MINT さん プロフィール

  •  
MINTさん: TOKYO GOSHUIN TOUR
ハンドル名MINT さん
ブログタイトルTOKYO GOSHUIN TOUR
ブログURLhttp://tokyogoshuin.blogspot.jp/
サイト紹介文東京都内の神社を巡って御朱印をいただいたことを記録しているブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供81回 / 365日(平均1.6回/週) - 参加 2017/02/24 03:08

MINT さんのブログ記事

  • 東郷神社
  • 渋谷区神宮前にある神社。日露戦争時の連合艦隊司令長官として活躍した東郷平八郎を祀った神社で昭和15年に創建。第二次世界大戦時の空襲により社殿は焼失したが、昭和三十九年(1964年)に現在の社殿が再建された。原宿竹下通りを進み、明治通りを左に行くとすぐの場所に境内がある。鳥居をくぐって神門の手前まで上っていく途中には東郷記念館や日本庭園が見える。神門の左手に手水舎があり、神門から先は社殿へと続く。また境内 [続きを読む]
  • 前野熊野神社
  • 板橋区前野町にある神社。創建年代は不詳だが東京都神社庁の由緒書によれば中世末期頃紀伊国熊野那智大社より勧請されたとされる。御祭神は伊邪那岐大神、伊邪那美大神で、旧前野村には氏神社が3社あったが当神社は中前野の鎮守として崇敬された。また熊野神社は村内に2社あり、東方に鎮座する当社は東熊野と呼ばれていたらしい。都営地下鉄三田線の志村坂上駅からイオンスタイル前野町方面に歩き、前野原温泉さやの湯処の裏手に境 [続きを読む]
  • 池尻稲荷神社
  • 世田谷区池尻にある神社。公式ページによれば明暦年間(江戸時代の初期)に旧池尻村・池沢村の両村の産土神として創建鎮座したとある。御祭神は倉稲魂命で古くから「火伏せの稲荷」、「子育ての稲荷」として霊験あらたかと伝えられる。また境内にある井戸は「薬水の井戸」といって病気平癒の神水として信仰があった。さらにこの井戸はどんなに渇水時でも涸れることが無かったことから「涸れずの井戸」とも言われている。昔は赤坂付 [続きを読む]
  • 尾久八幡神社
  • 荒川区西尾久にある神社。創建年代は不詳だが荒川区の公式ページによれば尾久の地が、鎌倉の鶴岡八幡宮に寄進された正和元年(1312年)頃にさかのぼるとされ、神社に残る棟札から至徳二年(1385年)に社殿が建てられたことが確認されている。江戸時代には旧上尾久村・旧下尾久村・旧船方村の鎮守として祀られ、明治時代には村社に列格。第二次大戦中に消失したが昭和二十八年には再建され地域の人々に信仰されてきた。都電荒川線の [続きを読む]
  • 大島稲荷神社
  • 江東区大島にある神社。公式ページによれば慶安年間(1648〜1652年)に洪水などの水害に悩まされがちな武蔵国南葛飾郡大島村の村人が平安を祈って京都の伏見稲荷大社御分霊を奉還して祀ったのが始まりとされる。また松尾芭蕉ゆかりの稲荷神社としても知られ、元禄五年に門弟である桐奚宅を訪ねる途中でこの神社に立ち寄った際に「秋に添て行はや末ハ小松川」とという句を詠んだと言われ、境内には句碑「女木塚」も建てられている。 [続きを読む]
  • 平河天満宮
  • 千代田区平河町にある神社。文明十年(1478年)に太田道灌が江戸城本丸内の梅林坂上に勧請したのが始まりとされる。徳川幕府に特別な格式で待遇され紀州藩徳川家、彦根藩井伊家の祈願所でもあった。徳川家康入城後に平川門外に移り慶長十二年(1607年)に二代将軍秀忠の命で当地に遷座。地名を本社にちなみ平河町と名付けられた。境内は東京メトロ半蔵門駅から徒歩1分ほどの場所にありビル街の中に大鳥居が構える。天保十五年(184 [続きを読む]
  • 久國神社
  • 港区六本木にある神社。創建年代は不詳だが東京都神社庁の公式ページには古くはもと千代田村紅葉(現皇居内)に鎮座されていたとある。寛正六年(1465年)江戸城築城の際に城隍の鎮守として溜池に遷座したとされる。その後、太田道灌により鎌倉時代の刀工・粟田口久国作の刀が寄進されたことから久国稲荷神社と称されるようになり、寛保元年(1741年)に現在の地に再遷座された。なお社宝である刀は非公開ながら現存するらしい。昭 [続きを読む]
  • 須賀神社
  • 新宿区須賀町にある神社で四谷十八ヵ町の鎮守として江戸初期より鎮座する。もとは稲荷神社で赤坂にった稲荷神社を江戸城建築のため四谷に遷座したことから始まる。その後、神田明神の摂社に祀られていた日本橋伝馬町の守護神(須佐之男命)を合祀。牛頭天王社と併せて稲荷天王合社と呼ばれていた。明治元年に須賀神社と改称され現在に至る。東京メトロの四谷三丁目から新宿通り沿いを四谷方面に歩き、途中で信濃町方面に向かって高 [続きを読む]
