クリスチャン さん プロフィール

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クリスチャンさん: カトリック典礼
ハンドル名クリスチャン さん
ブログタイトルカトリック典礼
ブログURLhttp://romancatholic.seesaa.net/
サイト紹介文カトリック典礼を紹介するためのブログです。フェイスブックの二つのグループにも寄稿中です。
自由文カトリック典礼を紹介するためのブログです。イエス様の時代から伝わる大切な伝統です。聖書も言うではありませんか。教えを残らず守れ、たった一つの伝統も粗略にするな、と。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供59回 / 213日(平均1.9回/週) - 参加 2017/05/11 00:54

クリスチャン さんのブログ記事

  • 神を知る心 ー 知恵を働かせて (最終項)神をほめたたえよう
  • アロイジオ・デルコル神父『神を知る心 ー 知恵を働かせて』(最終項)神をほめたたえよう神よ、あなたのみわざのおびただしさ!あなたは、知恵をもって、これらをつくられた。地は、あなたにつくられたもので満ちている。みよ、大きな広がる海を、そこには、無数の、大小さまざまの生きものがいる。世々に、神に光栄あれ1生きるかぎり、わたしは神をうたい、いのちあるかぎり、神をたたえよう。わたしの歌が神をよろこばせるよう [続きを読む]
  • 神を知る心 ー 知恵を働かせて ◆13、えらい学者の断言
  • アロイジオ・デルコル神父『神を知る心 ー 知恵を働かせて』◆13、えらい学者の断言 でも、と、ある人はいうでしょう。神の存在を否定するえらい学者がたくさんあります。わたしはこたえますーそれは、そうです。しかし、常識にそむいた結論をもちだす断言は、常識のたりない、変な人たちの思想にすぎないのです。' どれほど、その人が、えらい哲学者であろうと、問題は、だれがいったかということではなく、なにをいったか?と [続きを読む]
  • 神を知る心 ー 知恵を働かせて ◆12、結果による証明
  • アロイジオ・デルコル神父『神を知る心 ー 知恵を働かせて』◆12、結果による証明 神の存在は、こうして、わたしたちの知恵が、因果律をもって証明することができます。因果律というのは、結果があれば、かならず、それ相当なじゅうぶんな原因があるということで、すべて結果は、原因なしには考えられないということです。 わたしたちは、すべてのものごとを、この方法でさとっているのですから、神の存在を知るについても、こ [続きを読む]
  • 神を知る心 ー 知恵を働かせて ◆11、結果とその理由
  • アロイジオ・デルコル神父『神を知る心 ー 知恵を働かせて』◆11、結果とその理由 わたしたちに、神のことを考えるように刺激するのは、この世界の存在だけではありません。世界の秩序も、わたしたちに、それを考えさせるのです。また、わたしたちの生活にある不思議や奇跡も、わたしたちの注意をひくことになります。 奇跡は、自然の法則では説明できません。それで、〃なぜだろう?”ということになります。なぜなら、わたした [続きを読む]
  • 神を知る心 ー 知恵を働かせて ◆10、実用的な問題
  • アロイジオ・デルコル神父『神を知る心 ー 知恵を働かせて』◆10、実用的な問題 さて、ここに、大きな問題がもちあがってきます。 人が、もし神のことを認めるとすれば、同時に人間の知恵が自動的に働きだし、のぞむと、のぞまないとにかかわらず、こんな結論をもちだします。◆神が、天地万物のつくり主であるとすれば、人間のつくり主でもある。◆神が、天地万物を指導する権利をもっているとすれば、人間をも指導する権利を [続きを読む]
  • 神を知る心 ー 知恵を働かせて ◆9、ものごとの理由をさぐるこころ
  • アロイジオ・デルコル神父『神を知る心 ー 知恵を働かせて』◆9、ものごとの理由をさぐるこころ もう一度おちる例をひきましょう。石を上から投げたとき、一直線に、ものすごいスピードでおちてきます。 でも、なにか羽根みたいな軽いものをおとすと、おちるのは、おちても、風にゆられゆられて、もっと長くかかります。 これを、なんの不審もなく、「はあ、なるほど、おちてくるな」と、むかしの人たちも、野蛮人も同じように [続きを読む]
