hhwasa さん プロフィール

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hhwasaさん: 日本料理、和食のヒント!給料を稼いで調理士になろう
ハンドル名hhwasa さん
ブログタイトル日本料理、和食のヒント!給料を稼いで調理士になろう
ブログURLhttps://ameblo.jp/hhwasa/
サイト紹介文日本料理・和食のヒント、調理師の考え方、調理士の技法そのほか、日本料理・和食のヒント、題材を紹介
自由文広島で調理師紹介所の副所長をやっています。日本料理・和食の楽しさ、面白さを発見して是非調理士に挑戦してください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供345回 / 365日(平均6.6回/週) - 参加 2017/05/09 10:14

hhwasa さんのブログ記事

  • 初ガツオ
  • 初ガツオは厳密に言うと陰暦四月朔日(ついたち)以降七日までの間に関東沖で獲れたカツオのこと 卯月の異名は「もうか(孟夏)」新暦では4月下旬から6月上旬ごろになる 江戸時代にはべらぼうな値段で取引されていたようで江戸中期の天明のころがピークで一尾が約2両で取引されたそうです 冬から春にかけて出回るシビマグロ酒の肴としては不向きなマグロでがまんしてきた江戸っ子 肉のいたみやすいメジマグロに倦あきした江戸人士 [続きを読む]
  • 『夕凪の街 桜の国』 広島
  • 漫画家こうの史代さんが2004年に発表された『夕凪の街 桜の国』が2018年の今の広島が加わり8月6日にNHK広島放送局開局90年ドラマとして蘇ります 光り輝く無霜地帯の瀬戸内 赤松にまつたけが群生する西城や世羅などの盆地こんにゃくが名産で畑地が多い神石の高原北海道の旭川に匹敵する低温積雪地の中国山脈下の県北広島県はまさに日本の縮図です 広島は「山と海、無霜と豪雪、山陽と山陰、いにしえと現代とが交錯する食の万華 [続きを読む]
  • 大氣津比賣神と五穀豊穣
  • 「天の岩屋戸に閉じこもった天照大御神が岩屋戸から御出になられ、高天原(たかまがはら)も葦原中国(あしはらのなかつくに)も再び元の明るさをとり戻した。 八百萬(やほよろず)の神々は議論なされ、この騒ぎの元凶となった速須佐之男命(はやすさのをのみこと)に罪穢れを祓う品物を負わせ、髪を切り、手足の爪を抜き、高天原から追放したのです。 速須佐之男命は自らの罪をあがなうため、神々に御供えする食べ物を伊弉諾尊 [続きを読む]
  • フラワーフェスティバル。 祈り
  • 「天の岩屋戸に閉じこもった天照大御神が岩屋戸から御出になられ、高天原(たかまがはら)も葦原中国(あしはらのなかつくに)も再び元の明るさをとり戻した。 八百萬(やほよろず)の神々は議論なされ、この騒ぎの元凶となった速須佐之男命(はやすさのをのみこと)に罪穢れを祓う品物を負わせ、髪を切り、手足の爪を抜き、高天原から追放したのです。 速須佐之男命は自らの罪をあがなうため、神々に御供えする食べ物を伊弉諾尊 [続きを読む]
  • フラワーフェスティバル
  • 「天の岩屋戸に閉じこもった天照大御神が岩屋戸から御出になられ、高天原(たかまがはら)も葦原中国(あしはらのなかつくに)も再び元の明るさをとり戻した。 八百萬(やほよろず)の神々は議論なされ、この騒ぎの元凶となった速須佐之男命(はやすさのをのみこと)に罪穢れを祓う品物を負わせ、髪を切り、手足の爪を抜き、高天原から追放したのです。 速須佐之男命は自らの罪をあがなうため、神々に御供えする食べ物を伊弉諾尊 [続きを読む]
  • フラワーフェスティバル開会式
  • 「天の岩屋戸に閉じこもった天照大御神が岩屋戸から御出になられ、高天原(たかまがはら)も葦原中国(あしはらのなかつくに)も再び元の明るさをとり戻した。 八百萬(やほよろず)の神々は議論なされ、この騒ぎの元凶となった速須佐之男命(はやすさのをのみこと)に罪穢れを祓う品物を負わせ、髪を切り、手足の爪を抜き、高天原から追放したのです。 速須佐之男命は自らの罪をあがなうため、神々に御供えする食べ物を伊弉諾尊 [続きを読む]
  • 昭和初期の料理界