  • 戸越八幡神社
  • 品川区戸越にある神社。公式ページの記述によれば大永六戌丙年(1526年)村内藪清水水源地から御神体が出現し、行永法師が当地の草庵に奉安して山城国(京都府)石清水男山八幡宮の御分霊を勧請したのが始まりとされる。御祭神は誉田別命(応神天皇)で厄除開運の御神徳と共に古くから戸越村の鎮守として地域の人々の崇敬を集め、明治期には村社に列格していたとされる。また我国文教の祖、殖産の守護神として崇められている。都営浅草 [続きを読む]
  • 中目黒八幡神社
  • 目黒区中目黒にある神社。由緒書によれば古い資料が焼失してしまっているため創建年代は不詳だが、江戸時代の村指出銘細帳には宝暦十三年(1763年)と弘化二年(1845年)に539坪の宮有地があると記載されているらしい。御祭神は應神天皇(誉田別命)で天照大御神も合祀。ご神徳は国家鎮護、勝運招来、増産興業などで古くから中目黒村の総鎮守として崇敬を集めていたとされる。境内に入ると空気が変わり背筋が伸びる感じ。例大祭に [続きを読む]
  • 元三島神社
  • 台東区根岸にある神社。弘安四年(1281年)、元寇の弘安の役の際に河野通有が伊予国大三島神社に必勝祈願をし、大山祇神社の分霊を勧請して創建したとされる。旧金杉村の鎮守で下谷七福神の寿老神も祀られている。宝永六年(1709年)に金杉村社地が幕府用地とされ代替地浅草小揚町に遷座したが、金杉村に住む氏子から氏神様の遊離は不都合という話になり、協議を重ねた結果熊野社と合祀してこれを元三島神社と称した。場所はJR山手 [続きを読む]
  • 五條天神社
  • 台東区上野公園にある神社。東京都神社庁の公式ページよれば第十二代景行天皇の御代、日本武尊が東夷征伐の為にこの地を訪れた時に薬祖神二柱の大神に御加護を頂いたことを感謝して創建したとされる。病気平癒や健康祈願にご利益がある神社として知られ、毎月10日に医薬祭が行われる。花園稲荷神社が隣接していて兼務しているようだが神社としては別扱いのようだ。上野恩賜公園内を歩いていると鳥居が見えるのでわかりやすいが、不 [続きを読む]
  • 田端神社
  • 杉並区荻窪にある神社。杉並区の公式ページによれば菅原道真公を祭神とした旧田端村の鎮守でかつては北野神社とも、あるいは社の場所が田の端にあったことから田端天神とも呼ばれたとある。創建は応永年間(1394〜1427年)と言われ、足利持氏と上杉禅秀が戦った時、品川左京の家臣良影という者がこの地に土着し、京都の北野神社の分霊を祀ったことが始まりとされている。今回は自転車で善福寺川沿いを走り「善福寺緑地センター広場 [続きを読む]
  • 銀杏岡八幡神社
  • 台東区浅草橋にある神社。源義家公が奥州征伐に向かう途中に当地で休憩し流れてきた銀杏の枝を挿し戦勝を祈願。奥州平定の後に再び変えると銀杏が大きく繁茂していたため康平五年(1062年)に八幡宮を勧請したことが始まりとされる。御祭神は誉田別命(応神天皇)、武内宿祢命で、社名は我が国で最初に銀杏が植えられたことに由来しているが、現在境内にある銀杏は、戦後に明治神宮より移植したらしい。境内はJR浅草橋駅の近く徒歩で [続きを読む]
  • 蒲田八幡神社
  • 大田区蒲田にある神社で、創建の詳細は不明だが公式ページの由緒書によれば慶長年間に蒲田村から新宿分村にあたり、稗田神社から鎮守の神として勧請されたと伝えられている。昭和二十年、戦災により社殿は焼失したが戦後の復興とともに再建機運が高まり、昭和二十四年に新宿八幡神社から蒲田八幡神社に改称。昭和三十三年に社殿が復興した。京急蒲田駅に近く、JR蒲田駅からは徒歩で10分弱の場所にある。立派な赤い鳥居が目印で鉄筋 [続きを読む]
  • 大原稲荷神社
  • 世田谷区大原にある神社で天明二年(1782年)に京都伏見稲荷本宮に請願し本宮正官御殿預羽黒摂津守荷田宿禰信邦氏により勧請したと伝えられる。東京都神社庁の由緒書では元禄十五年(1702年)の検地水帳に現在地に稲荷社があることが記されているとあるので、創建はもっと古いと考えられる。京王線の代田橋駅近くの線路脇に境内があり、商店街から踏切を渡る手前で細い路地のようなところを抜けると鳥居が見える。鳥居をくぐり左手 [続きを読む]
  • 日吉八王子神社
