Aeiou さん プロフィール

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Aeiouさん: ヨーロッパの考古学と歴史
ハンドル名Aeiou さん
ブログタイトルヨーロッパの考古学と歴史
ブログURLhttps://aeiou1288.wixsite.com/aomm/
サイト紹介文文献、論文、講義等のメモ、発掘作業について主に更新しています。フランスの古代、中世の話が多めです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供18回 / 201日(平均0.6回/週) - 参加 2017/04/25 19:53

Aeiou さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • ナルボンヌのワイン用アンフォラ
  • フランス、ナルボンヌでアンフォラの工房(des officines)が発見された。 アンフォラ(amphore)は当時、ワインやその他の液体物を入れるのに最もよく使われた容器である。あまり便利なものとは言えず、積み重ねるのも難しく、壊れてしまうことも多かった。 多くのアンフォラが発見され、その製作は規格化され、ひとつの産業として成り立っていたと思われる。1980年台の研究によるアンフォラの分類- 前1世紀。 Dressel 1。 [続きを読む]
  • 古代フランス(ガリア)での飲み物
  • ①ワイン: ブドウの実と水を発酵させて作られた。一時期は専売権を維持しようとしたローマ人によって、ガリアでのワインは禁止されていた。他の飲み物に比べると、ワインはさほどポピュラーではなかった。しかし、ワインに関する考古学的資料は比較的見つけやすい。例:アンフォラ。ギリシャ人やローマ人がワインを輸出していた。主に宴会で飲まれていた。ガリアではワインを水で割らず、そのまま飲んでいた。これは、水で割って [続きを読む]
  • 歴史・文化・表象―アナール派と歴史人類学
  • フランスのアナール派の歴史家たちの講演や対談を記録したもの。主にテーマはタイトル通り、20世紀初頭から70年台ぐらいまでのフランスでの歴史学と人類学の研究動向について。70年台の講演などもあり、翻訳出版されたのは90年台。講演者はルゴフやデュビー、ラデュリーなど。ちょっと中世史家が多い気がする。正直中盤は眠かった。特にアナールの編集部の人部分。序盤のルゴフやデュビーは実例も多く出るし、家族だとか妖 [続きを読む]
  • Le château de la butte au Diable
  • 今年の夏スタージュで参加予定のシャトーについて事前勉強。・ 位置情報Le château de la butte au DiableはHaute-Normandie地方のSeine-Maritime県、Maulévrier-Sainte-Gertrudeというコミューンにある城跡。泥土地帯であるコー(Pays de Caux)地方にあり、二筋の川によってできた谷沿いに位置する。近くにはCaudebec-en-Cauxというコミューンや、セーヌ川沿いの谷がある。Le château de la butte au Diableというのはもちろ [続きを読む]
  • アヴィニョン小旅行
  • 大学が夏休み(厳密には試験結果と追試待ちの中休み)に入ったので、友人たちとアヴィニョンへ日帰りで行ってきました。                アヴィニョンの町並みアヴィニョンはアヴィニョン捕囚時の教皇庁で有名な中世都市です。当時のものかは定かではないですが、街を取り囲む城壁もそのまままるごと残されていました。                  教皇のパレ今回は考古学科の友人とではなく、法学部の [続きを読む]
  • スタージュ2016@パリ
  • 今回のスタージュ先は、教授に紹介してもらったパリの考古学と建築物の歴史研究所(Département Histoire de l'Architecture et Archéologie de Paris)でした。これはパリ市庁の文化部門のひとつで、パリに関する文献や資料、出土品の保管と研究、パリ市内での発掘や建物の保全、修復などを主に行う課と、パリに関する古い地図や地形図、文献を保管し研究する課があります。職員は考古学者、修復師、技術写真家、文書館員などが [続きを読む]
  • 中世ヨーロッパの教会②
  • 空間を形成する役割としての教会本来、修道院とは砂漠のような人里離れた場所に位置するのが理想とされる。しかし、実際には修道院の周辺には多くの人々が住み暮らしていた。なぜなら、修道士はしばしば領主としての役目も担っていたからである。修道士たちは領主のように土地と農民を所持し、農民は修道院に税金を治める必要があった。修道院周辺には多くの人が集い、職人が工房をかまえたり、商人が市場を開いたりした。このよう [続きを読む]
  • Le Pavillon des Sessions
  • Le Pavillon des Sessions とは、ルーブル美術館の一角に存在するアフリカ、アジア、オセアニア、そしてアメリカ地域の美術品が展示されている部屋である。イタリア絵画やフランス絵画のゾーンの賑わいが嘘かと思うぐらい人が少なく、がらんとしているので、落ち着いて作品を見ることができる。私の大好きなイースター島のモアイ像も普通に展示されているのでびっくりする。部屋は凹字型になっていて、それぞれの地域ごとにゾーン [続きを読む]
  • ダホメ王国の芸術
