MINT さん プロフィール

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MINTさん: TOKYO GOSHUIN TOUR
ハンドル名MINT さん
ブログタイトルTOKYO GOSHUIN TOUR
ブログURLhttp://tokyogoshuin.blogspot.jp/
サイト紹介文東京都内の神社を巡って御朱印をいただいたことを記録しているブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供110回 / 239日(平均3.2回/週) - 参加 2017/02/24 03:08

MINT さんのブログ記事

  • 宝田恵比寿神社
  • 中央区日本橋本町にある神社。徳川家康江戸入府以前は宝田村の鎮守だったが、江戸城拡張により現大伝馬町へ遷座した。この地は金銀為替、駅伝、水陸運輸と賑わったがべったら漬発祥の地でもあり現在でもべったら市が毎年開催される。御祭神は事代主命、少彦名命、大国主神、大己貴命、素盞嗚命だが、日本橋七福神の恵比寿神も祀られており、規模の小さな神社ながら正月も活気づく。普段は無人の神社でオフィス街の中でひっそり佇ん [続きを読む]
  • 大泉天神北野神社
  • 練馬区東大泉にある神社。公式サイトによれば創建年代は不詳ながら三十番神社として江戸時代初期には建っていたことが古い書物に残されているらしい。土支田村の鎮守として人々からは「土支田村の番神さま」と呼ばれていたが、明治の神仏分離令により三十番神さまを祀ることができなくなった。明治7年に北野神のみを祀り、名前を北野神社と改めた。西武池袋線の大泉学園駅の近く。一の鳥居をくぐり参道を真っ直ぐに進むと左手に瑞 [続きを読む]
  • 巣鴨猿田彦大神庚申堂
  • 豊島区巣鴨にある庚申堂で文亀二年(1502年)に高さ8尺(約2.4m)の庚申塔が建てられたのが始まりとされる。庚申塚由来記によると昔、巣鴨の庚申塚は中山道の本街道で板橋宿の一つ手前の立場として上り下りの旅人の往来が激しく、休息所として賑わっていたとある。明暦三年(1657年)に庚申堂の碑に立て掛けられた材木が倒れて庚申塔に当たり五つに砕けてしまったため、これを土中に埋められた。その上に再建したのが現在の庚申塔 [続きを読む]
  • 池袋氷川神社
  • 豊島区池袋本町にある神社で、旧池袋村の鎮守さま。創建は古文書記録がなく詳細は不明だが、埼玉県大宮市鎮座の氷川神社から分かれた神社と言われ、天保元年(1830年)の『新編武蔵野風土記稿』の池袋村の条には「氷川社 村ノ鎮守」の記述がある。境内には富士山の溶岩で築造された池袋富士塚がある。明治45年に富士講の一つである池袋月三十七夜元講によって築かれたもので、平成10年豊島区指定史跡となった。7月1日のお山開き以 [続きを読む]
  • 多摩川浅間神社
  • 大田区田園調布にある神社で、創建は約800年ほど前と伝えられる。分治年間(1185〜1190年)に源頼朝が豊島郡滝野川松崎に出陣した際に、夫の身を案じた妻政子が道中にわらじの傷が痛み、やむなくこの地で治療することになった。この時亀甲山に登ってみると富士山がじつに鮮やかに見え、政子は富士吉田にある自分の守り本尊がある浅間神社に手を合わせ、身につけていた正観世音像を祀ったという。この像を村人たちが富士浅間大菩薩 [続きを読む]
  • 玉川神社