  • 「・・・・例えば料理屋の家を見るがよい。その建築を見ると、彼等のいわゆるイキな建物なるものが、いかに低級で卑俗であるかがわかる。 金のないためにゴマカシ建築をするのも不快であるが、しかし、これはまだ経済的問題だから仕方がない。 ところが、いわゆる凝った普請なるものは、相当の費用をかけて、彼等としては理想を現実にしているわけであるが、その凝り方がいかにも低級なのである。 それはなぜかとといえば、彼等は [続きを読む]
  • 昭和初期の料理界
  • 「料理界を見渡して、紳士と呼ばるべきものが、料理屋の主人にもせよ、一人もいないということは、今日の料理がどんなものであるかということを、もっとも雄弁に物語る。 彼らの多くは普通教育的の教養さえもなく、もちろん、書物を読むでなく、趣味を解する者などは一人もいない。 そこで今更教育しようにも教育のしようがない。 少なくとも今日まではそうであった。 今後といえども、おそらくそうであろう。 彼らは料理というも [続きを読む]
  • かしわもち
  • 和菓子にも歳時記がある 一月 はなびらもち・うぐいすもち二月 つばきもち・つるの子三月 桜もち・草もち四月 くずもち・花見だんご五月 かしわもち ちまき かしわもちは上代、食器としてのカシワの葉を用いたことから「膳・膳夫・膳部」とかいて「かしはで」とよませ食膳、食事、それに料理人までも意味していた「 で」は「手」でそれをする人の意 かしわもちの歴史もかなり古くカシワの葉には薬分が含まれているから暑中 [続きを読む]
  • 粽と端午の節句
  • 強くたくましい男子の成長を願う子供の日は男子の盛運を祈るものとして粽と菖蒲酒を供御する 端午とは月の端の午の日のことで(端=物事のはじまり)午月の最初の午日(5月5日)をしめす この日に粽を食べる風習は中国の詩人・屈原(くつげん)が讒言(ざんげん)により国を追われたことを嘆き入水したしたため『彼の霊を慰めるために粽を投げ入れた』という故事が元になっている 日本ではいつの頃から食べるようになったかはは [続きを読む]
  • 昔の料理の美味しさ
  • 「昔の料理は至極簡単なものであった。今日の料理は至極複雑である。 しかし、どっちが本当に美味をもっていたかというと、昔の簡単な料理に軍配が挙がる。 少なくとも今日の料理が次第にインチキ料理になりつつあることは争われぬ事実である。 それはなぜかといえば、料理法は簡単素朴なものであったが、材料がしっかりしたものであったからだ。」北大路魯山人(昭和10年) [続きを読む]
  • 日本料理の名手
  • 「要するに日本料理の名手たらんとする者は、天然固有の『味』を天分の舌に認識して、それを如何に生かすかに苦心する者であらねばならん。 日本料理は西洋料理の鍋の中でゴッタ返す手腕が物をいうのではない。 食品材料の良否を弁別する事を第一とする。 それが出来得る力こそ、日本料理の根本を知る者だ。 しかも、その上、美術鑑賞の可能要素が要る。 それというのは、よき料理になればなるほど、料理に関連する食器その他が美 [続きを読む]
  • 天然の美味しさ
  • 「天然の持ち味は実にその数が多い。1,000種の魚があるとすれば1,000の異なった持ち味がある。 万のやさいがあるとするならば万種の持ち味がある。 これをいちいち味わって身に付けることは、なんでもないようであって容易ではない。 いわんや、それをいちいち生かすことに於いておやだ。 そこへゆくと料理法で、人の作った味は、その数にも限りがあって極めて容易だ。 数からいっても全く覚え易い。 また、同じ人間仲間の作った [続きを読む]
  • 日本料理と西洋料理の違い
  • 「日本料理は材料がよいために、西洋料理の如く、複雑な技巧を用いないで美味く食えるものだ。 よい魚ならば、塩を振って炭火で直(じか)に焼いて、それで最高の料理の一つになる。 やさいの如きも新鮮であるならば、なんの手数も要しないで簡単に美味く食える。 従って、日本料理は料理人の知恵で拵(こしら)えた味が美食として大きな働きをするのではなく、天然の味を生かして味わうことが根本となるわけだ。 複雑な調味料や [続きを読む]
  • できる人間とは
  • 「・・・日本の料理界を見るとき包丁を持たせば、達者に使える者は幾人もおる。 煮炊きさせても、かれこれ役に立つ者もいないではないが、ただ憾むらくは人間の出来ている者がいない。 なにをするにしても、人間の出来ているということが、根本の問題であることは動かすべかざる事実だ。 人間が出来ておって物ができる。当たりまえながら、それが一人前なのだ。 ・・・・・ そういう意味に於いて、日本の今の料理界は淋しい。 況( [続きを読む]
