KY さん プロフィール

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KYさん: 旅 free style
ハンドル名KY さん
ブログタイトル旅 free style
ブログURLhttp://arhrnrhr.blog.fc2.com/
サイト紹介文歴史や民俗学の謎発見の旅に出ます♪
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供51回 / 244日(平均1.5回/週) - 参加 2017/03/19 19:35

KY さんのブログ記事

  • 建築の神が住む町⑮ 西陣の聖徳太子信仰 その3
  • 建築の神が住む町⑭ 西陣の聖徳太子信仰 その2よりつづく〜①藤原家隆と聖徳太子と浄土宗大報恩寺から300mほどいったところに「釘抜地蔵尊 石像寺」がある。釘抜とは大工が用いるやっとこのことだ。大工の棟梁と阿亀の伝説が残る大報恩寺と同じく、石像寺もまた建築の神を祀る寺だといえる。石像寺は山号を「家隆山」という。鎌倉時代、歌人の藤原家隆がこの寺で落髪して出家し、それ以降家隆山となったのだという。石像 [続きを読む]
  • 建築の神が住む町⑭ 西陣の聖徳太子信仰 その2
  • 建築の神が住む町⑬ 西陣の聖徳太子信仰 その1より続く〜①大報恩寺の伝説に登場する大工の棟梁とは聖徳太子だった?北野天満宮から約450mほどいったところに大報恩寺があり、次のような伝説が伝えられている。千本釈迦堂の本堂を建てるとき、長井飛騨守高次(ながいひだのかみたかつぐ)という大工の棟梁が謝って柱を短く切ってしまった。棟梁はどうしたものかと困り果てていたが、妻の阿亀(おかめ)が、全ての柱を短く [続きを読む]
  • 建築の神が住む町⑬ 西陣の聖徳太子信仰 その1
  • 建築の神が住む町⑫ 釘抜地蔵 『またしても建築の神!』よりつづく〜今までの旅の記事を書いたあとで、あっと気が付いたことがいくつかある。そこで整理の意味もこめ、再度、今までの旅を振り返ってみたいと思う。①北野廃寺跡は蜂岡寺跡?駅の東北の角に京都信用金庫がある。その京都信用銀行の南側、今出川通りに面したところに、小さな石碑があり「北野廃寺跡」と記されている。北野廃寺跡は、蜂岡寺の跡であるとする説、 [続きを読む]
  • 建築の神が住む町⑫ 釘抜地蔵 『またしても建築の神!』
  • 建築の神が住む町⑪ 大報恩寺 おかめ節分 『大報恩寺に残る聖徳太子信仰?』 より続く〜①またしても建築の神!大報恩寺のおかめ節分を見学したのち、ぶらぶらと町を散策していると、「釘抜地蔵尊 石像寺」と記された石碑が目に留まった。大報恩寺から300mほど東北の位置だ。石像寺大報恩寺には大工の棟梁とおかめの伝説が伝わっていた。大工の棟梁とおかめは建築の神だといえる。参照/建築の神が住む町⑪ 大報恩寺 お [続きを読む]
  • 建築の神が住む町⑦ 東向観音寺 『菅原道真が刻んだ観音』
  • 建築の神が住む町⑥ 大福梅授与 『目には見えない年の移り変わりを視覚化したおまじない』よりつづく〜①事始め北野天満宮で大福梅を求めたあと、私は楼門を出てもときた参道を引き返した。参道を大鳥居の方に向かって歩いていくと右手(西)に東向観音寺というお寺がある。東向観音寺北野天満宮は大勢の参拝者で賑わっていたががいたが、東向観音寺の境内には舞妓さんがひとりいるだけでひっそりしていた。この日、12月13日 [続きを読む]
  • 建築の神が住む町⑤ 『大報恩寺の大根焚と男女双体の神』
  • 建築の神が住む町④ 北野天満宮 紅葉 『筋違いの本殿』よりつづく〜①大報恩寺の大根焚北野白梅町駅で下車し、交差点の東北の角・京都信用銀行前の「北野廃寺跡」と記された石碑の前を通って東に歩いていく。北野廃寺跡北野天満宮 東門北野天満宮を超えてさらに東へ向かったところに大報恩寺(千本釈迦堂)がある。大報恩寺の境内は大根を焚く甘い香りがたちこめ、大勢の人でにぎわっていた。この日は12月8日、大報 [続きを読む]
  • 建築の神が住む町② 北野天満宮 梅 『梅は1月1日と2月3日の誕生花』
