コトちゃん さん プロフィール

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コトちゃんさん: 事代主のブログ
ハンドル名コトちゃん さん
ブログタイトル事代主のブログ
ブログURLhttps://ameblo.jp/indiaindia-27/
サイト紹介文神社仏閣に伝わる伝承から歴史を知るブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供79回 / 163日(平均3.4回/週) - 参加 2017/05/10 19:43

コトちゃん さんのブログ記事

  • 高見神社(改訂版)
  • 神功皇后を巡る北九州の鷹見(たかみ)神社の最終地点が、以前御紹介した八幡東区高見のこの神社になります。 高見神社 祭神本社に天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神、可美葦芽彦遅神、天之常立神、国之常立神、豊雲野神、天照大御神、天忍穂耳神、皇孫瓊瓊杵命、穂穂手見命、穂穂手見命、鵜草葺不合命の十二神を祀り、相殿に仁徳天皇、石之比売命、多紀理毘売命、市寸島比売命、多岐都比売命、大己貴命、豊受姫命を祀る。 [続きを読む]
  • 八女津媛
  • 遠く弥生の世にかけて、筑紫の国一円を巡幸の大足彦命(のちの景行天皇)は水沼の県猿・大海に遙かに青くけむる山脈を指呼、あの一帯を統べ、天地を祀る者を問われた。 大海はその名を八女津媛と称し、常に山中に居すことを奏上。        神の窟 太古の昔 この下で政をしたと伝わる 神の窟の媛しずく八女津媛が洗ったであろう岩清水とも言われ、地元では美容や美白によい『美人の水』と言われている。 人気ブログラン [続きを読む]
  • 乳山八幡宮
  • 神功皇后の伝承を追って帆柱山を巡っていますが、ここにも伝承が残っているようです。こちらは帆柱山の裏手になります。御祭神(主殿)誉田別命 -ほむだわけのみこと-  (応神天皇) 帯中津日子命 -たらしなかつひこのみこと-  (仲哀天皇) 息長帯比売命 -おきながたらしひめのみこと- (神功皇后)御祭神(相殿)速須佐之男命 -はやすさのおのみこと- 奇名田姫命 -よしなだひめのみこと- 事代主命 -ことしろ [続きを読む]
  • 杣のふるさと
  • 八女津媛神社のすぐ脇に廃校になった小学校があります。杣のふるさととあります。 杣(そま)とは、古代から中世にかけて律令国家や貴族・寺社などのいわゆる権門勢家が、造都や建立など大規模な建設用材を必要とする事業に際して、その用材の伐採地として設置した山林のこと。後に一種の荘園として扱われるようになった。   wikiよりp>人気ブログランキングにほんブログ村 [続きを読む]
  • 仲宿八幡宮
  • やはり帆柱山には神功皇后の逸話が多く残っているようです。仲宿八幡宮 御由緒 御祭神 本座足中津日古命(たらしなかつひこのみこと) 仲哀天皇品陀和氣尊 (ほむだわけのみこと) 応神天皇息長足比賣命 (おきながたらしひめのみこと) 神功皇后相座建速須佐之男命     奇名田比賣命 大己貴命 伊古奈姫命 事代主命相座大綿積神     菅若神 崇徳天皇 高オカ神 闇オカ神 宇氣持神 大禍津日神 奧津嶋比賣命 大地主神    [続きを読む]
  • 豊山八幡宮
  • やはり帆柱山には、神功皇后に纏わる神社が数箇所存在しています。こちらは麓にある神社で八幡発祥の地とも云われているそうです。神社の前には御手洗池 海ならず たたへる水の 底までも 清き心は 月ぞ照らさむ菅原道真が大宰府に赴く途中、この池に姿を映して、無念の気持ちを歌に詠んだということで、「影見池」、「姿見池」と呼ばれました。 【御祭神】○帶仲津日子命 たらしなかつひこのみこと (仲哀天皇)○譽田和気命  [続きを読む]
  • 帆柱稲荷神社②
