にゃべ さん プロフィール

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にゃべさん: 10ちゃんねる
ハンドル名にゃべ さん
ブログタイトル10ちゃんねる
ブログURLhttp://nyabecch.blogspot.jp/
サイト紹介文クラシック音楽から世界思想まで
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供148回 / 365日(平均2.8回/週) - 参加 2017/03/31 19:11

にゃべ さんのブログ記事

  • 寄り道
  • 出典 http://www.nunochu.com/bible/寄り道(33章17〜20節)エサウが颯爽と先に帰っていくと、ヤコブはエサウのあとをついていくのではなしに、近くのスコトに移動して自分のために家を建てた、と記録されています。おそらく。昨日までの恐れ、昨夜のヤハウェ(の使い)との格闘、そして今日のエサウとの再会と、心身ともにヤコブは消耗していたのかもしれません。そんなこともあって自分のペースで進みたいので、ヤコブはエサウ [続きを読む]
  • ヘレニズム時代
  • 出典 http://timeway.vivian.jp/index.htmlアレクサンドロスの政策  短い間でしたが、アレクサンドロスがどのような政策をすすめたか見ておきます。まず彼は、新たに征服した領土にアレクサンドリアという名前の都市を建設します。中でもエジプトのナイル河口に築いたアレクサンドリアが有名ですが、帝国各地に支配の拠点として同じ名前の都市をたくさん造っている。全部で70以上あるそうです。この新しく造った都市に誰が住 [続きを読む]
  • 四諦
  • 四諦(したい)、または四聖諦(ししょうたい、梵: catvāri ārya-satyāni, チャトヴァーリ・アーリヤ・サティヤーニ、巴: cattāri ariya-saccāni, チャッターリ・アリヤ・サッチャーニ、4つの・聖なる・真理(諦))とは、仏教用語で、釈迦が悟りに至る道筋を説明するために、現実の様相とそれを解決する方法論をまとめた4つの真理である「苦・集・滅・道」のこと。此縁性を実践的観点から言い換えたもの。4つの諦(たい)を [続きを読む]
  • ハーデース(2)
  • デーメーテールの地上彷徨オリュンポスでは、ペルセポネーが行方知れずになったことを不審に思った母デーメーテールが、太陽神ヘーリオスからゼウスとハーデースがペルセポネーを冥府へと連れ去ったことを知る。女神はゼウスの元へ抗議に行くが、ゼウスは取り合わず「冥府の王であるハーデースであれば夫として不釣合いではない」と発言。これを聞いたデーメーテールは、娘の略奪をゼウスらが認めていることに怒り、オリュムポス [続きを読む]
  • アレクサンドロスの東方遠征(2)
  • 出典 http://timeway.vivian.jp/index.html ペルシア側が本気でアレクサンドロスを迎えたのが、メソポタミア地方の入り口にあたるイッソスという場所です。ここで、はじめてペルシア大王ダレイオス3世自身が出陣するんです。ペルシア軍公称60万、実際には40万くらいでしょう。それでもギリシア軍の10倍ですよ。しかし、この40万の中で本体であるペルシア人は、そんなに多くないと思います。ペルシア人の戦士は、全部集め [続きを読む]
  • 縁起
  • 十二因縁、あるいは、十二縁起(巴: dvādasa?ga-pa?iccasamuppāda, ドヴァーダサンガ・パティッチャサムッパーダ、梵: dvādaśā?ga-pratītyasamutpāda, ドヴァーダシャーンガ・プラティーティヤサムトパーダ)は、仏教用語の一つ。苦しみの原因は無明より始まり、老死で終わるとされる、それぞれが順序として相互に関連する12の因果の理法をいう。この因果関係を端的に表現したのが「此縁性」である。鳩摩羅什訳(旧訳)で [続きを読む]
  • ヤコブvsヤハウェ
  • 出典 http://www.nunochu.com/bible/ (32章24節〜33)その夜ヤコブは、家族からも離れて一人になっていました。そのときのことについて、奇妙なことが記録されています。ヤコブはひとり後に残った。そのとき、何者かが夜明けまでヤコブと格闘した。その人はヤコブに勝てないとみて、ヤコブの腿の関節を打ったので、格闘をしているうちに腿の関節がはずれた。この"何者か"については、ホセア書に[ヤコブは…力を尽くして神と争 [続きを読む]
  • アレクサンドロスの東方遠征(1)
  • 出典 http://timeway.vivian.jp/index.htmlギリシアの北方にマケドニアという国があった。バルカン半島の南端、アテネなどのポリスがたくさんあるこの地域が先進地域とすると、このマケドニアは後進地域です。マケドニア人はギリシア人の一派なのですが、アテネなどギリシアの中心部の人々と比べて大分なまりがあったみたいで、彼らからはバルバロイ(汚い言葉を話す者達)と呼ばれて軽蔑されていた。野蛮人とされていたんだね。 [続きを読む]
