MINT さん プロフィール

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MINTさん: TOKYO GOSHUIN TOUR
ハンドル名MINT さん
ブログタイトルTOKYO GOSHUIN TOUR
ブログURLhttp://tokyogoshuin.blogspot.jp/
サイト紹介文東京都内の神社を巡って御朱印をいただいたことを記録しているブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供79回 / 365日(平均1.5回/週) - 参加 2017/02/24 03:08

MINT さんのブログ記事

  • 芝東照宮
  • 港区芝公園にある神社。元和三年(1617年)に増上寺境内に安国殿と称し徳川家康を祭神として創建。安国殿とは家康公の法名「一品大相国安国院殿徳蓮社崇誉道大居士」に由来する。明治初期の神仏分離のため安国殿は増上寺から分かれ明治六年に東照宮と改称して郷社に列格。御神像を本殿に安置・奉斎した。昭和二十年(1945年)の東京大空襲で社殿は焼失したが、昭和四十四年(1969年)に復興奉賛会により現社殿が完成した。都営三田 [続きを読む]
  • 御田八幡神社
  • 港区三田にある神社。公式ページによれば和銅二年(709年)に東国鎮護の神として鎮祀され延喜式内稗田神社と伝えられ、その後の寛弘八年(1011年)武蔵野国御田郷久保三田の地に遷座され嵯峨源氏渡辺一党の氏神として尊崇されたとある。明治七年に三田八幡神社と改称したが、明治三十年には三田の冠称を御田の旧名に復し御田八幡神社と称するようになった。昭和二十年の東京大空襲で社殿を焼失するが、昭和二十九年には本殿権現造 [続きを読む]
  • 牟礼神明社
  • 三鷹市牟礼にある神社。いただいた由緒書によれば天文六年(1537年)に北条早雲の家臣・北条(高橋)綱種が、上杉家の家臣・難波田弾正のたてこもる深大寺城に相対して陣を敷いた際、その陣営内にこの地の守護神として芝大神宮の御分霊を勧請したのが始まりとされる。以来「お伊勢様」「神明様」と親しく尊称され、家内安全・五穀豊穣に御神徳があり、三鷹の氏神様としてはもちろん、広く各地の人々からも崇敬されている。また相殿 [続きを読む]
  • 大泉氷川神社
  • 練馬区大泉町にある神社。創建年代は不詳だが東京神社庁の公式ページによれば橋戸村(現大泉町)の鎮守として長い歴史があり、境内には嘉永二年(1849年)伊賀組衆108名が奉納した水磐と鳥居があり区の有形文化財に指定されているとある。関越道の大泉インターの近く、目白通りに面した場所に鳥居が見える。電車だと最寄り駅は大泉学園駅になるのだと思うがかなり距離がある。今回は自転車だったのでわからないがバスを利用した方 [続きを読む]
  • 品川神社
  • 品川区北品川にある神社。東京神社庁の公式ページによれば創建は文治三年(1187年)に、源頼朝が海上交通安全と祈願成就の守護神として、安房国の洲崎明神である天比理乃咩命を勧請したのが始まりで品川大明神と称したとされる。その後は後醍醐天皇の御世(1319年)に当国の守護職二階堂出羽入道道蘊(貞藤)が、五穀豊鏡・産業発展を祈って宇賀之売命を勧請し、文明十年(1478年)六月に太田道灌が、風水害、疫病退散を祈り牛頭天 [続きを読む]
  • 小日向神社
  • 文京区小日向にある神社。もともと小日向の鎮守として栄えていた氷川神社と現在の音羽三丁目に鎮座していた田中八幡神社が明治二年に合祀され現社名になったとされる。明治五年には村社に列せられた。東京メトロ江戸川橋駅から神田川を渡り、目白通りから一本奥の道を飯田橋方面に少し歩いたところにある服部坂を上ると鳥居が見える。交差点に小日向神社入口という表示があるのでわかりやすい。服部坂とは江戸時代この地に旗本の服 [続きを読む]
  • 根津神社
  • 文京区根津にある神社で景行天皇の御代日本武尊が駒込の地に創祀し、文明年間(1469〜1487年)に太田道灌が社殿を奉建したとされる。御祭神は須佐之男命・大山咋命・誉田別命で東京十社の一つに数えられる。主祭神の須佐之男命は災厄除け・厄祓いのご利益が期待できるが、相殿神として大国主命・菅原道真公が祀られているため縁結び・商売繁盛、学問・合格祈願にもご利益があるとされる。東京メトロ千代田線の千駄木または根津駅から [続きを読む]
  • 品川貴船神社