  • 北野天満宮 梅建築の神が住む町① 北野廃寺『北野廃寺は蜂岡寺跡?それとも野寺跡?』より続く〜①飛梅前回の記事で北野廃寺跡と記された石碑をご紹介したが、そこから東へ400mほど歩くと北野天満宮である。季節は早春の3月、まだ寒くてコートが手放せないが、境内には梅のいい香りが立ち込め、春の訪れを告げているかのようだった。全国に天満宮は数多くあるが、たいてい境内には梅が植えられている。これはもちろん、天満宮 [続きを読む]
  • 建築の神が住む町④ 北野天満宮 紅葉 『筋違いの本殿』
  • 建築の神が住む町③ 北野天満宮 瑞饋祭 『ずいき神輿には秀吉が、牛車には菅原道真が乗っている?』よりつづく〜①筋違いの本殿北野廃寺跡から東へ400mほど歩くと北野天満宮の参道が見えてくる。松並木が続く参道を北へ、まっすぐ歩いていくと楼門だ。北野天満宮参道北野天満宮 楼門上の地図を見ていだくと、楼門と三光門、本殿(三光門の真上の北野天満宮の文字があるところ)が一直線に並んでおらず、楼門から三光門、 [続きを読む]
  • 建築の神が住む町① 北野廃寺『北野廃寺は蜂岡寺跡?それとも野寺跡?』
  • ①小さな石碑が示す大寺院の跡北野白梅町駅の東北の角に京都信用銀行がある。その京都信用銀行の南側、今出川通りに面したところに、小さな石碑があり「北野廃寺跡」と記されている。1936年、市電西大路線(市電西大路戦は1978年に廃業)敷設に伴い発掘調査が行われた結果、大規模な寺跡が発見された。。塔、金堂、講堂、鐘楼、経蔵、歩廊、中門、西南別院が立ち並ぶ大伽藍で、寺域は石碑前の交差点を中心として225m四方に及んでい [続きを読む]
  • 小野小町は男だった⑮ 『惟喬親王と髑髏本尊』
  • 小野小町は男だった⑭ 『男神を女神に変える呪術』 よりつづく〜①惟喬親王は髑髏本尊だった?五箇村村上家住宅に展示されていた鬼門除けの髑髏(猿の髑髏か?)小野小町は男だった⑫ あなめ小町『小野小町は髑髏本尊だった?』 において、私は「小野小町は髑髏本尊だったのではないか」と書いた。「あなめ小町」は小町の髑髏から薄が生えて髑髏が「あなめ、あなめ(痛い、痛い)」と言ったという話である。真言立川流では [続きを読む]
  • 小野小町は男だった⑭ 『男神を女神に変える呪術』
  • 小野小町は男だった⑬ 『小野小町は男だった!』 よりつづく〜①小町が姿を映した井戸髄心院 石楠花補陀落寺 紅葉髄心院と補陀落寺(小町寺)はどちらも小野小町に関係する寺院である。髄心院は小町の邸宅跡、補陀落寺は小町の終焉の地だと言われている。そしてどちらの寺院にも井戸がある。髄心院のほうは「小町化粧井戸」、補陀落寺のほうは「小町姿見の井戸」と呼ばれている。髄心院の「小町化粧井戸」というネーミングは [続きを読む]
  • 小野小町は男だった⑬ 『小野小町は男だった!』
  • 小野小町は男だった⑫ あなめ小町『小野小町は髑髏本尊だった?』よりつづく〜京都御所①残った4つの小町伝説残る小町伝説は次の4つである。①京都八瀬の里で修行する僧に薪や木の実を届ける女がいた。 女は「小野とは言はじ、薄生いたる、市原野辺に住む」と言って消える。 僧が市原野へ出かけて小町を弔っていると、四位少将の霊が現れ、小町の成仏を妨げる。 少将は百夜通いの後、成仏出来無いで苦しんでいた。 僧が、「懺 [続きを読む]
  • 小野小町は男だった⑪ 深草少将は紀氏だった?
  • 墨染寺小野小町は男だった⑩ 百夜通い 『深草少将・小野小町・惟喬親王に共通する九十九のイメージ』よりつづく〜①墨染寺京都市伏見区墨染町741に墨染寺がある。平安時代に藤原基経がなくなったとき、これを悲しんだ上野峯雄が『深草の 野辺の桜し こころあらば 今年ばかりは 墨染に咲け』と歌を詠んだ。墨染という地名はことにちなむという。墨染寺はこの歌に詠まれた墨染桜があることで知られる。墨染桜は花びらの中央 [続きを読む]
  • 6月13日にメールくださった方へ
  • 矢田の神と春日明神(矢田寺)↑ こちらの記事について、6月13日にメールをくださった方、ありがとうございました。返事をおくろうと思いましたが、メールを送ることができません。お手数ですが、メールを送ることのできるアドレスを明記したうえで、再度メールフォームを送っていただけないでしょうか。宜しくお願いします。 [続きを読む]