  • ハーデース(1)
  • ハーデース(古希: ΑΙΔΗΣ, ?ιδης, Hādēs) は、ギリシア神話の冥府の神。例外的に一部の神話ではオリュンポス十二神の1柱としても伝えられてもいる。日本語では、長母音を省略してハデスとも呼ばれる。クロノスとレアーの子で、ポセイドーンとゼウスの兄である。妻はペルセポネー。その象徴は豊穣の角及び水仙、糸杉。ポセイドーンと同じく馬とも関連がある。オリュンポス内でもゼウス、ポセイドーンに次ぐ実力を持つ [続きを読む]
  • アレクサンドロス3世(4)
  • アキレウスへの情熱アレクサンドロスは、イリアスの英雄アキレウスに心酔していた。東方遠征で小アジアに渡った際には、本隊を離れてわざわざトロイへと赴き、アキレウスの墓に花冠を捧げた。更に、そこにあるアテーナー神殿に自らの武具一式を奉納し、代わりにトロイ戦争時から伝わる武具を貰い受けたという。トロイで受け取った聖なる盾をアレクサンドロスは常に持ち歩き、戦闘の際にはそれを盾持ちにもたせて自分の前方を進ませ [続きを読む]
  • 原始仏教の教理(3)
  • 出典 http://user.numazu-ct.ac.jp/~nozawa/b/bukkyou1.htm#ch19. 人間観と無我説 仏教は無我説を立てることで有名であるが、その思想内容は歴史的にかなりな変遷がある。それにともない「諸法無我」の解釈にも変化がみられる。 無我説の始まりは、最古層の経典の執着するな、わがものという観念をすてよという教えにある。初期の無我説は、「我は存在しない」ことを説くのではない。倫理主体としての真の我の確立は、むし [続きを読む]
  • 原始仏教の教理(2)
  • 出典 http://user.numazu-ct.ac.jp/~nozawa/b/bukkyou1.htm#ch14. 涅槃業・輪廻の思想によって、涅槃観も変化した。当初、涅槃は現世において到達されるものと考えられていた。しかし、業・輪廻の思想からいえば、涅槃は輪廻からの解脱を意味し、たとえこの世において涅槃に達したとしても、なお前世の業の果報としての身体は消滅していないから、真の意味の「消滅」とはみなされず、死において初めて実現されると考えられるに [続きを読む]
  • アレクサンドロス3世(3)
  • マケドニア軍の強さ純朴で質素な生活を営んでいたマケドニア人は苦難に耐える良い兵士であり、ギリシア南部の諸ポリスで伝統的であったファランクスの軽装化と盾の廃止による長槍の長大化、それに対応した編成に改良を加えたマケドニア軍は、当時の地中海世界において精強な軍隊であり、各々の将兵は軍務に誇りを持つ練達の兵士であった。また、アレクサンドロスは、状況に応じて異なった兵種を組み合わせて即座に混成部隊を編成 [続きを読む]
  • 原始仏教の教理(1)
  • 出典 http://user.numazu-ct.ac.jp/~nozawa/b/bukkyou1.htm#ch1 ブッダに帰依する人々が集まり、僧団が形成され、それが発展するとともにブッダの教えは急速に整備され、体系化されていった。そして、三宝・三法印・縁起・四諦八正道などのまとまりのある説が成立してくる。1. 無記 原始仏教が思想を構築していく上でとった基本的な立場は、無記である。 「無記」(avyākata, avyāk?ta)とは、形而上学的な問題について判 [続きを読む]
  • 12神以外の主要神
  • 出典 http://www.ozawa-katsuhiko.com/index.html死者の国、冥界の神ハデス ハデスはゼウスの兄弟であり、詩人ヘシオドスの「神々の系譜」の物語では当然ゼウスの兄に当たる。ゼウスたち三兄弟による支配地の分担の神話はよく知られているところで、すでにホメロスの叙事詩に見られることはポセイドンの紹介のところでも触れておいた。その時ハデスは「冥界」を引き当てたわけである。従って重要である点では他のどの神にもひけ [続きを読む]
  • 故郷へ
  • 出典 http://www.nunochu.com/bible/(32章2節〜24)そもそも、ヤコブが父イサクの家を出たのは、エサウに命を狙われたからでした。(その原因は、ヤコブの方にあったわけですが)エサウの殺意を知った母がヤコブを逃がし、エサウの怒りがおさまったら呼び戻すから、と言ったのです。ヤハウェの指示で20年ぶりの帰を決意したヤコブですが、まだ母から迎えは来ていません。ヤコブはヤハウェを信頼しながらも、エサウへの恐れを振り [続きを読む]
  • アレクサンドロス3世(2)
