉を馬鹿の一つ覚えのように毎回繰り返し、それで私との会話を済ます父親。 [続きを読む]