  • 神を知る心 ー 知恵を働かせて ◆8、うたがい、解決への努力
  • アロイジオ・デルコル神父『神を知る心 ー 知恵を働かせて』◆8、うたがい、解決への努力 疑いがおきて、その解決をえようと、必死に努力したその人たちです。この疑い − それこそ、貴重な宝!かれらが、研究に研究をかさねることになったその刺激なのです。 ときには、あるひとつのことを研究しているうちに、いなずまにあてられたように、はっとして、目的とは、ぜんぜん別のことを考えつくこまのともあります。そして、そ [続きを読む]
  • 神を知る心 ー 知恵を働かせて ◆7、知恵となまけ
  • アロイジオ・デルコル神父『神を知る心 ー 知恵を働かせて』◆7、知恵となまけ ある人たちは、「わたしには、神のことが見えません。神の存在なんて、さっぱりわからないんです」といいますが、こんなふうに怠けものだからわからないのです。 せっかく知恵があるのに、その知恵をつかって、第一のみなもとにまで、さかのぼろうと、勉強もしないし、研究もしません。すると、人間は、いつか動物と同じような程度のものになってし [続きを読む]
  • 神を知る心 ー 知恵を働かせて ◆6、被造物をしらべる方法
  • アロイジオ・デルコル神父『神を知る心 ー 知恵を働かせて』◆6、被造物をしらべる方法 では、その方法は? 神からつくられたものをしらべるというその方法です。といっても、それらのものを、最後のものまで、完金な柳度にしらべないかむり、ひとつの結論もだせないというわけではありません。 では、さっそく、その神からつくられたもののなかで、いちばん身じかなものである自分のことから考えてみましょう。 わたしは、神 [続きを読む]
  • 神を知る心 ー 知恵を働かせて ◆5-2、類似によって  
  • アロイジオ・デルコル神父『神を知る心 ー 知恵を働かせて』◆5-2、類似によって  では、かれらには、宇宙をさぐるほどの知恵がなかったのでしょうか?いいえ、そうではありません。すでに、かれらは、宇宙をさぐってまいます。現代人といえども、この点では負けていません。 では、すでに、かれらが、宇宙をさぐったというのなら、それほどの知恵かあったのなら、なぜ、もっと早くそれらのものの主をみいださなかったのでしょ [続きを読む]
  • 神を知る心 ー 知恵を働かせて ◆5、類似によって
  • アロイジオ・デルコル神父『神を知る心 ー 知恵を働かせて』◆5、類似によって  被造物、すなわち、つくられたものの偉大さと美しさは、そのつくり主を類似によって、推しはからせるためのものだと、いわれているのです。 類似というのは、似ているところをくらべるということです。それで類比ともいわれます。たとえば、まっかに咲いた”ばら"を思いうかべたえてください。それは、その妙なる美しさによって、美そのものであ [続きを読む]
  • 神を知る心 ー 知恵を働かせて ◆4、聖書の教え
  • アロイジオ・デルコル神父『神を知る心 ー 知恵を働かせて』◆4、聖書の教え イエズス・キリストの使徒聖パウロが昔のローマ教会の信者にあてた手紙があります。これを書いたのは、神のとくべつな霊感にみちびがれてですから、聖書の一書となっています。聖書といえば、内容の責任を神ご自分負うことになりますから、「神のことば」だといわれています。そして、直接当時の信者にあてたものであるにしても、すべての時代、すべ [続きを読む]
  • 神を知る心 ー 知恵を働かせて ◆3、知恵の書のことば
  • アロイジオ・デルコル神父『神を知る心 ー 知恵を働かせて』◆3、知恵の書のことば このことについて、旧約聖書は、たいへん明らかにのべています。 「なにはさておき、神を知らない人は、だれでも、しん底から愚かなものである」(知恵の書13:1)と、まずのべています。ごらんのとおり、うわべだけの愚さではなく、しん底から、すなわち、完全に、どの見地からみても愚かなのです。 つづいて、こういいます。「かれらは、目に [続きを読む]
  • 神を知る心 ー 知恵を働かせて ◆2、なぜ神をみとめたくないのか?
