ふじこ さん プロフィール

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ふじこさん: あなたに寄り添う心の短歌
ハンドル名ふじこ さん
ブログタイトルあなたに寄り添う心の短歌
ブログURLhttp://tankaw.com/
サイト紹介文日常に生まれる小さな出来事を、短歌でつづります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供226回 / 296日(平均5.3回/週) - 参加 2017/03/30 23:42

ふじこ さんのブログ記事

  • 路地の山茶花
  • 時来れば いづれ散りぬる さだめとて 春を待つのか 路地の山茶花ときくれば いづれちるぬる さだめとて はるをまつのか ろじのさざんか時が過ぎればいずれ散ってしまう命と知りながらも、それでも路地の山茶花は春を待つのでしょうか。ひらり、ひらりと、一枚一枚はなびらが落ちていく。椿のように、花ごと落ちるでもなく、桜のように、とめどなく散るようでもなく。ただそっと、その衣を一枚ずつはがすように、山茶花は花びらを散 [続きを読む]
  • 春待つ椿
  • 咲き誇る 雪気の中の 寒椿 今か今かと 春を待ちわぶさきほこる ゆきげのなかの かんつばき いまかいまかと はるをまちわぶ雪が降りそうな寒さの中で咲き誇る寒椿。冬にそぐわぬ鮮やかな色で、春を呼び込もうとしているのでしょう。今日はとても寒い。まるで雪でも降りそうな気配。そんな寒さの中でも、寒椿は色鮮やかに咲き誇っています。鉛色の空、凍てついた風、まだ春遠い景色。まるで、自らの華やかさで、春を呼びこもうとして [続きを読む]
  • 津軽百首(あばのけの汁)
  • 下燃ゆる 炭を返すは 囲炉裏の間 ぐつぐつ湯立つ あばのけの汁したもゆる すみをかえすは いろりのま ぐつぐつゆだつ あばのけのしる下燃えの炭をひっくり返すと、おばあさん特製のけの汁がぐつぐつと煮立ってくる。田舎ならではのお話だと思うのですが、奥津軽に行けばいくほど、未だに「本家」「分家」という概念が色濃く残っています。私たちの世代までくると、そこまでのしがらみはなくなりますが、幼き頃はそれこそ、冠婚葬祭 [続きを読む]
  • 星の吐息
  • 星々の 冴ゆる吐息は ちらちらと 夜に降りつむ 雪にかはりてほしぼしの さゆるといきは ちらちらと よるにふりつむ ゆきにかわりて凍てつく夜、星々の吐息はいつしか雪に変わってさらに冷たさをますのだろう。凍てつくような夜。空は澄み渡り、またたく星々のささやきは、まるで吐息のようにゆらめいている。ちらちらと、控えめに。ちらちらと、姿を現して。星の吐息は雪に変わり、夜の闇に降りつもる。耳をすませば、聞こえてくる [続きを読む]
  • 初日の出(折句)
  • 初春の 強き光は 日の本に 伸びて導く 出る芽護りてはつはるの つよきひかりは ひのもとに のびてみちびく でるめまもりて年明け特有の力強い光は、日本に生まれる新たな想いや命を護り導いていくのでしょう。※初日の出の折句となっております。新年が明けました。祖母の件もあり、今年のお正月は慎ましく過ごしております。お正月飾りも初詣もしないお正月は、普通の日の延長のようで、それでも初日の出の力強さはいつもと違うと [続きを読む]
  • 暮れの白雪