  • 世田谷区等々力にある神社。社の栞によると創建年代は不詳だが、一説には文亀年間(1501〜1504年)に世田谷城主吉良頼康が紀州の熊野三山から勧請したと伝えられ、元の社号は熊野社だった。熊野の分霊を迎い入れたことから伊邪那岐命、伊邪那美神、事解男神を祀り、末社には祓戸社、八幡社、天神社、稲荷社、えびす大国社、三峰社がある。明治四十一年に村内奉祀の神明社、御嶽社、諏訪社の三社、天照大御神、櫛眞知命、少彦名命、 [続きを読む]
  • 上目黒氷川神社
  • 目黒区大橋にある神社。由緒書きによれば創建は天正年間(1573〜1592年)に甲州の武田信玄の家臣であった加藤家が上野原より産土の大神をこの地に迎えたのが始まりとされる。御祭神は素盞嗚命、天照大御神、菅原道真公の三神で、昔から氏子が疫病知らずと言われ、現在では厄除の神様として親しまれている。国道246号沿いに鳥居があり、その先はすぐに急勾配の石段を上る。上りきった正面が拝殿で、手水舎は少し離れた右手にある。 [続きを読む]
  • 藏前神社
  • 台東区蔵前にある神社で、創建は徳川綱吉公が元禄六年(1693年)に山城国(京都)男山の石清水八幡宮を勧請したのが始まりとされる。正式名は石清水八幡宮だったが江戸時代には藏前八幡または東石清水宮と呼ばれ、庶民の崇敬者が多かったことから関東地方の名社の一つに数えられた。明治の神仏分離令で別当寺が廃止となり明治六年に郷社に列格。その後、関東大震災や昭和二十年の戦災により社殿が焼失したが、昭和二十二年に隣接の [続きを読む]
  • 神明氷川神社
  • 中野区弥生町にある神社で、創建は文明元年(1469年)太田道灌が江戸城鎮護のため武蔵国大宮氷川神社より勧請したのが始まりと伝えられ、旧雑色村字川島の鎮守社だった。社殿は弘化、嘉永年間に別当寺正蔵院住職岸祐宜によって改築整備された。大正十五年には権現造り銅板葺き社殿になったが昭和二十五年の空襲により焼失。昭和三十三年に現社殿が整備された。最寄駅は丸ノ内線富士見町駅で住宅街の中にある。鳥居をくぐると拝殿ま [続きを読む]
  • 大國魂神社
  • 府中市宮町にあり大國魂大神を武蔵の国の守り神としてお祀りした神社。第12代景行天皇41年(111年)よって創立された。公式ページによるともともと大國魂神社と称したが、中古以降、武蔵の総社となったため「武蔵総社六所宮」の社号を用い、明治四年(1871年)にもとの社号になったとある。5月5日に行われる例大祭は闇夜に御旅所に神幸するので、俗に「くらやみ祭」と言われ東京都の無形民俗文化財に指定されている。但し、昭和36 [続きを読む]
  • 下谷神社
  • 台東区東上野にある都内最古の稲荷神社。創建は天平二年(730年)峡田稲置らが、上野忍ケ丘の地に大年神・日本武尊の二神をお祀りしたのが始まりとされる。元々は正一位下谷稲荷社と称していたが、明治五年(1872年)に下谷神社に改め、翌年に郷社に列せられている。東京メトロ銀座線の稲荷町という駅はこの周辺がかつて稲荷町と呼ばれていた名残だ。浅草通り沿いに赤く大きな鳥居があり、そこから真っ直ぐに進めば境内につながる [続きを読む]
  • 秋葉神社
  • 台東区松が谷にある神社。明治のはじめに東京府内に火災が頻発し、明治三年に神田相生町他を火除地として取払い、その中央に社殿を建立。鎮火三神を祀ったのが始まりとされる。ちなみに鎮火三神とは火産霊神(火の神)、水波能売神(水の神)、埴山比売神(土の神)のこと。火の神様=秋葉さまとして広く親しまれたこの地は「秋葉の原」「秋葉っ原」とも呼ばれ、後にその場所が秋葉原の駅になった。秋葉の原の土地が駅舎用地として [続きを読む]
