はんぞー さん プロフィール

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はんぞーさん: はんぞーの城めぐりとかハロプロとか
ハンドル名はんぞー さん
ブログタイトルはんぞーの城めぐりとかハロプロとか
ブログURLhttps://ameblo.jp/hello-hello910/
サイト紹介文訪城した全国のお城について書いています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供19回 / 365日(平均0.4回/週) - 参加 2017/04/21 01:47

はんぞー さんのブログ記事

  • 新幹線から見える城 八幡山城・安土城・観音寺城
  • 前回の伏見桃山城はこちらから。 岡山→東京、新幹線から城めぐりの旅。6城目は八幡山城。 上り電車の場合は京都駅から10分程で左手(E席側)に見ることができます。 八幡山城は1585年、天下統一を目指す羽柴秀吉が、甥っ子で後継者の羽柴秀次の居城として築かせた近世城郭。 築城に際しては安土城やその城下から多くの建物を移築し、近江国の新たな中心都市を築いたが、そのわずか10年後、ご存じ秀次事件に連座して城は破却。 も [続きを読む]
  • 松山城と遠望スポット
  • 今日は4月15日。前回の更新が2月の1日。 ・・・ 2か月半も経ってるじゃん! 季節は冬から春へ。ここ最近は初夏の陽気ですなぁ〜桜もすっかり散ってしまったよ。 北の方、弘前城の桜なんかはまだ開花してないくらいかな。たしかGW前後が散り際だったっけ。 今は留守にしてるけど、高石垣の上に建つ現存天守と桜の見事なコラボレーションは超有名。 前々から弘前へは行ってみたいと思ってるんだけど、いかんせん愛媛からは遠すぎ [続きを読む]
  • 三原城 「4」 天主台〜後東門
  • 三原城の訪城記、その3の続きです。 北から見る天主台も美しい↓ 綺麗な台形に思わず見惚れちゃうけど、よーく見ると両サイドの隅部の反りは少し表情が違っている。 小早川か福島かという西側(右側)は緩やかに弧を描く美しい勾配。一方の東側は西側に比べると直線的な石垣となっていて対比がなかなか面白い。 おそらく石垣の築かれた時期に差があるんでしょうな。三原城版”二様の石垣”とでも言いましょうか 上の写真の撮影場 [続きを読む]
  • 新幹線から見える城  伏見桃山城
  • 前回の明石城はこちらから。 岡山→東京、新幹線から城めぐりの旅。5城目は伏見桃山城。 (上の写真はWikipediaより拝借しました) 京都駅の前後でA席側の車窓に見ることのできる伏見桃山城は、木幡山伏見城の御花畑山荘跡に建設された遊園地、”伏見桃山城キャッスルランド”のシンボルとして建てられた模擬天守でござます。 伏見桃山城キャッスルランドは近畿日本鉄道が運営会社、その名も”株式会社桃山城”を設立し1964年に [続きを読む]
  • 新幹線から見える城  明石城
  • 前回の姫路城はこちらから。 岡山→東京、新幹線から城めぐりの旅。3城目は明石城。 上り電車の場合は西明石駅を通過後、1分弱で右手(A席側)に見ることができます。 岡山駅からは30分ほどで西明石駅通過です。 明石城はこれまでの岡山城や姫路城のようには行きません。 過去二度の挑戦はいずれも失敗。それどころか肉眼でも確認できずで惨敗でした・・・ 三度目の正直なるか。 岡山を出て姫路駅を通過したのぞみ号は、高砂市 [続きを読む]
  • 三原城 「3」 歴代城主と天主台石垣
  • 三原城の訪城記、その2の続きです。 長屋門風のあずまやには他にも説明板がある↓ 【三原城は1567(永禄10)年 沼田川(ぬたがわ)の河口の立地を活かし、 瀬戸内海に浮かぶ大島・小島をつないで小早川隆景により築城されたと伝わります。 城内には2層の櫓が32、城門が14あったといわれ、 満潮時には海に浮かんでいるように見えたことから「浮城(うきしろ)」と呼ばれていました。 天主台には天主は築かれず、隅に二重櫓が築かれてい [続きを読む]
  • 新幹線から見える城  姫路城
  • 前回の岡山城はこちらから。 岡山→東京、新幹線から城めぐりの旅。2城目は姫路城。 解説するまでもありませんが、姫路駅の前後、上り電車の場合は左手(E席側)に見ることができます。 姫路駅に停車しないのぞみ号の場合、岡山駅からは18分ほどで姫路駅通過です。 姫路城は新幹線から見える城として一般的にもよく知られた存在ですね。 ぼけーっと車窓を眺めていても自然と天守群が目に入るし、姫路城が近づくと、多くの人がE [続きを読む]
  • 三原城 「2」 隆景広場〜三原城跡歴史公園