  • ダホメ王国(Danhomé)現在のベナンの南に17世紀から19世紀末まで存在した王国。ダホメとは蛇の腹という意味で、言い伝えでは、蛇の腹の上にダホメ王国は建国されたということになっている。この言い伝えから、ダホメ王国ではよく自分の尾をくえわている蛇の輪っかのモチーフが見られる。このモチーフは権力の永続性を示す。ダホメ王国はトーゴの南からやってきた移民によって建国された。彼らは13世紀頃にダホメ王国のあっ [続きを読む]
  • ヨーロッパにおけるアフリカ美術とその流通の歴史
  • art primitif, art tribal, fétiches, mystiques, etc.以上の用語の使用には十分気をつけること。できれば使わないこと。①15世紀末アフリカの美術品が初めてポルトガル人によってヨーロッパにもたらされた。当時、ポルトガル人はヨーロッパからアフリカ南岸を経てインドへたどり着くための航海ルートを模索しており、1460年、アフリカの西岸にも上陸していた。15〜17世紀、ヨーロッパアフリカ間での交易はとても盛んだった [続きを読む]
  • 中世ヨーロッパの教会①
  • キリスト教とは救済を得るための宗教である。原罪から許され、天国に行くことが現世を生きる上での最も重要な目的である。中世ヨーロッパにおいて、ほとんどの人はキリスト教徒だった。この時代に芸術で扱われるテーマのほとんどが聖母子や聖人であるように、宗教は中世において文化の中心であった。また、宗教は人々の人生、時間を支配した。貴族たちが狩りの時に自分たちの領土を知らしめるため鳴らした笛に対抗して設置されるよ [続きを読む]
  • 11〜13世紀にかけての農民事情
  • 農民はおおまかに2つの種類に分けられる。裕福な農民と貧しい農民である。たとえばLes laboureursは他の農民(les manouvriersやles brassiers)などよりは、かなり裕福だった。なぜなら、彼らは鋤を持っているので、les manouvriersよりもかなり速いスピードで耕作することが可能だったからだ。 11世紀から13世紀にかけて、人口が躍的に増加したせいで、農民が耕作できる一人あたりの土地はかなり小さくなった。一方で、多く [続きを読む]
  • 古代ケルト人の墳墓の発掘(Lavau)
  • 2014年、l’INRAP(Institut national de recherches archéologiques préventives)によって、紀元前5世紀の頃のものと思われるある墳丘がAube県のLavauで発見され、現在発掘が進められている。上空から写真によると、墳墓は堀で取り囲まれていて、墳墓の直径はおよそ40mあるということが分かった。死体は墳墓の中心にある部屋(広さは14m2)から見つかった。専門家たちによると、今まで発見されたこの時代(ハルシュ [続きを読む]
  • 中世ヨーロッパにおける移動
  • 道は商人や軍隊の移動のためになくてはならないものである。道の建設によっては移動はより速くなり、国境を守るために戦う軍隊にとっては素速い移動を可能にすることはとても重要だった。つまり道、交通の整備は経済や政治的な側面を持っている。しかし、移動とそのための道の整備には莫大なお金がかかる。中世以前、フランス地域を支配していたゴール人がローマ帝国によって征服された後、ローマ人は次々と道を建設し、交通整備を [続きを読む]
  • アッカドと帝国の出現
  • ー2350年、アッカドの初代の王サルゴンによって人類初の帝国が誕生する。帝国誕生以前はシュメールのそれぞれの都市の外交や紛争によって多国間主義?(multilatéralisme)が保たれており、ひとつの国がすべての国を統べるという発想はなかった。それに反して、アッカド帝国は自国がその他すべての国を統べ、従わないものがいれば力でねじ伏せ殺すといったuniversalisme politiqueに基づく。アッカド帝国以前、シュメールの都市 [続きを読む]
  • ウルク文化とその発展
  • ウルク(Uruk) は "都市"を意味する。ウルクには伝説的な王の一人、ギルガメシュがいる。ウルク遺跡は590ヘクタール、パリの半分ぐらいのサイズで地層は45mに及ぶ。 アレクサンドリア(ー270)の時代にあたる地層はウルクに比べるとかなり後のもので、あまり研究されていない。ウルクは文明の起源とも言われる都市なので、アレクサンドリアの地層よりも優先的に研究されている。キーワード:都市化、”歴史”の始まり、文 [続きを読む]
  • 頭蓋骨信仰?
  • 例1:アンマン (Amman)1980年代、ヨルダンの首都アンマンで、複数の彫像が発見される。 大きさは30cm〜90cm、性別不明、目と口が刻み込まれていた。 これらの彫刻は人間の頭の形をしているが、何に用いられていたのかは当時全く分からなかった。他にも、頭蓋骨の上から粘土で肉付けされた彫像の一部が発見される。 専門家たちは、これは頭蓋骨への信仰だと考えたが、現在では先祖への信仰だろうと考えられている。い [続きを読む]
  • L'île de Grelonges
  • フランス東部を流れるソーヌ川の岸に存在していたとされているクリュニー修道院の小規模の付属修道院の発掘調査。ソーヌ川沿岸、リヨンから北に30kmほどの地点。文献による情報:修道士たちは12世紀初頭から13世紀の終わり頃までこの小修道院を利用していた。トポグラフィーによる調査結果 : 高地、空洞、そしてまた高地。これは通常のソーヌ川沿岸の地形とは異なる。さらに、浅瀬になっていた部分があり、その付近に川の渡し [続きを読む]
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