  • 料理の発達の根本は
  • 食者天下之本也 黄金萬貫 不可療飢(クイモノアメノシタモト コガネヨロヅハカリ イヤスイヒウエ)食は天下の根本である黄金が万貫あっても飢えをいやすことはできない「日本書紀:蘇我稲目が大臣になった宣化元年(536年)における宣化天皇の詔」 詔が出る1年前の535年から翌年にかけて世界的な寒冷化の年だった535年以降異常気象による飢饉と疫病で人々が苦しんだことは世界中の文献に記載されている 中国料理が発達した一つに [続きを読む]
  • 飯は立派な料理
  • 「星岡茶寮時代、わたしのところへ料理人が来ると、君は飯が炊けるかと第一に聞いてみる。 なかなか自信をもって、答のできるものはいなかった。 とにかく、飯は最後のとどめを刺すものであり、下戸には大事な料理である。 料理をするほどの者が、自信をもって飯が炊けないということは、無茶苦茶な振舞であり、親切者とはいえないことになる。 それにもかかわらず、料理人は自分の苦労の足りなさを棚に上げて、飯を炊くというこ [続きを読む]
  • 飯を考える
  • 桜の新芽から稲作が始まり苗株が大きく増えるころ花が咲き桜葉が黄色みかかるころ収穫桜葉が紅葉して落ち始めたころ脱穀桜は稲作とも深い関係がある 「一般の家庭はもちろんのこと、多数の料理屋がこのごはんというものについて、とても注意が足りない。 料理屋がそうだから、料理人は皆そうである。 料理長というものは板前といって、俎板の前に座って刺身ばかりを作っている。 本当の料理人ならば、仮に自分で飯を炊かなくとも [続きを読む]
  • お米の話
  • 欧米諸国が小麦を選択したのは低温・乾燥という気象環境による 難点は一粒の種から2000粒もの実りを得る御米に対してはるかに低収量の為広大な農地が開拓されさらに人間のエネルギーには麦だけでは不十分のために牧畜の存在が不可欠となったそのためさらなる森林開発が行われ崩壊した森林は砂漠化している しかし日本人は御米を選択することで常に森林と自然にむきあってきた 稲作こそが自然と共存する和(輪)の心なのです 「う [続きを読む]
  • 個性のない飲食
  • 「うまいものが食いたいひとは、他人に頼らないで、自分の好きなものを自由に選び、自由に食えば山の鳥や野獣のように本来の目的は達し得られる。 食事だって芸術性があるわけである。 しかし、多くの人間は自分好みが自分にはっきりしないようだ。 食べ物といえば女の仕事と決めてかかり、その無知に後悔していながら、女房の手料理にあきらめてみたり、愚にもつかぬ小料理屋に舌鼓を打ち、憚りも無く食物談に興じ、 やがて金が [続きを読む]
  • 化学調味料
  • 「化学調味料を使用すれば、不精者にはまことに都合がよろしい。 だが、これらのひとびとは、味の低下をもたらす元凶だといいたい気がするのである。 彼らは化学調味料の真の活用法を知らない徒輩といえよう。 昔、わたしが星岡で料理の講習をしていた時に『味の素』社長夫人が聴講生のメンバーに加えて欲しいといってきたことがあった。 わたしはその時の講習で『味の素をなるべく使用するな、料理が台なしになる』といっていたの [続きを読む]
  • 薄口醬油
  • 「今日は簡単に薄口しょうゆの話をしてみたいと思う。 なぜなら、よい料理を作ろうとするには、しょうゆは重大問題だからだ。 東京人は、主として濃口しょうゆで調理するが、これは深く考えて欲しいものだ。 関西の料理は薄口しょうゆを用いているが、関東に昔から伝わる江戸料理は薄口しょうゆのあることすら知らないようで、関西龍野(たつの)の薄口しょうゆなどほとんど利用されていない。 ・・・・・ 近年東京にもだんだん [続きを読む]
  • 残肴の処理 その3
  • 「繁忙の時でなければ残肴の姿は見えない。 残肴が姿を出すような忙しい時は、料理人は疲労した上、残肴の整理など大変だと事務的に考えがちのものだが、生かさずにはおれないという生(き)一本の根性がほしい。 好きの道だからこそ、ここが大切なのだ。 心の底から料理が好きという人間なら、これくらいのことは良識、良心の両杖で実行できるものである。・・・・なるほどと得心がゆけば、常に残肴の係などの責任者をつくり、真 [続きを読む]