MINT さん プロフィール

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MINTさん: TOKYO GOSHUIN TOUR
ハンドル名MINT さん
ブログタイトルTOKYO GOSHUIN TOUR
ブログURLhttp://tokyogoshuin.blogspot.jp/
サイト紹介文東京都内の神社を巡って御朱印をいただいたことを記録しているブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供75回 / 365日(平均1.4回/週) - 参加 2017/02/24 03:08

MINT さんのブログ記事

  • 亀戸香取神社
  • 江東区亀戸にある神社で、公式ページによれば創建は天智天皇四年(665年)、藤原鎌足公が東国下向の際に亀の島に船を寄せ、香取大神を勧請して太刀一振を納め、旅の安泰を祈り神徳を仰いだのが始まりとされる。平将門が乱を起こした際、追討使俵藤太秀郷が当神社で戦勝を祈願。乱をめでたく平定した後、弓矢を奉納し勝矢と命名したとされる。「スポーツ振興の神」として名が知られているのはそうした由来があるためだ。JR亀戸駅か [続きを読む]
  • 腰掛稲荷神社
  • 文京区目白台にある神社。いただいた由緒書によればこの辺りはかつて武州豊島郡清土と称し見晴らしの良い場所だったが、三代将軍徳川家光公が鷹狩の際に休息し、切株に腰を掛けて「絶景なり」と風景を賞でられたという。この後、不敬のないように切株に竹矢来を廻らせて稲荷の祠を建て崇敬した。その後、切株は朽ち果てて跡形もなくなったため里人が集まって社殿を建立し、腰掛懸稲荷と称して崇敬したとされる。境内は東京メトロ護 [続きを読む]
  • 三囲神社
  • 墨田区向島にある神社。創建年代の詳細は不明だが弘法大師が創建したと伝えられておりれ、文和年間(1353〜1355年)に近江三井寺の僧源慶が東国遍歴の際に社殿を再興した。その際、翁の神像が収めらている壺が出土し白狐が三度回っていなくなったという。三囲神社は“みめぐりじんじゃ”と読むが、その名称はそうした言い伝えを起源としている。また「三囲」という漢字は井を四角で囲っているため、三越の創業者である三井家を守る [続きを読む]
  • 谷保天満宮
  • 国立市にある神社。東日本最古の天満宮で亀戸天神社、湯島天満宮ともに関東三大天神の一つとして知られている。この神社の御祭神が菅原道真公と菅原道武公の二柱なのは創建に関係している。菅原道真公の第三子菅原道武が当地に配流。延喜三年(903年)、道真公が薨去の報に、道武公が思慕の情から道真公の像をお祀りしたのが始まりとされる。延喜二十一年(921年)に道武も薨去すると相殿に合祀された。境内はJR南武線の谷保駅から [続きを読む]
  • 三崎稲荷神社
  • 千代田区三崎町にある神社。創建の詳細は明らかになっていないが、東京都神社庁の公式ページには建久以前、仁安の頃とも伝えられ、当時の神田山(現、駿河台)の山麓(現、本郷一丁目)武蔵国豊島郡三崎村に鎮守の社として祀られたとある。御祭神は宇迦之御魂神、素盞嗚尊、大市姫神、大物主神で三代将軍家光が参勤交代の制度を定めた頃、自身が江戸城に出入りする際に当社を参拝したそうで、交通安全のご利益があるとされる。千代 [続きを読む]
  • 高田總鎭守氷川神社
  • 豊島区高田にある神社。公式ページによれば創建は第56代清和天皇の御代である貞観年間(859〜877年)に、旧官幣大社・氷川神社の御分霊を現在の地に奉斎したことが始まりとされる。御祭神は素盞嗚尊・奇稲田姫命・大巳貴命の三柱で、古来から山吹の里氷川宮、後氷川大明神と称されていたが、明治二年に氷川神社と改称した。また主祭神を素盞嗚尊としており、奇稲田姫命を主祭神とする下落合氷川神社と合わせて「夫婦の宮」と呼ばれ [続きを読む]
  • 幸稲荷神社
  • 港区芝公園にある神社で、いただいた資料によれば江戸初期の寛永年間に府内古社十三社に定められ、東京でも最も古い神社の一つと言われている。創建は応永元年(1394年)4月、武蔵国豊島郡岸之村(現在の芝大門公園十号地)の鎮守として勧請されたのが始まりと伝えられる。当初は岸之稲荷神社と称せられていたが、氏子・信者中に幸事が続出したため、幸稲荷神社と尊称されるようになったという。また東京タワーの氏神としても知ら [続きを読む]
  • 赤堤六所神社