  • ソグディアナ方面の占領前331年 - 前323年中央アジア方面へ侵攻したアレクサンドロスは、再び反乱を起こしたスピタメネスを中心とするソグド人による激しい抵抗に直面した。マケドニア軍は紀元前329年から紀元前327年まで、ソグディアナとバクトリアにおける過酷なゲリラ戦(Siege of the Sogdian Rock)を強いられ、将兵の士気の低下を招いた。好戦的な遊牧民であるスキタイ人も攻撃を仕掛けてきたが、アレクサンドロス大王やその [続きを読む]
  • 縁起(2)
  • 部派仏教部派仏教の時代になり、部派ごとにそれぞれのアビダルマ(論書)が書かれるようになるに伴い、釈迦が説いたとされる「十二支縁起」に対して、様々な解釈が考えられ、付与されていくようになった。それらは概ね、衆生(有情、生物)の業(カルマ)を因とする「惑縁(煩悩)・業因→苦果」すなわち惑業苦(わくごうく)の因果関係と絡めて説かれるので、総じて業感縁起(ごうかんえんぎ)と呼ばれる。有力部派であった説一切 [続きを読む]
  • アレクサンドロス3世(1)
  • アレクサンドロス3世(ギリシア語: ?λέξανδρος Γ'、紀元前356年7月20日 - 紀元前323年6月10日)、通称アレクサンドロス大王(ギリシア語: ?λέξανδρος ? Μέγας)は、アルゲアス朝マケドニア王国のバシレウス(在位:紀元前336年 - 紀元前323年)である。また、コリントス同盟(ヘラス同盟)の盟主、エジプトのファラオも兼ねた。ヘーラクレースとアキレウスを祖に持つとされ、ギリシアにおける最高の家 [続きを読む]
  • 縁起(1)
  • 縁起(えんぎ、梵: pratītya-samutpāda, プラティーティヤ・サムトパーダ、巴: pa?icca-samuppāda, パティッチャ・サムッパーダ)とは、仏教の根幹をなす発想の一つで「原因に縁って結果が起きる」という因果論を指す。開祖である釈迦は「此(煩悩)があれば彼(苦)があり、此(煩悩)がなければ彼(苦)がない、此(煩悩)が生ずれば彼(苦)が生じ、此(煩悩)が滅すれば彼(苦)が滅す」という、煩悩と苦の認知的・心理的 [続きを読む]
  • ディオニューソス(3)
  • 神となった後神に仲間入りを果たした後、ディオニューソスはヘーラーとも和解している。ヘーラーは息子ヘーパイストスの罠に掛かり、黄金の椅子に拘束され身動きが取れなくなっていた。神々はヘーラーを解放させるため、ヘーパイストスをオリュンポスに招待するが、母に捨てられた憎しみから、彼は応じない。そこで、ディオニューソスはヘーパイストスに酒を飲ませ、彼を酔わせた状態でオリュンポスに連行しようと考えた。この功績 [続きを読む]
  • ヤコブvsラバン[最終ラウンド]
  • 出典 http://www.nunochu.com/bible/ (31章22節-32章1節)ラバンが遠出から帰ってみたら、金のなる木(ヤコブ)も、娘たちも、孫たちもいない。ヤコブの分の家畜もいない。しかも大事な神像までなくなっている!ラバンは一族を率いて追跡を開始、7日目にヤコブに追いつきました。ヤコブがテントをはって宿営していたので、ラバン側もテントをひろげて陣を張り、それから両者は会見に臨みました。戦いまずラバンから、言い分を主張 [続きを読む]
  • 第二次シケリア戦争
  • 共和政による効果的な政策の結果、紀元前410年までにはカルタゴは回復を遂げていた。再び現在のチュニジア一帯を支配し、北アフリカ沿岸に新たな植民都市を建設した。また、サハラ砂漠を横断したマーゴ・バルカの旅行や、アフリカ大陸沿岸を巡る航海者ハンノの旅行を後援している。版図を拡大するための遠征は、モロッコからセネガル、大西洋にまで及んでいた。しかし同じ年、金や銀の主要産地であったイベリア半島の植民都市がカ [続きを読む]
  • 原始仏教(2)
  • 出典 http://user.numazu-ct.ac.jp/~nozawa/b/bukkyou1.htm#ch2 7. 実践・努力--自力主義 ブッダの教えは「真理を悟ること」による安らぎを究極の目的としている。そのために智慧が重視され追求される。しかし、それは単に知識を獲得すればよいということではない。知識があるだけでは聖者といわれない。 「世の中で、善き人々は、見識、ヴェーダの学識、智慧があるからといって、(誰かを)聖者であるとはいわない。(欲望 [続きを読む]
  • 戦国時代(3)
  • 出典 http://timeway.vivian.jp/index.html 秦の環銭は、おなじみの形です。円くて穴があいている。やがて秦が戦国時代を終わらせて中国統一をします。で、この形のお金が、中国のスタンダードになる。これが日本列島にも入ってきて、銅銭には穴をあけるようになる。日本史に出てくる和同開珎や、この前発見された富本銭もそうでしょ。これは今の五円、五十円にまで受け継がれる伝統だ。なぜ、五円玉に穴があいているのか、さか [続きを読む]