  • 冴え返る こほりし月の 雫かや 手に触れ消ゆる暮れの白雪さえかえる こおりしつきの しずくかや てにふれきゆる くれのしらゆき手に触れれば消えてしまうこの雪は、澄み渡る月の雫だから儚く消えてしまうのでしょうか。あっという間に、今年最後の日になりました。雪は降らないのですが、いつ降ってもおかしくないような寒い年の瀬。青森の消えない雪と違い、東京の雪は儚く消えるという情景をみて、今年最後の歌として詠んでみ [続きを読む]
  • 娘の反抗期
  • 思いとは 違う言葉を 口に出し 怒り泣いては 抱きつく我が子おもいとは ちがうことばを くちにだし いかりないては だきつくわがこ本当の気持ちと反対の言葉を言ってしまい、伝わらなくて泣いて怒るものの、最後はごめんなさいと泣きついてくる我が子は、今まさに反抗期。自分の気持ちと反対の言葉を言う。よくよく考えると、こんなことができるのは人間だけかもしれない。本当は遊びたいのに、遊びたくない。本当は食べたいのに、 [続きを読む]
  • 悲しみの雪
  • 悲しみは ただしんしんと 降りつもる 色音もなく 冷たさ増してかなしみは ただしんしんと ふりつもる いろおともなく つめたさまして人の悲しさというものは、色や音はないものの、雪のように冷たさだけ増しながら心に降りつもる。祖母が亡くなり、悲しさを実感するよりも先に、いろいろなことに追われていた両親。忙しいからこそ、悲しみにくれる時間がないだけで、そうこうしている間にも、まるで雪のようにひっそりと悲しみは降 [続きを読む]
  • 常春の国へ旅立つ祖母
  • 雪深い 津軽の冬に 別れ告げ 祖母が向かうは 常春の国ゆきふかい つがるのふゆに わかれつげ そぼがむかうは とこはるのくに先週末、大正生まれの祖母が亡くなりました。大往生という言葉にふさわしく、みんなに見守られて。江戸にいる私は間に合わなかったのですが、まるで眠るように、すーっと呼吸が静かになったと聞きました。祖父も同じように、みんなに見守られて大往生。祖母が亡くなった時間は、祖父が亡くなった時間とほぼ [続きを読む]
  • 小さな助手
  • 今年から 小さな助手が 仲間入り「三輪車さん、ふきふきするね」ことしから ちいさなじょしゅが なかまいり さんりんしゃさん ふきふきするね去年とは違い、今年から娘も参加の大掃除。ベランダでウェットティッシュを片手に、窓や三輪車をふきふきしてました。娘も3歳になり、お手伝い熱がさらに盛んに。そろそろ大掃除を始めようかと、ベランダに出ようとしたら、自分もやりたいとのこと。ウェットティッシュを渡して、網戸や窓 [続きを読む]
  • 休日の朝の贅沢
  • 朝ごはん 食べて再び お布団へ 休日の朝は 怪獣ごっこあさごはん たべてふたたび おふとんへ きゅうじつのあさは かいじゅうごっこ寒い休日の朝は、朝ごはんを食べて娘と再びお布団へ。休日の朝だからできる、ちょっぴり贅沢でグウタラな幸せのひととき。冬の朝は寒い。朝ごはんを食べても、まだまだ寒い。でも、今日は休日。となれば。娘と一緒にまたお布団へ。「おかーさん、怪獣くるよ!お布団の中にかくれて!!」そう言いなが [続きを読む]
  • 寝る前の儀式
  • 「おかーさん、今日もいっぱい遊んだね。明日も遊ぼね、おやすみなさい。」おかーさん きょうもいっぱい あそんだね あしたもあそぼね おやすみなさい最近、寝る前に必ずこの言葉を言う娘。とてもとても愛おしい小さな娘の、眠るために行われる大切な儀式。寝かしつけ。それは、幼子が安心して眠るための、大切な儀式のようなもの。我が子の場合、乳児の頃は抱っこと子守唄。その後、添い寝と子守唄。その後、添い寝と絵本の読み聞 [続きを読む]