  • 豐榮稲荷神社
  • 渋谷区渋谷にある神社で金王八幡宮と隣接した場所にある。創建は鎌倉時代の頃に渋谷氏の祖河崎土佐守基家の曾孫高重によって祀られたと伝えられている。元々は渋谷駅近くにあり、渋谷川が渋谷城の濠として利用されていたことから・文化年間(1804〜1817年)の頃までは「堀の外稲荷(その後は田中稲荷)」や「川端稲荷」などとも称されていた。田中稲荷と呼ばれていた頃に元猿楽町京極家(旧但馬豊岡藩)の下屋敷に祀られていた豐澤稲 [続きを読む]
  • 金王八幡宮
  • 渋谷区渋谷にある神社で、寛治六年(1092年)渋谷氏の祖、河崎土佐守基家(渋谷重家)が創建したと伝えられる。基家とその嫡子・重家は後三年の役(1083〜1087年)において源義家軍に参向して仙北金沢の柵を攻略したが義家はこれが基家の信奉する八幡神の加護であるとしてこの地に八幡宮を勧請した。古くは単に八幡宮または渋谷八幡宮と称していたが、渋谷重家の子とされる渋谷金王丸の名声により、金王八幡宮と称されるようになった [続きを読む]
  • 奥澤神社
  • 世田谷区奥沢にある神社。社伝によれば室町時代に世田谷城吉良氏の家臣、大平氏が奥沢城を築く際に世田谷郷東部の守護として八幡神を勧請したのが始まりとされる。御祭神は誉田別命、倉稲魂命で、当初は八幡神社として吉良氏が建立した世田谷七沢八八幡の一社に数えられていたらしい。江戸時代中期に疫病が流行した際に、名主の夢枕に現れた八幡神が「藁で作った大蛇を村人が担いで村内を巡行させよ」と告げ、それに従ったところ疫 [続きを読む]
  • 江北氷川神社
  • 足立区江北にある神社で創建年代は不詳だが、古代から御祭神である素盞鳴尊を治水守護神としてお祀りしており、荒川を出雲の國・簸川(ひのかわ)の故事に見立てて氷川神社を創建したとも伝えられる。沼田村(旧地名)の鎮守社だったが明治初年村社に昇格し同時に旧江北村(沼田、鹿浜、鹿浜新田、加賀皿沼、高野、谷在家、宮城、小台、堀之内)九ヵ村の総本社となった。荒川沿いを走る首都高川口線のすぐ下にあり、鳥居から社殿ま [続きを読む]
  • 廣尾稲荷神社
  • 港区南麻布にある神社。創建は慶長年間(1596〜1615年)徳川秀忠公が鷹狩りの折に当地に稲荷社を勧請したのが始まりとされる。麻布宮村の千蔵寺が別当だったため千蔵寺稲荷とも呼ばれていたが、明治四十二年に現社号となった。またこの頃の麻布広尾周辺は萩の名所として賑わっていたためハギナメ稲荷という俗称もある。広尾駅から有栖川宮記念公園方面に歩いて途中で右に折れすぐのところに鳥居が見える。鳥居をくぐると参道右奥に [続きを読む]
  • 日本橋摂社日枝神社
  • 中央区日本橋茅場町にある神社で山王日枝神社の摂社。由緒書によれば天正十八年(1590年)、徳川家康公が江戸城に入城し、日枝大神を崇敬されて以来、御旅所のある八丁堀北嶋まで神輿が船で神幸されたことにはじまるとある。明治元年(1868年)の神仏分離令により薬師堂と同別当智泉院が分離され明治十年(1877年)に山王宮が無格社日枝神社に、その後、大正四年(1915年)に摂社日枝神社に改称された。最寄駅は東京メトロ茅場町で [続きを読む]
  • 日野八坂神社
