五十女こけ さん プロフィール

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五十女こけさん: こけさんの、なま煮えなま焼けなま齧り
ハンドル名五十女こけ さん
ブログタイトルこけさんの、なま煮えなま焼けなま齧り
ブログURLhttp://kokesan.exblog.jp/
サイト紹介文21世紀の片隅でひとりかそけき由無し言。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供31回 / 163日(平均1.3回/週) - 参加 2017/05/11 23:30

五十女こけ さんのブログ記事

  • 杉良太郎を少々
  • もう随分前ですが、菅原文太、梅宮辰夫、山城新伍、それに松方弘樹がいたかどうか、(そのうちもう三人が亡くなってるんですね、ほんと淋しいかぎりですが)、テレビの番組で水割り片手に東映時代の思い出話になります。はばかりのあることも多いでしょうし、どっしりと落ち着いていますが菅原はバラエティ番組の常連でもありませんから、なかなか口が重いんです。その彼が役者のひとりに生意気なのがいて皆で〆ようとしたこ... [続きを読む]
  • 80年代の光。
  • 胡乱な話ついでに、では80年代の光はどうだろうというのが今回のお話です。神代辰巳監督『ミスター・ミセス・ミス・ロンリー』は原田美枝子が制作、原案、脚本に名を連ねて三国連太郎、原田芳雄、宇崎竜童を相手に主演をこなしたATG作品ですが、あれが1980年。同じ年に神代辰巳は『少女娼婦 けものみち』も撮っています。中年にさしかかった内田裕也が大人びてしかし手のなかで打ち砕いてしまいそうな少女と出会っ... [続きを読む]
  • 70年代の光
  • さて70年代も随分と遠いことになってしまいましたが、しょっぱなから胡乱なことを申しますと、映画のなかに70年代の光を感じることがあります。勿論フィルムメーカー毎の発色剤や現像方式などを厳密に追った上でのことではありませんから、単にそう見えるというだけのことなんですが。例えばこってりとした赤の発色が気に入ってアグファのフィルムを使っていた小津安二郎のカラー映画には光よりも色を感じます。卓上から... [続きを読む]
  • 山田宏次監督の『昭和残侠伝』
  • 1968年になると東映は下火になっていく任侠映画の後釜をあれこれと模索し始めます。梅宮辰夫の『番長』シリーズや『夜の歌謡』シリーズ、だのだのなどという何ともはやな『温泉芸者』シリーズ、拷問とポルノをくっつけた『刑罰史』シリーズ、当時の岡田茂社長には不良性感度や異常性愛をキーワードにしながらテレビでは見ることのできないもの... [続きを読む]
  • 浪花千栄子のマヨネーズ
  • ひとがついついと言ってしまう小津安二郎の映画に案外食卓を囲む場面が出てこず、ましてや家庭であれ小料理屋の座敷であれ卓上の料理を見せることも稀とあっては小津もなかなか喰えませんが(まああのローアングルに標準レンズ、食卓に林立するビールに遠近が出るのを嫌って大瓶に小瓶を混ぜていたというんですから、食卓場面に求めるものがそもそも違ってますわね)、そんなことで... [続きを読む]
  • 守屋浩のこと、または和田アキ子
  • 以前何かで聞いたことがありますが、ホリプロの専属期間の長さでは和田アキ子は第2位、1位は守屋浩だそうですね。芸能プロダクションについて知識らしい知識を持ち合わせていないんですが、一般的に戦前から権利で優位だったレコード会社に対して原盤権などの創出でプロダクションの発言力を強めていったのが渡辺プロ。全盛期のナベプロはドル箱のクレージーキャッツをクレージーキャッツとしては東宝に専属させ、バラ売り... [続きを読む]
  • なぜ東映ばかりが
  • それにしてもなぜ東映の任侠映画ばかりが成功したのか考えることがあります。1963年の沢島忠監督『人生劇場 飛車角』を嚆矢に翌年には『日本侠客伝』、更にその翌年には『昭和残侠伝』を打ち出し、『博徒』シリーズや『兄弟仁義』シリーズなども順調でその間にも『明治侠客伝三代目襲名』や『博奕打ち 総長賭博』のような様式美に貫かれた作品も生み出してスターを散りばめた単発の作品は数知れず、やがて退潮期に差し... [続きを読む]
  • 歩き方ひとつ、走り方ひとつ