  • 品川区西品川にある神社。和銅二年(709年)藤原伊勢人の勧請により創建。古くから貴布裲大明神と称し水神として崇められていたが、享和三年(1803年)に貴船神社と改められた。御祭神は高龗大神と素盞嗚尊で、社殿は昭和二十年(1945年)に戦災により焼失したが、昭和四十二年に西品川氏子六地區の崇敬奉賛の熱意により再建された。荏原神社の旧鎮座地に鎮座しており、同社の元宮と言われている。今回は自転車にてお詣りをしたが [続きを読む]
  • 吹上稲荷神社
  • 文京区大塚にある神社で創建は元和八年(1622年)、徳川秀忠公が日光山より御神体を奉持し江戸城吹上御殿内に勧請。後に松平大学頭が徳川家より拝領し宝暦年間前に武蔵国北豊島郡大塚村の総鎮守として遷座した。その後も護国寺や旧大塚村周辺で遷座を繰り返し、明治四十五年に現在の場所に遷座したのは市内電車開通に伴う道路の拡幅によるためとされる。大祭は9月22日の前後の土・日曜日に催され今でも賑わいを見せる。護国寺駅か [続きを読む]
  • 赤坂氷川神社
  • 港区赤坂にある神社で天暦五年(951年)武州豊島郡一ツ木村(人次ヶ原)に祀られたのが始まりで、その100年後の治歴二年、関東に大旱魃が発生した際に降雨を祈願するとその験があったとされる。江戸時代には幕府からの尊信が篤く徳川吉宗公が享保元年(1716年)に将軍職を継ぐ際、享保十四年(1729年)に老中岡崎城主水野忠之に命じて現在地に社殿を建立し、翌年に遷座された。東京メトロ千代田線の赤坂駅から8分ほどの場所に境内 [続きを読む]
  • 亀戸香取神社
  • 江東区亀戸にある神社で、公式ページによれば創建は天智天皇四年(665年)、藤原鎌足公が東国下向の際に亀の島に船を寄せ、香取大神を勧請して太刀一振を納め、旅の安泰を祈り神徳を仰いだのが始まりとされる。平将門が乱を起こした際、追討使俵藤太秀郷が当神社で戦勝を祈願。乱をめでたく平定した後、弓矢を奉納し勝矢と命名したとされる。「スポーツ振興の神」として名が知られているのはそうした由来があるためだ。JR亀戸駅か [続きを読む]
  • 腰掛稲荷神社
  • 文京区目白台にある神社。いただいた由緒書によればこの辺りはかつて武州豊島郡清土と称し見晴らしの良い場所だったが、三代将軍徳川家光公が鷹狩の際に休息し、切株に腰を掛けて「絶景なり」と風景を賞でられたという。この後、不敬のないように切株に竹矢来を廻らせて稲荷の祠を建て崇敬した。その後、切株は朽ち果てて跡形もなくなったため里人が集まって社殿を建立し、腰掛懸稲荷と称して崇敬したとされる。境内は東京メトロ護 [続きを読む]
  • 三囲神社
  • 墨田区向島にある神社。創建年代の詳細は不明だが弘法大師が創建したと伝えられておりれ、文和年間(1353〜1355年)に近江三井寺の僧源慶が東国遍歴の際に社殿を再興した。その際、翁の神像が収めらている壺が出土し白狐が三度回っていなくなったという。三囲神社は“みめぐりじんじゃ”と読むが、その名称はそうした言い伝えを起源としている。また「三囲」という漢字は井を四角で囲っているため、三越の創業者である三井家を守る [続きを読む]
  • 谷保天満宮
  • 国立市にある神社。東日本最古の天満宮で亀戸天神社、湯島天満宮ともに関東三大天神の一つとして知られている。この神社の御祭神が菅原道真公と菅原道武公の二柱なのは創建に関係している。菅原道真公の第三子菅原道武が当地に配流。延喜三年(903年)、道真公が薨去の報に、道武公が思慕の情から道真公の像をお祀りしたのが始まりとされる。延喜二十一年(921年)に道武も薨去すると相殿に合祀された。境内はJR南武線の谷保駅から [続きを読む]
  • 三崎稲荷神社
  • 千代田区三崎町にある神社。創建の詳細は明らかになっていないが、東京都神社庁の公式ページには建久以前、仁安の頃とも伝えられ、当時の神田山(現、駿河台)の山麓(現、本郷一丁目)武蔵国豊島郡三崎村に鎮守の社として祀られたとある。御祭神は宇迦之御魂神、素盞嗚尊、大市姫神、大物主神で三代将軍家光が参勤交代の制度を定めた頃、自身が江戸城に出入りする際に当社を参拝したそうで、交通安全のご利益があるとされる。千代 [続きを読む]
  • 高田總鎭守氷川神社
  • 豊島区高田にある神社。公式ページによれば創建は第56代清和天皇の御代である貞観年間(859〜877年)に、旧官幣大社・氷川神社の御分霊を現在の地に奉斎したことが始まりとされる。御祭神は素盞嗚尊・奇稲田姫命・大巳貴命の三柱で、古来から山吹の里氷川宮、後氷川大明神と称されていたが、明治二年に氷川神社と改称した。また主祭神を素盞嗚尊としており、奇稲田姫命を主祭神とする下落合氷川神社と合わせて「夫婦の宮」と呼ばれ [続きを読む]
  • 幸稲荷神社