  • 狛犬ならぬ狛狐はシンプルです拝殿■御祭神■・中央座「宇迦之御魂大神(うがのみたまのおおかみ)/稲荷大神」女神産業と福徳開運の守護神「大宮比売大神/お多福神」女神、商売繁昌と芸能の守護神・右座(縁結の神)「大国主之大神/大黒さん」陸の神、産業開発の神「事代主之大神/えびすさん」海の神、豊漁の神・左座「猿田彦之大神/道祖神」交通安全の守護神由緒帆柱稲荷神社は、皿倉山の約二合目に位置し、昭和35年11月、旧 [続きを読む]
  • 帆柱神社
  • 穴生鷹見神社の由緒書に 神功皇后征西の折帆柱山にて戦勝を祈り山上九合目に熊野神を祀り高見ノ宮と稱せられると云われる。 山名は神功皇后朝鮮出兵の際,帆柱材を切り出したのに由来するという。宇佐氏、胸形氏、阿曇氏が造船の為に木材を切り出した山が北九州市の帆柱山です。その切り出した木で宮地嶽の宮地浜から船出したそうです。 国見岩神功皇后が皿倉山に登って国を見たという伝説から名付けられた岩 更になじみ深い名前 [続きを読む]
  • 市瀬鷹見神社②
  • 拝殿本殿神紋はもちろん違い鷹羽末社なかなか風情がありますね!こちらの山道から奥宮に行けるようです。悪天候の為奥宮までいけませんでしたので画像はお借りしました。 穴生 市瀬合わせて神功皇后が祀った山高見ノ宮一つの御神体です。 人気ブログランキングにほんブログ村 [続きを読む]
  • 市瀬鷹見神社
  • 穴生鷹見神社から少し山に向かった場所にも鷹見神社が存在します。こちらに訪れた時期は桜の時期だったようです。祭神伊弉冊尊、速玉男命、事解男命 由緒文武天皇慶雲二年三月役行者紀州熊野三山の大神を勧請鷹見大権現を創祀してより遠賀川四十ヵ村の鎮守として又鷹見神社総本社として尊崇厚く奥宮及び十二宮よりなり奥宮は権現山々頂にあり 又上宮は九合目にありて其下に社僧六坊の住居の跡ありて緦稱を見光山神昌寺と云ふ。永 [続きを読む]
  • 穴生鷹見神社
  • 折尾村は穴生鷹宮の産民とある穴生鷹宮とはこちらのことをいうようです。 穴生鷹見本宮由緒【祭神】主神 伊弉冉大神(熊野那智宮)主神 素戔鳴大神(熊野本宮)主神 早玉之男大神(熊野新宮)熊野三座十二社十四神末社貴船神社五社神社赤池神社菅原神社恵美須神社御年神社諏訪神社生目八幡神社【創立年代】仲哀天皇八年【例祭日】十月九日・十日【由来】神功皇后征西の折帆柱山にて戦勝を祈り山上九合目に熊野神を祀り高見ノ宮 [続きを読む]
  • 折尾鷹見神社
  • 水巻鷹見神社に関しては 由緒 天和二年創立古老の口碑に存せり。明治五年十一月三日村社に定められる。祭神素盞嗚命は同村同大字無格社須賀神社として、祭神稚産日命は同大字無格社豊歳神社として、祭神高龗神、闇龗神は無格社貴船神社として祭祀ありしを大正十一年八月十五日許可を得て合祀す。 又社説に曰く創立天和二年、同郡穴生高見宮を此処に勧請し祝ひ奉る。古へ応仁の頃より久しく天下穏ならず故に高見宮の坊舎も断絶に [続きを読む]
  • 鷹見神社
  • ブログの更新に間があいてしまいましたが、久しぶりに更新します。 神功皇后の三韓征伐の帰路にあたる場所 ある一定地域に鷹見神社と呼ばれる神社が密集しています。 その神社について御紹介していきたいと思います。水巻鷹見神社折尾鷹見神社一瀬鷹見神社穴生鷹見神社八幡東区高見神社 この鷹と名の付く場所には、どうも神功皇后の前夫 仲哀天皇に関係するような伝承が残っているようです。人気ブログランキングにほんブログ村 [続きを読む]
  • 川上神社
  • 神功皇后の三韓征伐の際に関係が深いと思われる神社が立花山の麓に存在します。川上神社この楠は共に樹齢400年と伝わります。数多くの末社川上神社 川上神社は、もとは旧立花村、村社川上宮と称し、皇族の崇敬が、原上区、三代区の産土神です。その由緒は二つの言伝えがあります。 1つは筑前国続風記拾遺集によると「当社は川上明神と称し、香椎宮の末社として神輿を渡され、香椎宮の大宮司が参拝の為原上の神功屋敷(現在の [続きを読む]
  • 太祖山 金龍寺(高祖山)