  • 八王子市日吉町にある神社。天慶三年(940年)に一尺一寸五分の御神像を御神像を造立したのが始まりとされ、天正二年(1574年)八王子城主である北条氏照が滋賀県大津市の日吉山王七社中の八王子権現を勧請して祈願所となった。八王子城の落城により八王子権現は一時中絶するも文禄四年(1590年)に法印島之坊俊盛が社殿を造営し日吉山王八王子明神社と称した。これにより由井領山根九万石、七十五ケ村の総鎮守となった。JR西八王 [続きを読む]
  • 西向天神社
  • 新宿区新宿六丁目にある神社。安貞二年(1282年)京都の北野天満宮を勧請し明恵上人が創建したと言われる。古くから東大久保村の鎮守として知られ、以前は大久保天満宮と称していた。社殿が西向きであることから西向天神と呼ばれるようになり、寛永年間に、三大将軍家光が鷹狩りに来た際に荒廃した社を見て金の棗の茶入れを下賜して再興を促したことから棗(なつめ)天神という俗称もあるようだ。新宿区役所の辺りからかつての都電の [続きを読む]
  • 矢先稲荷神社
  • 台東区松が谷にある神社。寛永十九年(1642年)徳川家光公がこの地に建立した三十三間堂の守護神として祀られた稲荷大明神を勧請したのが始まりとされる。御祭神は倉稲魂命で、現在は浅草名所七福神の福禄寿も祀っている。元禄十一年(1698年)の大火で三十三間堂は移転したが、稲荷大明神はは信仰心の篤い町民の要望で当地の産土神として再建を許された。第二次大戦の東京大空襲で焼失するが昭和三十五年にRC造の社殿が再建され現 [続きを読む]
  • 勝利八幡神社
  • 世田谷区桜上水にある神社。万寿三年(1026年)に京都八幡市にある石清水八幡宮を勧請し創建したとされる。明治四十年には上北沢4丁目にあった山谷稲荷神社を合祀、、また天祖神社を合祀した。京王線の桜上水の駅から商店街を抜け、日大文理学部の近くに鳥居が見える。鳥居をくぐると左手に手水舎、正面が拝殿となる。現在の社殿は昭和四十三年に造営されたものだが、境内右手に旧社殿が保管された覆殿がある。天明八年(1788年) [続きを読む]
  • 笠間稲荷神社 東京別社
  • 中央区日本橋浜町にある神社。安静四年(1859年)に日本三大稲荷のひとつ茨城県・笠間稲荷神社から分霊し、笠間藩主牧野氏の江戸の邸内に勧請したのが始まりとされる。御祭神は宇迦之御魂神で五穀豊穣のの守護神として古くから人々の崇敬を集めているが、現在は日本橋七福神めぐりの一社にもなっていて寿老人を祀っている。都営線の浜町駅からすぐの場所にあり、鳥居からすぐに手水舎と拝殿が見える。日本橋界隈の神社は小規模のも [続きを読む]
  • 拝島日吉神社
  • 昭島市拝島町にある神社。由緒書によれば創建の詳細は不明ながら江戸時代初期、天正年間(1573〜591年)に隣接する大日堂再興の折に旧拝島村総鎮守山王社として現在地に建立されたとある。桜町天皇の寛保元年(1741年)に山王大権現の称号を許されたが、神仏分離令により明治二年に現社名に改称。御祭神は大山咋神命、香山戸命、羽山戸命で現在も地域の氏神様として崇敬を集めている。立川駅から拝島駅方面のバスに乗り「拝島大師 [続きを読む]
  • 東大島神社
  • 江東区大島にある神社。江戸時代からこの地区に永平神社、子安神社、小名木神社、北本所牛島神社、南本所牛島神社があったが昭和二十年の東京大空襲ですべて焼失。その後、街の復興とともに再建の声があがり、昭和二十四年に合併し東大島神社が創立された。しかし月日とともに社殿等の老朽化が進み、昭和五十三年に現社殿・参集殿が建立。平成十四年に御鎮座50年事業として社殿の修復、平成十九年に境内玉垣改修工事等も行われ、現 [続きを読む]
  • 穏田神社
  • 渋谷区神宮前にある神社で創建年代は不詳。江戸時代までは第六天社と称しており、明治時代の神仏分離の際に社号を穏田神社に改め、その後は縁結びや技術や芸の上達にご利益のある旧穏田村の鎮守として崇敬を集めている。渋谷からキャットストリートを進み、路地を入った裏手に境内がある。鳥居をくぐると駐車場として利用されているのか車が並び、なぜか肥前狛犬に迎えられる。右手に手水舎があり参道を進むと本殿。その手前には通 [続きを読む]
  • 神楽坂若宮八幡神社
  • 新宿区若宮にある神社。鎌倉時代の文治五年(1189年)秋に源頼朝公が奥州の藤原泰衡を征伐するため当所にて宿願し奥州平治の後に宮鎌倉鶴岡の若宮八幡宮を分社して創祀したとされる。その後、一時衰退するも文明年間(1469〜1487年)に太田道灌が江戸城鎮護のため再興させた。昭和二十年の空襲で社殿は焼失したが昭和三十四年に再建。現在の真新しい社殿は平成十一年に造営されたものらしい。境内社として小さな稲荷神社もあった。 [続きを読む]