  • 津軽百首(白鳥の飛来)
  • 冬籠り 訪ひ人の 跡も消ゆ 氷居る田に 白鳥来たるふゆこもり おとないひとの あともきゆ つららいるたに しらどりきたる冬になり人の行き来も少なく、その足跡も雪に消えてしまうが、氷の張った田んぼには白鳥が訪れる。冬になれば、雪が積もった田畑で行う作業は、雪解け前の剪定までほとんどありません。その分、家の中では出荷作業や、出稼ぎに出かけたり、雪かきなどをして過ごし、厳しい冬は過ぎていきます。冬籠りという名の [続きを読む]
  • 津軽百首(津軽への祈り)
  • 出づる日よ 若芽吹かせよ 木々に花 神の恵みを 我が故郷にいづるひよ わかめふかせよ きぎにはな かみのめぐみを わがふるさとに陽の光よ、若芽を育て木々に花を咲かせておくれ。岩木川よ、神の恵みをどうか私の故郷に。(めでたいと言われる「づ(つ)る」と「かめ」、そして岩木川は折句として詠んでいます。)津軽の歴史は、岩木川とやませとの戦いでした。治水工事が行われるまで、数え切れないほど氾濫が起き、数年おきに訪れ [続きを読む]
  • 幼稚園の制服購入
  • 袖合わず 肩も合わない 制服に 大きくなるよう 祈りを込めてそであわず かたもあわない せいふくに おおきくなるよう いのりをこめて袖も肩もブカブカの大きめの制服を試着する娘。大きめの制服を買うのは、君が大きくなるよう祈ってるからなんだよ。昨日は春からの幼稚園の制服購入日。寒空の中、講堂は熱気ムンムン。でも、みんなどこか嬉しそう。騒いで走り回る子。お友達と喧嘩してる子。大人しく試着する子。試着したまま脱走 [続きを読む]
  • おかーさんと呼ばれた日
  • 「かーか」から 「おかーさん」へと 変わった日 娘の笑顔 なお鮮やかにかーかから おかーさんへと かわったひ むすめのえがお なおあざやかに今まで「かーか」と呼ばれていたのに、突然「おかーさん」と呼ばれた日。鮮やかな桜紅葉の下の娘は、いつもよりさらに嬉しそうでした。言葉というものは不思議なもので。どんなに小さくても、自分の気持ちが伝わらないと悲しい。そして悔しい。だから、泣いてでも伝えようとする。それほど [続きを読む]
  • 津軽百首(幻の十三湊)
  • 哀しみの 砂と眠るは 十三湊 ひとり鷗よ 泣いてくれるなかなしみの すなとねむるは とさみなと ひとりかもめよ ないてくれるなかつて栄華を極めたと言われ、今は砂の中に眠る十三湊。私と同じようにひとりでいる鷗よ、泣いてしまうから鳴かないでくれないか。中世に栄えたと言われ、歴史の砂にひっそりと眠る十三湊。津軽史を調べていくうちに、先人たちの歩んだ道の険しさを感じ、言葉にならない思いでいっぱいです。縄文時代は「 [続きを読む]
  • 木枯らしと娘とお友達
  • 友の名を 呼ぶ我が吾子の 息白く 木枯らし包む 紅葉の手と手とものなを よぶわがあこの いきしろく こがらしつつむ もみじのてとて友達の名前を呼びながら駆け寄る我が子。吐く息は白いし風も冷たかったのですが、二人とも冷たくて紅葉のように色づいた小さな手と手をぎゅっとにぎって、とても楽しそうでした。プレ保育に通う娘ですが、昨日は通園途中にお友達を発見。大きな声で名前呼びながら、嬉しそうに駆けて行きます。娘を見 [続きを読む]
  • 托鉢する僧に
