市川隆久 さん プロフィール

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市川隆久さん: 市川隆久の大まじめブログ
ハンドル名市川隆久 さん
ブログタイトル市川隆久の大まじめブログ
ブログURLhttp://ta-ichikawa.com
サイト紹介文「国家は悪いことをする」と考える風潮を検証し、日本はこれからどうしたらよいのか、を考えていきます。
自由文多くの日本人は「国家は悪いことをする」と考えていますが、その一方で「富国強兵」政策により19世紀の日本は、アジア諸国の中で唯一国家の独立を維持することができました。
互いに矛盾する考え方は、日本の伝統文化の別個の部分から生まれたものです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供369回 / 365日(平均7.1回/週) - 参加 2017/05/03 10:24

市川隆久 さんのブログ記事

  • 「日本は日本人のもの」という大原則が危なくなっている
  • 社会契約説は、近代国家が成立しはじめた17世紀のイギリスで生まれた考え方です。それ以前には国土は多くの諸侯によって分割され統一国家などなかったので、イギリス人は「国家とは何だ」と考えだし、「国民が集まって互いに契約して国家を作った」という理屈を考えだしました。この理屈は、「国家ができる前は、それぞれの人間はバラバラだった」ということを前提にしています。人を殺してはならないなどという社会常識はありまし [続きを読む]
  • 日本人は、人種による見た目の違いは本当は存在しない、と思っている
  • 仏教は、おしゃか様の頃から、どの人種も修行次第で同じように苦から逃れることができると主張し、人種による宗教的能力の優劣を否定しています。これは日本の大乗仏教でも同じですが、その根拠づけが独特です。日本の大乗仏教は、「すべてのものは仏様である。人間も月も草木もすべて同じ仏様である」と主張しています。「自分も他人もすべて仏様の体の一部であり、まったく同じである。自分と他人が違い、白人と黒人が違うと思う [続きを読む]
  • 大乗仏教は、おしゃか様の教えに反して神や仏を持ち出した
  • おしゃか様は、ブラフマンという神様のことを「そんなもののことは考えるな」と言いました。バラモン教は天にブラフマンという神様がおられると断言するのですが、誰もそれを見ることができません。おしゃか様は、見たり聞いたり感じたりできるものだけを基礎にして考えを巡らしました。白人のアーリア人種と黄色人種のチベット系先住民や黒人種のドラヴィタ系先住民は、見た目がかなり違います。もちろんおしゃか様も人種の見た目 [続きを読む]
  • インドで僧侶がヒョウに食われた
  • 私は、ロイター・CNN・BBC・フォックスニュースなど外国のメディアの記事をネットで読んでいます。先ほどCNNで「インドで僧侶がヒョウに食われた」という記事が出ていました。こういう記事は日本のニュースでは取り上げませんね。https://www.cnn.co.jp/world/35130144.html「インド西部マハラシュトラ州の森林保護区で、瞑想していた僧侶がヒョウに襲われて死亡した。地元当局者が明らかにした。AFP通信によると、同地には年に [続きを読む]
  • 仏教は、人種差別に反対する
  • インド東部のガンジス川流域は、アーリア人が少なく先住民が多い地域でした。従ってアーリア人の人種差別政策に反抗的で、アーリア人の宗教であるバラモン教の教えに懐疑的な者が多くいました。おしゃか様もチベット系だったらしく、バラモン教の伝統にかなり懐疑的でした。おしゃか様が修行をしていた紀元前4世紀頃(実はおしゃか様がいつ生まれたのか、はっきりしていません。学者によって百年以上の開きがあります)、ガンジス [続きを読む]
  • おしゃか様は、チベット系の有色人種だったらしい
  • 白人種のアーリア人はもともと中央アジアで遊牧生活を送っていました。それが3000年以上前に移動を開始し、西に行った部族はギリシャ人・ローマ人・ゲルマン人など西欧諸民族になりました。南下した部族はペルシャ人になり、そこから東に進んでインドに侵入した部族はインド人の白人階級になりました。アーリア人はまだ中央アジアにいた段階で、バラモン教の基になる宗教を信じていました。バラモン教にディヤウスという神様がいる [続きを読む]
  • おしゃか様は、科学的な頭脳を持っていた
  • 前回まで、大乗仏教の発想から来たる「国家は悪いことをする」という考え方によって現実の日本にさまざまな不都合が生じていることを説明してきました。これから、同じく大乗仏教の発想による「人間はみな同じだ」という考え方によっても、現実の日本にさまざまな問題が生じていることを説明します。29歳で出家したおしゃか様は、バラモン教の教義に基づいて修業を開始しました。バラモン教は、天にはブラフマンという神がおり、自 [続きを読む]
  • 支那や朝鮮が行った残虐行為に言及しない
  • 戦前に日本政府が朝鮮娘を無理やりに従軍慰安婦にした、というねつ造報道を朝日新聞は長年にわたって続けていました。日本軍が南京で支那人を30万人殺したといういわゆる「南京大虐殺」は、もともとはアメリカ軍がでっち上げて東京裁判の証拠として使ったものですが、これもねつ造です。それを日本のマスコミはウソと分かっているのに報道を続けました。マスコミだけでなく野党の政治家や自民党の政治家たちも、これらの虚偽が日本 [続きを読む]
  • 刑事事件の被告は、国家権力からいじめられている者