  • 三原城の訪城記、その1の続きです。 南西から見た天主台↓ うん、立派な石垣だわ隆景ちゃんの甥っ子、輝元くんの萩城天守台を二回りぐらい大きくしたカンジだな。堀もなかなか幅広で立派なもんでしょ。 天主台の石垣もさることながら、手前の堀端の石垣もしっかりと残っている。 全国に近世城郭数あれどこちら側の石垣が残ってるお城って意外と少ないんだよね。内側は近代に入ってから新たな石垣に積み替えられている場合が多 [続きを読む]
  • 更新サボってましたが・・・
  • 当地では一年で一番忙しい時期、神無月が終わり ようやく落ち着いてきたので、ブログも再開いたします。 お休み中は お祭りをやったり (写真は昨年のようす。今年は雨降りでした) 念願だったここへ行ったり こんなのを見たりしてました さっ、気合入れて三原城レポ書くぞー みなさんのブログも見に行かなきゃだ [続きを読む]
  • 三原城 「1」 みはら歴史館〜天主台
  • 福山城の訪城記、その23の続きです。 ーーーー三原城とその城主ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー三原城は、瀬戸内海の水軍を掌握していた小早川隆景が、永禄十年(1567年)、沼田川河口の三原湾に浮かぶ大島、小島をつないで築いた城で、天正十年(1582年)前後と、慶長元年(1596年)のころ偉容を整えたといわれる。 城は、海に向かって船入りを開き、城郭兼軍港としての機能をそなえた名城で、満潮 [続きを読む]
  • 新幹線から見える城  岡山城
  • 岡山→東京、新幹線から城めぐりの旅。最初の城は岡山城。 上り電車の場合は岡山駅を出て2分程で右手(A席側)に見ることができます。 岡山駅を出た山陽新幹線は真東、1、5キロ先に位置する岡山城を避ける形で一旦北上し、1、5キロほど進んだところで右手に大きくカーブする進路をとります。 そのあたりから撮影した写真がこちら↓ 左手奥に見えているのが岡山城の外観復元天守。 肉眼ではもう少し遠目で見る形になります。 こ [続きを読む]
  • 福山城 「23」 舟入・二重櫓台 (最終回)
  • 福山城の訪城記、その22の続きです。 福山駅南口を出る。 おっ、都会だなぁ〜とか言ったら大都市圏に住んでいる人にバカにされそうだけど、人口10万ちょっとの田舎町に住んでいる私にとってはかなり都会に感じますね。 福山城ラストのお目当ては、この駅前広場の中央辺りにあります↓ 福山城には珍しく、いくつか説明板があるぞ〜 【福山駅前に残る福山城遺構】 【福山駅前付近は、福山城三之丸の南東部にあたり、 外堀に面 [続きを読む]
  • 新幹線から見える城
  • 新幹線に乗るときの楽しみといえば車窓から見える景色。富士山や浜名湖、ソーラーアーク(?)などのメジャーな風景を写真に収めるのも良いですが、お城ファンの私がいつも楽しみにしているのは新幹線から見える城です 姫路城や福山城あたりは一般的にもよく知られた存在ですが、東海道・山陽新幹線はかつての街道とほぼ同じルートを辿っているので、窓にへばり付いて車窓を眺めているとかなりの数のお城を見ることができます。 [続きを読む]
  • 福山城 「22」 外堀石垣〜涼櫓〜北御門
  • 福山城の訪城記、その21の続きです。 お昼は福山駅に併設する商業施設、「さんすて」に入っているお蕎麦屋さんへ。 「大市」ってお店で、写真が無いからうろ覚えだけど確か天ざる蕎麦を食べたんだっけ・・・ 特別美味しいって訳じゃなかったけど、満足できるお味ではあったと思います。 腹ごしらえを済ませたところで午後の部のスタート 現在、福山城公園として整備されているのは本丸と二の丸のみで、 三の丸は完全に市街地化 [続きを読む]
  • 福山城 「20」 水手門〜神辺櫓群〜西坂口門
  • 福山城の訪城記、その19の続きです。 いやぁ〜、二の丸下段北側からの眺めは良かったわ。満足、満足 今度は二の丸上段北西隅の所から南西隅に向かって歩いてゆく。 跡形も無くなった乾櫓跡から本丸方面を見たところ。 正面の巨木に隠れているのが天守です。 その巨木が生えている場所が塩櫓台で、本丸の石垣はそこから西へ折れ曲がる。 塩櫓から横矢が掛かる位置にあるのが 本丸の搦手門にあたる棗門跡。 この門は本丸散策時 [続きを読む]
  • 福山城 「21」 神辺一番櫓〜西坂口門桝形〜三の丸西側
  • 福山城の訪城記、その20の続きです。 二の丸上段南西隅に位置する神辺一番櫓跡↓ 古写真に写る姿は三重三階の望楼型。 望楼型は望楼型でも、初期の様式をとる伏見櫓とはタイプが違って、 こちらはシンプルでスタイリッシュな層塔型に近い外観をしている。 規模としては丸亀城の天守といい勝負といったところかな。 一番櫓跡は4つある神辺櫓跡の内、唯一櫓台の石垣が残っている↓ 地上からは良いアングルが無いので新幹線ホー [続きを読む]