  • 枯ら声と 鈴の音重ぬ 尾花野に 坊の涙も なくぞなからむからごえと れいのねかさぬ をばなのに ばうのなみだも なくぞなからむしわがれた声に鈴の音を重ねすすきが揺れる野を歩く托鉢の僧よ、涙は流さないだろうか、いや流したはずだ。※かれをばな(枯れ尾花)の折句です。しわがれた声と対照的に、空気を清めるような鈴の音。冷たい風が吹くすすき野を、ただ一人歩く托鉢僧よ。修行とはいえ、物悲しくはないのだろうか。涙は流さ [続きを読む]
  • 乾き砂子によせて
  • 泥濘に 隠るる涙 掬いあげ 胸に抱くか 乾き砂子よでいねいに かくるるなみだ すくいあげ むねにいだくか かわきすなごよぬかるみに撒かれる乾き砂子よ。泥が隠した涙をすくい上げて慰めるからこそ、土は乾いていくのだろうか。ぬかるみに撒かれる乾いた砂。朝儀の時や蹴鞠の時に使われるとのこと。乾いた砂が水を吸い、泥から土に変わること。ぬかるみというのは、土が涙を溜め込んでいるのではないか。乾いた砂は、その土の涙をす [続きを読む]
  • 津軽百首(鶴の舞橋)
  • 富士見湖の 水面にしづく 舞橋や いつぞ飛び立つ 田鶴にかはりてふじみこの みのもにしづく まいはしや いつぞとびたつ たづにかはりて津軽富士見湖の湖面に映る鶴の舞橋よ、おまえはいつか鶴に姿を変えて飛び立つのだろうか。青森県鶴田町にある津軽富士見湖。そこに、鶴の舞橋と呼ばれる橋があります。湖の湖面に映るその姿は、鶴が羽を羽ばたかせているようにも見え、とくに夕暮れの佇まいは、筆舌しがたい美しさ。春夏秋冬、い [続きを読む]
  • 人というもの
  • 風は風 吹き抜けるゆえ 風になり 人は人ゆえ 人になるらむかぜはかぜ ふきぬけるゆえ かぜになり ひとはひとゆえ ひとになるらむ風は吹き抜けるからこそ風となりますが、人は人として生まれたからこそ人になるのでしょう。風は風。立ち止まらずに、吹き抜けていくからこそ風となる。人は人。生まれたその日から、人として生きねばなりません。それが、どれだけ苦しい道だったとしても。そこに、なんの意味を見出せなかったとしても [続きを読む]
  • 津軽百種(初雪の頃)
  • 冬枯れの 色なき里に 袖返し 岩木の神は 雪をふりつむふゆがれの いろなきさとに そでかえし いわきのかみは ゆきをふりつむ収穫が終わり疲れ果てた大地を癒すために、岩木の神が袖を翻し雪を降らせて津軽平野を守り眠らせるのでしょう。収穫が終わり、静けさと共に色をなくした津軽平野。枯れ野となった大地は、秋の実りを生み出した代償として、息も絶え絶えになるほど疲弊している。その疲れた大地を守るために、岩木の神は袖を [続きを読む]
  • 寒がりな北風小僧
  • ガタガタと 「我を入れよ」と 主張する 寒がりなのか 北風小僧がたがたと われをいれよと しゅちょうする さむがりなのか きたかぜこぞう寒い冬の日、ガタガタと窓を揺らす風。おそらく寒がりだから家に入りたくて揺らしている北風小僧がやっていることなのでしょう。晴れ渡っていても、寒いものは寒い。相変わらず、雪がないのに寒いという冬に、未だ戸惑い続けているのですが。木枯らしと言う名の北風小僧が、我が家の窓をガタガ [続きを読む]
  • 津軽百首(藁焼きをしている父を呼びに)
  • 藁焼きの 風に倣いて 畔行けば 父の背見える 秋の夕暮れわらやきの かぜにならいて あぜゆけば ちちのせみえる あきのゆうぐれ夕暮れ時、藁焼きの煙の先を辿りあぜ道を歩くと、煙の中に父の後ろ姿が見えてきます。稲刈りが終わると、津軽平野は藁焼きの季節。秋晴れの日が続き、風が強くない日が藁焼きの日となる。風が強ければ、火のついた藁が飛び危険。一度でも雨が降ると、数日は藁に火がつかないので延期。こうして選んだ秋の [続きを読む]