  • 世田谷区赤堤にある神社。社務所でいただいた由緒書によれば天正十二年(1584年)十二月に平定盛の子孫である服部貞胤が府中の六所宮(現在の大國魂神社)の御分霊を戴き、赤堤の鎮守としてお祀りしたと言われる。御祭神は大国魂命、伊弉冊尊、素戔嗚尊、布留大神、大宮売命で、天明七年九月に社殿が再建され、明治七年には赤堤村社と定められた。昭和二十一年に宗教法人六所神社として再出発。鳥居や参道、境内の整備、本殿の再建 [続きを読む]
  • 山王日枝神社
  • 千代田区永田町にある神社。創建は武蔵野開拓の祖神・江戸の郷の守護神として江戸氏が山王宮を祀り、文明十年(1478年)太田道灌が江戸城築城の際に、鎮護の神として川越山王社を勧請したのが始まりとされる。その後、天正十八年(1590年)徳川家康公が江戸城を居城とするにあたり城内鎮守の社・徳川歴朝の産神として、また江戸市民からも江戸の産神として崇敬された。赤坂日枝神社とも言われるが、日枝神社の称号を用いることにな [続きを読む]
  • 柳森神社
  • 千代田区神田須田町にある神社。東京都神社庁の公式ページによれば御祭神は倉稲魂大神で太田道灌公が江戸城の鬼門除けとして、多くの柳をこの地に植え、京都の伏見稲荷を勧請したことが始まりとされる。現在は秋葉原の電気街の裏手のひっそりした場所にあるが、江戸三森(烏森神社、椙森神社、柳森神社)の一社に数えられ江戸時代には徳川家より社殿造営の寄進を受けるなどして多くの人に崇敬された。また以前はこの周辺は火除地を [続きを読む]
  • 花園稲荷神社
  • 台東区上野公園にある神社。創建時期は不詳で神社でいただいた資料によると、古くからこの地に鎮座し「忍岡稲荷」が正しい名称で石窟の上にあったことから俗称で「穴稲荷」とも言われていたらしい。承応三年(1654年)、本覚院の住僧晃海僧正が霊夢に感じ廃絶していたお社を再建し上野の山の守護の神とした。明治六年に岩堀数馬、伊藤伊兵衛等の篤志家により再興され現在の花園稲荷に改称した。上野恩賜公園内にあり五條天神社と隣 [続きを読む]
  • 瀬田玉川神社
  • 世田谷区瀬田にある神社。創建は永禄年中(1558〜70年)にこの村の下屋敷に勧請し、その後、寛永三年(1626年)瀧ヶ谷に長崎四郎右衛門嘉国が寄付をして遷宮したという記録が旧社名「御嶽神社」の書類に残っている。明治四十一年、在郷の小社数祠を合祀して御嶽神社を地名により「玉川神社」と改称。大正三年に社殿を改築し、その後関東大震災の被害を受けながらも補修。しかし昭和四十一年の台風26号で東京都指定天然記念物の赤松 [続きを読む]
  • 亀戸天神社
  • 江東区亀戸にある神社。正保三年(1646年)九州太宰府天満宮の神官だった菅原大鳥居信祐公(道真公の末裔)が神のお告げにより天神信仰を広めるため諸国を巡り歩き、寛文元年(1661年)に江戸の本所亀戸村にあった天神の小さな祠にご神像をお祀りしたのが始まりとされる。寛文二年(1662年)太宰府の社にならって社殿、回廊、心字池、太鼓橋を設営し、その後350年後の今日まで東国天満宮の宗社として崇敬されてきた。明治六年に准 [続きを読む]
  • 八幡大神社
  • 三鷹市下連雀にある神社。寛文四年(1664年)、連雀新田名主松井治兵衛が村の年寄、組頭等と氏神社の創建について幕府に請願したところ許可されたのが始まりとされる。棟礼によると享保十年八月に社殿の改築が行われ、弘化元年八月に再建された。万治元年(1658年)に神田連雀町の一部住民二十五人衆と呼ばれる人々がこの地に移住。これが下連雀の始まりでその氏神様として創建されたのが八幡大神社ということだ。三鷹駅からは徒歩 [続きを読む]
  • 羽田神社
  • 台東区本羽田にある神社。公式ページによれば羽田浦の水軍で領主だった行方与次郎が牛頭天王を祀ったことが始まりとされ、今でも本神社を「てんのうさん」と呼ぶ人がいるのはその名残りだとされる。御祭神は須佐之男命と稲田姫命の二柱で「えんむすび」「勝負事」のご神徳があることで知られている。羽田の氏神様として羽田全域から現羽田空港まで広い氏子区域を有し、江戸時代は徳川家、島津家、藤堂家などに厚く信仰された。京急 [続きを読む]
  • 東郷神社
  • 渋谷区神宮前にある神社。日露戦争時の連合艦隊司令長官として活躍した東郷平八郎を祀った神社で昭和15年に創建。第二次世界大戦時の空襲により社殿は焼失したが、昭和三十九年(1964年)に現在の社殿が再建された。原宿竹下通りを進み、明治通りを左に行くとすぐの場所に境内がある。鳥居をくぐって神門の手前まで上っていく途中には東郷記念館や日本庭園が見える。神門の左手に手水舎があり、神門から先は社殿へと続く。また境内 [続きを読む]
  • 前野熊野神社
