kansaizin さん プロフィール

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kansaizinさん: 人生の思い出ばなし
ハンドル名kansaizin さん
ブログタイトル人生の思い出ばなし
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/k_sigemi290228
サイト紹介文自分が体験したストリップの思い出や出来事を書いてます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供15回 / 287日(平均0.4回/週) - 参加 2017/02/28 09:39

kansaizin さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 昭和30年代のストリップ
  • ご飯を食べに行った時に、その話を聞きましたが、現在とは全く違う物です。まだ10日制ではなくて、1か月とか長い興業を15人から20人の大人数で行ってたそうです。一座として全国の劇場を回って、色々な物を上演しながら、ストリップをしてたと聞きました。当時は胸を見せる程度で、下半身はぎりぎり隠して殆ど見せなかったそうです。客寄せのおまけみたいな物だったのが、人気も跳ね上がり、一座の目玉となって行きました。昭和30 [続きを読む]
  • パチンコショー
  • ベットショーが終わると、ゆっくり転がるか立ち上がって、盆の端でしゃがんでくれました。現在と違って、少し見せただけでも騒ぎになった時代に、堂々と見せてくれたんです。他の「特出し」の姐さん方は、チラッと見せるのが精一杯で、勝負にはなりませんでした。一条さゆり姐さんは、何時も客に気さくに声を掛けながら、足を開いて行きます。「いらっしゃい」「元気やな」「見えるか」とか、相手をしながら見せて回りました。とこ [続きを読む]
  • 一条さゆり姐さんのステージ
  • 踊りは下手だと散々に言われてましたが、自分はそうは思わなかったし、楽しかった。当時の日舞は本格的で、三味線や長唄に合わせて踊るのが普通でしたが、姐さんは違います。緋牡丹博徒とか任侠物の歌謡曲で踊ってましたが、違和感を感じなかったし、馴染めました。「ステップが違う」とか「あんな下手は見た事がない」など陰口をたたかれます。日舞を踊って人気が有ったお姐さん方は、名取級で半端なく素晴らしく、格が違いました [続きを読む]
  • 客と人気と行列
  • 現在の人気が有る踊り子が、束になっても敵わない程の凄まじいものでした。さゆり姐さんの出番まで静かだった客が、登場と同時に掛け声が飛び拍手喝采です。場内の客が一丸となって、盛り上がりながら、さゆり姐さんに群がりました。しかし、ステージが始まった瞬間に、注目で私語も消えて、集中するのは凄かったです。騒がしさと静けさが、暗黙の了解の如く、一瞬で切り替わって何時も感心しました。そして、息を飲むの言葉どおり [続きを読む]
  • 一条さゆり姐さんの評判
  • 飽くまで、365日一緒に居た訳ではないので、自分が見た限りの事ですが、悪しからずです。客からの悪口は聞いた事が無かったし、人気から言えば桁外れで、とんでもなかったです。しかし、仕事仲間の評判は散々なもので、酷い噂を流されては嫌がらせの繰り返しでした。大嘘つき、契約不履行、大酒のみで酒乱、舞台に穴を開ける等ですが、誹謗中傷の嵐です。ところが、姐さんの人気は微動だにもせずに、逆に上がって何処の劇場も行列 [続きを読む]
  • 仕事の手伝いと嫌がらせ
  • 手伝いと言っても、さゆり姐さんの指示に従って動いていただけでした。始めは邪魔にならない様に、周りを黙って見てたのを覚えています。全てが初めての事で、戸惑いましたが、直ぐに慣れたから勝手にしてました。掃除洗濯や買い物は楽でしたが、ねたみからの嫌がらせが大変で参ってしまいます。今だから言いますが、小道具を隠されたり、衣装が壊されるか消えたりした事がありました。それらを探し出すのも自分の仕事でしたが、見 [続きを読む]
  • ヒモと言う男の存在
  • 現代と同様に、女の稼ぎを当てにして、働きもしないろくでなしと世間では言われてました。確かにその様な者も居たかもしれませんが、自分が見て来た限りでは、噂とは違います。住む世界が違うだけで、他人に迷惑を掛けてる訳でも無いのに、蔑むのはのは変だと思う。偶に姐さんと男が喧嘩をして、殴り合いながら怒鳴る声が、客席まで聞こえる事がありました。しかし、それも痴話喧嘩だから、普通の恋人同士と同じで、すぐに収まって [続きを読む]