  • 刑事事件を起こした犯人の人権は守られるが、被害者やその遺族の人権はまるで考慮されない、ということがよくあります。このために平成16年に「犯罪被害者等基本法」が制定されました。国や地方自治体が、経済的援助や福祉サービスを提供し、加害者のお礼参りなどを防止し、さらに必要な情報を被害者に提供するように定められています。この法律ができたことで、被害者が裁判に関与できる道が開けました。それまでは被害者や遺族は [続きを読む]
  • 「国家は悪いことをする」と思い込んでいる者も、一種の愛国者
  • 北朝鮮による日本人拉致は、1970年代から起きていたが、長い間マスコミで報道されず2002年に小泉元首相が北朝鮮を訪問して初めて、多くの日本人は拉致が実際にあったことを知らされました。しかしそれ以前にも拉致が起きた海岸一帯の住民は北朝鮮による拉致があったことを承知しており、海岸を散歩する観光客らは地元民から注意を受けていました。マスコミも拉致事件の噂は承知していたのですが、事実を調査することもなく、報道も [続きを読む]
  • マスコミが権力を監視することは非合法であり、不要である
  • 日本国民が集まって日本という国家を作ったのであって、日本国民と無関係に日本が存在しているわけではありません。日本国憲法の前文には、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」と書かれています。私は日本国憲法など成立していないと考えていますが、この前文の考え方である社会契約説は妥当だと思っています [続きを読む]
  • マスコミは、「国家は悪いことをする」と思い込んでいる
  • 小室直樹先生は西欧の実例を紹介して「権力者はすぐ悪いことをする」というつもりで、「国家はほっておいたら悪いことをするので、憲法によって監視しなければならない」と発言しました。ところがこれを聞いた日本のマスコミは、「国家は悪いことをする」という言葉を字面通りに受け取りました。彼らは大乗仏教の考え方に強く影響されて、「国家は悪いことをする」と思い込んでいるからです。大乗仏教では、現実社会は自分の欲望を [続きを読む]
  • 欧米には、国家を監視しなければならない、という発想がある
  • 西欧の中世には統一国家など存在せず、国王と領主の所領に西欧は細分化されていました。それが統一された国家を形成し始めたのは、17世紀ぐらいからの絶対主義の時代になってからです。絶対主義の王権は、税金を課すとか若者を徴兵するとかを国民の了解を得ずに好き勝手にやっていました。「国家の仕組みの基本が絶対主義の時代にできたので、今の国家もほっておいたら悪いことをする体質を受け継いでいる」と欧米人は今も考えて [続きを読む]
  • 憲法に違反することが出来るのは、国家だけ
  • 小室直樹先生は、どういう理屈で「憲法の役割は権力を監視することだ」と言い出したのか、を調べようとして手元にある『日本人のための憲法原論』を読み直しました。この本は2006年に出版されたもので、小室先生の最晩年の著書です。この本で小室先生は最初に、「刑法は誰のために書かれた法律か?」「銀行法は誰のために書かれた法律か?」という質問を読者にします。つまり、誰が刑法や銀行法に違反することができるか、というこ [続きを読む]
  • 権力を監視するのが憲法の役割、という考え方をマスコミは悪用した
  • 「国家は悪いことをする」という考え方から、奇妙な社会現象が起きます。その一つが、「マスコミが国家を監視する」という考え方です。昔からマスコミは、「立法、行政、裁判と並ぶ第四の権力だ」と言われてきました。マスコミの世論形成に対する影響力の大きさから、比喩としてこのように言われてきたわけです。ところが最近は、「第四の権力」という言葉とは別に、「権力を監視する」ということが良く言われるようになりました。 [続きを読む]
  • 仏教は、欲望を抑えきれない凡人が戦争を起こす、と考える
  • 日本の僧侶は、家族や財産などの大切なものを捨てようとせず、街の中で家族と共に社会生活を送っています。修行といってもたまに本山に出かけて普通の社員研修のようなことをするだけで、形式的です。にもかかわらず、ものに執着しない心を信者に説いているわけで、言うこととやることが矛盾しています。このような僧侶に接しているうちに、普通の日本人も欲望が渦巻く浮世(現実社会)に居ながら浮世を批判することを後ろめたいと [続きを読む]
  • 仏教は、無理してものを捨てなくても良い、と教義を次第に甘くしていった
  • 仏教はもともとは、失ったら精神的な苦痛を感じる大切なものを自ら進んで捨てて出家し、以後はものに対する執着がなくなるように心の修業を行う宗教でした。ものを捨てるということをまじめに実践すると大変なことになります。おしゃか様をはじめとした初期の仏教修行者は、家族・財産や社会的地位を捨てるだけでなく、友人も作らず雨露をしのぐ家や寝るための寝具なども持たないように気をつけていました。また神や仏など実際に存 [続きを読む]
  • FreedomとEqualityの訳語に仏教用語を使ったために、使い分けの伝統が崩れた
  • 神道と仏教の使い分け(神道によって現実社会のことを考え、魂の平安という現実社会から離れた問題は仏教で扱う)が崩れたのは、明治になって西欧から入ってきたFreedom及びEqualityに対して自由・平等という訳語を当てはめたというミスが原因です。このことはすでに何回か、このブログで書いています。FreedomやEqualityはキリスト教、特にプロテスタントの信仰から生まれた考え方で、宗教改革以後に西欧社会に根付き、国家体制を [続きを読む]