  • アロイジオ・デルコル神父『神を知る心 ー 知恵を働かせて』◆2、なぜ神をみとめたくないのか? 「見たくないからみないのだ」というなら、とうぜん、「なぜ見たくないのか?」と問わねばなりません。その動機について、ちょっと、さきにのべておきましたから、ここで、もっとくわしく考えてみましょう。 ずるずると、悪い生活におぼれてしまって、泥沼のなかに、いつまでも、おちついていたい人、あるいは、不潔なおこないを [続きを読む]
  • 神を知る心 ー 知恵を働かせて ◆1、神を考える知恵
  • アロイジオ・デルコル神父『神を知る心 ー 知恵を働かせて』◆1、神を考える知恵 聖パウロは、いまのべたとおり、「神について知りうることは、かれらにとっても明らかである」といったのです。 では、なぜでしょう?答えは、かんたんです。神が、それを、かれらにあらわされたからです。そして、わたしたちは、人間である以上、知恵をもっていますから、神のみわざであるこの世について、いろいろのことを考えねばならないの [続きを読む]
  • アロイジオ・デルコル神父『神を知る心 ー 知恵を働かせて』
  • アロイジオ・デルコル神父『神を知る心 ー 知恵を働かせて』(巻頭緒言) 作られたものの偉大さと美とは、そのつくり主を、類似によって推しはからせるものだと聖書に書いてあります。これこそ神を知る道です。この道を、知恵深く、一歩一歩ずつ進みましょう。(巻末) 神を知らない人は、だれでも、しん底からおろかなものである。かれらは、目にみえるよいものを通して、"存在するお方"を知ろうとはせず、そのわざに目をとめ [続きを読む]
  • 『神をさがす心』(最終項)
  • 『神をさがす心』(最終項)天は、神の光栄をかたり、大空は、そのみ手のわざを告げる。そのことばを、日は日に告げ、そのたよりを、夜は夜に伝える。その音の意味は、人に悟れないような話しでもなく、ことばでもない。そのひびきは、全地をめぐり、そのことばは、世のはてにおよぶ。詩編19:1-15 [続きを読む]
  • 神をさがす心 ー 目にみえるものを通して ◆9、個人的な生活では・・・
  • アロイジオ・デルコル神父『神をさがす心 ー 目にみえるものを通して』◆9、個人的な生活では・・・ このことを、ひじょうに明らかに証明している実例かありますから、ここで、紹介しましょう。それは、神の存在を、自分では強く否定している人たちでさえ、自分の家庭の、その個人的な生活では、認めているということで、この人たちは、〃神なんか存在するものか!”'と、さかんに無神論をいきまいているのに、いざ、自分の愛す [続きを読む]
  • 神をさがす心 ー 目にみえるものを通して ◆8、神の知識をふかめること
  • アロイジオ・デルコル神父『神をさがす心 ー 目にみえるものを通して』◆8、神の知識をふかめること それにしても、知恵ある人間ですから、ほんのちょっとでもその知恵を働かせるなら、すぐ神の存在を証明するためのじゅうぶんな資料をみつけることができます。 ここで、ことわっておかねばならないのは、,この、じゅうぶんという意味です。なぜなら、それは、完全ということではないからです。 しかし、ほんとうに神が存在す [続きを読む]
  • 神をさがす心 ー 目にみえるものを通して 
  • アロイジオ・デルコル神父『神をさがす心 ー 目にみえるものを通して』◆7、土台をくずそうとしても無理 人間は、神に向かって、「なぜわたしに命令をくだすのか?」とも、「わたしに、こんな命令をくだす権利がどこにあるのか?」ともいえないからです。 わたしたち人間は、神が存在するかぎり、その権利をいなむことができません。それは、明白すぎる事実です。ある人々が神の存在をみとめたくないのは、そのためです。 つ [続きを読む]
  • 神をさがす心 ー 目にみえるものを通して ◆5、・・・健全な精神
  • アロイジオ・デルコル神父『神をさがす心 ー 目にみえるものを通して』◆5、・・・健全な精神 これは、鍛錬をおこたった体のあわれな終末ですが、知恵のほうも使わないでおくとしたら、どんなことになるでしょう? そうです。幼ないころ、あれほど「なぜ?」をくりかえしていた子どもも、しばらくすると、すっかり考えなくなってしまうのです。こんどは、まえの例とは反対に、知恵をあまり働かせずそのままにしておくと、その [続きを読む]
  • 神をさがす心 ー 目にみえるものを通して ◆3、知恵をはたらかせること
  • アロイジオ・デルコル神父『神をさがす心 ー 目にみえるものを通して』◆3、知恵をはたらかせること といっても、子どもは、少しずつ成長するにつれて、ほかのものごとにも興味をもつようになってきます。それも悪いことではありません。しかし人は、自分が知恵をもった人間であることを、けっして忘れてはならないのです。 わたしは、ずっと前に、ひとりの柔道の先生に会ったことがありました。もちろん柔道をならうつもりで [続きを読む]