  • 驚きの世界
  • さゆり姐さんとの立ち話は楽しくて、気が付くと終電車が無くなってました。歩いて帰ろうとしたら、ご飯を食べに行こうと誘われたんです。食事を済ませてから、始発時間までに内緒話をたくさんしましたが、誰にも話せないと思った。何故この仕事して「特出し」に拘り、何を考えれてるかなど、マスコミも知らない話です。どうして自分に声を掛けたのか、その訳も話してくれましたが、驚きながら納得しました。始発電車が来るので帰ろ [続きを読む]
  • 初めてのストリップ劇場
  • 子供だとは誰にも気付かれずに、疑いもされなかったのは、自分の風貌に有りました。当時は、角刈りに剃り込み入れて、体重が90キロ以上も有ったんです。目付きも悪かったし、自分で言うのも変ですが、とても少年には見えません。劇場の感じは、「九条OS」と「ナニワミュージック」を合わせたみたいな雰囲気です。料金は正月の特別公演だったので、高かくて一瞬ですが入場を悩みました。大学出の初任給が4万円程度だった時代に、 [続きを読む]
  • 虐められっ子から不良少年
  • 小学校の5年生までは、いじめに苦しんで自殺を考えた事も有りました。しかし、ある事件で凶暴化して、自分は普通とは違う事に気付きます。誰かに相談しようと思っても、巻き込まれるのが嫌で、全く話を聞いてくれません。親は共働きで、寝た頃に帰って来るし、朝は忙しくて話す間もなく追い出されます。耐えかねて完全に切れましたが、これが学校中を巻き込んで大変な事になりました。こいつらを道ずれに死のうと思って、必死に暴 [続きを読む]
  • 偶然だった「一条さゆり」姐さんとの出会い
  • 昭和45(1970)年の正月、初めてストリップを見に行きましたが、予想もしない事が起きました。直ぐに帰るはずが終演まで居座って、しかも「一条さゆり」姐さんと仲良しになれた事です。あの頃の大阪は、万国博覧会の開催でバブルの絶頂期でしたが、何となく違和感を覚えました。新しい物は、凄い勢いで広まって行きましたが、古い物は容赦なく切り捨てたんです。良い悪いは別にして、無駄の量産をしている様な感じを受ける大量生産時 [続きを読む]
  • 伝説になった踊り子
  • 「一条さゆり」嬢と言う名前は、ストリップを知ってる方なら聞いた事が有ると思います。しかし、現役時代を知ってる者は、もう殆どいないし、本当の意味での伝説になりました。当時の馴染み客が健在だとしても、可なりの高齢者で記憶は曖昧だと思います。10代だった自分も既に還暦で、当然ですが他の方は遥かに年上でした。「過激なベットショー」や「特出し」と呼ばれたサービスは、現代ストリップの原型です。「特出し」とは、 [続きを読む]
  • 中学生で知ったストリップの世界
  • 好奇心だけで行ったのが、伝説となった「一条さゆり」嬢との出会いと成りました。現在では、この名前を聞いても「誰だ!」と言う方が多くなり、寂しく思ってます。ストリップその物が消滅寸前で、それと共に伝説も途絶えて知る人も減ってきました。だから、その姐さんの事やストリップ劇場の思い出を書き残そうとブログを始めたんです。ところが、覚えている様で忘れた事も多いので、年代が少しずれたりするかも分かりません。時間 [続きを読む]
  • 初めに…
  • ストリップ劇場の現状は、風前の灯で、消滅は時間の問題です。今更、何を如何しても、悪化はすれど良くなる事など絶対に有り得ません。客が増えたらとか、踊り子がもっと頑張れば良いなどは大昔の話です。昭和60(1985)年の2月に施行された改正風営法で、大人の遊びも大きく変わりました。しかし、世間では何が何処が変わったのか、全く感心が無かったです。当時は昼も夜も無く人が溢れて、本当に賑やかで活気がみなぎってました。 [続きを読む]
  • ブログの移転
  • 「ストリップの昔話」をこちらに移転しました。旧ブログは、Twitterの「日々のつぶやき」を載せて行きます。また最初から書きますが、新たに思い出した事やズレてる箇所も修正します。内容は、前よりも濃くなると思うので、良かったらまた見て下さい。 [続きを読む]
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