  • 武智鉄二が日本の芸能の根本にナンバという歩行があると説いたのはよく知られています。ナンバというのは簡単に言えば、(通常の手と足を互い違いに出す歩き方ではなく)右足を出すときに右手が前に、左足の時は左手を出します。武智はこれを農耕民族の田植えの動作から生まれた歩行とし(明治以降の体育と教練によって西洋式に強制されたのだとし)ましたが、さてこんなことを持ち出したのはナンバの是非を云々しようという... [続きを読む]
  • 泥だらけの小池朝雄
  • 勿論『泥だらけの純情』(中平康監督 日活 1963年)の虚無的な聡明さをたたえた兄貴分や任侠映画での折り目のついた立ち居振る舞いで水際立った男振りを見せることも堪らないのですが、それらを役者のひとつの顔としてではもう一方の小池朝雄というものを少し辿ってみようというのが今回のお話です。いきなりテレビドラマになるんですが、『特捜最前線』のとある回、誘拐犯に扮するのが小池朝雄です。早々に容疑者... [続きを読む]
  • 戦争の、あのときあの場所で
  • 戦争のような非常時は思わぬ交点を生み出すもので、赤木春恵の自伝に敗戦後の満州で赤木と若き藤山寛美が互いの苦境を助け合っていたことが書かれています。戦前松竹の女優だった赤木は兄を頼って、いまから思えば敗戦間際の満州に渡ります。しかしその頃では本土は連日連夜の空襲に極度の物不足、しかるに着いた満州では敵機ひとつ飛ぶではなく食べるものにも困らないまさに別天地、戦争がいきなりどこか遠くに行ってしまっ... [続きを読む]
  • 六代目
  • 戸板康二『むかしの歌』(講談社 1978年)のなかに六代目の養子になっていた橋蔵が食事中も箸の使い方ひとつ、形が気に入らないと六代目に手の甲を打たれたとあります。しかし昭和24年六代目が亡くなると、尾上菊五郎という大名跡の養子ながら後ろ盾を失えば思うにならない世界であって(同じように戦中の鳥取大地震で父が客死した大谷友右衛門も映画俳優に転身せねばならなかったわけですものね)、まあそのおかげで... [続きを読む]
  • いるのにいない
  • 当たり前ですが映画が始まりますと、まず制作した映画会社の、各社お馴染みの映像があります。(新東宝だったら打ち鳴らされる鐘とか、東映だったら岩に砕ける波とかの、あれですね)。オープニングクレジットが流れスタッフの名前があってそれから配役。主役は画面一杯に名前が掲げられて続く助演がふたり、三人の並び、更に字が小さくなって二段組で脇、或いは更に小さく三段組になって、最後にまた主役に次ぐ俳優が大きく... [続きを読む]
  • 昭和34年11月3日の、夜
  • 横浜市西区高島町2丁目という地名を聞いてぴんっとくるものがおありでしょうか、或いは昭和34年11月3日午後10時40分という時間では。この地名と時間が交差するところに永遠に立ち尽くしているのが高橋貞二です。高島町2丁目というのは桜木町駅前の長い道路がどんつきで三叉に分かれる、いまは交番があるあの辺りのようですね。当時はまだ横浜に市電があった頃で、事故を報ずる新聞記事を読んだことがありますが、... [続きを読む]
  • か弱さの話
  • 撮影所はいつからやっちゃ場になったんだ、車に大根が乗ってるぞ。有名な小津安二郎の冗談です。ただ、若手俳優が気取った車で撮影所の門をくぐっているところを一緒に見下ろしている分には楽しいんですが、聞きようによっては残酷な容赦のなさがあり、耳を澄ますと鋭い嫌悪すら感じられます。誰の本だったか、この指をさされた若手俳優というのが鶴田浩二であって、つまりは『お茶漬けの味』(松竹 1952年)の撮影中の... [続きを読む]
  • 古川ロッパの、酢豚
  • 私が読んだ『徳川夢声日記』は抄録の文庫版でしたから、古川緑波の酢豚の話は出ていたかどうか。ともあれ戦時下の食糧難です。知り合いの中華屋に無理を言って作って貰ったと(何せ配給で芋何本、講演料がおはぎ何個なんて時節ですから)緑波が自慢たらたら勧めるので箸をつけると酢豚の肉が腐っていてわからないように吐き出す横で緑波はほくほくと平らげていたという、あの話です。ここで緑波を見る夢声の目は憐れみです。... [続きを読む]
  • 石原裕次郎
  • 映画俳優としての石原裕次郎の美質というようなことを思うことがあります。例えば『青年の椅子』(西河克己監督 日活 1962年)を見ているようなときです。いつもながら青年の、つむじ風のような正義感を発揮して社内に蠢く陰謀に立ち向かう社員が石原で、まだまだ敵の優位が揺るがないときに些細なしくじりから上司である谷村昌彦が見せしめにクビになります。石原は気落ちしているだろう谷村を自宅に見舞います。小さ... [続きを読む]
  • 晴朗なれど波高し