  • しばらく古代史についてブログをさぼっていましたが、少し資料が集まったので御紹介します。 しばらく修復工事を行っていた高祖神社ですが、ようやく完成したので久しぶりに行ってみました。案内版や休憩所やトイレも新しく完備されていました。 この神社はブログを始めた頃御紹介した神社で山幸(大己貴・邇藝速日命)を主祭神とする神社であることは御周知の通りです。 つい最近なのですが、高祖神社の「高祖」とは、実は漢の高 [続きを読む]
  • 法輪山 覚苑寺②
  • 本堂かつては七大伽藍があったそうですが、明治六年頃には、解体された勝山御殿の玄関部分がの庫裏として、また、明治八年には、三田尻(現防府市)の廃寺となっていた黄檗宗寺院、醍醐寺の本堂が解体され、当山の本堂として、それぞれ移築されました。釈迦三尊像中央に釈迦牟尼仏、両脇侍に迦葉、阿難の両尊者長府出身の乃木大将の像長府毛利13代藩主元周もとかね墓・元周正室墓があるそうで三吉慎蔵が龍馬を支援できたのも元周 [続きを読む]
  • 法輪山 覚苑寺①
  • 長崎で何度か御紹介した黄檗宗のお寺が山口県の城下町長府にも存在します。長府藩主第三代毛利綱元公が、元禄11年(1698年)、黄檗山万福寺の第七代住持であった中国僧、悦山道宗禅師を勧請開山として迎え創建した黄檗宗の寺院で功山寺・笑山寺と共に毛利家の菩提寺となったお寺で古代の貨幣・和同開珎を鋳造したとされる場所の跡地に創建されています。下関長府出身の日本画家狩野 芳崖の像です。美しいアプローチです。梵鐘 つづ [続きを読む]
  • 松尾山光勝寺②
  • 桜門に入って、まず目に入るのが題目の巨大な塔本堂本堂正面におまつりされております日蓮大聖人のお像は鎌倉末期に造られ九州では最初のお像で、開運栄昌を司る除災延命の「満願高祖大菩薩」として、多くの人々の信仰を集めています。親師堂室町時代に一時衰退し、1433年(永享5年)に、法華経寺より九州の導師として赴いた日親が中興した。1617年(元和3年)には、後水尾天皇より「護国光勝寺」の勅額を拝領した。慶長年間に佐 [続きを読む]
  • 松尾山光勝寺①
  • 佐賀県小城市に肥前千葉氏と鍋島氏縁のお寺があります。総門 山号を松尾山 お寺の名前は光勝寺(こうしょうじ) 鎮西本山と称します。仁王門 元治元年(1864年)再建どこか可愛らしい仁王様です。桜門このお寺は日蓮宗の九州で唯一の本山だそうで、文保元年(1317年)下総の国、現在の千葉県の地頭であった千葉胤貞公が、幕府の代官として九州探題の職を命ぜられた時に、中山法華経寺の三代目の住職であった日祐上人にこの [続きを読む]
  • 武雄あかり展
  • 現在武雄では「あかり展」が開かれています。こちらは、東京駅を設計した唐津出身の辰野金吾氏による武雄温泉そしてこちらは武内宿禰と父を祀る武雄神社そしてその脇から入るこちらは武雄神社の御神体ともいうべき場所です。竹林も「竹取物語」を思わせるライティングです。この存在感抜群の楠こそ樹齢3000年とも4000年とも伝わる神が住まう樹です。『武雄神社本紀』によると、神功皇后が三韓征伐の帰途、武雄に兵船を止 [続きを読む]
  • 福石観音②
  • 弘法大師(こうぼうだいし)(空海)が行基菩薩行脚の跡を慕って来錫し、諸人救済の為御堂の傍らに清岩寺(せいがんじ)を建て、福石山の裏手にある岩窟に五百羅漢(ごひゃくらかん)を安置したそうです。観音堂のすぐ脇を入った処に弘法大師縁の五百羅漢があるそうです。石塔がつづきます。この石は座禅岩と云うそうで、弘法大師が瞑想したと伝わります。ここまで上ると港の軍船や客船が見えます。そろそろ着いたようです。石窟 [続きを読む]
  • 福石観音①
  • 佐世保港の真正面に行基と弘法大師縁と伝わる名刹が有ります。福石観音由来元明天皇の和銅三年(西暦七〇一年)名僧行基が諸国行脚の途、この福石山の霊境を訪ねて嘆賞し、暫しのあいだ草庵を読んだ。入口には聖徳太子象多くの石仏に護られています。本堂には弘法大師でしょうか? 本堂に安置されている本尊は像高約2mの十一面観音の木像。伝承では行基の作とされ、九州七観音の一つとされているそうです。画像はお借りしました。 [続きを読む]