  • 板橋区前野町にある神社。創建年代は不詳だが東京都神社庁の由緒書によれば中世末期頃紀伊国熊野那智大社より勧請されたとされる。御祭神は伊邪那岐大神、伊邪那美大神で、旧前野村には氏神社が3社あったが当神社は中前野の鎮守として崇敬された。また熊野神社は村内に2社あり、東方に鎮座する当社は東熊野と呼ばれていたらしい。都営地下鉄三田線の志村坂上駅からイオンスタイル前野町方面に歩き、前野原温泉さやの湯処の裏手に境 [続きを読む]
  • 池尻稲荷神社
  • 世田谷区池尻にある神社。公式ページによれば明暦年間(江戸時代の初期)に旧池尻村・池沢村の両村の産土神として創建鎮座したとある。御祭神は倉稲魂命で古くから「火伏せの稲荷」、「子育ての稲荷」として霊験あらたかと伝えられる。また境内にある井戸は「薬水の井戸」といって病気平癒の神水として信仰があった。さらにこの井戸はどんなに渇水時でも涸れることが無かったことから「涸れずの井戸」とも言われている。昔は赤坂付 [続きを読む]
  • 尾久八幡神社
  • 荒川区西尾久にある神社。創建年代は不詳だが荒川区の公式ページによれば尾久の地が、鎌倉の鶴岡八幡宮に寄進された正和元年(1312年)頃にさかのぼるとされ、神社に残る棟札から至徳二年(1385年)に社殿が建てられたことが確認されている。江戸時代には旧上尾久村・旧下尾久村・旧船方村の鎮守として祀られ、明治時代には村社に列格。第二次大戦中に消失したが昭和二十八年には再建され地域の人々に信仰されてきた。都電荒川線の [続きを読む]
  • 大島稲荷神社
  • 江東区大島にある神社。公式ページによれば慶安年間(1648〜1652年)に洪水などの水害に悩まされがちな武蔵国南葛飾郡大島村の村人が平安を祈って京都の伏見稲荷大社御分霊を奉還して祀ったのが始まりとされる。また松尾芭蕉ゆかりの稲荷神社としても知られ、元禄五年に門弟である桐奚宅を訪ねる途中でこの神社に立ち寄った際に「秋に添て行はや末ハ小松川」とという句を詠んだと言われ、境内には句碑「女木塚」も建てられている。 [続きを読む]
  • 平河天満宮
  • 千代田区平河町にある神社。文明十年(1478年)に太田道灌が江戸城本丸内の梅林坂上に勧請したのが始まりとされる。徳川幕府に特別な格式で待遇され紀州藩徳川家、彦根藩井伊家の祈願所でもあった。徳川家康入城後に平川門外に移り慶長十二年(1607年)に二代将軍秀忠の命で当地に遷座。地名を本社にちなみ平河町と名付けられた。境内は東京メトロ半蔵門駅から徒歩1分ほどの場所にありビル街の中に大鳥居が構える。天保十五年(184 [続きを読む]
  • 久國神社
  • 港区六本木にある神社。創建年代は不詳だが東京都神社庁の公式ページには古くはもと千代田村紅葉(現皇居内)に鎮座されていたとある。寛正六年(1465年)江戸城築城の際に城隍の鎮守として溜池に遷座したとされる。その後、太田道灌により鎌倉時代の刀工・粟田口久国作の刀が寄進されたことから久国稲荷神社と称されるようになり、寛保元年(1741年)に現在の地に再遷座された。なお社宝である刀は非公開ながら現存するらしい。昭 [続きを読む]
  • 須賀神社
  • 新宿区須賀町にある神社で四谷十八ヵ町の鎮守として江戸初期より鎮座する。もとは稲荷神社で赤坂にった稲荷神社を江戸城建築のため四谷に遷座したことから始まる。その後、神田明神の摂社に祀られていた日本橋伝馬町の守護神(須佐之男命)を合祀。牛頭天王社と併せて稲荷天王合社と呼ばれていた。明治元年に須賀神社と改称され現在に至る。東京メトロの四谷三丁目から新宿通り沿いを四谷方面に歩き、途中で信濃町方面に向かって高 [続きを読む]
  • 戸越八幡神社
  • 品川区戸越にある神社。公式ページの記述によれば大永六戌丙年(1526年)村内藪清水水源地から御神体が出現し、行永法師が当地の草庵に奉安して山城国(京都府)石清水男山八幡宮の御分霊を勧請したのが始まりとされる。御祭神は誉田別命(応神天皇)で厄除開運の御神徳と共に古くから戸越村の鎮守として地域の人々の崇敬を集め、明治期には村社に列格していたとされる。また我国文教の祖、殖産の守護神として崇められている。都営浅草 [続きを読む]
  • 中目黒八幡神社
  • 目黒区中目黒にある神社。由緒書によれば古い資料が焼失してしまっているため創建年代は不詳だが、江戸時代の村指出銘細帳には宝暦十三年(1763年)と弘化二年(1845年)に539坪の宮有地があると記載されているらしい。御祭神は應神天皇(誉田別命)で天照大御神も合祀。ご神徳は国家鎮護、勝運招来、増産興業などで古くから中目黒村の総鎮守として崇敬を集めていたとされる。境内に入ると空気が変わり背筋が伸びる感じ。例大祭に [続きを読む]