  • 港区芝公園にある神社で、いただいた資料によれば江戸初期の寛永年間に府内古社十三社に定められ、東京でも最も古い神社の一つと言われている。創建は応永元年(1394年)4月、武蔵国豊島郡岸之村(現在の芝大門公園十号地)の鎮守として勧請されたのが始まりと伝えられる。当初は岸之稲荷神社と称せられていたが、氏子・信者中に幸事が続出したため、幸稲荷神社と尊称されるようになったという。また東京タワーの氏神としても知ら [続きを読む]
  • 赤堤六所神社
  • 世田谷区赤堤にある神社。社務所でいただいた由緒書によれば天正十二年(1584年)十二月に平定盛の子孫である服部貞胤が府中の六所宮(現在の大國魂神社)の御分霊を戴き、赤堤の鎮守としてお祀りしたと言われる。御祭神は大国魂命、伊弉冊尊、素戔嗚尊、布留大神、大宮売命で、天明七年九月に社殿が再建され、明治七年には赤堤村社と定められた。昭和二十一年に宗教法人六所神社として再出発。鳥居や参道、境内の整備、本殿の再建 [続きを読む]
  • 山王日枝神社
  • 千代田区永田町にある神社。創建は武蔵野開拓の祖神・江戸の郷の守護神として江戸氏が山王宮を祀り、文明十年(1478年)太田道灌が江戸城築城の際に、鎮護の神として川越山王社を勧請したのが始まりとされる。その後、天正十八年(1590年)徳川家康公が江戸城を居城とするにあたり城内鎮守の社・徳川歴朝の産神として、また江戸市民からも江戸の産神として崇敬された。赤坂日枝神社とも言われるが、日枝神社の称号を用いることにな [続きを読む]
  • 柳森神社
  • 千代田区神田須田町にある神社。東京都神社庁の公式ページによれば御祭神は倉稲魂大神で太田道灌公が江戸城の鬼門除けとして、多くの柳をこの地に植え、京都の伏見稲荷を勧請したことが始まりとされる。現在は秋葉原の電気街の裏手のひっそりした場所にあるが、江戸三森(烏森神社、椙森神社、柳森神社)の一社に数えられ江戸時代には徳川家より社殿造営の寄進を受けるなどして多くの人に崇敬された。また以前はこの周辺は火除地を [続きを読む]
  • 花園稲荷神社
  • 台東区上野公園にある神社。創建時期は不詳で神社でいただいた資料によると、古くからこの地に鎮座し「忍岡稲荷」が正しい名称で石窟の上にあったことから俗称で「穴稲荷」とも言われていたらしい。承応三年(1654年)、本覚院の住僧晃海僧正が霊夢に感じ廃絶していたお社を再建し上野の山の守護の神とした。明治六年に岩堀数馬、伊藤伊兵衛等の篤志家により再興され現在の花園稲荷に改称した。上野恩賜公園内にあり五條天神社と隣 [続きを読む]
  • 瀬田玉川神社
  • 世田谷区瀬田にある神社。創建は永禄年中(1558〜70年)にこの村の下屋敷に勧請し、その後、寛永三年(1626年)瀧ヶ谷に長崎四郎右衛門嘉国が寄付をして遷宮したという記録が旧社名「御嶽神社」の書類に残っている。明治四十一年、在郷の小社数祠を合祀して御嶽神社を地名により「玉川神社」と改称。大正三年に社殿を改築し、その後関東大震災の被害を受けながらも補修。しかし昭和四十一年の台風26号で東京都指定天然記念物の赤松 [続きを読む]
  • 亀戸天神社
  • 江東区亀戸にある神社。正保三年(1646年)九州太宰府天満宮の神官だった菅原大鳥居信祐公(道真公の末裔)が神のお告げにより天神信仰を広めるため諸国を巡り歩き、寛文元年(1661年)に江戸の本所亀戸村にあった天神の小さな祠にご神像をお祀りしたのが始まりとされる。寛文二年(1662年)太宰府の社にならって社殿、回廊、心字池、太鼓橋を設営し、その後350年後の今日まで東国天満宮の宗社として崇敬されてきた。明治六年に准 [続きを読む]
  • 八幡大神社
  • 三鷹市下連雀にある神社。寛文四年(1664年)、連雀新田名主松井治兵衛が村の年寄、組頭等と氏神社の創建について幕府に請願したところ許可されたのが始まりとされる。棟礼によると享保十年八月に社殿の改築が行われ、弘化元年八月に再建された。万治元年(1658年)に神田連雀町の一部住民二十五人衆と呼ばれる人々がこの地に移住。これが下連雀の始まりでその氏神様として創建されたのが八幡大神社ということだ。三鷹駅からは徒歩 [続きを読む]
  • 羽田神社
  • 台東区本羽田にある神社。公式ページによれば羽田浦の水軍で領主だった行方与次郎が牛頭天王を祀ったことが始まりとされ、今でも本神社を「てんのうさん」と呼ぶ人がいるのはその名残りだとされる。御祭神は須佐之男命と稲田姫命の二柱で「えんむすび」「勝負事」のご神徳があることで知られている。羽田の氏神様として羽田全域から現羽田空港まで広い氏子区域を有し、江戸時代は徳川家、島津家、藤堂家などに厚く信仰された。京急 [続きを読む]