  • 松方弘樹『松方弘樹の泣いた笑ったメチャクチャ愛した』という本は当時のタレント本らしく書いたというより喋ったという感じの内容で、釣りへの愛が魚のように尾を打ち鰭をなびかせて紙面の下を悠々と泳いでいるそんな印象です。そのなかで石原裕次郎への尽きせぬ憧憬に1章が割かれています。松方というと鶴田浩二への私淑が知られていますし、伊藤彰彦『無冠の男 松方弘樹伝』を読んでも若い頃は錦之助の芝居を真似、その... [続きを読む]
  • 香川良介
  • 私の好きな俳優に香川良介があります。東映の時代劇では名前を見ないことがないような俳優さんですが、御大と若手、御大と敵役の、配役の釣り合いを分銅のように取る手堅い役廻りを担っています。悪役は稀ですが、そうかと言って主人公と手に手を取る善玉かと言えばそうでもなく味方はしても主人公と距離を置いて立つその重みに香川の位置づけがあります。まあ香川の場合、悪役になっても月形龍之介や薄田研二のようにぶすぶ... [続きを読む]
  • ファンキーでふたり
  • 音楽に不案内なものでファンキーという言葉がどう定義されるのか覚束ないのですが、語感ではむくむくと掴めるものがあります。私の年齢ではジャケットを腕まくりして日本人なのにまるでお父さんもお母さんも黒人みたいな腰つきで歌い踊っている姿が思い浮かびますが、(何かその、『ストップ! ひばりくん』の、ロカビリーに決めた父とその息子が畳の上で靴の生活をして割烹着のお母さんからこっぴどく怒られているのを思い... [続きを読む]
  • 笠置シヅ子の、ラッキーカムカム
  • そう言えば笠置シヅ子もまた男性の親から結婚を拒絶されて戦中戦後を過ごしたのでした。その男性こそ、というよりその男性の親こそ吉本せいで、彼女をモデルにした一代記『花のれん』(豊田四郎監督 東宝 1959年)で言えば淡島千景、息子は石浜朗。夫の芸道楽のため生活が行き詰り、それこそなけなしの金で手に入れた一軒の寄席から興行の世界に飛び込むや時流と時勢を見事に渡り切っていよいよ押しも押されぬ大... [続きを読む]
  • 伴淳三郎
  • シリーズ全11作の『日本侠客伝』には主役の高倉健と絡む多彩な助演者が出てきますが、もっとも異色なのは『日本侠客伝 白刃の盃』(東映1967年)の伴淳三郎でしょう。だいたいこの映画、朝の薄闇を掻き分けるようにロングで引いた2台のトラックが絡まりながら爆走してくるオープニングからして『日本侠客伝』らしからぬ雰囲気で、トラックを沿道の砂利敷きに乗りつけると運転手たちが馴染みの飯屋になだれ込み、居合... [続きを読む]
  • 清川虹子
  • 戦争の終わり頃に花柳章太郎と山田五十鈴は熱海で同棲を始めますが、それまで東京での逢瀬は何と清川虹子宅であったとか。これには何段か前段があります。萩原遼監督の『蔦』(東宝 1940年)では主人公の山田五十鈴に対し乳姉妹の清川が何くれと尽くしては彼女の行く末を支えますが、実際この共演を縁にふたりは義姉妹の契りを結びます。いやあマキノ雅弘監督が自分の映画人生を振り返って女優の筆頭に挙げたのがベルさ... [続きを読む]
  • 花柳章太郎
  • 動く花柳章太郎を私は映画でしか見たことがありません、おそらく。柳永二郎や水谷八重子は新派の芝居で見たことがありますが、それにしても彼らの晩年で、杉村春子がいままで見た何百、何千という女優たちにあって美貌を振るった三人のひとりに挙げた水谷の、まさに花と開いたその全盛期など私の五十年如きの人生では到底届かないところにありますし、柳にしてもほろほろと急須のように口を窄めて笑うつややかなその顔ははる... [続きを読む]
  • 小泉信三
  • 戸板康二の『ちょっといい話』(文藝春秋 1978年)は「新」、「新々」、「最後の」と続いた人気シリーズで文芸、芝居、演芸、芸術、学界のあの人この人が垣間見せたまさに「ちょっといい話」を披露しています。小咄のような笑話も多く本筋に入る前に落語の枕に見立てて少しご紹介しますと、辰野隆は飛行機嫌い。あるとき九州で学会があり出席者がみんな飛行機に乗ったのにひとり列車で行く徹底ぶりです。飛行機で... [続きを読む]
  • 『東京物語』の、大坂志郎
  • 戦前ならば飯田蝶子、吉川満子、坂本武、戦後ならば笠智衆、原節子と小津安二郎と聞いて誰もが思い浮かべる俳優たちがある一方で改めて抜き出してみると小津との並びに座りの悪い思いをするひともいます。要するに余り小津的でないひとたち、例えば『小早川家の秋』の望月優子とか、『秋刀魚の味』の吉田輝雄、『お早う』の大泉洸とか、『麦秋』の菅井一郎なんかもどうなんでしょうねぇ。さて『東京物語』(松竹 19... [続きを読む]