  • 日野市日野本町にある神社で、かつては牛頭天王を祀る牛頭天王社と呼ばれた日野の総鎮守。創建は不詳だが社伝によると応永五年(1398年)普門寺が創建され、牛頭天王社の別当寺となったとされる。御祭神は素戔嗚尊で慶安元年(1648年)には徳川家光から社領免除と朱印地十四石を拝領。明治二年(1869年)に八坂神社となった。日野という地は幕末に新選組と深い関わりを持っていたことで知られるが、当社には近藤勇や沖田総司などが [続きを読む]
  • 稲荷森稲荷神社
  • 世田谷区桜丘にある神社。創建は不詳ながら新編武蔵風土記稿に菅刈社という名称で記載があり、社殿は寛政年中(1789〜1800年)に造営されたものらしい。御祭神は宇迦之御魂神と倉稲魂命の二神で稲や食べ物に関係が深いことから「農業・工業・商業等の守護と繁栄を司り、さらには人々の心身の健康・生活の平安等のすべてをお守りくださる」という御神徳がある。最寄り駅は小田急線の千歳船橋駅で商店街を進んでいくと鳥居が見えてく [続きを読む]
  • 湯島天満宮(湯島天神)
  • 文京区湯島にある神社で創建は雄略天皇二年(458年)に天之手力雄命を奉斎したのが始まりとされる。正平十年(1355年)に郷民が菅公の御偉徳を慕って合祀。文明十年(1478年)太田道灌により再建され、天正十九年(1591)には徳川家康から朱印地5石を与えられた。明治維新から湯島神社という名称だったが平成十二年に正式名称を湯島天満宮に改めた。湯島天神というのは通称で、東京を代表する天神さまとして合格祈願に訪れる参拝者 [続きを読む]
  • 牛天神北野神社
  • 文京区春日にある神社。寿永元年(1182年)源頼朝公がこの地にあった岩に腰掛け休息したときに牛に乗った菅神(菅原道真)が現われ、2つの幸福を授けるとご神託を受け創建したとされる。文京区の資料によると境内にある太田神社は芸能の神・天鈿女命を祀っているが、かつて貧乏神といわれる黒闇天女を祀っていたらしい。これには興味深い話がある。ある晩に小石川に住む旗本の夢の中に貧乏神が現れ、「長い間居心地がいいのでこの家 [続きを読む]
  • 世田谷八幡神社
  • 世田谷区宮坂にある神社。寛治五年(1091年)に源義家が奥州の内乱をとりしずめた際に、戦勝したのは八幡大神の加護によるものとして宇佐八幡宮より分霊を勧請したのが始まりとされる。江戸時代には徳川家康が朱印状11石を寄進。明治時代には郷社に列格し宇佐神社と称していたが、第二次大戦後は世田谷八幡宮に戻し、現在も世田谷の鎮守として信仰を集めている。世田谷線の宮坂駅近くにあり、一の鳥居をくぐるとすぐ右手に厳島神社 [続きを読む]
  • 鎧神社
  • 新宿区北新宿にある神社。社務所でいただいた資料によれば創建は醍醐天皇の時代(898〜929年)、理源大師の師弟である筑波の貞崇僧都、行基作と伝えられる薬師如来像が祀られ円照寺を創建。その際に寺の鬼門鎮護のためにこの社が創建されたとある。鎧にまつわる話はいくつかあって日本武命が天皇の命によって東国の平定に向かったときに甲冑六具を蔵めたという言い伝えや、平将門公が藤原秀郷によって討たれた際に人々がその死を悼 [続きを読む]
  • 牛嶋神社
  • 墨田区向島にある神社で本所地区一帯の総鎮守として知られる。由緒書の資料によれば明治維新前は牛宝明王院最勝寺が別当として管理していたが神仏分離後に牛嶋神社と「牛の御前」の社名を牛嶋神社と改めたらしい。社伝によれば貞観二年(860年)に慈覚大師が御神託により須佐之男命を郷土守護神として勧請し創建したとされる。後に天之穂日命を祀り、次いで清和天皇の第七皇子貞辰親王命が祀られた。三ツ目通り沿いに大鳥居がある [続きを読む]