  • 福山城 「19」 二の丸北東側を歩く
  • 福山城の訪城記、その18の続きです。 二の丸上段北東側にはこの方がおられる↓ 築城者の水野勝成公。 あの家康君の従兄弟でーす。 【瀬戸内海の中央、福山湾岸に河口を開く芦田川。 その広漠たる干潟を埋めて城下町となし、ここに城を定む。 水野勝成は、元和五年(一六一九年) 備後十万石の藩主に封ぜられるや、 この町を開き、福山と命名す。 移封以来、民政に意を用い、広く領内に池溝を開削し、干拓を行い、耕地の拡大に努 [続きを読む]
  • 福山城 「18」 築城400周年へ向けて…
  • 福山城の訪城記、その17の続きです。二の丸下段東側の遺構を見終えて二の丸上段まで戻ってきた。 現在地は④番、東坂口門の東側の赤丸のところで↓ この場所から二の丸下段を見下ろすと、こんな感じ↓ 下段東側の大部分は児童公園になっていて、遊具で遊ぶ子供たちで賑わっていた。遺構は無さそうだったので今回は歩いていない。 不審者に間違われても困るしね。 カメラ持ったおっさんが公園でキョロキョロしてたらアヤシ [続きを読む]
  • 車窓から見える城  川之江城
  • え〜、福山城シリーズの途中ですが、 参考資料を読むのに思いのほか時間がかかっておりますので、 小ネタというか、短編をいくつか挟みたいと思います。 タイトルの通り、今回は「電車の車窓から見える城」 以前、東海道・山陽新幹線から見える城は全部で34城ある。と紹介しましたが、 「電車の車窓」に範囲を広げると、その数はおそらく倍近くになるんじゃなかろうかと思います。 路面電車なんかも含めるともっとだから、把握 [続きを読む]
  • 福山城 「17」 伏之井の続報
  • 福山城の訪城記、その16の続きです。 まだまだ城内を見て回りますが、 前回書いた「謎の伏之井」についての続報があるのでそれを書いておきます。 これが石碑の側面に刻まれている由来文↓ 前回は、一番右の行の「福山城北通?○五千石之地○○○○」 その次の行、「○○○○美 明治四十五年 七?月○○○」 最後から2行目の「伏之井」、最後の行の「永久為記念」 ぐらいしか読めなかったけど、 目を凝らして格闘すること、 [続きを読む]
  • 福山城 「16」 東坂口門跡〜謎の伏之井
  • 福山城の訪城記、その15の続きです。 東坂口門を抜けて二の丸下段へ。 これは東坂口門の虎口を南側(二の丸下段)から見たところ。 かつてはこの上に渡櫓が建っていて、その下は門になっていた。 現在は完全に舗装されてしまっているので礎石なんかは残ってません。 わざわざ書く事ではないと思いますが、左手の低い石組は近代になってからのものです。 こういう城跡で明治以降に積まれた石垣は大体この「谷積み」なので簡単に [続きを読む]
  • 福山城 「15」 鹿尾菜櫓跡〜東坂口門跡
  • 福山城の訪城記、その14の続きです。 その15では城内東側の遺構を見て回ります。 前回から二の丸上段を散策中。 現在地は③右上の赤丸の辺り↓ この図はですね、現地にあった案内図を加筆・修正して作成した現在の福山城図です。 水色の線は通路で、茶色の線は石垣が崩されて現在は基壇のみが残る部分。 基壇すら残っていない所もあるし、石垣を表示している所でも改変・積み直しされている場合がある。 撮影した写真と記憶 [続きを読む]
  • 福山城 「14」 御風呂屋下〜月見櫓下〜鏡櫓下
  • 福山城の訪城記、「その13」の続きです。 その14では二の丸上段の南・南東側の遺構を見て行きます。 ↓現在地は二の丸上段の南側、6番のところ。 今回は6番から5番・4番と経由して、21番の辺りまで行けたらいいかな。 6番の頭上には、御風呂屋の一部が二の丸上段に迫り出して建てられている。 清水の舞台で有名な「懸造り」ってやつですが、なんでわざわざこんな所に建てるんだろう。。 高所恐怖症な訳じゃないけど、もし [続きを読む]
  • 福山城 「13」 火灯櫓跡・馬出門跡〜二の丸上段へ
  • 福山城の訪城記、福山城 「12」の続きです。 その13では、ようやく本丸を見終えて、二の丸上段へ向かいます。 ↓現在地は11番の渡櫓門のところ。 11番から9番を見ると↓こうなります。 かつて、ここは馬出門という筋鉄御門と同じような内枡形状の虎口になっていたが、 渡櫓門が建っていた場所(手前)は石垣が塞がれていて、現在は凹状の空間になっている。 で、↑の図の9番の位置、写真中央の石垣には「火灯櫓」という2重 [続きを読む]